18話 審判前夜
月明かりだけが輝き、荒れ狂う波も眠りにつくような、静かな夜
アイラの処遇を決める国運天秤裁判まで、あと1日
スパイか、英雄か、国の面子と命運を賭ける審判の日までの時間は、刻一刻と迫っていた
「どうだねルキナ、アイラの無罪は証明できそうか」
ノアはアイラの担当弁護士となるルキナに、現状の確認を行っている
「正直、今ある証拠だけだとキツいですね、アイラの無実を晴らせるかどうか…アイラが本当にスパイでないとすれば、あるいは」
「君は、彼女を疑っているのか?」
ノアにそう言われ、ルキナは少し考えた後で、ゆっくりと質問に答えた
「正直…なんとも言えないです。弁護士としては、アイラが無罪であると信じたいところではあります…ですが、私個人としては、どうしても…」
ルキナの手は、自然と握り拳を作っていた
「最大の疑問が、まだ謎のままなんですよね?」
「…………そうだ、彼らは全力を持って調べ上げてくれたが、それでもその疑問は解決出来なかった…更に厄介なのは、恐らく検察側も、ソースは同じ研究員達であろうという事、それしか有力そうな情報源がないからだ。場合によっては、1つの事実に別の解釈同士で口論し合う…という事にもなりかねない、彼女がスパイであるというのはあくまで憶測だが、彼女が無罪であるという主張も、また憶測に過ぎないからの」
ノアのその一言を聞いて、何を思ったのか、ルキナは吹っ切れたように一度深呼吸をして、徐に立ち上がった
「まぁ、歴史上、国運天秤裁判なんていつも大体そんなもんです、ご安心ください、ノア様…必ず彼女を無罪にして参ります」
「……あぁ、よろしく頼む」
ノアは静かにそう告げた
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ルキナはノアと別れた後、そのままアイラとの面会を行った、今この暗い地下牢の前にいるのは、ルキナとアイラの2人だけ
ルキナはアイラに、国運天秤裁判についての詳細な説明をしていた
「アイラさん、いいですか?国運天秤裁判というのは、国の命運を脅かすほどの大罪を犯した疑いのある人間を裁く際、無罪の可能性も大いに高い可能性がある場合にのみ開かれる、我が国独自の裁判方式です。この裁判は通常の裁判とは異なっている点が多く、その1つとして、被告人に挙げられる判決は基本的に、死刑か無罪かのどちらかしかないというものがあります、正確には、被告が死刑か無罪かを問う裁判となっているからです」
「なるほど、つまり私がスパイと確定すれば死刑、英雄だと確定すれば無罪ってわけね」
「はい、裁判は最長で三審まで続いて、被告と検察は互いに控訴・上告の権利を持っています」
つまり判決が気に食わなければもの申す権利自体はあるって事か
「ただ、控訴や上告をする場合は判決が出て5秒以内に行う必要があるので注意して下さい、弁護士にはその権利はありませんので。それと、裁判はどこまで長引いても三審までです。それ以上多く裁判が開かれる事はなく、第三審の判決は強制的に総合的な裁判の結果とされるので、その点もご注意して下さい」
少し厳しいかなと思った。まとめるとチャンスは最大3回で、それまでに私が無実であると裁判長に判らせないといけないという事
思っていたよりも難しいかもしれない、けどこれに勝たないと私は死刑確定という事だ
「勝算はあるんですか?」
「…正直、微妙な所です。あなた次第としか」
この人は少し言葉を詰まらせて答えた
「なるほど、分かったわ、ありがとう、いろいろと」
「いえ、これが私の仕事なので、では、本日はこれで失礼させていただきます」
まただ、こうやって純粋にお礼をすると、いつも仕事だからと冷たく流される
「あなた、本当は疑ってますか?私の事…」
思い切って問い詰めてみた、明日の裁判を勝ち抜くには、ここをはっきりさせておく必要があると思ったからだ
「……………わかりません。弁護士としてはともかく、私個人としてはあなたをどう思っているのか…」
それは間違いなくこの人の本音だった。弁護士として後ろめたくなったのか、申し訳なさげに下を向いている
「…けど、弁護士を選んだのは私自身です。だから私は弁護士にしか出来ない方法で、自分の意思をはっきりさせようと思いました」
「それは…どういう事かしら」
「…あなたを勝たせます。それで、あなたがスパイかどうかを確かめてたいと思います」
私の担当弁護士は勢いよく私に振り向いて、決意を固めた表情を見せた
「……そう、なら安心できそうね…お願いします、ルキナさん、私の弁護を」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
いよいよ明日、国運天秤裁判の火蓋が、切って落とされる