58話 讃えの祭
その烏の飛ぶ先に、見るからに怪しい古城がみえる。
その日の夜、アイラの功績を讃える祭が始まった。
トントンと規則的に打ち鳴らされる太鼓や、優しく揺さぶられるような三味線の音色が、街の中央の噴水広場に鳴り響く。
ナスカン王国では、基本的に誰かを讃える時や、大きな災害を乗り越えた後に祭が開かれる風習がある。
だから滅多に行われるものではなく、それだけ毎回かなりのお金を使ったものになっているが、どのような時でも費用の使い道は決まっている。
祭りの時には毎回噴水を止めて、その噴水の下に頑丈にした長方形の木の板を2つアビリティで貼り付けて、更に噴水口の先にも同様に木の板をくっつける。
下に置いた木の板に3〜4人ずつ浴衣を羽織った人が座って三味線を演奏し、噴水口に貼り付けた木の板には一台の太鼓が設置され、それを2人がかりで演奏する。
噴水広場の周りには中にローソクを入れた提灯がいくつも吊るされている。
そして噴水の目の前に、街の外れに祀られている小さな神殿から特別に取り出してきた創造神ガイナの像が置かれている。
俺はそんな噴水を前に、アイラの横に立って、この世界の祭りについていろいろと説明している。
「へぇ〜こっちのお祭りって日本とそんなに変わらないのね〜」
「その日本っていうのは分からないけど、そうなんじゃないか」
アイラはその目に提灯の灯りを映しながら、懐かしむようにこの祭りの様子を見ていた。
思えば確かに、ナスカン王国での祭りは、この国独自のものだ。
国が違えば文化も変わる、文化が変われば祭りの風習も変わる。
だから世界にこれと全く同じ祭りなんて、どこにもないと、なんとなく勝手に思いこんでいた。
だけどよく考えてみれば、今現代に形作られている祭りというのは、いってしまえば結果の賜物だ。
積み上げてきた歴史と、広がっていった文化…そのかけ算によって出来上がったのが今ある祭りなのだとすれば、似たような物が出来上がる偶然だってあるかもしれない。
例えかける数字は全く違っていても、時には同じ答えが出来上がってしまう…まさにかけ算だ。
同じ世界でならまだしも、それが異世界にまで規模を膨らますとなると、そんな事だってもしかしたら…
「ねぇ」
アレスが物憂げにそんな事を考えていたところに、アイラが肩を小さくポンポンと叩いて、噴水の方を指差しながらこう言ってきた。
「でもあの噴水の絵面はシュールすぎない?」
「それはいつも思ってる」
街の若者と年配の男女2人ずつが、ガイナ像の前で土下座を始めた。
あぁする事で、老若男女変わらず、神に、貴女への感謝を忘れていないというのを伝える意味があるらしい、
そんな恒例常時を見ていたアレスに、またもアイラが質問してきた。
「ねぇ、今更だけどあのロングの女の子?が象られてる像ってなんなの?なんか神様っぽいけど」
「あぁ…」
そうか、そりゃ知らないよな。
「あれは、この世界を創り、この世界に生命を生み出したとされる創造神、ガイナを象った像だよ。
「創造神…」
「そう、伝承では宝石のように輝かしい瞳だとか、吸い込まれるほど美しい容姿をした美女…だとか言われてるけど、実際の所どうだったんだろうな…」
アレスが悠々と説明しているのを、アイラは僅かに懐旧するような目で聞きながら、こう呟いた。
「こっちにも宗教ってあるのね」
だがこれに対して、アレスはごく当然のように「しゅうきょう?なにそれ」と言った。
これには流石のアイラも、「え?」と困惑も交えた疑問の言葉を、思わず呟かずにはいられなかった。
「宗教ないの?神様はいるのに?」
「あぁ?そりゃまぁ…」
アレスは何を言ったらいいかわからないような様子だった、まるでごく当たり前の常識を逆に質問されたような…
「でも神話とかはあるんでしょ?それはどういう扱いなの?」
「いや神話は、大昔にいた観測スキルを持っていた老人が、死の直前に創造神ガイナの行いを一冊の本に記録したのが始まりっていわれてるけど…そっちの世界では違かったのか?」
「いや違うっていうか…じゃああのガイナって神は世界共通の概念なの?」
「概念っていうか、史実だからな」
「そ…そう」
それを聞いて、アイラの顔は心底驚いた表情が止まなかった。
その様子はまるで何度も観光に来ていながら、新しく自国との文化の違いを知った外国人のようだった。
本当に、彼女のもといた世界とはかけ離れたものだったのだろう、一体どんなものなのか気になるところではある。
とはいえ、俺もこの話はあまり信用していない。
というのもこれは、その老人が書き記したものを他の誰かが後世の人に何万年もの時間の間伝え続けられて現代に残ったものだ。
そのどこかで尾ひれがついて、抜け落ちたり、加筆されたりしていないとは考えずらい…いや、されていない方が不自然だ。
