59話 アイラvsミア 1
古びた古城に、普段どこを歩いても見慣れない影が3つ。
ミアが突然、アイラに宣戦布告をしてきた。
その場にいた人達は皆、ざわつき狼狽だす。
アレスは妹を止めようと人並みをかき分けて前へ出た。
「やめろミア!」
アイラが兄らしく、ミアへ大声を挙げて注意した。
それに対しミアは、いつにも増して無表情に、機械のような目でアレスを睨みながら「お兄ちゃんは黙ってて」と言ってきた。
あれは…何かに集中して苛立っている時のミアの眼だった、時々あぁなる。
「どういう事?勝負ってそのままの意味かしら?」
ゆっくりと冷静に話しかけるアイラを遮るように、ミアはこう返した。
「当たり前、それ以外何があるの?もしかしてミアにビビってる?」
両者の間に、明らかな緊迫した空気が澱み始めた。
まずい、このまま2人が戦う事になるのは避けたい。
確かにミアは、ノア様がいた頃は王国で2番目に強かった、つまり俺とは比較にならないほど強い…
だとしても、アイラが相手となると話は別だ。
俺には分かる、アイラはそのノア様よりも数段上手だ…いくら妹でも勝てるとは思えない。
もちろん兄として、一度敗北を味合わせるのも、妹にとっていい経験になるかもしれない。
けど、いくらなんでも相手が悪すぎる。
というかそれ以上に、妹の能力はこんな街の真ん中で使っていい規模のものじゃない。
あれを使ってくれるなら問題ないが、苛立ちによってもしそれを使うだけの冷静さを欠かしていたら…
「…どうして私と闘いたいの?」
段々とミアの敵意が本物であると感じ取ったのか、アイラは少し深刻な顔でミアに言った。
それに対し、ミアは鋭く「お前がお兄ちゃんと仲良さそうにしてたから」と言った。
それを聞いて、アイラは拍子抜けしたように「え?」と声に出して言っていたが、街の人達は皆変わらず深刻な表情を崩さなかった。
ミアが極度のブラコンと言うのは、ナスカン王国では周知の事実だからだ、なんかごめん。
「そもそもミアは、お前がこの国に入って来た時から嫌いだったの!おじいちゃんが死んだ後入れ替わったようにやってきて!おじいちゃんの代わりなんてどこにもいないのに…それなのにお兄ちゃんと仲良くしだして、お兄ちゃんと仲良くしていいのはミアとおじいちゃんだけ!そんな当然の道徳すらも弁えられないお前の存在自体が愚の骨頂!だからミアが滅ぼしてやるの!!!」
ミアは身が震え上がるほどの魔力をアイラにぶつけながら、再び炎の弾丸をアイラに飛ばした。
今度は首を右に傾けてそれを避けるアイラ。
だがこれも当然のように、ミアが弾丸を発射したタイミングに誰も気づけていない。
アイラがそれを避けて初めてそれを認識している。
普通にどうなってるんだ!?アイラには今の攻撃の瞬間が見えていたというのか?
更にそれと同時に、先ほど頬に炎の弾丸が当たって僅かに変化していた部分が元に戻った。
その様子を、ミアは注意深く見ていた。
一方のアイラは、先ほどのミアの発言に一つの疑念を抱いた。
(なんか、ここまでお兄ちゃん一筋みたいな子なのにおじいちゃんの事は随分と肩を待つのね…それほど慕われていた?それともなにか…)
アイラはそれを考えながらも慎重に、ミアとの会話を続けた。
「でも私には分かるわ、貴方…相当強いでしょ?」
それに対しミアは何も答えず、ただ威嚇するような鋭い眼でアイラを見ていた。
それは正しく、数多もの死の佳境を乗り越えた歴戦の戦士の眼そのものだった。
アイラもそれを感じ取りながらも、冷静に目の前にいる戦士の力量を分析している。
(戦士の実力は、その人の総魔力量を感じ取れさえすれば大体分かる…彼女の総魔力量からして、私が10で、おじいちゃんが7だとすれば、彼女は6といったところ…)
続けてアレス達の方を見ながらこう考えた。
(アレス君がほぼ2、マイロ君が大体3だと考えると、この国では明らかな別格…恐らく負けた事もほとんど無いんでしょうね。なら彼女の年齢的にも、ここで敗北経験を与えておくのは良いかもしれない、それに今更だけど、ブラコンっていうのもオタク的には刺さるしね)
アイラはあえて何も話さず、静かに剣を生成した。
「…戦闘開始なの」
ミアはこれを戦闘開始の合図と受け取り、それと同時にアレス達と自分たちを隔離するように、地面へ円状に炎を撒いた。
今、この炎の輪の中にいるのは、ミアとアイラの2人だけである。
「今のはアビリティ、[バーンフィールド]。炎で囲った中と外を空間的に隔離するアビリティ、これなら誰にも被害が出ない、思う存分やろうなの」
ミアがアイラに淡々と説明していたが、その頃アレスはほっと腕を撫で下ろしていた。
ミアがバーンフィールドを使うだけの冷静さはまだ残していたからだ。
これで街に被害が及ぶ事はない、アレスは安心から思わずため息を溢すとともに、妹の精神的成長が見れて内心少し嬉しがっていた。
そんなアレスの気は知らず、アイラはミアに「言っておくけど手加減はしないわよ」と言った。
だがミアはそれすらも冷たく「上等」と言った後右手から火炎放射を発射した。
アイラは右肩を砂に変化させ、その部分を敢えて炎に当たりながら目で追えないほどの速度でミアに近づいていき、ミアの左肩を斬った。
だがその瞬間、ミアの左肩が赤い炎に変化し、ミアの剣がその炎から離れた後に元の肩に戻った。
それを一度見て、すぐにアイラは自分と似たようなアビリティであると理解した。
(なるほど、身体を炎に変化させたのね…けど今の速度で切り掛かって対応できた?)
