145話 バスカ村
「話?」
老人の突然変異した態度に困惑を隠しきれず、質問に質問で返してしまった。
だがこうなっても無理はないはずだ、それだけ今浴びている空気は異様なはずだ。
いや、正確にはこの村の空気が異様なのは最初からだ、入った時点でそれは感じ取っていた。
だがその空気が今強まる道理が分からなかった、私のした事等精々モンスターを瞬殺しただけ、
その力を恐れているのなら分かる、だがそういう風味ともまた違ったのだ。
戸惑いがどんどん深まっていく中、老人はそれ以上に衝撃的な事を言ってきた。
「貴様に、イコウガという盗賊を倒してもらいたい」
「!?!?!?」
私は三度息が止まった。
当然だ、森の奥にただ佇む村の人から因縁ある相手の名が出てくるなんて思うわけがない。
「どうして…イコウガを知ってるんですか?」
「…貴様もイコウガを知っているのか」
どうしてこの人がイコウガを知っているのか、どうしてイコウガの討伐を依頼するのか、
大凡の推定ができないわけではないが、それでも奇妙な話であることには変わりない。
だがどうだとしても、イコウガに関する話を無視する訳にはいかなかった。
「…とりあえず、詳しく聞かせてもらえませんか」
複数の村人に監視されながら、老人にこの村で一番大きな家に案内された。
予想通り、この老人はこの村の村長で、家はその村長の家とのこと。
村はバスカという名前らしい。
地面に突き刺さる杭が建物全体を浮かして余計な乾燥を防ぎ、正面にある4段の階段で玄関への扉に到着、
内部では弾力性を備えたクッションが木製のテーブルに置かれ、台所や排便所等も余すことなく配置されていた。
私は、最初に教育環境を誤解した通りこの村の生活レベルをよく知らない…
それどころかこの世界全体の文明レベルもよく分かっていない為、これがどの程度の凄さなのかはよくわからない。
だが、何となく「この村の中では結構凄い」という雰囲気は感じた。
「座ってくれ」
村長の言葉に甘んじて、私は中央にある大きな椅子に腰かけた。
村長も私の向かい側に座る。
「それで、どうして私にイコウガ討伐のご依頼を?」
「話をする前に一つ確認したい、貴様とイコウガはどういう関係だ」
村長は抉るような眼で訊いてきた。
尚も変えない貴様という2人称といい、人にものを頼むにしてはかなり横暴な態度だ。
まぁ相手が私なら仕方ないか、
「私は以前、この森で一度イコウガに襲われた事がありました。昼食を食べている時に突然現れ、私のなけなしのカラーを盗んでいったんです」
「それを取り返そうと奴と戦いはしたものの、勝つことは出来ませんでした…一応、彼奴に実力は認められて再戦する猶予を与えられている状態です」
「それは…イコウガとある程度渡り合えたという事か?」
村長は興味深そうに訊いてきた。
「いえ…少し傷をつけた程度です、でももう一度戦って勝てばカラーは取り返してやると言われているので…次負ける訳にはいきません…ね」
言葉を慎重に選びつつ丁寧に質問に答えた。
それを聞いて、村長は悟ったように強く頷いた後改めて私にこう言った。
「やはり、貴様しかいないようだ。貴様に、イコウガの討伐を依頼したい」
「やっぱり、この村もイコウガの被害に遭われたんですか?」
村長は口を動かさず返事した。
「5日前の正午、この村に予告なく一人の少年が入ってきた、門番がそれを認識すると同時にその少年は消えた。「我が名はイコウガ、この村の貯蔵金はいただいた」とだけ言い残して」
「まさか、それで…?」
「そうじゃ、大至急確認させたが、村の貯蔵金の4割以上が既に盗まれた後だった、それ以来、仕方がないので村はあらゆる支出を控えるようになり、結果として村民たちは飢餓に喘ぐ事になってしまった…」
…なるほど、だからすぐにでもイコウガからカラーを取り戻したいが奴は強い、
瞬きする間に村の4割を盗み出されたのだからそれは直接交えなくても理解しているのだろう、
だがそれでも諦める訳にもいかない…という事か、
「こう聞いた上で、改めて引き受けてくれないか…?イコウガから我が村のカラーを取り戻したてくれ!!!頼む!!!!!」
村長は村民相手に詐欺を企てた私に頭を下げた。
少しでも、奴を倒せる可能性のある私に懸ているのだろう。
命乞いではない、懸けているのだと私は感じた。
私は開けた表情で微笑んだ。
イコウガが絡んでいるというのなら、返す答えは決まっている。
「分かりました、その任務…引き受けましょう」
「…そうか、感謝する」
村長は神経を研ぎ澄ませたように、深くお辞儀をした。
「それで…イコウガが何処にいるのかは分かるのですか?」
「…あぁ、イコウガはカラーの消え去った金庫に、書き置きを残したからな」
「書き置き?」
「ああ、ここから西に2kmした位置にある薄平原…カラーを取り返したくばそこにこいと」
なるほど、契約が成立するまでその情報は伝えない程度には私は信用されていないようだ。
「イコウガを倒した際の報酬は400000カラーで願いたい」
400000カラー…たぶんこの世界では0.1カラーが大体10円くらいの価値だと、ケルシアにいた時の街の雰囲気から推定できるから、円にして…400万という事になる!?
もしそうだとすれば、最悪イコウガからカラーを取り返せなくても遥かに補えるほどの金が手に入る事になる!
ますます断る訳にはいかなくなった。
「はい!!!それでいいです!!!!!」
蝉のように元気な返事をした。
「そうか…ならば、ついてきて欲しい」
老人はそう言って、私を村の外まで連れ出してしばらく歩かせた。
その間、私は周りを見回して村の様子を覗いてみた。
村人たちは村長の後ろを歩く私を毒物を視るような眼で睨んでいた。
村の役人と思われる男女からは、「村長はなぜあんなヒトに村の命運を託したのだ」という声が聞こえてきた。
要するに相当心象悪いようである。
「とはいえ貴様も、一度イコウガに負けた身であるのだろう」
「そうね、あの時より強くなりはしたけど、今でも未だ勝てないかも…」
「しかし、わしとしては確実にイコウガに勝ってもらわないと困る…というのが正直な想いだ、そこで…」
老人は村の外れにある巨大な御社のような建物の前に立ち止まった。
そのまま躊躇なくその御社の扉を開けた。
「!!!これは!?」
「貴様でも扱えるかは分からんが、持ってゆけ」
御社の中は灯りすらない、ただ地面を壁と屋根で囲んだだけのほとんど空白の空間だった。
ただ一つ、中央に…全身に黒金のようなものを纏い、合間合間に施された棘で禍々しい雰囲気を放つ、一本の剣が突き刺さっていた。
禍々しいですねぇ…
評価・ブクマ、よろしくお願いします!