164話 復讐の始まり。ありがとうを言おう。
私はもう一歩キルたちに近づき、改めてこう言った。
「そう言う訳だから、これからよろしくね」
添えるように作った笑顔はやはり不気味に感じたのか、ソナちゃんとレイ君の顔は青ざめ引き攣ったままだった。
地面に転がっている、私が殺した8人の男たちの死体も、その恐怖を引き立たせているのだろう。
キルも表情も恐怖で塗り潰されている、本当にいい顔だ。
___あの様子なら、私が計画していた復讐は達成されたも同然だろう。
このまま半永久的に私に従わなければならないという恐怖と屈辱を感じ続けたまま、キルには残りの人生を歩み続けてもらうとしよう。
私は悦びの余り不敵な笑みを浮かべそうになる頬を必死に抑え、まっすぐソナちゃんとレイ君の方を見た。
そう、キルへの復讐を達成する事はできたが、そうなると自動的にもう一つやる事が生まれるのである。
ソナちゃんとレイ君の誤解を解く事だ。
私の復讐心というのはあくまでキルに対しての感情であって、ソナちゃんとレイ君に対してのものではない。
寧ろ2人にはその逆、感謝をしたいという感情が胸にずっとあるのだ。
2人はあんな奴と2年間も極限状態を共にしているにも関わらず、私への罪悪感を消すようなことはしなかった。
それは、あのゴリラと戦う前に見えた、2人が私を見た瞬間恐怖で体が立ちすくんでいたあの光景が証明してくれている。
きっと、ずっと不安だった。
あの紙に書かれた名前を見て、キルに対する復讐心がふつふつと蘇ってきたとき、同時に漠然とした恐怖を覚えた。
「もし2人が私の事を忘れていたらどうしよう」と。
私がダンジョンの奥に縛りつけられた時、「助けてあげたい」と訴えるような眼で私を見つめながら、キルに連れられて帰っていった2人が私の事を忘れていたらどうしよう…と。
別に2人は復讐対象でもなんでもないのだから、客観的に見ればそれで何がどうなるのだという話であるかもしれない。
そうかもしれないが、しかしそれでも私はそれが漠然と嫌だと思ったのだ。
どこか、右側の胸がムズムズしたのだ。
だから私を見た瞬間の、あの恐怖で引き攣った表情を見た時、私は心から安心した。
「よかった、2人は私を覚えてくれていたんだ」と、心から嬉しくなった。
だから…それへの感謝を、今2人に伝える。
「___でもその前に、ソナちゃん、レイ君」
私は2人の目を見てそう呼んだ。
「勘違いして欲しくない事が1つあって、それは…別に私は、貴方たち2人の事を、何も恨んではいないの」
私はこう言ったが、2人の顔は依然引き攣ったままだった。
「寧ろ感謝してるくらいなの、2人が私の事を覚えてくれていて、私をあそこに放置した事への罪悪感を消さないでいてくれて」
私は両手を差し出しながらそう言った。
2人の顔には新たに困惑の色が浮かび上がっていたが、これでも尚そのほとんどは青ざめているままだった。
キルの方は少し緩み始めた。
このままでは2人に私の感謝は伝わらないと思い、もっと強い、言葉以上のことをしようと決意した。
「だから…」
私は地面を蹴り上げてソナちゃんの元に駆け寄って飛び込み、そのまま彼女の体を思いっきり抱きしめた。
そして…
「ありがとう!!!」
泣きながら私はそう言った。
「ありがとう、私の事を覚えてくれて。ありがとう、私を見つけてくれて。ありがとう、森の中を彷徨っていた私を、救い出してくれて。ありがとう、私にこの世界を教えてくれて。ありがとう、あの時…私に声をかけてくれて。本当に、本当に、ありがとう…!!!!!」
私は思いつく限りのソナちゃんへの感謝を、泣きじゃくりながら全力で伝えてみせた。
ソナちゃんはそれを聞いて、何を思ったのだろうか。
だけど彼女の瞳には私につられたように涙が浮かび上がり、表情も段々と潤い始めた。
レイ君は愕然とした顔でこの様子を見つめていたが、私はそんな彼に振り向き、同じように言葉を告げた。
「レイ君もありがとう、貴方は私になんて大した思い入れはないだろうに、それでも…私の事を忘れないでいてくれて」
レイ君はそれを聞いても、まだ少しだけ愕然としていたが、それでも少しだけ頬が緩んだ。
それはソナちゃんも同じだった。
2人は私と違い、少し涙ぐみながら、釈然としないような腑に落ちたような表情をしていた。
そしてソナちゃんが何も言わずに、私の服の袖をぐっと掴んできた。
それを見て私は微笑んで、「だから…こんな私だから、本当に信じていいの。心配しなくて大丈夫なの。安心して、確かに貴方たちはこれから私の旅に動向させる事になるけど、それは隷属させる為なんかじゃなく、貴方たちをこの組織やこの森から護るためだから」と伝えた。
「あり…がとう…」
ソナちゃんは袖を掴んだままそう言った。
そしてその後すぐに、少しだけ頬を緩ませて「じ、じゃあ…これからよろしくね…で、いいのかな?」と言った。
だから私は「うん!こちらこそよろしくね!」と笑顔で答えた。
ソナちゃんの顔が少し晴れていった。
レイ君も、安堵の表情がその顔に浮かんだ。
「……」
だがキルは、依然として気まずいような表情をしていた。
そう、お前はそれでいいのだ。
「ところで、今言った話、キル。貴方は忘れていいわよ」
私はそう言ってソナちゃんが袖を掴んでいた手をそっとどかして、彼の方へ近づいていった。
「貴方には関係ない話だから」
私はそう言い捨ててから彼の顎を指で掴んで軽く持ち上げ、奴の顔を私の目の前まで近づけさせた。
「貴方だけは宣言通り、私に隷属するの」
そう言って彼の顎から手を離し、再び2人の元へ帰っていった。
だがその時、「ふざけるな」というキルの声が背中から聞こえてきた。
そして、「ふざけんじゃねぇぇぇ」と言いながら彼は勢いよく突っ走り、その拳で私を殴りつけようとした。
だがその拳はサンドシチュエーションにより私の体をすり抜けた。
彼は勢いの余り私から少し奥の方まで走っていき、静止と同時に「クソ」と吐きながら後ろを振り向いた。
私は体を元に戻して「無駄よ、貴方じゃ私には触れることすらできない」と告げてやった。
キルは言葉を発せず、ただただ歯茎を噛み締めている。
「まぁ、そう言う訳だから。これからは私と、ソナちゃんと、レイ君の3人で行動を共にする事になります。キル、あんたは強制的にそれについてくる事になる訳だから、まぁ。せいぜい頼んだわよ」
この宣告に、キルは何も言い返すことができず、ただただ私を見上げ続けていた。
これから3人の旅が始まる…
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