だから今残されている話のどこまでが真実で、どこまでが後世の人に上書きされた空想なのかわからない。
もしかしたら全部がそうかもしれない、だから、正直あまり信じてはいない。
「なるほどね…じゃああれは、その創造神様にお詣りしてるわけだ」
「そうなる」
だが、今アイラの言った言葉が聞こえたのか、マイロが「あれ?アイラ様ガイナ様のこと知らないんですか?」と言いながら近づいてきた。
ん?という事はマイロはアイラがガイナ様について知らない事を知らない?ならまさか…
アレスはアイラの肩を無理矢理押し上げて後ろを向き、誰にも聞こえない声量で耳元で話して確認をとった。
{お前もしかして、俺以外に転生の事話してないのか?}
{まぁ…あんまり言わない方がいい気がしてたから}
{は?じゃあなんで俺には}
{なんとなく話すべきな気がして}
なんでだよ
{じゃあ他の人の前では俺も知らない体でいけばいいんだな?}
{そうね、そうしてくれると助かるわ}
よし、契約成立。アレスとアイラは体の向きを直し、マイロに対し正面の位置に立ち戻った。
「え?なんの事?」
アイラがあからさまに誤魔化すような音程で言った。
「いや、さっきアレスにガイナ様の事聞いて…」
「あら〜そんな風に見えたのかしらー、もちろん私それくらい知ってるわよー、ガイナ様って創造神ー」
見るからに空虚な、中身が抜け落ちたような返事だった。不自然すぎる、
これ本当に大丈夫かと心配していた所、マイロは「そうか、そりゃそうだよな」と何故か気にしなかったようだ。
意外と察しが悪いのかもしれない。
ぐい
そんな事を思っていたら、突然誰かに手を掴まれて後方に引き込まれた。
誰だと思って振り返ると、そこにエルナがいた。
「ちょっとアレス、なにアイラと仲良さそうに話してんの」
圧力をかけるように言ってきた、それに対してアレスが状況の説明をする。
「いやアイラにいろいろ説明してやろうかと」
だがエルナは聞く耳を持たなかった。
「そんなのマイロにやらせればいいでしょ、ほら行くよ」
「どこに?」
「ここから離れた場所に決まってるでしょ!アレスは私といるんだから!」
何故勝手にそんな事決められないといけないのだろうか。
そんなアレス達の様子を、アイラはにたにたと笑いながら見ていた、腹立つ。
「本当に、あんなちょっと胸デカいだけの女のどこがいいんだか」
エルナが何気なく吐いた愚痴が、アイラの耳に入ったのか、アイラはにっこり笑顔で「Eカップで〜す」とピースサインを左手に作ってエルナに見せつけた。
その瞬間、エルナの力が更に強まって、アレスをさっきよりもより一層強く後方へ引きずっていった。
その様子を、ミアが訝しげに見つめている。
それからも、祭りは続いていった。
この祭りを最初にやろうと言った主催者の老人が、アイラへの感謝を表すお供えとして巨大なステーキを差し出した。
その後、改めてガイナ像へ感謝を伝え終えると、いよいよこの祭りも佳境に差し掛かる。
太鼓と三味線を奏でるリズムが更に速く激しくなり、それに釣られた人々の踊りが広がっていった。
その様子を、プライム国王が、静まり返った王室から1人見ていた。
今国民に讃えられているアイラは、戦時の際に戦力として加入する代わりに、この国での永住権を保証する…そう、確かに契約を交わした。
その事を脳裏に焼き付かせながら、煮え切らない眼で…
2時間が経って、ようやく長い祭りが終わった。
主に年寄りや中年達が、アイラの方に群がってお疲れ様と声をかかている。
「お疲れ様でした」
「お疲れ♪」
「いや〜お疲れなの〜」
その中へ、ミアが1人作ったような笑顔で近づいていった。
「ミア?」
アレスは不思議がって思わずアイラ達の方へ首を傾けた。
「あら?貴方アレス君の妹ちゃんよね、どうしたの?」
余裕なようにアイラがそういうと、ミアは「そうなの!ミアお兄ちゃんの妹なの!」と、普段無表情な妹からは考えられないほどの笑顔を見せつけていた。
「ね〜アイラさん、1つお願いしてもいい?」
ミアは突然に、すり替えたようにアイラに話しかけた。
「いいわよ、どうしたの?」アイラはミアを完全に可愛がっている様子だ。
「え〜と、それはね…」ミアはそう言いながら人差し指をアイラの頬を介するように空に向け、そのまま爪先から炎の弾を発射した。
だがそれが余りにも早すぎて、アレスはすぐには認識出来なかった。
アイラの頬の一部が、何かが掠めたような形に砂に変化して、ようやく気がつけた。
やがて全員がそれに気づき、辺りがしーんと静まり返る。
そしてそのままアイラを指差しながら、ミアは言った。
「勝負しろ、ミアと、今すぐに」
次回より、ミアの暴走が始まる…