ミアがそのまま後ろを振り向き、正面にいるアイラに火炎放射を発射する。
アイラはすぐに烏のような黒い翼を展開して空へと飛び上がり、攻撃を避けた。
「………」
ミアはアイラが移動した先を見上げ、「レベルアップ…」と呟いた。
「お前のスキルは知ってる、戦えば戦うだけ経験値が溜まっていき、一定以上溜まると、強くなると同時に新たなアビリティが手に入る…」
ミアはそう綴った後、余裕そうな笑みを浮かべながらこう言った。
「こっちだけ知ってるのも不公平だから、ミアのスキルも教えてあげる」
「…それはどうも」
「ミアのスキルは[火炎]。生涯炎が絡むアビリティしか使えなくなる代わりに、普通よりも少ない魔力で、且つ限界以上にそのアビリティの威力を引き出せるスキル」
堂々とそう説明した。
それに対し、アイラはミアを見下ろしながら「そう、つまり貴方は火属性って事、でも、そんなにポロポロ説明しちゃっていいのかしら?火属性っていうのはね、水に弱いって太古の昔から決まってるの!」
アイラはそう言いながら、ミアに対して、見るからに凄まじい水圧をした巨大な水の滝を放った。
「アビリティ、[ブラストアクア]」
ブラストアクアがミアの元へどんどん迫っていく。
「…みんなそう言って、水のアビリティを使ってくる。そしてその度に、ミアはこのアビリティで馬鹿な奴らを全員消してきたの!!!」
ミアがそう叫ぶと、ミアの正面に赤いひし形の紋章が出現し、そこからブラストアクアと同等の威力がありそうな野太い炎の柱が出現し、それがブラストアクアに向かって放たれた。
「[バーストヒート]」
ミアが技名を放つと同時に、ブラストアクアとバーストヒートが、ミアとアイラの狭間で激しくぶつかった。
するとみるみるバーストヒートがブラストアクアを蒸発させたいき、徐々にアイラの元へと迫っていく。
「こ…これは!?」
遂にバーストヒートはブラストアクアを完全に蒸発させ、アイラのいた場所を貫いた。
それを見ていた人全員が、ただ緘黙を貫いていた。
「ミアの勝ち」
ミアがそう呟いたと同時、先程炎に当たった左肩以外は無傷なアイラが、背後からミアに切り掛かっていた。
剣先は既に間合いに入っており、ミアの首元まで迫っている。
「……………それは想定通りなの」
そう言ってミアはすぐに後ろに振り向き、左手の指から炎の弾丸を発射した
「!!」
アイラはすぐにそれに気づき、急いで左に大きく移動したが、僅かに右肩に弾丸が掠った。
だがその右肩を咄嗟に砂に変化させたのでダメージはなかった。
アイラはミアから少し離れた位置に移動する。
「あぶな、貴方ホントに強いわね!これは面白くなりそう」
アイラは笑いながら、ミアに剣を突きつけた。
ミアも振り向き、笑みを浮かべながら剣を突きつけるアイラに向かって冷淡にこう言った。
「笑うならまず、自分の肩を見るといいの」と。
「?」
そう言われて、アイラは大人しく自分の肩を見て、初めて自分の状態に気がついた。
「これは!?」
そう、アイラの左肩は、炎に当たってもうそれなりに時間が経っているにも関わらず、まだ元に戻っていなかったのだ。
(どういう事!?とっくに回復してて良い頃のはず…まさか!!!)
驚愕の感情を隠しきれていないアイラを見て、ミアはこう続けた。
「ようやく気がついたの。お前は身体を砂に変化させてダメージを無効化する事ができる、対してミアは炎を使う。砂は炎に触れた瞬間熱で溶け、消える。つまりお前の砂はミアの炎の攻撃を防いだ瞬間に消滅した。消滅した砂を戻すのには時間が掛かるのは最初に頬を傷つけた時に確認済み。この意味がわかるの?」
それを聞き、ただアイラは黙っていた。
(この世界の化学がどこまで進んでるのか知らないけど、砂は溶けると確か液体になる、その液体がガラスの材料になるって…けどこの砂はただの砂じゃない、アビリティで作った砂。故にこの砂に何をどうしようともそれ以外の状態には変化しない、だから熱されるとただ溶けて無くなるって事か、ようやく理解した)
ミアは続け様に、トドメを刺すように言い放った。
「お前とミアとでは、絶望的に相性が悪い、実力差を覆すなら充分なほどに、なの」
さてさて、どうなるのでしょうか?