165話 早速復讐を実行
私たちは組織のアジトを後にして、森の中を進んでいった。
空を見上げるといつの間にか雲が過ぎ去っており、淡い夕陽が顔を覗かせていた。
私はそれを見て、「もうすぐ夜ね…そろそろ何か食べましょうか」と3人に言った。
「えぇ、そうね」とソナちゃんが応えた。
「ねぇレイ君、この辺りにいる食べると美味しいモンスターって知ってる?」
「そう…ですね、組織にいた時に食べた中で一番美味しかったのは[ホーンディアー]というモンスターでしたけど、ただあいつは…」
レイ君がそう言いかけた瞬間、小鳥が飛び去る音と共に奥にある草むらから角の大きい巨大な鹿のモンスターが走り去っていった。
もしやと思いすぐさまエコノミーカウンターで調べてみると、やはりそいつはホーンディアーという名前だった。
その情報に付随してホーンディアーのある特性についても記載されていた。
私はそれを読んだ上で「なんか丁度よく現れてくれたわね、よし。キル、あんたがあいつ捕まえてきなさい」と言い放った。
「は!?なんで俺が」
「は?あんた私に隷属している身、言ってしまえば奴隷と同じなの。そして奴隷には必ずそれを虐げる主がいる。そしてその主が私なの、ここまで言えば分かるわよね」
冷たくそう言うと、キルは小さく舌打ちしてそのままホーンディアーを追っていった。
そしてキルの姿が見えなくなると振り向いて「じゃあ、私たちはキルのが終わるまで待ちましょうか」と2人に言った。
するとソナちゃんが「え?でも、キル君1人にやらせるのはちょっと可哀そうじゃ…」と言ってきた。
「なに言ってるの、これは復讐なんだから、あれぐらいやらないと」
しかしここでレイ君が「しかし、あのモンスター…足がすごく速いんです。いくらキルでもあれに1人で追いつくのは至難の業です!」と反論した。
だがこれを聞いて、私は冷たい眼と共に、思わずふてぶてしくほくそ笑みながら、「でも、決して追いつけないって程ではないでしょ?」と答えた。
「だからやらせたのよ、私だって無理難題を押し付ける程理不尽じゃないわ。確かにキルではあれの走る速度に追いついて仕留めるのは困難かもしれない、でも頑張ればなんとか達成できる程度の困難さよ。だったら丁度いいじゃない、キルには達成できるかできないのかの瀬戸際を反復横跳びして、地味な苦痛をじわじわと味わってもらうわ」
「そんな…それ、アイラさんはキルを陵辱したいんですか!?」とレイ君が更に反論した。
「そうね、その通りよ。でもね、人って分かりやすい暴力よりも、案外こういう地味で普遍的な虐めの方が精神的にクるものなのよ」
私がそう言うと、急に2人の空気が静かになった。
私はその理由を察せられない訳ではなかったが、敢えて気にせずそのまま何気ない素振りで2人に話しかけた。
「さ、キルが戻ってくるまでに、薪だけ集めておきましょう」
両掌を顔の前で叩いてそう言うと、ソナちゃんの小さく「…がう」という声が聞こえてきた。
私はよく聞こえなかったので「え?なに?」と訊いた。
するとソナちゃんは私と目を合わせないためか視線を横に置きながら、先程よりも少し大きな声でこう言った。
「違う、なんか…違う。前のアイラちゃんは、そんなんじゃなかった、前はもっと、明るくて、現実を見ていながらもどこか楽観的で、生きているのが楽しそうで…眼も、暖かかった。でも今は、暗くて、怖くて、全然楽しそうじゃなくて、眼も…凍ってる」
ソナちゃんはゆっくりと、恐れているように私と目線を合わせながら、両手で自分の腕を掴んでそう言った。
私はそれを聞き、思わずその場で立ち尽くしてしまった。
それとほぼ同時に、あの日のことを思い出した。
街中で声をかけてきた見知らぬ男にまんまと騙され、カラダを奪われそうになったあの日のことを…
あの瞬間に感じていた恐怖がふつふつと蘇り、私は反射的に失笑してしまった。
「はは、そうね。確かに私は変わったかもしれない」
左手で左眼を覆いながら空を見上げてみると、景色がじんと滲んでいる事に気がついた。
「あの日から私は変わったと思う、前はもうちょっと心に余裕があったと思うけど、今の私にそれがあるとは思えない」
そう呟いて勢いよく首を戻し、2人の方をじっと見つめた。
2人は憂いだ瞳でこちらを見ていた。
その視線が矢のように私の胸に突き刺さった。
まるで昔の自分に射抜かれたような気がした。
今こうしてキルを理不尽に使役している自分を許さないという、強迫観念のようなものまで迫ってきた。
「…はぁ〜」
私は大きくため息を吐き、両手で後頭部を抱えながら片足で地面を捻じ回して後ろを向き、2人にこう言った。
「分かったわよ、時間的にももう十分でしょう。キルを助けるわ」
私は翼を展開し、キルが駆けていった方向へと飛んでいった。
空からキルを探していると、しばらくして一生懸命にホーンディアーを追いかけているキルの姿が見えた。
凄まじい走力で駆け抜けていくホーンディアーを仕留めるため、キルは近くにある木を蹴り上げて一気に距離を詰め、あれの背後を切り裂くという戦法を繰り返していた。
だがキルの脚力では木を蹴り上げてもあれには届ききれず、毎回ぎりぎりの所であれを切り損ねている様だった。
稀に届く事はあっても、せいぜい僅かにあれの皮膚に擦る程度であった。
あのままではホーンディアーを仕留めるまで何時間かかるだろうか、考えるだけで気が遠くなりそうである。
しかしキルの眼は血走っていた。
私の言葉に強迫され、したいはずのない面倒ごとへと漠然とした恐怖に体を強制的に動かされている人だけが見せる特徴的な目つき。
それが確かに見られただけでも、今日のところは満足だろう。
私はポケットウエポンで剣を生成し、ホーンディアー目がけて斜めに急降下し、そしてそのままこの子の首と胴体を切除した。
私は鹿の頸から吹き出た血を背景にしてキルの目の前に着地し、そして彼の方を振り向いて淡々とこう言った。
「さぁ、ご飯にしましょう」
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