173話 B・M
キルの体から赤い、凄まじい量の魔力が放出された。
その魔力が空気を激しく振動させ、私でさえ立っているのに少し違和感を感じる程だ。
「っ、なに…そのアビリティ、そんなの隠してたっていうの?」
「あぁ、そうなるな…」
キルは剣を突きつけ、右足を後ろに置いて突進する構えをとった。
____今のキルからは、先ほどまでとは比べものにならない程圧倒的な魔力を感じる。
あれと戦うとなると、もしかするとかなりの苦戦を強いられるかもしれない。
少なくとも、ただ見つめるだけでそう予感させるくらいには、恐らく強い…「!!!」
私がここまで思考し、ではいざ行かんと意気込みを決めたその直後、キルが地面を蹴ってこちらに突っ込んできた。
それは、まるで獲物に飛びかかる熊のような、強く、凄まじい勢いだった。
「!!!」
ドン!!!!!!
私はなんとか剣でそれを受け止めた。
しかし、僅かでも力を抜けばそのまま押し切られそうな程の力である、腕力も強い。
「っ、」
私は無理矢理剣を押し出してキルを後方まで弾いた。
だがキルもしばらくしたところですぐに着地した。
「…こんな力、あんたどこで…」
「答える義理はねぇな」
「…なるほど、まぁいいわ」
そして私も、私の一切の加減ない全力の魔力を放出した。
その瞬間空気が震え、風が吹き乱れる。
「それなら、私も本気でいかせてもらうわよ」
そしてそのまま、キルへと一気に突進していった。
キルも即座に地面を蹴って私へと向かっていく。
両者はその間の位置でぶつかり合い、その場で鍔迫り合いが始まった。
互いの剣と剣がぶつかり合う、互いに互いを押し切れない。
だが数秒間繰り返している内に私の方が少しずつ違和感を覚えてきた。
これは…純粋な力比べではもしかするとキルの方が強いかもしれない…
なんとなくそう思えてきたがすぐには信じられず半信半疑だったので、とりあえず一旦彼との距離を取ろうと斬り合いを中断して森の中へと入っていった。
「!待て!」
キルはすぐにその跡を追う。
私は木々が複雑に生え並ぶ森の中を駆け抜けていき、その間あれを相手にどう対処するかをじっくり頭で考えていた。
だが当のキルはその剣で目に映る全ての木を一撃で薙ぎ倒していっていた。
私が通った跡の視界がどんどん良くなっていく、木の影に紛れて奇襲…というのはどうやら無理そうだ。
ではどうするか…と半ば悠長に考えていた矢先____
「[真空斬]!」
キルが剣を空中で振り、その残像がエネルギー波として現れてそのままこちらに飛んできた。
「!!!」
私はそれが腹部に当たる直前にサンドシチュエーションを発動させて躱した。
そのまま私は空中に散布し、キルの様子を観察する。
「ちっ、」
キルは私がさっきまでいた場所にすぐに到着し、この空中にいるであろう私を見つけようと辺りを見回し始めた。
キルが右を向けば私のいる方向だが彼はそれに気づけない、左を向けば私はいないから当然彼は気づかない。
…その、彼が左を向いたその瞬間を狙って、私は実体化しそのままボルトブレードで切りかかっていった。
「あああああああああ!!!!!!」
だがキルはすぐにそれに気づき、当たる直前に剣を出してそれを受け止めた。
だがやはり間一髪で受け止めたこの攻撃は今のキルでも簡単には防げないのか、彼の足は徐々に地面に埋まっていった。
このまま全体重を剣に乗せれば、どうやら勝てそうだ。
「…ちっ、舐めんなよ、まだ終わってねェ!!!!!」
キルが激しくそう叫んだ瞬間、彼は地面から片足を一度外してそれを思いっきり踏みつけ、そのまま私ごと巻き込んで空中へと飛び上がった。
「!?!?」
突然体が持ち上がって私は驚く、だがその隙にキルには私から離されてしまった。
「これでまだ、試合続行だな!!!」
三度キルが切りかかってきた。
「っ、さっきまではそんなセリフも言えなかったでしょうに…なんなのその力、ずっと隠してた訳?なんで昨日使わなかったの!」
そう言いながらキルを一度押し返した。
「さぁ、なんでだろうな!」
だが再びキルは切りかかってくる。
また、今度は空中で鍔迫り合いが始まった。
「まぁ確かに、こんなアビリティ隠し持ってたんなら「私を倒す」とあれだけ息巻いてたのも頷けるわ、よっぽど後の祭りを終わらせたいのね」
「後の祭り…まぁそうだな、俺があんなことしなければこんな面倒な事にはなってなかったかもしれねぇし、未だに俺たちはあの反社組織に虐げられていたかもしれねぇ…けどな」
互いの剣が一度同時に弾かれ、すぐに両者引き寄せられた。
「正直俺は、それに関しては因果応報だと思ってんだよ、これは全部俺に非がある。だから俺がお前に反逆する資格なんて本当はねぇ」
「よく分かってるじゃない、なら、なんでこんな意味のない事してんのかしら?」
また心に風が通った。
「当たり前だろソナのためだ!!!」
キルは喉を震わせてそう言った。
「お前気づいてねぇだろ?ソナがお前と一緒にい始めてからどうなっちまったか、心では何を思ってんのか、わからねぇだろうな、ソナはそういうの絶対表には出さないから!」
更に強く剣を押し込まれた。
「ソナはなぁ、…俺が言うのもなんだが、辛いんだよ、お前と一緒にい続けるのが。ソナは優しいから、こんな俺でも虐げられてんのをみると心が痛んでじまうんだよ、そんなことしてる奴と一緒にいるのを厭忌しちまうんだよ!!!」
私が剣に押し込まれた。
「きっと今ソナは苦しい、ずっと息苦しい、レイもたぶんそうだ!だから俺は、そんなソナを解放してあげるためにお前を倒す、お前を倒して、俺が救われて、そうやってソナを救うんだ!!!」
キルはそう言ったと同時に地面まで強く剣を振り下ろし、私を斜め下まで吹き飛ばした。
私は音を立てて着地し、すぐに追撃してくるキルを迎え撃とうと剣を構える。
「さっきから言ってるあんたのそれは、所謂『あなたの感想』でしょ?私はソナちゃんの気持ちに気づいてないみたいなこと抜かしてるけど、じゃああんたはそれでちゃんと気づけてる訳!?」
風が吹いて空へと昇る。
「当たり前だ!なぜなら!!!」
キルは即答と同時に剣を振り下ろして私の目の前に着地した。
私はその斬撃を左に少し動いて躱した。
今自分の目の真横にキルの剣がある。
「[パープルフレイム]」
私はレベル55で手に入れたアビリティ、パープルフレイムをその剣に放った。
これは紫色の超灼熱の炎を手から放つアビリティである。
その炎は吸い寄せられたように凄まじい勢いで剣に向かっていき、そして喰らうように剣を溶かした。跡形もなく。
キルはそれを即座に理解し、一旦後ろへ飛び戻って私から距離を置いた。
「俺はソナが…好きだからだ!!!」
キルは赤い魔力と共に、私へその剣を突きつける。
凄まじい剣幕だ、本当に…
愛する女を護ろうとする男…いや、
それに…下手すればそれ以上にも、感じられた。
____その時、突然キルの体を覆っていた赤い魔力が一瞬にして消えた。
いや、よく見るとキルが必死に胸を抑え、苦しそうに片膝座りをしていたのだ。
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