156話 クエストクリア
1時間が経過した。
動かなくなったアクアドラゴンの横で、もうほとんど残っていない魔力を繋ぎ止めるようか細く早い息の音だけが響いていた。
「…これだけ動かないという事は、どうやら本当に倒したようでござるね、アクアドラゴンを…」
「そうね、まぁでも…生きていようといまいと関係ないのよ」
私は木の棒を支えるように起き上がり、地面に落とした剣を拾ってアクアドラゴンへと近づいた。
そして、奴の腹を思いっきり剥ぎ取り、それを端末の中に収納した。
「どちらにせよ、この皮膚さえあれば、クエストクリアなんだから」
「そうか…」
イコウガも同じく体を無理矢理起こし、木に手を当てて体を支えながら私に言った。
「それじゃあ、こんな所さっさとずらからでござるよ、アクアドラゴンが死んだと気づいて、他のモンスターがこの辺りに集まってこないとも限らん」
「そうね、早くいきましょうか」
私は手に持っている剣と聖龍の剣をしまってから、イコウガと一緒にこの場所から3km程離れた位置にある樹海まで移動した。
「ふぅ、ここまで離れれば、まぁ大丈夫でござろう」
____2人とも、たった3km歩いただけでもうふらふらだった。
それだけ、アクアドラゴンとの戦いで消耗した魔力は計り知れないという事だろう。
「…お主、これからどうするつもりでござる?」
「そうね、取り敢えずこの皮膚で依頼主から報酬を受け取った後、どうにかして仕事を手に入れるつもりよ」
「そうか…ところで一つ聞きたいのだが、何故お主は仕事を欲しているのだ?」
「は?そりゃ誰だって何かしら欲しいでしょ」
「いやそうではなく、お主の住む国はケルシアでござろう?あそこならお主程の実力があれば簡単に戦士になって収益も平均以上に稼げると思うのだが」
「それ、アクアドラゴンのとこに向かってる途中で話したでしょ?よく分かんないけど元々組んでたパーティが何故かギルドの記録から抹消されてて、そのまま自動的に私も戦士の職を失ったのよ」
「そうか、そう言えばそう説明されたでござるな、よく分からない話だが、まぁケルシア自体可笑しな国でござるからな」
イコウガはそう言いながら目元を隠すように自分の額に手を当てながら空を見上げた。
だがそれ以上に私はイコウガにどうしても訊きたい事があった。
「てか、一つ訊きたいはこっちの台詞よ、何なのよあの何か凄い力、私と戦った時は手加減してたって事?」
「…あぁ、その話か」
イコウガは一度迷ったように口を閉じた後、慎重に口を開いてこう言った。
「すまない、あの力について詳しい事は話せん、とういうよりあまり話したくないのでござる。ただ…拙者自身はあの力があまり好きではない、だからお主との戦いの時もできれば使いたくなかった、だから使わなかったのでござる。それをお主が手加減と捉えるなら、そうなのでござろう」
「…なるほどね」
イコウガは視線をずらすように目元を下向けながら話した。
本当にあまり触れられたくない話のようだった。
「まぁどうでもいいわ、何れにせよ、私たちはここでお別れみたいだし」
「…そうでござるな」
そう、私たちはあくまで、カラーを盗んだ盗っ人と、それを盗まれた被害者の関係。
戦って勝ってカラーを取り返せた後にたまたま盗っ人がアクアドラゴンを倒すのを手伝ってやると言ってくれたから一緒にいただけで、旅の仲間でも何でもないのだ。
「楽しかったわよ、何だかんだ貴方と話すの」
「ふっ、盗っ人の拙者と話してて楽しい…か、面白い奴でござる」
イコウガはそう言ったが、その時彼の頬がほのかに緩んだのを私は見逃さなかった。
「なに、嬉しいの?」
「どうでござろうな」
イコウガは体を支えていた木から手を離し、まっすぐ私を見つめてきた。
「それじゃあ、ここでお別れでござる」
「えぇ、そうね」
「また、何か縁があれば、どこかで」
「どこかで」
私たちは軽く大きく手を振り、互いに目を合わせ合ってから彼は森の奥へと歩いていった。
イコウガはこれからも、盗っ人を続けるのだろうか。
戦士になろうとしないのかとはこっちが逆に訊きたい話だ。
あれだけの実力があるのに、どうして態々あんな事をやっているのか…
まぁ、向こうにもいろいろと事情があるのだろうと思い、私も木にもたれかかって改めて身体を休ませた。
「あと1日休んだら、さっさと森を出て報酬貰いますか、納期とかも気になるし」
私はようやく長いこのクエストが終わるという抑えきれない程の希望を確かめるように、一人そう呟いてから、ゆっくりと目を閉じた。
