17話 子供
体中が痛い、いや、痛み以上に、今にも死にそうな程に苦しい
この苦痛が毒のように回っている
ここまで連続して超越光速を使ったのは本当に久しぶりだった、この独特な苦痛も、すっかり忘れていた
けどなんだろう…今俺の体を回っているのは、苦痛だけではないような気がする、それも、これまで感じたことないような何か
これも単に忘れているだけなのかもしれないけど、けどもしそうでなかったとしたら…この感じはなんだ?
まるで、俺の中で何かが、脱皮によって成長する蝶のように決定的に変化したかのようなこの感覚は…
覚えがない、分からない…けど確かに間違いなく、感じている
「!!!!!」
俺は目を覚ました、一体どれくらい気絶していたのだろう
ふと辺りを見回すと、涎を垂らしながら頬を赤らめ、興奮したような目でこちらを見ているエルナの姿が真上に見えた
「わっ!!!起きたのね!アレス!!!」
エルナはびっくりしてすぐに俺から後ずさった
それと同時に俺の頭が地面に落下する、なんでだ?まさか膝枕されていたのか?俺は
「ち、ち違うの!これは…別に、眠ってるアレスを見て興奮してたとかじゃないからね!」
「は?」
「大丈夫!!!変な事とかはしてないから!」
いやいやマジでか、俺はこんな危ないやつと一緒にさっきまで戦ってたのか?
改めてそう思うとだんだんと寒気がしてきた、マジでとんでもねぇ女だな
「もうどうでもいいや、街に戻るぞ」
これ以上考えても怖くなるだけだ、さっさと街に帰ろう
西門を通って街へ入ると、住民達が妙に慌しく騒いでいるのが目に止まった
「なんだ?この騒ぎ」
「なにかあったか、なにかあるかの感じね」
耳に入った街の人達の声をまとめてみた感じ、どうやらアイラの処遇を決める国運天秤裁判がもうすぐ開かれるようだ
国民達は改めてアイラがスパイなのかどうかについて意味のない議論をあちこちで繰り広げているように見えたが、俺には正直どうでもいい事だ
どうせ、答えはわかってる…
ギルベルトにケンタウロスの件の報告を終え、その後すぐに家へ帰って真っ先にした事は、ベットに齧りたく事だ
本当に疲れた、超越光速の連続使用による疲れがまだ残っている、ケンタウロス関連か、妙にセンターの拘束も長かったし、今日はできればゆっくり休みたい、凶暴化の件が続く以上は、それも難しいだろうけど
「あ、お兄ちゃん帰ってきたの」
妹がひょこりと顔を出して話しかけてきた
「ミア、帰ってたのか、お前今休みか?」
「うんうん、これからまた任務なの、最近やたら忙しいの、凶暴化のせいかな」
言われてみれば確かに、この騒動で一番忙しいのは恐らく妹だろう
ノア様が別の何かをしているとすれば、その代わりの任務が最も多く降ってくるのは間違いなくミアだ
多分俺なんかより、遥かに大変なんだろうな
「任務終わった後いちいち帰って休んでたら逆に疲れるぞ、軽く座る程度にしといたらどうだ?」
「うん、わかったの、じゃあ、ミアまた任務行ってくるの〜」
そう言ってミアは跳ねるように家を飛び出していった
間違いなく疲労は蓄積しているはずなのに、それを感じないんだろうか…少し疑問に思い考えてみたが、結局はいつもと同じ、妹は俺と次元が違うという結論に辿り着いた
俺よりも才能があって、実際俺よりも遥かに強くて…ノア様に匹敵する程だとも言われている妹の能力に、一度も嫉妬しなかったわけじゃない、けど、そんな自由な事で頭が敷き詰められる程、もう俺は綺麗じゃない
ケンタウロスはあの場に放置、武器についてはたぶんその内国が回収するとの事だった
そんなどうでもいいことを考えている内に、俺は眠りについた
目を瞑ってみる景色は、いつもと同じ、現実離れした悪夢
けどこれすらも、現実的なこの世界にいるよりは、遥かにマシに思えてくる
そんな自分を哀れんだ事もあったけど、よくよく考えてそれはあまりにも滑稽だったから、いつの間にかそれはしなくなった
アイラは、無罪なのだろうか、俺を助けたアイラ、彼女は本当に村の英雄であってほしい…
本当に滑稽だな、どうでもいいなんて思いながら、結局淡い期待を捨てきれずにいる
まぁ当たり前か、もし完全に期待を捨て切って、絶望の闇に身を堕とせたのなら、とっくに子供じゃなくなってる…けど、それは出来ない、いや、そうなるのは嫌だ
俺はベットから起き上がり、超越光速を発動してアイラが囚われている地下牢に忍び込んだ
光の速度には監視カメラも反応しない、そして、このスピードのまま殴りたければ、鎧を身につけた看守であろうと一撃で気絶させられる
気がつけば俺は、アイラの目の前に立っていた
が、同時に俺は地面に膝をついて激しく息切れをした
「大丈夫?突然なにかと思えば…確か私が助けてあげた子じゃない、こんな所までどうしたの〜?」
想像していた以上に余裕そうな笑みを浮かべた。強者の余裕というやつなのか?
「今のスキルでしょ?面白いの持ってるのね、それで?お礼を言いにきたのかしら?」
「それもある、けどそれ以上に、どうしても確かめたい事があった」
俺は重い体を起こして、徐に立ち上がった
「あんた、スパイじゃないよな?それを確かめにきた」
「……………ははっ!!!あはははははははは」
突然、アイラが不気味に笑い始めた、そしてそのまま、ゆっくり柵に手を当てて、可能な限り俺に顔を近づけてくる
「貴方かわいい〜〜〜♡、気に入ったわ!お名前は?」
「…………アレス」
「アレス君ね、覚えたわよ」
「年上に向かって可愛いって、格下は舐め倒してるって事か?いや別にいいけど」
「あぁーまぁ見た目はそうね」
「見た目?」
「それより、私が無罪かどうかを知りたかったら…ただ祈りなさい、ここで私がなにを言っても何の意味もない、全ては裁判で決まるそうだから、そっちに期待する事ね」
なんだか、客観的に見たような物言いだな、自分の事のはずなのに
「それもそうだな、ありがとう、帰るよ」
俺はそのまま、超越光速を再度使って家に戻った
「さて、この看守達どうしよっか、国運天秤裁判だっけ?どうなっちゃうのかな〜」
まるで他人のニュースを見るような物言いで、アイラは裁判へのコメントを1人、口にした