21話 国運天秤裁判 3
俺、アレスは任務を終えて、夕食を作りながら自分の家でしばしの休憩を挟んでいる
けど今俺がこうして休んでいる瞬間にも、宮殿では国運天秤裁判が開かれている
やる意味のない、ただ国の保守を成し遂げるための裁判が…
どうせ奴らはアイラをスパイだと、本当の意味では疑っていない
怖いんだろ、ロックドラゴンを呆気なく倒せてしまうほどの力を持つアイラが、ただただ怖いんだろ?
それだけの理由で、せっかくの英雄法を意味のないものに変えているんだ、ナスカンは…
もちろん、根拠なんてない、だがアイラ収容から余りにも短い裁判までの時間と凶暴化の件がまだ少しも解決していない段階で執り行われているこの裁判…
そうであるとしか思えない、やっぱり、あくまでも期待は裏切らないってわけだ、この国は
奴らは俺から、信じていたものを全て奪った、だから今さらなにをしても驚きはしない、もう2度と…絶対に
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そして更なる証拠も掴んでおります、被疑者がスパイであるという更なる証拠が」
ネルガルが資料という刃物を突きつけながら、私の持っていたビザを提示した
「こちらは、被疑者がシュメルン国元首長、クレイム総理に直接書かせたというビザでございます、しかし、我が国にはクレイム総理の筆跡データは残っておらず、これが被疑者の主張している通りのものであるかを、証明する術はありません」
今のネルガルの発言は、アイラにとって想定を大きく狂わせる事実であった
まさかナスカン王国にクレイム総理の筆跡データが1つも残っていないとは、夢にも思わなかったのだ
そんなはずないと事実に戸惑いながらも、既に告げられてしまったものに意見する権利など今のアイラにはあるはずもなく、ただ示された刃物を呑み込むしかなかった
「しかし、仮にこれが本当にクレイム総理が筆跡したものであるとして、これがいつ頃書かれたものかを調べる事は出来ます、それができる人物に協力していただきました」
これを聞いて、裁判長は随分と驚いた様子を見せた
「なに?それは本当かね?では、その者を今ここに呼んできたまえ」
興奮気味にネルガルに証人喚問を求めた
「はい、既にこちらに」
「どぉーもどぉーもどぉーも!!!太陽を照らすアイドルヒーロー!証人のエルだよーーーー」
ネルガルに呼ばれて現れたのは、光のような黄色い髪をした、10歳くらいの女の子だった
少女は右手に傾けたピースを作りながら、およそ法廷にはバチがいともいえる程やたらデカい声と音圧で、ある意味この場にいた全員を黙らせた
「エルさん、法廷ではお静かにお願いします」
裁判長が冷静にエルを静止し、その後ネルガルにエルを何故ここに連れてきたのかを問いただした
「彼女は、鑑定のスキルを持っております。それでも元の資料がないため筆跡を鑑定する事は出来ませんが、このビザがいつ頃に書かれたものなのかを彼女に鑑定してもらう事は、可能です」
「うむ…なるほど、それで、その結果はどうなったんだね」
「それも、今この場でやって見せましょう」
ネルガルはそう言いながら、エルにビザを手渡した
「はいはーい!それじゃあいくね!」
エルはスキルを発動したのか瞳の色が赤く変化し、ビザをじっと見つめ始めた
やがてエルの瞳が元に戻った、どうやら鑑定が終わったようだ
その瞬間、私は強く息を呑む。確実に追い詰められているのを今になって全身で感じたからだ
「やっぱり間違いないよー、このビザは間違いなく、今から1ヶ月前に書かれたものなんだね!」
エルははっきりと断言しやがった、畳み掛けるようにネルガルが陳述を加える
「そう!このビザは今から1ヶ月前に書かれたもの、それは!シュメルン共和国が突如姿を消したのが初めて目撃された日と一致している!!!即ち、これはシュメルンが消えた日と同日か、その少し前に書かれたものという事なる…しかし、被疑者はこう言いました…自分がシュメルンを立ち去ったのはシュメルンが消滅する前であり、その事を知ったのは後の事であると」
………言い逃れはできない、確かに私はそう証言してしまった
「はい、間違いありません」
「だけど!このビザは国がしょうめつする直前に書かれたものなんだよ〜?それって完璧むじゅんしてるよねー?」
ネルガルの言おうとした内容を、覆い被さるようにエルが話した
エルはそのまま嫌らしくゆっくりと私に近寄ってきて、その人差し指で額に触れながら、顔をぐいっと近づけてきた
「つまりあなたはうそをついてたって事になるよね?仮にこれがホントにクレイムって奴の文字だとしても、それをもらった時期すらさ、ははははははははははははははは」
私を嘲笑う、虫様が走るほどの甲高い声が法廷中に響いた
私は…ただ唇を噛み締める事しか出来なかった…
「裁判長、エルの言う通り、被疑者は嘘を吐いています、それは明らかです、それに被疑者はロックドラゴンを召喚可能である、もう答えは出たのではないですか?」
ネルガルが裁判長へ、勝利を自分に促した
「弁護人、なにか意見はあるかね」
ルキナさんは、さっきから言葉に詰まったように、口が全く動いていなかった
反論出来るわけない、ネルガルとあのロリは、こちらが想定していた以上のダメージを私に負わせた
裁判長がガベルを叩き、口を開いた、判決が、遂に下される…
「では、判決を言い渡す…被疑者は国家の存亡を脅かすスパイであり、それはこの国において最も存在を許してはいけない存在である…よって!被疑者には死刑を言い渡す!!!!!」
判決が…下された…おじいちゃんによると、5秒以内に控訴しない場合私は、銃殺刑に下される事になる
もちろん今すぐに控訴するつもりだ、けどやっぱり、違和感を感じる…
まるで、こうなるまでの過程が全て決められているかのようなこの違和感…もし、この違和感が正しいとすれば、それはつまり、この裁判は初めから私を陥れるためのシナリオだという事になる
でもルキナさんは本気で私を弁護しようとしてくれていたように見えた…彼女とおじいちゃん以外全員グル?それを考えなかったわけではないけど
ネルガル…あの検察官自体が的確にこちらを叩いてくる上、裁判長すらもこちらを陥れるつもりなのだとしたら…
このままじゃ勝てない、同じ事の繰り返し…だから次は…私も……………そのためにも!!
私は立ち上がり、控訴した
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕食を作り終え、1人でそれを食べている、今日は凶暴化の件が始まってからで考えると奇跡的に任務が少なかった
お陰でこうして、足をついて夕食が食べられる
裁判の結果は、やはりアイラ敗訴し、それをアイラが控訴して二審に備えて動き始めているらしい
初めから分かっていた、答えは見えていたんだ
アイラはスパイかどうかなんて関係ない、奴らは最初に決めた事はなにがあってもそれを遂行する
民主主義の名の下に、自分たちの決め事をただ守っていく
それがこの国、ナスカン王国だ