162話 裏切りの命令
「クソ、何で俺たちがこんなことに…」
キルが愚直をこぼした。
「仕方ないんじゃない…?後の祭りっていうか、元々私たちが巻いた種な訳だし」
それに対し、ソナが優しく諭すように返したが、キルは「クソ」と再びこぼすのみだった。
そんな2人を、レイは不安そうに見つめていた。
キル、ソナ、レイは、自分たちの所属している反社会的組織のアジトに向かっている。
その組織を裏切るために…
私はキルたちに所属している反社の組織を裏切れと命令した。
その後私に無期限で従属しろ、さもなければ殺す。と脅しもした。
それが私の、ダンジョンの奥で私を縛り付けた3人への復讐であるという訳だ。
しかし、復讐といってもそれだけの恨みがあるのは実はキルだけで、ソナちゃんやレイ君へはそれはない。
寧ろ可哀想とすら思っているくらいだ。
キルは見るからに強情で自己中心的な性格だ。
だから自分の気に食わないものは可能であるなら絶対に排除しようとする。
そんな人物がリーダーであって、2人とも何の恐怖も覚えないはずがない。
ソナちゃんもレイ君も本当に優しい人だ。
だけどリーダーであるキルに逆らうのが怖くて、付き従うしかなかっただけなのだ。
本当は私…というより武器も持っていない1人の人間をあんな所に縄で縛り付けて放置する行為を黙認するはずがない。
ただ仕方がなかった、というだけであるはずなのだ。
それならば私は何も咎めないし、嫌悪もしない。
2人に悪意はないのだとしたら、寧ろ悪意あるリーダーに巻き込まれていて可哀想だと思う。
だから私のキルへの復讐のために2人を更に巻き込ませてしまっているのも申し訳ないと思う。
けどキルに最も効果的に復讐をする方法は、私にはこの方法しか思いつかなかった。
反社の組織を裏切らせるなら、やはり3人とも裏切らないと不自然であるからだ。
何故反社組織を裏切らせるという行為がキルへの復讐行為になるかというと、それはやはり与えられる恐怖の量だろう。
反社の組織を裏切るともなれば、当然ただでは済ませてくれない、下手をすれば命を取られかける…という事にもなるかもしれない。
しかしそこにはソナちゃんとレイ君もいるので、そうなったら当然3人の前に私が割って入って3人を助ける。
3人はそれで確実に、そして結果的には安全に組織を抜けられるだろう。
キルとしてもこれで今まで自分の心を縛っていた組織という存在が消える訳だから、その瞬間は安堵するはずだ。
しかし、それとほぼ同時に最悪の事実にも気がつくのだ。
この後自分は、もしかしたら一生、かつて自分がダンジョンの奥に捨て置いたあのアイラに隷属しなければならないではないかと。
それがキルにとってどれほどの圧力になるのかは分からないが、奴の性格から考えてかなりの精神的苦痛を与えられる可能性が高い。
この事に組織から解放された直後に気づけば、それに加えて漠然とした未来的な恐怖も与えられるかもしれない。
一方の私は、キルにそんな感情を抱えさせたまま、私に従属させているという事でこの上ない優越感に浸る事ができるのだ。
そうなった時の満足感は、きっとシンプルに力で彼をねじ伏せるより何倍も確かなものだろう。
それが成功した時の自分を想像すると、心が躍る。
「なぁ、よく考えたら今アイラは近くにいないんだし、もしかしたら逃げられるんじゃ…」
その時、キルがこのようにほざいてきた。
だから私は「何言ってんの?貴方たちの行動は絶賛監視中よ、絶賛してるのは私だけだけどね」と告げてやった。
「!?いるの!?今!?」とソナちゃんが驚いた。
レイ君は言葉にしないものの似たような表情をした、キルは黙って舌打ちをした。
今私は、サンドシチュエーションを使用して全身を砂に変化させ、それで3人の近くの空気中に細かく分散して気づかれないように3人を監視している。
だからキルが逃げようとしたり何か怪しい動きをしようものならすぐにそれを阻止したり逆にこちらからいつでも脅しをかけられる状況にあるのだ。
「クソ、なんでだよ」
そうしている間に、遂に3人は反社組織のアジトにたどり着いた。
アジトは全体が木でできた木造物で、自然に生えている木に括り付けるように建物が建てられている。
その中へと、キルが恐る恐る入っていく。
そこには2人の見張りがいたが、キルがボスに話があると言うと簡単に中に通して、見張りの人がボスの部屋まで案内すると言った。
これには正直驚いた、反社組織のボスというのには、案外簡単に会えるものなのだなと、
見張りは何も疑いもせず、3人をボスのいる部屋の手前まで案内した後、元の持ち場へと戻っていった。
いや、この組織が特別なだけかもしれない、若しくはキルが相当組織に信頼されているかのどちらかだが…
_____余りそうは見えない、
兎に角、3人はボスに謁見する事に成功した。
「…どうした?お前たち、なぜ3人だけ…部隊の他のメンバーはどうした?」
そのボスと思われる、部屋の奥で椅子に腰掛けているスーツ姿で大体30代後半くらいのオールバックの男性が、3人にやや圧を含んだ声でそう訊いた。
部屋にはこのボスの他に、護衛か秘書かのいずれかと思われる、全身スーツにサングラスをかけた7人の男性と1人の女性が立っていた。
「その…部隊なのですが…き、強力な、モンスターに襲われて…全…めつ、しました」
キルが震えを隠しながらそう言った。
あのボスの事をかなり恐れているようである、確かに見たところキルよりも強そうだ。
…とはいえせいぜい誤差程度な気もするのだが。
エコノミーカウンターで調べたところ、どうやらあのボスは[威嚇]というスキルを持っているらしい。
このスキルは自分よりほんの僅かでも魔力量の少ない相手を例外なくまるで自分とは圧倒的な実力差があるかのような感覚に陥らせる事ができるスキルらしい。
なるほど、それなら確かに納得だ。
キルたちとボスの間にはそれほど魔力差はないから、戦えば全然勝てる相手であるはずなのだが、このスキルのせいでボスには逆らってはいけないと思い込んでしまっているのだろう。
逆に私はあのボスよりも強いからその効果を受けていないのか。
まぁ、スキルについては想定外だがどの道似たような展開になる事は予想できていた。
ここで問題なのが、キルがきちんと私の命令に従うかどうかだ。
キルが私の命令に従わずに死ぬ恐怖よりも、ボスに逆らって拷問を受ける恐怖が勝ってしまった場合どうするか…
もちろん、後者を選べば殺すと脅してはいるから、それを鵜呑みにしてくれれば前者を選んでくれる筈ではある。
だが拷問で長時間苦痛を感じるくらいなら、痛みはすぐに終わる死の方がマシだと考えたりしたら、
それに、本音を言うと私にはキルを殺さない理由がある。
…正直、ここに関してはキルの性根を信じるしかない。
私の思う通りに動いてくれるかどうか、私の復讐は、全てそこにかかっているのだ。
果たしてキルはどう動くのか…
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