148話 本物の強敵
_____やっぱりイコウガは強い。
正直なところ、さっきので上手くいくと思っていた。
これでイコウガを追い詰めて、そのまま聖龍の剣を使うターンまで持っていく、
それが可能であるという根拠のない自信すら漠然ながら生まれていたのに…
…いや、過ぎた事を悔やんでも仕方がない。
今考えるべきは現状をどう打開するかだ。
5回しか使えないケインは既に1回使ってしまっている。
だがその1回目では前回と違い逆転の一手にはならなかった。
つまりただ闇雲に使うだけでは通用しないという事、ならばどうするか…それを考えろ。
「とはいえ、中々面白い勝負になってきたでござるな」
イコウガが悠々と話しかけてきた。
「当たり前だが、拙者とて手加減する気はござらん、ここからが本番でござる」
そう言いながら右手の人差し指と中指をくっつけて上へ向けるような印を結んだ。
「アビリティ、[分身の術]」
その瞬間、イコウガの体がぽんと跳ねるような短い煙と共に3体に増え、全員が刀を構えてきた。
「!!!」
「行くぞ」
3人のイコウガが全員一斉に襲いかかってきた。
私は冷静に剣を動かしてこの並びに対抗しようとしたが、3つ方向から別々に迫ってくる斬撃に対処する事ができず防戦の吹雪に見舞われた。
「っ、、、」
更に厄介な点が2つ、
1つはこの分身、恐らく一体一体に意思があるという事。
イコウガが遠隔で分身を操作しているような素振りは見えず、仮に脳で操作できる類のものだったとしても戦いながら2体の分身をこれほどまで正確に操作できるとは思えない。
意思といっても、実際にはAIのような自動操縦に近いものなのかもしれないが、それでも私の攻撃を剣で受け止めて動きを抑えている内にもう一体が後ろから背中を斜めに蹴り上げるという高度な戦術を平気で使ってくるため寧ろ意思があると考えた方が妥当だろう。
それに、そう考えた方が本来持っているよりも重いものを見据えられて幾分か気が楽になれる。
_____であればよかったのだが、そんなまやかしももう一つの厄介な点の存在によって即座に掻き消された。
もう一つの厄介な点…それは、こいつら分身一体一体がイコウガと同等の能力を有しているという事、
もう一度言おう、こいつら分身一体一体がイコウガと同等の能力を有しているのである。
つまりこれは分身と言いつつ実質的にイコウガ3体を同時に相手している事と同義なのだ。
一体を相手をするので限界な今の私では当然みるみる追い詰められていった。
3人の猛攻に何もすることができず、一体のイコウガに腹部を蹴られ後方まで地面を引き摺られながら吹き飛ばされた。
「っ、くっ、」
尚も3人は横並びになって私の前に立ちはだかる。
「「「まだまだ行くぞ、アビリティ、[風遁の術]!!!」
3体のイコウガは高速で印を結び、全員が掌から一斉に小型の竜巻のようなものを横方向に繰り出してきた。
3人分の竜巻を混ぜ合わせたそれは見るからに凄まじ風圧を装備しており、地面を抉りながら真っ直ぐこちらに接近してきていた。
これはヤバい、
そう反射的に悟ったその瞬間に、私は渾身拳を地面に打ち放って地面から跳躍していた。
結果として、風遁の術を間一髪躱すことができた。
「…!!!」
そして今、この瞬間はチャンスだと気づいた。
私は今空中にいて、真っ直ぐイコウガを見下ろす事ができる状況。
爪先を前に向ければ、その斜め下に左側にいるイコウガがいる。
ここだ、そう思ってすぐにアビリティを放った。
「ケイン!!!」
ケインは一瞬で左側のイコウガに到達し、反応され躱される気配はあったが、何とか間に合い僅かに右手に掠らせる事ができた。
その瞬間、攻撃を受けたイコウガは文字通り白い煙となって消滅した。
たかが一撃、それも右手に掠っただけで消滅…
間違いなく今当たったのは偽物だったんだろうが、しかしこれで一つ情報を得る事ができた。
偽物…つまり分身体のイコウガは、実力は本物と同じでも耐久面はその劣化どころか一撃加えるだけで消滅するほど脆い。
だとしたらまだ勝機はある、ケインを使えるのはあと3回、どうにかこれまでにもう一体の分身も消して体制を立て直す___
…そう思えた矢先、イコウガは突然飛び上がり、手元で高速で印を結びながら2体で私を中心に弧を描き始めた。
私がこの行動の意味を理解する間もなくイコウガはアビリティを発動する。
「「アビリティ、[風神雷神の術]」」
2人のイコウガが旋回しながらそう言い放った瞬間、2人の移動時に発生する風がより強くなって残留し始め、やがて私を取り囲む巨大な竜巻を発生させていった。
更にその竜巻の中で静電気のようなものが発生し、それが雷となって私の頭上に落下してきた。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ」
