144話 金がねぇ
この日もいつものように、イコウガ、そしてアクアドラゴンを倒すためのレベル上げをしていた。
時間というのは早いもので、あの任務を引き受けてから既に3週間以上が経過し、もし当初危惧していた任務の期限が存在するならそれがいつ到来してもおかしくない時刻になってきている。
蕾を開かせるために時間をかけて水をやったのに、そのせいで肥料を与えそびれたなんて本末転倒どころの話ではない。
始めからそれくらいは分かっていたから、最近になってより焦りを加速させているのだが、一向に強くなっているという確信が持てないでいた。
重い荷物が手元からすり抜けていくようだった。
こうなった原因は分かっている、間違いなくイコウガに全カラーをふん盗られてるせいだろう。
あのせいでアクアドラゴンを倒す前に先ず奴からカラーを取り返さないと万が一の保険も潰えるというプレッシャーが余計にのしかかっている。
そのせいで心が定位置で留まってくれず体が思うように動かないのだ。
しかも、自分から強くなったら再戦しようと焚きつけてきたイコウガ本人がどこにいるか分からないという状況なのである。
こんなんじゃ先行きが暗いどころか、軽い絶望すら見えてくる。
こうなったらイコウガ以外でカラーを取り返す術はないかと考えはじめた。
________それが今日の朝であった。
やはり私は運がいい、転生してから主人公補正を確実に手に入れられている。
そう確信するくらい都合の良い光景がみえた。
朝ぼやけに立ち込めた霧がまだ残っている時間帯、崖ぎわから遠くにみえた小さな村のようなもの、
控えめな木造の家が細々と点在しており、そこからてんてんと動く人影が確かに確認できる…
運がいい、本当に運がいいぞ!
私は前世では教師をしていた、即ち教育の知識を持ち合わせている!!!
そして、こういう森の奥深くにある村は大体インフラや教育機関が整っていない。
更に、ただでさえ前の世界とは基本的に見劣りするこの世界でも一層貧しい地域であるはずなのだ。
言い換えればあそこの住民は、人柄のよく、小さなコミュニティー特有の団結力から基本的に他者を疑うことはないという事…
仮に余所者は出ていけと団結力が都合の悪い方向に働いたとしても、あそこの子供たちに私の教育技術を示しつければ問題なくなるはず、
そしてそのお礼としてそれなりのカラーを巻き上げる事ができれば…そう。
カラーを稼げるのである!!!!!
格好のカモを見つけたと喜んだ私は、はしゃぐようにその村へと走っていった。
2時間後、私はその村にたどり着いた。
同時に、外を出歩く人たちの眼が、皆どこか沈んでいている事に気が付いた。
それだけでなく、村全体に霧のような空気が漂っていて、そのまま闇の奥まで流れていくような気配まで感じられた。
一切の偏見がまだ無いはずの初見でここまで思えるのだから、ここは何か訳ありなんだろうなということぐらい私でも分かる。
とはいえ折角巡ってきた金儲けのチャンスだ、それを手放すような事はできない。
私は良心の呵責というものを一旦無視して、事前の練習通りの商売文句を大声で叫んだ。
「この村にお住まいの小さなお子様のみなさーーーーーーーーん!!!!!!なにやってるんですかーーーーーーーーーーー????????勉強してくださーーーーーーーーーい!!!!!」
唐突に聞こえた聴きなれない声に驚いたか、確認できる村人のほぼ全員の視線をこちらに向いた。
いい調子である、このまま続ける。
「してませんかーーー、まぁできないですよねーー、がしかし!」
親指を顔に向け自分を強調した後、くるりとその場で一回転してもう一度大声で言った。
「そんなお子さんを持つ親御さん方にもご安心、私は教育免許をもっているので…」
途中で現時点での反応を見ようと刹那に辺りを見回したと同時に、私の声も止まった。
私を囲むように見つめる村人たちの眼が鋭く、冷たさも奥行きを増していたのだ。
更には村長と思わしき矢のような眼をもった小柄な老人が、杖を突きたてて迫ってきた。
「何者じゃ、貴様は」
老人は私の目の前に立ち止まり、瞳の矢を飛ばしてきた。
「騒々しい」
凄まじい貫禄だ、ここまでの1分にも満たない動作だけでそれが十分すぎるほどに伝わってきた。
