161話 ギルドの過去
私はゴルファングの死体の上で楽立膝坐りをし、3人を見下ろした。
逆に3人にはその場で正座をさせ、そんな私を見上げさせている。
巻き込まれているソナちゃんとレイ君には申し訳なく思うが、それ以上にこんな状態のキルを見ていると本当にいい気味になる。
「さて、じゃあ一から説明してもらいましょうか、キル」
改めてキルを催促し、状況説明を求めた。
「…っ、わかったよ」
キルは私への恐怖を隠しながら気怠さをわざと表に出すようにしてそう言った後、この2年間で何があったのかの説明を始めた。
「俺たちはお前をダンジョンの奥に放置した後、街に戻った。そん時にこいつらが「やっぱり戻ってお前を助けた方がいい」と言ってきたが俺は全て無視した。そしてギルドに戻った後、俺は受付嬢にお前のことをダンジョンで内で死亡したと報告した、これで何もかも隠蔽できたと思ったんだ、後はこいつらがお前のことを忘れれば、完全に元通りになると思ってたんだよ、けどある日…予想だにしてない事件が起きた、いや、判明しちまったんだ。どうやら、ソナの姉貴が、街の近くの森の中で死んでんのが発見されたらしい、近くには何者かに殴り殺された[マックスベアー]の死体もあったらしが詳しい事はあまり知らねぇ、だがとにかくそれが発見されたらしいんだよ。それを聞いて、当然ソナは姉の様子を見に行こうとした、俺たちもそれについていったって訳だ。そこで見たのは、間違いなくソナの姉の死体だった。遺体なんて綺麗な言葉で取り繕うのはお門違いだって思っちまう程の、紛れもない死体だったんだ。それを見て、当然俺たちは悲しんだ、ソナに至っては号泣した。だがソナが姉貴の死んだ経緯を知った時、それ以上にソナは怒りを覚えたらしい。ソナの姉は、正直に言って戦士としてあまり優秀な方ではなかった。実力は妹の方がずっと上だし、成果もいいものは得られずにいたらしい。そういう才能の有無ってのは、子どもの頃から如実に現れるもんだ、だからあの国では、下手すりゃ一生涯軽蔑の対象にされる。ソナの姉貴は子どもの頃から同級生からの嫌がらせを受けることが多かったらしいし、大人からも常に冷笑されてるような感覚がずっとあったらしいんだ。だから仲のいい友だちってのはほとんどいなかったし、恋人だってできないままでいたらしい。そういうどうしようもない境遇の劣悪さが、ソナの姉貴の心を日に日に追い詰めていったんだろうな。ある日ソナの姉貴は本来彼女の実力じゃクリアは到底無理なクエストを受けさせて欲しいとギルドに頼んだみてぇだ。他の国だったらそんなこと頼めば受付嬢が止めるんだろうが、何せあの国だからな、当人にその気があれば簡単に受理される。そしてそのクエストで恐らくマックスベアーとは別の相当強力なモンスターに襲われて、殺されたんだろうな…ソナの姉貴は高難易度のクエストをクリアすれば少しは自分の境遇が良くなるのかもしれないと思ったのかもな。だがソナはその経緯に腹が立ったんだ。お前は知らないだろうが、ソナはずっとあの国の異様なまでの戦士への信頼を良く思ってなかったんだよ。こういう事もソナの姉貴が初めてではなかったし、そもそも戦士の才能一つで社会的地位が大きく左右されるなんておかしいって、普段表には出さないが常に思ってた。姉の人生を間近で見ていたから余計そう思うようになったんだろうな。ソナは姉の死因を知ってすぐ、受付嬢に叫んだ、「皇帝に会わせろ、でなければせめてギルドマスターに会わせろ」と。姉が最悪の事態になってしまって、抑えられなくなったんだろうな。当然その騒ぎは国全体に広まった。多分ソナはギルドから相当な問題児として捉え、遂にギルドマスターが直接ソナの前に現れた。そこでもソナは変わらず、「今のケルシアはおかしい!」と談判した。でもそれは、これまでずっと当たり前だと考えられてきた正義に対して、悪だと突きつけるような行為だ。考えてみろよ、支配階級含めて何百年も一生木の葉を集める国民だらけの国があったとして、いきなり木の葉集めを辞めてどんぐり集めを始めろなんて騒ぐ奴が現れたとしたら。当然そいつは国の治安を毒そうとする危険因子が現れたって国民全員に捉えられるだろ?ソナも、そうなっちまったんだよ。