風と雷に晒された痛みが染みついたまま真っ直ぐ地面に激突する。
「………っ」
2体のイコウガも着地し、そのままゆっくりとこちらに迫ってきている。
「勝負あったでござるな」
奴らは足音を止め、勝手にも勝利宣言をしてきた。
「というよりもう止めておけ、今放ったのは拙者の持つアビリティの中でも最上位に位置する技、それをまともに受けて、後遺症が残らないとも言い切れん、下手をすれば命にかかわるでござる」
……黙っておけば、ヘラヘラと好き勝手言ってくれる。
心配なんて余計なお世話だ、このくらいの傷なら、完全ではないがライフヒールで十分治せる。
とは言え、それを悟られば攻撃を直ちに再開してくるかもしれない。
今何もしてきていないのは私の身体を気遣っているだけだ。
______とはいえ、その妙な優しさは利用できるかもしれない、とにかく回復を気づかればそれでいい。
「あんた…盗賊のくせに随分情に厚いわね、変なプライド持ってそう」
私はゆっくりとこう訊いた。
これに対し、イコウガは一瞬目を大きく見開いてからこう返した。
「?いきなり質問でござるか?いずれにしても、答えるまでもない質問でござるな」
流すようにそう答えた。
更に鈍らせたような感じで一言付け加えた。
「それに、そんな事を聞いてもなにもならんでござる、今からお主の首元に刀を持っていく、その瞬間拙者の勝利でござる」
イコウガが再び足音を近づけてきた。
だがこの15秒に渡る会話のお陰で、十分に時間は稼げた…
「___へぇー、さっきから好き放題言わせておけば、もう勝った気でいるってわけね?でもね、一つ言わせてもらうわ」
私は渾身拳を地面にぶち込み、空高く跳ね上がった。
「私はまだ動けるわよ!!!」
それと同時にヘアメタルを発動し、張り巡らせるようにして攻撃した。
「「ちっ、回復アビリティの類いか?」」
イコウガは即座に状況を把握したのか、2人バラバラに飛び跳ねて迫り来るヘアメタルを避けようとした。
____だが、流石にその程度はもう私の想定内だ。
そして、奴が私の行動意図を読み違えているのも想定内だ。
イコウガは私が周囲に張り巡らせるような攻撃となるヘアメタルを使い、分身相手に確実に一撃を加える事を目的としていると考えているはずだ。
けど私の作戦はそうじゃない。
私はヘアメタルを伸びる腕のように使いイコウガ1体を執拗に狙った。
そのまま1体のイコウガを縄で縛るように髪を巻き付けて捕らえた。
その状態のままイコウガを上空まで持ち上げから地面に思いっきり激突させて消滅させた。
更に激突させた反動を利用して大きく跳ね上がり、重力を利用して一気にイコウガの目の前まで接近した。
「!!!」
想定外であろうこの動きに驚き目を大きく見開きながらもイコウガはすぐに次の攻撃に備えて刀を横向きにし顔の方まで持っていこうとし始めた。
______それも私には分かっていたから、急いでそれよりも早く右手の爪先をこいつの顔に向けた。
イコウガはまだ完全に刀を顔の前に持ってこれていない。
いける、ここで刀をもつ奴の右手を貫通させて私が勝つ。
その一心でこれを使おうとした。
だがその直前、明らかに奴の右手に鉄のようなものがみるみる纏っていくのが見えた。
「!?」
私は確かにそれに気づけていたが、悠長に反応している余裕も時間も全くなかった。
私は突然産み落とされたこの不安をかき消すため半ば反射的にこう叫びそしてアビリティを発動した。
「ケイン!!!!!!!」
ケインは確かにイコウガの右手付近に直撃し、その際に飛び散ったエネルギーの余波が地面にぶつかって土煙が舞った。
更に私もその反動で吹き飛ばされ、イコウガから離れた位置まで後ずさった。
「はぁはぁ」
戦場には一瞬だけの沈黙が響き、私の息だけが聞こえる音となった。
だがやがて土煙が解け、イコウガの状態が明らかになっていった。
「!!!
そしてそれを見た瞬間、さっきから募った不安が薄い絶望にまで進化しそれが爆発するように増え、全身に広がった。
「………やはり厄介でござるな、そのアビリティ」
イコウガは右腕を薄黒い鉄に変化させ、僅かに穴があいた程度に抑えていたのだ。
仮にも穴が空いていて程度と形容するのはおかしいかもしれない、確かに奴の腕からは血が強く垂れ出ていた。
しかし、それでも尚殺気にも似た鋭い眼が変わらない姿を見ると、奴にはこれがこの程度のダメージなんだと考えられてしまった。
「アビリティ、[硬化の術]。まだまだ負けてはおらぬよ」
そう上手くはいきませんよと
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