村民たちを護る責任感とプレッシャー、それすらも我が物にしたような重圧感…
全身から僅かに浮き出るそのオーラに、この人は人として、私より遥かに格上の存在なんだと思い知らされる。
私はそれに恐怖すら覚え、無意識に半歩引き下がった。
「この村は貴様のような妙な者を招き入れるほど、安易な村ではない」
しかも、敵対する気が全開である。
とはいえカラーのためなら、この人も騙し通さないといけない。
私は頭を必死で回転させ、どうにか上手く教育者としての有用性を示そうと模索した。
「ち、違います!私はただこの村の子供たちにも質の高い教育をと思いまして、、、」
本当はその対価としてギリギリ怪しまれない程度にかさ増しした金額を保護者に支払わせるのが狙いだが…
「この村の教育環境は十分に整っておるわ、馬鹿者が。見ろ、あそこに分校があるじゃろ」
老人が指を刺した先には、この村の規模間でなら十分な大きさをした、3階建ての分校があった。
これはマズい、当たり前だが、この詐欺はこの村に教育能力がない、若しくは無いに等しいことを前提に考えた馬鹿の一つ覚え、
その前提条件が崩れてしまった今、確実にカラーを稼ぐための僅かな希望が一瞬にして消し飛ばされたといえる。
「どうせ達者でもない口を聞かせてカラーを稼ごうって魂胆だろう、見え見えなんじゃよ」
老人が一歩詰めてきた。
「そもそも今この村にに、教育費を払えるやつなどおらぬ、分かったらさっさと帰るのじゃ」
老人は杖を入り口の方へ振りかざしてそう言った。
私は最後の、今この村にという文言が引っ掛かったが、とはいえ老人の話す内容が大方噓とも思えなかった。
何よりこの人には勝てない、どう言いくるめようとしてもそこにある僅かな隙を確実に突いてくるというのが感覚で分かった。
___完敗だ。
仕方ない、負けを認めよう。
私は黙って後ろを振り向き、村の入り口を見つめた。
そうだ、それでいい、
そもそも、罪のない村人たちに詐欺を働こうとした事が間違いだったんだ。
そんなんじゃ折角手に入れた主人公補正にも逃げられてしまうぞ、大人しく対イコウガの研究をするべきなのだ。
そう思い、入り口を目指そうとしたその時、
「うああああああああああああああああああああ」
突然、奥から男性の生々しい悲鳴が聞こえてきた。
「なに!?」
驚いて振り向くと、老人は既に私を置いて声のした方へ向かっていた。
「うわ…あの人本当にすごいな、」
すぐに私もレベル28で手に入れたアビリティ、[ホークアイ]を発動して悲鳴が聞こえた方を確認した。
このアビリティには一時的に鷹のような視力を会得できる効果がある、
これで除いたところ、恐らく村の出口と思われる場所で、門番らしき人が1人モンスターに喰われている様子が確認できた。
全身の皮膚が鋭利な牙に抉られては裂かれ、中々に惨い光景になっている。
除き終えると、いつの間にか辺りでは悲鳴の意味を知っている人たちが青ざめた顔で逃げおおせていく様子が広がっていた。
確かに、冷静に考えれば村の敷地内にモンスターが侵入してきている訳だから、そりゃあこんなパニックになって当然だろう。
しかし、あのモンスターは一度狩った事がある。
名前は覚えていないが、あれにそれほど強かったという記憶はない。
あの時よりレベルの高い今なら簡単に斃せるだろう。
村人たちを騙そうとした事への贖罪も兼ねてやるとしよう。
私はレベル26で手に入れた片手剣を生成し、同時に勢いよくモンスターの頭上まで飛び跳ねた。
そしてそのまま、落下にの勢いに任せてモンスターの首を切り落とした。
「ふぅ、ま!こんなものかしらね」
そう呟いて帰ろうとした時、私はまた視線を前に止められた。
村人たちは既に駆けつけていた老人も含め、皆異形を見るような眼で私を視ていた。
それは恐怖とも困惑ともとりづらく、若干の歓喜も感じ取れるような眼だった。
そんな中、その顔を鋭い表情で覆い隠した老人が、私へゆっくり近づいてきた。
老人は、先ほどは明らかに違った雰囲気で私に質問する。
「貴様に、1つ話があるのだが、良いか?」
関係ないけど年寄りの話って独特な世界観あるよね
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