28話 アレス〜救われた過去〜
両親が死んだ、それは突然の事だった
感情が溢れ出したように雨が降り頻るあの日に、ギルベルトからそう伝えられた
「え…死んだん…ですか?任務で…2人とも…」
「あぁ…そう…なんだ…」
そう伝えたギルベルトの表情は、気まずいような、どう接したらいいかわからないと伝えていた
けどそれは決して後ろめたいものではなく、それよりは喜ばしく思っているかのような、祝福すべきなのかを葛藤している心境が現れたものだった
今思えば、他にほとんど類をみないような、異質な光景だった
ギルベルトは薄々察していたのだろうか、俺と両親の関係を
俺の眼からいつの間にか、涙が溢れて止まらなくなった
最初は、2人が死んで悲しんでいるんだと思った、もう二度と2人には会えない、もう二度とあの日常は戻ってこない、それを悲しんでいるんだと思った
けど妙だったんだ。
悲しんでいるはずなのに、そうであるべきなのに、俺が悲しもうとすればするほど、その心は空虚であるように、矛盾した感情を抱えるだけだった
そこでようやく気がついたんだ
俺は、理不尽に2人の教育を受ける毎日が、嫌だった
例えそれが当たり前の毎日だとしても、こう考えるのが間違った発想なのだとしても、それでも俺は、あの毎日が嫌だったんだ
初めて、自分の気持ちに素直になれた気がした
自分の気持ちを我慢して、押さえ込んで、常に自分に抗い嘘を吐き続ける地獄から、ようやく解放された気がした
だけど、本当の地獄は、ここから始まるものだ
俺たち兄妹には、親戚がいない、祖父母もいない。だから、これから先の生活費は自分達で稼いでいかなければならないんだ
だけど、俺も妹も、まだまともに働ける年齢じゃない、国からの保障なんて、期待できたものじゃない
俺たちは奴らの拷問からようやく解放されたのに、虫籠から抜け出せた幼虫のように、社会から喰い離されてしまう
普通は、そうなるはずだった
だけど、俺たちはそうならなかった
ノア様が独断で、俺たちの経済的援助をしてくれたんだ
自分の持つ権力を保守的に使用せず、ただ善意で俺たちの事を助けてくれた…ノア様には、感謝してもしきれない
それは今だって変わらない、確かな自分の意思を持つだけでなく、それを間違った使い方をしないノア様を、俺は心から尊敬している
そして同時に、俺にある1つの夢ができた
父と母と同じ、戦士になる事だ
憎み、恨んでいる奴らと同じ仕事を目指すなんて、おかしいと思うかもしれない
だけど俺はその道を選んだ、理由はいろいろある
奴らと同じ道を選んで、同じやり方で奴らを越えたかった
俺は奴らよりも上であると、自分に証明したいという、言ってしまえば自己満足の権化のような理由だ
もう一つは、妹を守る力を得るためだ
ミアはまだまだ、俺以上に幼い、ノア様が支援していただけるとはいえ、家では基本俺とミアの二人暮らしだ
生活面では全て、俺が支えていかなければならない、その時確実に妹を守れる力があった方が、俺としても安心できるからだ
親と同じやり方で奴らを越え、奴らの生き様も死に様も否定しつつ、妹を守れる力を手に入れる
そのために戦士を目指すようになった
まぁ、妹の方は奴らと同じような扱いをしないよう意識しすぎて、結果的に過度に甘やかすようになり、極度のブラコンを誕生させる事にはなってしまったが
ともかく、俺の願いは受け入れられ、ノア様は俺の戦士養成学校への入学をも援助してくれた
学校での生活は、奴らといた頃とは比べ物にならないほど満たされた環境で、居心地の良い世界だった
エルナとマイロ、生まれて初めて友達といえる存在ができたし、先生も大体は良い人達だった
なによりも救われた事は、父と母が俺に行ってきた教育は、間違ってると教わった事だ
養成学校は戦士を育てるカリキュラムの他に、通常の学校と同じ役割も兼ねている
その授業の一部で俺は、親の子どもへの体罰は間違っているという事、人種や種族、性別、宗教で人を差別する事は間違っているという事、人には様々な考えを持つ者がいて、その全てを否定する事は間違いであるということ、
過去5回も繰り返された大戦の末に全体的には国家間が協調しあう方向性になりつつあるという事、科学や魔法を発展させるため、これまでは人を半ば奴隷ように扱いってきたが、現在ではその過去を反省し、戦士、生産者、援助者の全てに、労働における権利が与えられてきているという事を教えられた
俺はそれを聞いて、どうしようもなく、嬉しく思えた
もちろんその全てを信じたわけではない、社会はそんなに甘くないとか、現実はそんなものじゃないとか、否定的に考えなかったわけではなかった
だけどそれ以上に、嬉しかった
これまで当然のように否定していた事のほとんどを、教師という人間が教えてくれた、だからそれを信じる事ができたんだ、虐待を受けて、歪んでいた俺の価値観を正しく治してくれた
世界は思っているよりも優しいのかもしれないと、僅かながら希望が持てたんだ
そしてそれ以上に嬉しかったのは、虐待は間違っていると言ってくれた事
それは、これまで心で叫び続けていた言葉、それ故にこの叫びは間違っているのではないかと、心でずっと後ろめたく思っていた
だけど、他者が、俺とは違う別の人が、はっきりとそう言ってくれて、俺は心から涙した
ようやく、俺の全てが肯定されたような、認められたような気がしたんだ
そうして幸福と充実感の中に浸る事ができながら、俺は戦士養成学校を卒業した
これでようやく戦士になれる、けどこの時俺は、隙間がないくらいに満たされていて、親を否定しようとする気持ちすらも薄れていた
だけど、それは駄目だと思った、目的を失ってはいけないと
俺は妹を守れる奴らを超える戦士となり、奴らを否定する…
そのために生きていくんだと、呑気にも希望に想いを馳せながらそう誓った
俺は本当に甘かった
違ったんだ。本当の地獄は、ここから始まった
次回、誰も得しないざまぁがそこに…評価・ブクマ、よろしくお願いします!