ソナはギルドからその記録を抹消すると通達された、それは、あの国では戸籍を消すと言われたのと同じようなもの。このことでソナはケルシアに完全に失望して、この国から出ていくと言い出した、これで俺たちともお別れだと。俺は放っておけなかったからソナについていった。レイも、2人を置いて自分だけ残るなんて許せないと苦しそうな声と迸るような眼でそう言った。これで3人ともギルドからは記録が抹消されて、パーティー3人の宛てのない旅が始まった。でも半ば追放に近い形で国を出ていった末に3人だけで生きていくのは限界があって、俺たちはこの森に着いた時点でほとんど力尽きてしまった。そしてあの反社たちに捕まって、「このまま我々に殺される」か、「我々の仲間になるか」と2択を突きつけてきた。俺たちは他に生きる道もなくなっていたし、とはいえ殺されるのも御免だったから、仕方なく奴らの仲間になる事にした。そして奴らのメンバーとして働いている中で、今日たまたま食料採集の最中にゴルファングに襲われて、全滅の危機に瀕して、それで………今に至るって訳だ」
キルはここまで、思っていたよりも懇切丁寧に説明した。
全て聞き終えた後、私は一度大きくため息を吐き、改めてキルに確認した。
「…なるほど、その話に嘘はないのね?」
キルはまたも気怠げそうに「そうだよ…」と答えた。
その時ソナとレイの様子を確認したが、2人ともこの状況が終わる事を暗に祈るような表情をするだけで、人の嘘を聞いたような顔はしていなかった。
だから私は今の話を全て信じることにした、というより信じたい節の方が強かった。
事実、今のが事実なら私がずっと疑問だった『何故私含めパーティの記録がギルドから抹消されていたのか』の謎がようやく解決したことになる。
だがまだ、今のを聞いても疑問に思った点が2点程あったのでそれを言及してみる事にした。
「分かったわ、ただ2点程疑問点があるんだけど訊いてもいいかしら?先ず発見されたソナちゃんのお姉さんっていうのは、白いフリースに青いズボンを履いた19歳くらいの人?」
この質問に対して、キルは「それは…」と覚えていないのか口ごもったが、すぐにソナが「確か…そうだったはず、どうして?知ってたの?…」と答えた。
「いえ、何となく訊いただけよ」
あの時___この世界に転生して3週間くらいが経ったあの日、この世界で初めて見た人間の死体…その人も確かそういう見た目をしていた気がするが…
さっきサーチエンジンで調べたところによると、マックスベアーというのは私が最初に戦った…つまりその死体を見た直後に倒した熊のモンスターの事とのこと。
もしかするとあの時見た死体はソナちゃんのお姉さんのものだったのかもしれない…まぁ、真相は分からないしもしそうだったとしてだからどうなのだという話だが、
「じゃあ2つ目の疑問。キル、どうしてあんたはソナに着いていく決断を下したの?」
「え?」
「だってそうでしょ?14の子をダンジョンの最奥に平然と放置するような奴よ?そんな正義感があるだなんて思えないけど」
「それは…」
キルは気まずそうに、ソナの方を見た。
その時のキルの顔には、どこか恥じらいが浮き出ていた。
それは正しく、恋をしている人間のする顔だった。
「_____はぁぁぁぁぁ」
それを見た瞬間、私は無意識に荒々しいため息を吐いていた。
本当に腹が立ったのだ。
あの時、無情にも私をダンジョンの最奥に縄で括り付けた癖に、そんな仕様もない理由で己の人生をどぶに捨てるような決断を下さるのか、
怒りも悔しさもやらせなさもそれぞれ通り越した名付けようのない感情が腹の虫を過ぎった。
私はそれの八つ当たりと再度の威嚇も兼ねて、サンダーロッドで近くにあった木を一本倒した。
3人はその衝撃音に連動するように震え怯えている。
そして、私は「もういいわ。よく聞きなさい」と言って立ち上がり彼らにある命令を下した。
同時に雨が止み、僅かに生じた雲の隙間から晴れ間が顔を出す。
「貴方たち、今すぐ所属してる反社の組織を裏切って、私の元に戻ってきなさい。そうすれば、せいぜい私の旅に無期限で従属する程度の復讐で許してあげる」
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