147話 再戦イコウガ
「はぁはぁ」
正午の陽に照らされる傾斜面を、私は徐々に重みを増していく足を運ばせながら歩いている。
村長が言うには、この坂道を超えた先にイコウガが待っていると彼本人が置き手紙越しに伝えてきたそうだが…
しかし、どう表現しても決闘の場に行き着くような場所への道がこんなにも険しいというのは、イコウガの作戦か何かなのだろうか。
___いや、彼は私の実力を見込んで、せっかく盗んだカラーを取り返す猶予を与えるような人だ。
今回だって、理由は不明だが村の貯蔵金を盗めたのにそれを取り返す機会をわざわざ与えているほどだ。
義理と人情…それらが内の芯に備わっている人間なのだろう。
だから、こんなくだらない事で挑戦者の体力を削ぐような真似はしないはずだ…
___等と先程から考え込んでいるが、正直これらの話は今あまりどうでもいい話だったりする。
今考えるべき話はイコウガとどう戦って勝つかだ、その方が遥かに大事なのに、疲れに気を取られて考えが脱線してしまっていた。
1ヶ月前、初めてイコウガと戦った頃よりは間違いなく私は強くなっていると思う。
レベルも上がってアビリティも覚えたし、戦闘技術も洗練されているはずだ。
それに聖龍の剣だってある…
だが、それでもイコウガに勝てるかどうかの確証は得られないでいた。
唯一確信しているのは、聖龍の剣を使えばイコウガに勝てるということ、
それは誰かに約束された訳ではなく、これを託した村長自身も保証はできる話ではないと言っていが、実際にこの手に持った私には分かる、あれはイコウガに確実に勝てるだけの力がある。
だがそれは、この剣を何の問題もなく扱えると仮定した場合の話だ。
あいにく私はこの剣をまともに扱う事ができない、持った瞬間魔力引っ張るように吸われて、それに足を囚われて思うように身体を動かせなくなる。
せいぜい2分持ち続けるのが限界だろう。
とはいえこれなしでイコウガに勝つこともできない、剣の件に付随してこれも確信していた。
だからこれは最後の切り札として使わなければならない、
自分だけの力であいつを追い詰めて、2分以内に確実に仕留められるというタイミングで剣を使う…
それがイコウガに勝つための作戦だ。
ここまで考えられたら、次はどうやってあいつを追い詰めるのかを考える。
といってもこれは深く頭を凝らす必要はないだろう、なにせ今の私の実力ではやれる事は限られている。
私はそう考えながら、自分の右手にある爪を見つめた。
ほぼ同時に、この爪先から放たれるケインの事を想像した。
そう、私はイコウガ戦での主力技はケインしかないと考えている。
その発想に至るのも自然な流れである筈だ、事実前回の戦いで奴の頬を鋭く傷つけられたのはこのケインだからだ。
だがこれも前回の戦いで知った通り、ケインは威力は頗る高いが反面消費する魔力量も相応に計り知れない。
今の私では、一度の戦闘で5回まで使うのがやっとだろう。
何だか主力技の使用回数がことごとく制限されている気がするが、ともかくこれが現状勝利へと繋ぐための糸口の形だ。
つまり聖龍の剣をギリギリまで取っておき、それ以外の戦闘時はケインを上手く扱って立ち回ってゆく___
それが私の考える、最善の策だ。
それが今目の前に到着した、敵を相手に実践する手だ。
「___考えてたよりも早かったでござるよ」
私はイコウガの前に足を踏み締め、立ちはだかった。
_____いや、イコウガが私の前に立ちはだかっていた…というべきだろうか。
背を見せていたイコウガは、私に向かうよう振り返りすました顔で語りかけてきた。
「最後の確認でござるよ、ここに、お主から盗んだカラーが入っている」
イコウガは煙と共に、自身の手元に振るとジャラジャラ音がする満タンの小袋を魅せてきた。
「今からお主とこれを賭けて一対一の真剣勝負を行う、但しチャンスは一度キリ、今回もお主が負ければ、お主は拙者からカラーを取り戻す機会を永遠に失うことになる」
私は黙って頷いた。
「今引き返せばもう暫くの猶予は続く、どうするでござるか?」
「…答えるまでもないわね、私は貴方からカラーを取り戻すために態々ここまで来たのよ?わざわざこんな坂道を」
「ふっ、そうか…ではこれ以上の御託は不要でござるな、いざ尋常n…」
「あ、ちょっと待って!!!」
私は互いに武器を取り出そうとしている流れをぶち切った。
「何でござる?」
「一つお願い、この戦いで私が勝てたら、私のカラーだけじゃなく、あの村の貯蔵金も返してあげて、あそこの村長との約束だから」
「…ふむ、なるほど。あの村に買われたという訳でござるか…いいだろう、その条件も呑んでやる」
「いいの?」
それは私が考えていたよりもずっとあっさりとした返答だった。
