150話 生活先の問題
〔レベルが32になりました。新たなアビリティ、[スターボム]を会得します〕
「はぁ、はぁ、はぁ」
私はイコウガとの決着が着いたとほぼ同時に、聖龍の剣を異空間に戻してしまい、そしてその場に倒れ込んだ。
イコウガも地面に膝をつき、同様に息を切らしながら観察するように私を見た。
「お主」
「は?」
「さっきのは何だ、まるで…覚醒でもしたかのようでござったが…あの奇妙な剣の力なのか?」
「あぁあれ?そうよ、聖龍の剣っていって、貴方が貯蔵金を盗んだ村から貰ったの」
「…そうか」
静かに風が通りすぎ、私たちの間に暫くの間無音が生まれた。
「______一つ、訊いてもいい?」
「なんでござる」
「私、貴方が個人にならともかく、小さな村の貯蔵金を盗むなんて事、するような人だとはどうしても思えないんだけど。だって子供たちも巻き添えを喰らうのよ?」
「…確かにそうだな、その通りでござる」
イコウガは右手を力強く握り締めながらそう言った。
「これは独り言でござるから、聞き逃してくれて構わないのだが……あの日、拙者はこの世に生を受けた日でござった、そんな時あの村を見た。子供たちが無邪気に笑えるあの村を…それで、自暴自棄になったのかもしれぬな」
そう語りながら、イコウガは私から隠れるように俯いた。
右手も、変わらず強く握り締めたままで…
「………」
「さて、そろそろ約束の話に戻ろうか」
唐突にイコウガはそう切り替え、重たそうに自分の体を起き上がらせた。
「先ず、最初に交わした約束から片付けるとしよう。お主が勝てば、拙者が盗んだカラーを返してやるんでござったな」
イコウガはそう言うと、ポケットに忍ばせていた端末を取り出し、そこから小包みを取り出して私に渡した。
「これが、お主から盗んだカラー、全部でござる」
イコウガがそう言ってきたので確認すると、確かにそこには相応の量のカラーが入っていた。
「ホントに全部なんでしょうね」
一応私が確認を兼ねてそう吹っ掛けると、イコウガは「疑いたいのなら好きにすればいい、だが拙者は確かにそれを返したでござる」と迷わず答えた。
まぁその反応速度と疑われても構わないと言い切るような内容からして、本当であることは間違いなさそうだ。
それにイコウガがそんなくだらない事をするとも思い難い。
「なら、信じるとしましょうかね」
私はそう言って小包を受け取った。
「それと、あの村から盗んだ貯蔵金も返せという話でござったな」
イコウガは今度は端末を直接私に手渡してきた。
「これが、あの村の貯蔵金でござる」
「おっけー、ありがとう」
それも黙って受け取った。
そして、それを受け取った直後に私の顔は外から見ても分かるくらい醜く歪んだ。
当然だ、何せこれで事項が確定した訳だからである。
これで村長から報酬として、日本円にして400万円もの大金が贈呈される。
それは、今さっきイコウガがから死に物狂いで取り返した私の全財産を遥かに上回る金額だ。
正直2週間以上掛けて準備してきた計画の達成感が薄味になってしまっているのは悔しさを覚えるが、その結果それ以上の成果を得られるのだと考えるとやはりはやる気持ちを抑えられない。
しかも、それ以上に幸せなのがアクアドラゴンの件である。
そもそも私がこんな森のど真ん中で焚き火を焚いたせいでイコウガにカラーを盗まれたのも全てはアクアドラゴンの皮膚を剥ぎ取れというあの怪しいおっさんの依頼を引き受けてしまったのが始まりだ。
あの時は本当にカラーが無かったし、何よりあの街で職に板をつけて生きていけるのかも分からなかったから仕方がなかった。
だが今は違う、イコウガから取り返した貯蔵金がある。
これをダシに得られる村長からの報酬金は、恐らくあの男からの報酬金のそれを遥かに上回っているはずなのだ。
つまり!私は今から、まだ本筋の任務を達成していないにも関わらずそれ以上の報酬を手に入れるという事、
既に十分な報酬を手に入れているのに、態々リスクを伴う戦いに挑みにいく意味はない。
よって私はもうアクアドラゴンと戦わなくてもいい。
戦わずして事なきを得ることができるのだ。
やった、これで根本的な問題が解決された。
後は今から出会う400万と共にケルシアの街で優雅に暮らすのだ。
