177話 クラーケン
穴の前に現れた、襟周りと背中にイカの触手のようなものがある薄桃色で人形の3体のモンスターを、エコノミーカウンターで調べた。
どうやらこいつらは[クラーケン]というモンスターのようで、基本的に3体以上の群れを成して行動する肉食のモンスターのようだ。
それもただのモンスターではなく、現在生息が確認されているモンスターの中でもかなり上位に位置する程強力な種族らしい。
聖龍の剣のせいで魔力がほとんど残っていない今の私が戦うとどうなるのだろうか…
だが、それ以上に気になるのが…
「グルルルルル」
こいつらが私たちの前に姿を見せた直後から、レオが喉を震わせてこいつらを威嚇しているのだ。
それまではそんな素振り全くなかったのに、そして明らかにクラーケンたちにその敵意を向けていた。
しかもこれは感覚の話だが、それは生存本能からくる威嚇というよりも何か感情のようなものからくる威嚇に感じられた。
「おい急にどうしたんだよレオ」
「………」
この近辺にいる強力で好戦的な野生のモンスター、それをみてレオが妙に興奮している、レオが失踪した理由____
「もしかして…こいつらがレオを襲ったモンスター?」
「かもな、けど今はまぁそれは関係ねぇだろ」
「まぁそうね」
私のたちは3体のクラーケンを威嚇もかねてじっと見つめた。
「とりあえずあんたはレオを逃がしなさい」
「あ?あんたはどうすんだよ」
「そりゃあ…」
私はポケットウエポンを発動して生成した斧を奴らに突きつけてこう言った。
「その間にこいつらを倒すのよ」
だが私がそう言うと、キルは目を大きく開けて反論した。
「は!?お前、さっきの戦いで魔力ほとんど使っちまったんだろ、ならほとんど戦えねぇじゃねぇか」
「えぇそうね、でもそれはあんただって同じでしょう?」
私は少し笑いながら答えた。
「いや、俺はB・Mのせいで体力をほとんど消費しちまってるだけだ、魔力は寧ろ有り余ってる」
「体力ないなら一緒でしょ、なに真顔で応えてんのよ」
キルは普段は別にバカキャラとう訳ではないはずだが、やはり疲労で冷静に頭を回す力がなくなっているという事だろうか、だとすればますます問題だが…
「とにかくこいつらは私が倒すから、あんたはレオを連れてここから離れて」
「…分かったよ」
レオは一瞬の間の後に案外素直に、驚きそうなくらいあっさりとそう応えた。
「おい、行くぞ」
そして、そのままレオを連れ、私と向かい合っているクラーケンの死角を通ってこの場から離れようとした。
…だが、クラーケンの内1体が気づいて、真横から逃げ去るキルたちへ向けて自身の長い舌を槍のように高速で突き出した。
「!!!」
私はすぐに地面を蹴り上げ、舌とキルたちに割り込む形で一気にそこへ向かって斧で舌を弾いた。
その際、反動で私は思っていたよりも大きく後方に飛ばされたがなんとか踏みとどまった。
「おっと、そうはさせないわよ」
思っていたよりも体が弱っているようだ。
だが今ので、クラーケンたちの意識は3体とも私の方に向いた。
その間に、キルたちも遠くの方へ離れていけたようだ。いつの間にか姿が小さくなっている。
「さて、始めましょうか!」
私は一気に地面を蹴り上げてクラーケンの内1体、一番大きなサイズの方へ突っ込んだ。
だがその攻撃は避けられ、それとほぼ同時に後ろにいた中くらいのサイズのクラーケンが舌を伸ばして攻撃してきた。
私もそれを躱し、その直後に今度は斜め前にいた一番小サイズのクラーケンが後ろにある触手を3本伸ばして追撃した。
それも躱し、逆に今攻撃してきた奴から倒してやろうと地面を蹴り上げ、突撃しようとした刹那、真後ろにいた中サイズのクラーケンが拳を突き出し私の背中を突こうとしてきた。
すぐにそれを察知し、地面を斜め前ではなく真ん前に蹴り上げる事で避けたが、その躱した先に大サイズがいて、既に私へ向けて背中の触手を伸ばしてきていた。
更にそれに追い打ちをかけるように、小サイズも背中の触手を伸ばしてきていた。
このままではどちらかの触手に間違いなく当たる、その触手で私をどうするつもりなのかしらと冗談を考えてる隙などないほどに、
「っ、」