彼が言ったのはあくまで私のカラーの話、バスカ村の貯蔵金はそれとは別の道にある話で、それ故にあっさり断られるものだと思っていた。
「お主が何を目論んでいようと、勝利できたならばお主は拙者より上位の権利を得ることになる、そんな者の望みを拒否する事はなかろうよ、勝利できたらの話でござるがな」
「なるほど、じゃあ、その方向で頼むわ」
私は魔法陣から剣を取り出し、イコウガに突きつけた。
イコウガも背中の鞘から刀を取り出し、私に突きつける。
互いに緊迫した空気をせめぎ合わせ、直後にイコウガが向きを変えずに突っ込んできた。
「アビリティ、[アクアブレス]」
私はそれを遮るために手から滝のように水を放つアビリティを真正面に放った。
イコウガは自身の進行方向から突然アビリティが飛んできた形になったが、即座に斜め左に跳ね移りそれを避けた。
更にそのまま刀を前に突き出しながら切り掛かってきたが、私は縦に剣を構えてその一撃を防いだ。
しかしその衝撃まではいなしきれず、私は後方まで引きずらされてしまった。
その後すぐに、両者はほぼ同時に上空まで飛び上がり、空中で剣をぶつけ合った。
やはり力も能力も向こうが上なのか、特に鍔迫り合いの最中では奴の体重が食い込むように私は押し負けかける場面が何度も続いた。
だが完全に押し負けるということは一度もなかった、以前の時点でこうなれば直ぐにでも押し負けそうなものだったが、今回そうなる事はなかった。
やがて互いの剣が弾かれ合い、互いに少し離れた位置の地面へほぼ同時に着地した。
2人は一瞬睨み合い、直後同時に次のアビリティを発動した。
「アビリティ、火遁の術」
「アビリティ、アクアブレス」
イコウガは手元で印を結んでから前方にいる私へ極太の火炎を、私は前方にいるイコウガへ極太の水鉄砲を発射した。
水と炎が真っ正面でぶつかり、せめぎ合っている。
水と炎なら本来は水を使う私が有利なはずなのに、これも魔力量の差か…互角の戦いとなってしまっている。
_____だがそれでも何とか私は押し切り炎と水を相殺できた。
だがその直後に奴が足を蹴り上げて急速に接近し溝内に膝蹴りを喰らわせて吹き飛ばされた。
技を相殺した直後でこれに対応する構えが取れず、気づけば私は地面から離されていた。
そして背中から地面にぶつかり、そのまま後方まで引き摺られる。
そんな私に更なる追い討ちとしてイコウガは飛び上がり、刀を真下に向けて着地と同時に突き刺そうとしてきた。
……だが、私はこれをチャンスと見た。
私は右手の爪先をイコウガに向け、ここで1回目のケインを放つ。
凄まじい速度で射出されたケインは真っ直ぐイコウガの刀を捉え、奴の手元からそれを弾き飛ばした。
「!!!」
その動揺からかイコウガは一瞬空中で硬直した。
私はこの気を逃すまいと直ぐに体制を立て直して地面に足をつけ、すかさずイコウガ目掛けて飛び上がった。
_____だが奴の反応も流石に早かった。
「させぬでござるよ、アビリティ、[雷遁の術]」
イコウガは印を結んでから左手を右手首に乗せ、余った右手を私に翳す仕草をとった。
直後、その右掌から雷電がギザギザの線を描いて放射され、私目掛けて向かってきた。
これで感電させて地面に叩き落とそうとしているのだろう…
_____だが、それは私には通じない。
「アビリティ、[サンダーブレード]」
私はそう叫んでアビリティを発動した。
これは手に持っている武器の刃先を覆うように電気を帯びさせるアビリティであり、つまりこれが発動されている武器は電気に関連する攻撃を逆に纏っている電気が全て吸収してしまうため効かなくなる。
それはこの雷遁も例外ではない。
サンダーブレードが雷遁の雷撃を全て吸収して無効化し、逆に電力を更に増していっている。
「ちっ、、、」
そうして全ての攻撃を無効化したままイコウガに一撃を加えようと剣を振った_____
…はずだったが、攻撃は直撃する寸前で躱され、即座に地面まで退避させられた。
「…今のは、少し危なかったでござるな」
軽々しくそう言いながら、イコウガは剣を拾って私に突きつけた。
私も地面に着地し、呆然とした顔でイコウガと再び対峙する。
なぜ、どうして、何であの一撃が避けられた?
ケインで奴から武器を外すのも、サンダーブレードで奴が放った攻撃を無効化するのも、全て上手くいっていたはずなのに、
「…だが、電気を帯びた剣で雷遁を無効化する際、それに僅かだが動きを止められてしまった…そういう事でござる」
イコウガは鋭い眼差しでこう付け加える。
「しかし中々に強くなっているではないか、これは、勝負の行方が楽しみでござる」
ちなみにアイラはこの時点で今のアレスよりも強いです。
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