174話 風
キルは突然、地面に膝をつけ胸を苦しそうに抱え始めた。
同時に彼に纏っていた赤い魔力が忽然と消える、忽然と消えた。
「っ、今きたか…けど、まだ…あああああああああああ」
キルが喉を奮い立たてるように叫んだ刹那、赤い魔力が爆発するように復活した。
その様子をみて、私はある事を疑問に思った。
「…ねぇ、あんたのその力…まさか」
「どうだろうな、当たっていようといまいと関係ねぇだろ!」
…少し、胸がざわつき始めた。
まさかあのアビリティ、使用者の能力を急激に増加させる代わりに使用者に多大な負担を強いらせるのではないか!?
だとすれば、なぜそんな事をしてまで私を倒そうとするのか…
さっき彼の真意を聞いたからなのか、ふつふつとそう思い初めてきた。
心に風は通らない。
「とにかく俺はお前を倒す、ソナのために、絶対…今ここで…」
刹那、キルが纏っている赤い魔力の一部が変形を始め、左右それぞれ2本の腕に変化した。
腕…か。
魔力が腕型に変化したところで、魔力には触れる事ができないから意味はないが…
「倒す!!!」
更に直後、キルの赤い魔力が丸い隕石のような形で8個飛び出してきた。
それらは全てこちらに向かって落ちてくる、それも凄まじい速度で。
「ちっ、」
私は翼を展開し川の上流へとなぞるように低空飛行してそれを避け続けた。
振り返るとつい1秒前まで私のいた地面に魔力の隕石が激突している。
それに当たった地面が軽く抉れた、ということはあの拳も当たればちゃんと触れられるのだろうか…
「つまり攻撃されるってわけ…」
「おおおおおおおおおおお」
魔力の隕石による攻撃が全て終わったと同時にキルは私目がけて飛び込んできた。
そのまま魔力の拳で攻撃する、私はそれを正面に向かって飛び跳ねて躱した。
「危ない」
直後にキルも地面を蹴って私に再度迫った。
私もすぐに地面を蹴り迫り来るキルを迎え撃つ。
両者はその場で鍔迫り合いを繰り広げた。
案の定、キルの魔力の腕は触れられるしそれで攻撃される。
複数の腕を持つ相手という慣れない状況に私の脳は斬撃中も戸惑い、常にやりづらさを感じ続けた。
私が右腕を斬ろうとすれば即座に左手に反応され、ならそれを躱して反撃に転じようとすればもう一つの本来の左手に攻撃されかける。
このままだとじわじわと押し切られて負けると判断し、キルを言葉で揺さぶろうとした。
「自分のためじゃなくソナのためねぇ、私をあんなところに追いやった奴がそんな事のためにここまでするのね、相当なリスクを背負ってまで」
だがキルも攻撃と同様反撃してくる。
「リスク…まぁ気づくよな。あぁそうだな、正直今自分でも驚いてるよ、けど俺はこれを望んでる、これは本当だ、だからもう何も考えてねぇ!」
キルの魔力の右腕が、私の剣を掴んだ。
「しまっ…」
即座に左手で私の腹部を殴られる。
「グフッ」
続けざまに魔力の右手で腹部を思いっきり殴られた。
その衝撃で私は遥か後方まで吹き飛ばされる。
地面を転がり流れながら川の上流まで殴り飛ばされた。
そのまま、しばらく地面に倒れ込む。
後ろを見ると、私たちが落ちた崖と、その下にある滝とが、何も言わずに存在していた。
左に数10メートル動けばまた川に逆戻りというような場所だ。
「____自分でも驚いてる…か」
私はこの場で、キルの返答について、どういうわけか考え込んでしまっていた。
いくら好きな人とはいえ、どうして他人のためにあそこまでできるような人が私をあんな目に遭わせられたのか、
そもそもあの力は何なのか、
両方とも、どうでもいい事のはずなのに。
____いや、本当にそれはどうでもいい事だった。
本当にどうでもよくないのは、漠然とした靄のようなものが頭にずっと付き纏っている側の方だ。
「ソナちゃんはずっと辛く思ってる…か」
