163話 ジャッジメント
私にはキルを殺せない理由がある。
もし、キルが私の命令に従わず、組織に従属する事を選んだ場合は、事前に言った通りキルを殺す。
それとソナちゃんとレイ君を守る為に組織の人たちも全員殺す事になるだろう。
その後は、この森で2人を生かせるために私に同行させる流れになるはずだ。
そう、ここまでは恐らくいいのだが、問題なのはこうした場合の2人の精神状況と、その後の私の生活環境の変化にある。
もしソナちゃんとキル君以外を全員殺して、2人を守る為に私の旅に同行させたりなんてしたら、2人は一体何を思うだろう。
普通に考えたら、キルを殺した人殺しと一緒に旅をするという状況になる。
もちろん2人を脅してそうさせる訳ではないが、2人からしてみれば強制的にそんな目に遭わされていると感じ続ける事だろう。
そうなればストレスと恐怖は相当なものになるはず。
そんな感情を抱えさせたまま、私は2人に旅をして欲しくないし、生きていて欲しくない。
だがキルを殺せばそうなってしまう可能性が高いだろう、だから殺せないのだ。
もし、キルがその事に気がつけば、2人を殺すと言ったあの脅しは全く効果を成さないものになる。
それどころかこの場でボスに従った方が自分たちも守れるし、住む場所も引き継げるから、実はキルからしてみればこちらの方が得策であるのだ。
万が一この事に気づかれると、というよりこの事実を推察されると、間違いなくキルは組織を裏切るという選択を取らなくなるだろう。
…そうなれば、私の復讐は失敗となる。
この復讐が成功するかどうかはキルの性根しだいというのは、こういう事でもあるのだ。
さて、どうなるか…
「ちっ、全滅したのか…」
ボスは不満気にそう言った。
「で?それなら何でお前たちがそういう状態でここにいるんだ?」
続けてボスがそう言った瞬間、3人の背筋が同時に震えるのが見えた。
「それは…どういう…」レイがそう訊き返しかけたのを、ボスは「何故手ぶらで帰ってきたのかって言ってんだ」と答えつつ一蹴した。
それにより3人はまた、同時に震えた。
マズいな、威嚇の効果が思った以上に強力だ。
ボスの発言の一つ一つに3人ともが、まるで世界の終りが差し迫っているかのような怯え方をしている。
このままではあれに屈して、本当に私の命令を背く可能性が出てきた。
___マジでやめて欲しいそれは。
「も、申し訳ありません…」
ソナがか細く謝罪した。
「謝罪なんて求めてねぇ、おいキル。お前がこのパーティのリーダーだったよなぁ」
ボスはそう言うとまさぐるようにキルの目の前まで勢いよく詰め寄った。
「お前、なんで俺のコドモたちを見捨ててお前らだけ逃げ帰ってきた、そしてその落とし前はどのようにしてつける!?その説明をこっちは求めてんだよ、なあ!?」
そして、ボスはそのままキルの心根を抉りとるかのような口調で強く脅迫した。
その時、キルが大きく唾液を呑む音がしたのを私は聴き逃さなかった。
恐らく、この場で組織を裏切るからと告げようか悩んでいるのだろう。
確かに、それを言うなら今が絶好のタイミングだ、そうなれば私の復讐も達成される。
だが待て、どう捉える。
もしあの唾液が、「私の命令に背くかどうかまだ決めかねています」という意味の唾液だったらどうする?