私は期待と幸福感に胸の全域が満たされた。
___しかし、ここである事に気がついた。
それは、そもそも私がどうしてあんな仕事を引き受けたのかという事だ。
理由は他でもない、戦士である事が全てとも言わんあの街で、何故か戦士でなくなった私が今後どうやって生きていけばいいのか…その疑念が漠然とした不安になって襲ってきたからだ。
そしてその疑念の通り、もし戦士でなくなった私はあの国で暮らしていく術がないのだとしたら…
…どれだけカラーを持っていたところで宝の持ち腐れになる事は明白か。
ならばせめて、あの街で最低限の職に就くことは必須か…
ただそうなると絶対的にあの街で暮していく事になる、そうなると常にあのおっさんの目に怯えながら生きることになるのもまた必至だろう。
それじゃあ、どれだけお金を持っていたって無いのと同じだ、生きる事に幸福感が感じられないのなら意味がないからだ。
ならいっそあの村に移住するというのはどうだろうか…
いやだめだ、村長の私に対する二人称が常に貴様だ。
仮にも村の貯蔵金を盗んだ相手を倒してやろうと言っている人間に対してあれなのだ。
確かに村長からは、イコウガを倒してくれる私に対しての感謝は感じられた、それは私に聖龍の剣を託しているという事実が証明してくれるだろう。
しかし、恐らく彼はそれと、一度村民相手に詐欺を働こうとした私自体とを完全に割けて考えている。
つまりイコウガを倒そうという私の言葉や行動は認めるし感謝もするが、その根底にある私という存在や思想は完全に信用していない…という事。
そしてそれは村民たち全員も同様…それどころか彼らは信用していないの部分の方が遥かに強いだろう。
となるとあの村はだめだ、移住を認めてくれない可能性が高い。
ならば後は何だ?引き続き森か?
いや、それは理屈ではなく普通に嫌だ。
それならばやはり街に帰るしか理想的な選択肢は残っていない、贅沢を言いたいならこれしかない。
なら結局アクアドラゴンを倒しておっさんのクエストを達成し、奴の目から逃れる…という道以外にないという事か、そういうことだ。
しかし、今の私はアクアドラゴン相手にどこまで通用するのだろうか…
前回は成す術もなく負けた、だがあの時のレベルは16。
今のレベルは32、丁度倍の数字だ。
さっき手に入れたスターボムも、効果からしてかなり強力なアビリティ。
とはいえ聖龍の剣はあの村のものだから、それはこの後返さないといけない。
私は自分の手のひらを見つめ、こう問いかける…
(やれるの?今の私なら…)
「どうしたでござる?唐突に長時間固まって」
「へ!?」
びっくりした、完全に自分の世界に入っていたから、周りが何も見えなくなっていた。
「何か考えごとでござるか?」
質問してきた。
私はNOと答えようか一瞬迷ったが、どっちにしてもあまり意味がなかったので正直にありのまま全部を話すことにした。
「なるほど…把握したでござる」
イコウガはそう言いながら両目を閉じて腕を組んだ。
「そうなの、だからどうしよって感じなのよね」
私がそう言って少しした後、イコウガは両目を開けてこう言った。
「なら、拙者が手伝ってやるでござるよ」
「………え?」
一瞬言葉を飲み込めなかった。
同時に訳の分からない驚愕が頭の中にこみ上げてきた。
「え、ち、ちょっとどういう…マ?」
「マジでござる」
その含みのないあっけらかんとした声と眼、どうやら本気でそう言ってくれているようである。
「まぁ、拙者の気まぐれでござるよ」
…どうしようか。
確かにイコウガの力があればアクアドラゴン相手にも善戦できるかもしれない、というよりこれを逃すともうアクアドラゴンには勝てないかもしれない。
それだけあれの力は強大だが、それによる結果を分岐させるかもしれないというほどの力がイコウガにはある。
少なくとも可能性は確実に増す。
今の私にとってこれ以上ない提案なのは確かだ。
「じゃあ…お言葉に甘えようかしら?」
私は少し恥ずかしがりながら言った。(勿論それを悟らせないように)
「なら、よろしく頼むでござる」
イコウガのその一言を合図として、私たちは共に手を握った。
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