薄々感ずいていない訳ではなかったが…
何故、キルは私に牙を向けたのだろうか…
____いや、私は何を考えている。
キルが私を襲った理由など一目瞭然だろう、それにそれが何であれ、それが正しいか間違っているかなんて関係ない。
それは私にだって言えることのはずだ。
私が復讐と称して彼にやっている事、それによるソナちゃんやレイ君への影響、全てを覚悟した上で私は復讐の決行に踏み切ったはずだ。
だから今さら、キルが何を言おうとどうでもいいし関係のない事なのだ。
全て…
「ごほっ、ごほっ、」
口から血を吐きながら、キルがゆっくりとこちらに近づいてきた。
そして着実に、こちらの方を見つめる。
私はそれに応えるように、ゆっくりと起き上がり直後彼へ剣を突きつけた。
「はぁ、はぁ、まだ…終わっちゃあいねぇよな…」
キルは一瞬息を止め、刹那____
「ぉぁぁぁぁぁぁああああああああ…」
キルの纏う赤い魔力がまた変化を始めた。
先ほどまで2本しかなかった魔力の腕が、みるみると増え続けていき、最終的には本来のも含めて8本の腕が彼の周囲に装備された。
「はぁはぁはぁ」
だがキルの眼はどこか虚ろで、弱々しい。
「さぁ、続きだ!!!」
キルは一気に距離を詰めてきた。
私も地面を蹴り上げて迎え撃つ。
そしてまた、2人は衝突と同時に打ち合いが始めた。
また、私が剣を振り、それが躱され、またキルが複数の拳で攻撃し、私がそれを避ける。
これが高速で何度も続いた。
だが更に腕が増えたことでより私は攻撃がしづらくなり、さっき以上の速度で徐々に追い詰められていった。
しかも、私は今頭がずっとモヤモヤして、まともに集中できないでいた事がそれに更に拍車をかけていた。
なぜ、なぜ関係ない事のはずなのに、戦闘中にまでそのことを考え続けるのだ。
なぜそこまで、キルの深層心理を探ろうとしているのだ。
心に風がずっと通っている。
いや寧ろ、私が自分から心へ風を通し続けている?
キルの腕の一つが私の剣を掴み、そのまま3本の腕で持ち上げられて奥にあった小さなほら穴まで投げ飛ばされた。
私は音を立ててその穴の壁に激突する。
そのまま地面までずり落ち、しばらくその場で倒れ込んだ。
「…いや、もしかしたら違うのかもしれないわね」
少し顔を上げれば、キルが私の反撃を警戒して構えているのがみえる。
完全に私が追い詰められている状況だ。
こんな状況なのに、私はまだ彼の事を考えていた。
____いや、考える必要がなくなっていた事に、やっと気づき始めた。
キルがなぜ私を襲ったかだとか、私をダンジョンの奥で縛っただとか、
そんなことは全てどうでもいいとか、そういう領域すらも関係ない別の所へ、既に私の心は入っていたのだ。
もう私に、キルへ復讐しようなんて気はない。
実行している内に飽きたからなのか、それとも無意味であると気づいたからなのか、それはわからない。
わからないが、確かに私には、もうキルへの復讐心はないという…それだけは間違いないといえる。
だから私は、ずっと心に風を通し続けていたのだ、それで素直に通ったあの風も、この事に気づいて欲しかったから。
あの違和感の正体は、これだったんだ。
「そう…そうね、そういう事よね…」
私は足を上げてすっと立ち上がり、剣をしまって真っ直ぐ彼の方を見つめた。
「だったら尚更、私はこの勝負を終わらせないといけない。キル、貴方に勝って、全部終わらせましょう」
私はフリーストレージを発動し、そこから…聖龍の剣を取り出した。
「!!!」
初めてみるそれに、キルは驚き警戒している。
私は右手で、捕むように剣を引き抜きそして彼に突きつけてこう言った。
「私たちの全部を、初めから、今ここで」
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