…分からない、私もキルの心を読める訳ではないから、あの唾液の真相を今すぐ知ることはできない。
しかし、今この瞬間で、キルの中で運命の選択肢がせめぎ合っているのは確かだ。
いや、せめぎ合っているのだとすればその時点で、私の心理を読んで命令に逆らうという選択を取ってくる可能性も高い訳だが…
何れにせよ、答えはもうすぐ分かるだろう。
キルが私の脅迫かボスの威嚇、どちらの意志に従うかの選択肢の答えは…
「…ボス、あの…」
キルが小さくそう言った。
「何だ、説明を聞かせてもらおうか」
「俺…たち…」
キルの声は依然小さい。
そこで彼は気を引き締める為か、一度低く深い深呼吸をして、眼に光を屈折させながらも覚悟のこもった声でこう叫んだ。
「俺…たちは、ボス!!!貴方を今この場で!!裏切る!!!」
「………」
その瞬間、一瞬この空間を静寂が包み込んだ。
だがその後すぐにボスが「ほう…お前、なにふざけたコト言ってんだ?なにふざけたコトほざいてんだよおおおおおおおお!!!!!」と叫びながら端末から剣を取り出し、キルの首筋へ切りかかった。
私はすぐに砂から実体へと姿を戻し、同時にソードコールで剣を生成して着地しボスの一撃を受け止めた。
「…!!!アイラ…」
突如目の前に現れた私にキルが気づき、思わず呟いてしまったというような声でそう言った。
私はそれを無視し、目の前のボスを注視する。
「なんだお前、どうやってここに入った、そして何者だ!」
ボスのその問いに私は「さぁ、知らなくてもいいんじゃない」とだけ答えてボスの剣を弾き飛ばし、そのまま腹部に斬撃を加えた。
「!?う…ああああああああああああああああ」
ボスは腹部から血を吹き出しながら地面に倒れ込み、その場で悶え苦しみ始めた。
こうした事で、さっきまで私の登場で呆気に取られていた8人の男女も恐怖からか意識を取り戻し、焦るように私に銃口を向けた。
「へぇ、この世界にも拳銃ってあったんだあー、まぁ関係ないけどね。撃ちたいなら撃ちなさいよ、その代わり全員殺すわよ?」と笑顔で私は言った。
しかし実際は、拳銃は完全に想定外であった。
まさかこの世界にそんなものがあるとは思わなかった、そして今ここでそれを使われると、私はサンドシチュエーションですり抜けるから問題ないがそうすると後ろにいるソナちゃん達に当たってしまう。
だから実のところ絶対に撃って欲しくはなかった。
なので更なる脅しのため、「こんな風に」と言いながら地面で悶えてるボスの首を切り飛ばした。
だがこれは逆効果だったようだ。
ボスを殺した後、私はもう一度部下たちの方を見たが、その内一番左端にいる男が恐怖のあまりそのまま引き金を引こうとしているのが見えた。
あのままでは数発乱射しそうな雰囲気である、恐らく錯乱させ過ぎたのだろう。
私は仕方なく地面を蹴り上げて女一人以外全員の腹部を切り裂いて死亡させ、更に女からも持っていた拳銃を奪い取った。
「あ、ああ…あああ」
女は眼に涙を浮かべ、青ざめた顔で私を見つめている。
だがあの女一人を生かしたのは何も気まぐれや蔑視ではない。
一人だけ生かしてそいつを利用するためだ。
「ねぇかわい子ちゃ〜ん、いい顔になってるじゃない。いい顔ついでにさあ」
私は一気に女の目の前まで接近し、拳銃を首元に突きつけて脅しながらこう言った。
「実はボスは自分が死んだらあんたにボスになって欲しかったそうなのよ、だから今からはあんたがボスね。そしてあんたはそのボスの権限を使って金輪際私とキルたちに攻撃しないよう全部下に指示しなさい。いいわね?」
「そんな…ボスって、そんな話聞いたこt…」
「あんた読解力ないの?実はそうだったのよ、分かったらさっさとそうしなさい」
私は銃口を更に首筋に押しつけた。
「は、はい!!!かしこまりました!!!!!!」
女はその瞬間泣き声で逃げるように去っていった。
「___ふぅ、さてと、」
私は剣をしまい、そっと3人の方を見た。
3人も私を青ざめた眼で見つめている。
…私は敢えて気にせず、8つの死体が血溜まりと共に転がる中3人に向けてただ淡々とこう言った。
「さぁ、約束通り、これから貴方たちはこの私に隷属してもらうから」
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