翌日の朝、目覚めた私は足早に森を抜けていき、ケルシアの街に戻ってきた。
「さてと、ここも3週間ぶりか、でもあの男ってどこにいるのかしら?」
依頼の内容は依頼主のあの怪しい男に直接アクアドラゴンの鱗を渡す事、だからあの男が目の前にいないと取引が話が成立しない訳だが…見たところその姿は見えない。
そう言えば戻って来た際の待ち合わせ場所みたいなのは決めていなかったか…
とは言え見つけないと今までの苦労の全てが水の泡だ。
私は何としてもあの男を探そうと必死に首を動かした。
「あぁ〜、アイラさん〜」
その時、聞き覚えのあるねっとりとした声が後ろから聞こえてきた。
あの男である。
このまま見つからないという最悪のケースも一瞬脳裏に過りかけていたところだったので、見つかったのは本当に良かったと私は心から安堵した。
「はい、倒してきたわよ、アクアドラゴン」
私はそう言って男にアクアドラゴンの鱗を収納した端末を手渡した。
「おぉ〜、ありがとうございますう〜、では早速…」
男がそれを受け取った瞬間、男のポケットの中にある何かが光ったような気がしたが、この時は敢えて気にしなかった。
「はい〜、ではこれをギルドに持っていきますぅ〜、ありがとうございますぅ〜」
「報酬の半分は貰える約束なのよね?信じていいのかしら?」
「ええもちろん〜、ギルドから受け取った報酬を貴方に半分渡しますよぉ〜、ではまたぁ〜」
男はそう言って去っていった。
しかし、それから丸一日が経過しても、男が私の元へ再び現れて報酬を渡しに来る事はなかった。
私はまさかとは思いながらも考えない事にし、ギルドにあの男が報酬を受け取っていないかと訊いた。
ギルドは、「記録に無い」と答えた。
これは後から知った事だが、どうやら世の中には報酬となり得るアイテムを受け取った瞬間、そのアイテムを消滅させる代わりにその対価に見合う分のカラーを自動で生成するアビリティが在るらしい。
恐らく彼奴はそれを使って鱗を受け取った瞬間、又は直後にカラーを生成していたのだろう。
これならギルドを介していないから、私と交わした取引も嘘にはならない、それどころかただ個人的にアビリティを使っただけと言い訳すらされてしまうかもしれない。
要するに私は騙されたのだ。
私は3日経ってようやくそのことに気付いた。
更にそれから3日も経ってくると、いつまでもこの街に無職のまま滞在している事への焦りと劣等感が積もってきた。
何でもいいからどうにかして仕事を見つけないと、
バスコ村から貰ったお金があるので最悪生活には困らないが、意外にも何かしらの職に就いていないと心持ちが全く安定しないものなのである。
それを抱えてイライラしながら街を歩いていた時、全身を黒スーツで包んだ営業マン風の男に話しかけられた。
「君、今もしかして仕事ない?」
今思えば、騙された直後だと言うのに愚かな話だ、私はその一言を天から差し伸べられた救いの手のように感じて、喜んで「はい!!!」と答えてしまった。
「それなら、いい仕事を紹介してあげるよ、それも今すぐできるんだ、着いておいで」
そう言って男は私を手招きした。
私は呑気にそれに着いていき、やがて人気のない街外れに佇む、小さなガレージにたどり着いた。
「この中が、君の新しい職場だよ」
中に入って見ると、そこには床一面に敷き詰められた紫色のカーペットと、大人の男性一人分くらいは触れそうな大きさのベッドが一つ置かれてあるだけの部屋があった。
全体の広さは10㎡にも満たないもので、どういう訳かこの部屋に2人が入った途端まるで私を閉め出すように男はシャッターを閉めた。
部屋には僅かな照明の光だけが、薄暗くベッドを照らしている。
「あの…私はここで何を…」
言いかけたその瞬間、突然下着以外の私の衣服全てが脱げ落ちた。
「_____?????」
あまりに唐突で理解が追いつかず、私は反射的に服を着直そうと急いで地面に落ちているスカートに手を伸ばした。
だがその瞬間___
「キャはっ」
超能力のようなものでベッドの上まで吹き飛ばされた。
私は睨むように、恐る恐る男の顔を伺った。
「おっと、そう言えば説明がまだでしたね、貴女の新しい仕事というのは…」
その男の口から放たれた言葉は、ここまで追い込まれた者であれば全員が予想のつく、そして一番聞きたくない言葉だった。
「私にご奉仕する事です、そのカラダで」
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