141話 夫の責任
私は男の子の父親を探し出すと、はっきりとそう約束した。
私は一度交わした約束は守る主義、
その事を胸に秘めながら、お父さんが向かった場所へ男の子に案内されている。
やがて、目が眩むほど巨大な崖にたどり着いた。
「ここだよ、父ちゃんはここに薬草を取りに行って、帰ってこなくなったんだ」
「なるほど」
そう言いながら改めて崖を見上げた。
確かにこの高さ、万が一上から落下すれば死は免れないだろう。
杞憂が頭に湧きそうになるが、それを隠しながら男の子に余裕のある顔を魅せる。
「ま、どうにかしてみせるわ、だから、貴方は家に帰ってなさい」
「なんで!おれだってせめてここにいる!!!」
「だめ、ここだといつモンスターが襲ってくるかわからないでしょ?私上からお父さん探そうと思ってるんだけど、そうなると尚更護れなくなるし…だから、お願いね?」
「………分かった」
男の子は一瞬溜め込んだあと、すぐにそう返事してくれた。
私はそれに小さく優しく頷き、そのまま家まで送り帰した。
「さてと、探しますか」
そう言い残して再び崖に戻ろうとした時、男の子が私の腕を掴んできた。
「…どうしたの?」
「…行く前に、おれの名前、きいて」
「いいけど」
「リュカ……」
「…ありがとう」
再び崖の前に戻ると、そう呟いてから大きく伸びをした。
その直後、早急に渾身拳で崖の頂上まで飛び上がった。
「ではでは、あの子のお父さんはどこにいるのかな?無事だといいんだけど」
そう呟いて辺りを見回してみたが、そこに人らしき影も、気配すら感じられなかった。
しかし、一か所だけ気になる点がある。
今いる高さまで上がる最中、微かに視界を過った風景…
今立っているところの丁度真下、
落ちないように気をつけて下を除くと、やはりそれはそこにあった。
「この明らかに不自然な穴、気になるわね」
そこには、崖の途中に不自然に置かれた、洞窟の入り口のような穴があった。
「調べてみるか…」
私はもう一度渾身拳を発動して高く飛び上がり、空中で姿勢を調整して上手いことその穴の中に入った。
「さて何が……!!!」
その穴の中の光景が目に入った時、私は思わず言葉を止めた。
そこには、見るからに崩落した後であると分からせる、真っ暗な地面があった。
下から吹き上がってくる風が、私の頬を冷たく触る。
「これは…まさかこの下に…!?」
最悪の想像が脳を過った。
その時、暗い地面の底から、微かに白く小さい何かが見えた。
それはよく見ると息をするように動いていて、僅かに生命の気も感じられた。
「…なるほどね」
私はすぐに崩落した地面の下に降り、その影の元に近づいた。
「大丈夫ですか?」
「………誰だ、君は…」
近づいた結果、その影は男性だと分かった。
そして、その男性が私に気づいて話しかけてきた。
この男性はあの子の父親である可能性が高く更に意識もまだあるということ、
私はその期待が確認ができた事に安堵した。
とはいえ、男性は皮膚が裂け、中の赤い血がオイルで塗られたように垂れ出ている。
だから、急いで父親の傷を治そうとした。
「あの[ライフヒール]って、たぶん回復系のアビリティよね?ならたぶん…」
私は両手に魔力を優しく込め、発動したライフヒールを男性に当てた。
思った通り、男性の全身を覆っていた怪我はみるみる回復していった。
「大丈夫ですか?」
「………」
男性は何も言わず、ただゆっくりと起き上がった。
「あの…すみません、一つお尋ねしたい事があるのですがよろしいですか?」
「…なんですか?」
男性は生気の抜けたような声で返した。
「私、リュカ君って男の子に父親を探して欲しいって頼まれてきたんです」
「………!!!」
男性は一瞬溢れたように反応した。
「つかぬ事をお聞きしますがあなたは…」
「そうか、リュカは無事なのか…」
「!!!」
私はその言葉を聞き逃さなかった。
やはり、この人があの子の父親で間違いなさそうだ。
「では、あなたがあの子の父親で間違いないですね?無事でよかったです。じゃあ、すぐにでもここから…」
「すまない、そのことだが、リュカには俺が死んだって…伝えてくれないか?」
思考が固まった。
言っている意味が、分からなった。
「何をおっしゃってるんですか?息子さん、すごく心配されてます。それに…」
この人の手には、薬草と思われる花が強く握りしめられていてた。
「その薬がないと、奥さん…危ないんでしょう?」
「そうだ。だから、できれば君がこの花を持ち帰って欲しい、これを…妻に届けてくれないか?」
そう言って、この人は私に薬草を差し出してきた。
だけど、それを受け取る訳にはいかない。
「そんな、だめですよ!息子さん、お父さんの安否をすごく心配してました!それに、奥さんだって!!」
「その心配をあの2人にさせたのは俺だ。だから…帰る価値なんてないんだよ」
この人はそう言って、塞ぎこむようにそっぽを向いた。
傲慢な考えだ。
ついさっきまで、リュカ君のためにもこの人を助けようと思っていたが、今さっきからその気が失せ始めている。
仮にもあの家の大切な一員であるはずなのに、何故そんな考えに至れるのか、
自分の信じる考えが絶対だとでも思っているのだろうか。
とはいえ落ち着け、ここで私が取り乱してもどうにもならない。
感情を沈めて、この人を説得することにした。
「いいえ、あなたはあの家に戻らなきゃだめです」
「………」
この人はほんの僅か首を振り向かせた。
「私はあなた方ご家族の様子を見ました。失礼ですが、並の人間なら弱音を吐いてしまいそうなくらい…苦しいご家庭だとお見受けしました…」
「………」
「奥さんと息子さんには、ご主人が必要です!ご主人のような父親がいて、家族が3人揃って、そう言った仲が!ご家族には必要です!!!」
この人は更に首を振り向かせ、私を尻目に見た。
「家族の温もりが、必要なんです!!!」
私がそう言い終えた後、この人は勢いよく振り向いてこう言った。
「あんたの言いたい事は分かるし、俺だってその言葉が刺さらない訳じゃねぇ、けどな」
この人は覚悟を決めたような、この場から動かないとでも言うような鋭い目つきでこう言った。
「それでも、いやだからこそ俺は、あの家には戻らねぇ」
めんどくさい人ですね
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