私は斧を地面に突き刺して触手が当たる前に地面に着地し、即座にその場で地面を足で捻り上げてバク宙をし、それで斜め右に移動して触手を避けた。
私は少し地面を引きずりながらも着地し、3体のクラーケンを見つめた。
「…へぇ、中々やるじゃない、新手の触手プレイってわけ」
クラーケンたちは見事に無視して私のことを睨みつけた。
(さぁ、どう対処するか、こいつらを)
私は再び地面を蹴り上げ、クラーケンたちに向かっていった。
だが、今回もさっきと結果はほとんど変わらなかった。
1体ずつ倒そうとすると私が接近して攻撃しようとしてギリギリのところで躱され、逆に他の2体に中距離から舌か触手で攻撃され、私の行動を邪魔される。
だが全員と一斉に戦おうとすれば、今の私の体力では奴らに対して中央の位置で一方的に攻撃されることになるのは目にみえている。
だから戦法としては必ず1体ずつ相手にしなければならない、だがそうすれば中距離から邪魔される。
____そう、この中距離というのが厄介なのだ。
こちらがある程度近づかないと攻撃できない距離から、奴らが得意な位置からの攻撃が常に飛んでくる、それも地味に避けづらい。
だが避けないわけにもいかないから避けるしかない、だがその度に攻撃が中断される、本当にやりづらい。
一応、中距離からの攻撃にもある程度対応できるように斧を生成していた訳だが、想像以上にこれはキツい。
この手の相手にはアビリティを使って一気に決めるのが良い訳だが、あいにく今の私にそんな魔力はない。
「!!!」
その時、大サイズの蹴り技を剣で受け止め、その反動で少し後方まで後ずさった。
直後、大サイズが小サイズの口内に舌をぶち入れた。
小サイズの背中の触手が引っ込む。
それが終わった直後に大サイズの口から凄まじい水圧の水流が噴射された。
「!!!」
私はそれも剣で受け止めて防いだが完全には防ぎきれず、更に後方まで飛ばされた。
「っ、つくづく…ペース崩されるわね」
どうにか立ち上がってクラーケンたちを見つめた。
小サイズの触手が戻っている。
「だんだん雲行き怪しくなってきた…?」
その時、私の目線の前方向、クラーケンたちの後ろから、突然頬を僅かに刺すような風が通った。
と同時に、大サイズの両腕が切断された。
「アビリティ、神速斬。レオなら安全な場所にくくり付けたからたぶん大丈夫だ。
「キル…」
「グラルルルルルル」
「!!!」
その時、切断された大サイズの両手に背中の触手が向かっていってそのまま巻きついた。
そしてやがて触手は背中から切り離され、腕の切れた腕の代わりとでもいうように腕の形状を成していく。
やがてその触手自体が消滅し、同時に大サイズの両手が再生した。
「…なんだよあれ」
「一部が取れても背中の触手があれば再生できる…って事かしら?」
それなら先ず背中から切ればという話になってくるが…
「あっ、くっ。」
痛々しいその声と共にキルが地面につくばった。
「!どうしたの」
「言っただろ…体力がもうほとんどねぇんだ」
キルがのっと足首を上げて立ち上がり、少し前を見た。
「…なぁ」
キルが声をかけてきた。
「なに?」
「お前言ったよな、全部終わらせて始めようって」
「…えぇ、そうね」
「正直俺は、そうする事は間違っているような気がする、そんなんで俺のした事が許される訳ねぇけど、許されたとしても許されちゃ駄目な気がするんだ」
キルは拳を震わせた。
「………」
「…けど、それが正しいような気もする」
「………」
正直な話、それは全くの同意見なのだ。
「これ以上とやかく言う気もねぇが、とにかく俺は分からねぇ、「それでいいのかもな」とは言ったが、多分あれは本心じゃない。でも…」
「………」
キルはクラーケンたちを睨みつけた。
「なぁ、今からお前と強力して戦っていいか?」
「!!!」
「俺は多分今、それを望んでる」
「………」
私は____
私は、ふいに小さく笑った。
「えぇ、そうね。そうしましょう!」
私はキルの隣まで近づき、そして、その肩に手をトンとぶつけた。
「私は、あいつらで、新しい私たちを始めたい!!!」
「…あぁ、俺もだ!!!」
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