139話 人助け
荒々しい雷鳴と雨音が轟く、崖の真ん中から穴のように広がる洞窟の中。
その奥で、素手で必死に地面を掘り進めている1人の男性がいる。
「はぁ…はぁ……!!!」
合間合間で汗を拭きながらも、その男性は掘り進めた先に姿をみせた黄色い一本の花を叫びそうな目でみつめた。
「…あった、やっと…」
泣きそうな眼で男性がその花を掴もうとした瞬間、洞窟の奥で何かが崩れるような音がした。
「…?」
何だろうと目を向けた瞬間、既に遅かった。
その音は凄まじ速度で男性に近づいていき、すぐに男性の周囲を回るように通り過ぎ、その直後に立っていた足場が洞窟ごと崩れた。
「あ!?!?!?!?ああああああああああああああああ」
男性は痛ましい悲鳴を上げながら、奈落の彼方へ消えていった。
小鳥が優しく囀る音に起こされ、私はゆっくりと体を起き上がらせた。
覚醒後の構えるような疲労感を打ち消すために大きく伸びをし、そのまま経験値稼ぎを兼ねた朝食探しを始めた。
イコウガにカラーを盗まれてからもう一週間が経過し、あの闘いで思い知った自分の実力とを、徐々に忘れ初めてきている。
しかし、依然イコウガや、なによりアクアドラゴンとの力の差は歴然、このままでは途方もない道を進み続けるようなものなのが現実だ。
どうしたものかと頭を悩ませつつ、道の外れにある小さな洞窟を巣としていた、虎のようなモンスター、[マーシャルタイガー]を一頭倒した。
〔レベルが24になりました。新たなアビリティ、[ライフヒール]を会得します〕
「ここで上がったか…」
マーシャルタイガーは地面と平行になり、動かない。
だが、私はマーシャルタイガーを抱えるとすぐにそこから逃げるように去っていった。
レベルが23になって覚えたアビリティ、[エコロジースカウター]。
これは手に入れられて本当によかったと思えるアビリティだった。
これを発動すると、植物や対峙しているモンスターの事細かな生態情報が両目に感覚として表示される。
お陰で今もこの虎がマーシャルタイガーという名前であると知ることができた。
何よりこのモンスターは群れを成して生息していて、一体殺せば仲間にすぐに犯人と現場を特定され、1分もしない内に数10匹単位が襲ってくると事前に知れたのは良かった。
同時に500m以上離れた位置までは索敵できない事も分かったから、私は虎を抱えたまま800m先の木の下まで地面に渾身拳を打って跳ね上がって逃げた。
これで虎たちの逆襲に怯えることなく、優雅に朝食を頂く事ができる。
私は早速即席で作った焚き火に虎を入れ、こんがりと焼けるのを待った。
「ところで、貴方はそこで何してるのかしら?」
私は予告なくそう言って、近くの木陰に首を向けた。
そこから何かが震えるように小さく動き、直後木の影から子どもがゆっくりと顔を出してきた。
「き、気づいてたの…僕のこと」
「まぁ、気配が全然消せてなかったしねぇ」
その子どもは、前世でいう小学校3年生くらいの背丈と、小さくまん丸な輪郭を持った男の子だった。
渾身拳でここまで移動した時から、木陰の方に小さな気配をずっと感じていた。
「それで、何の用なの?貴方くらいの歳の子が1人で森にいるなんて、危ないわよ?」
私に多少の恐怖があるのか、男の子は少したじろいだ後、声を張るようにして話しかけた。
「じ…じゃあ、逆に聞くけど、お姉ちゃんはどうしてここにいるの…?」
質問に質問で返してきた。
それも、子どもとはいえ絶妙に答え辛い質問を、
「…私は今修行してるのよ、強くなる為に」
「強く!?じゃあ!お姉ちゃんやっぱり強いの!?!?」
突然声を大きくして私に問い詰めてきた。
「え!?ま、まぁ…今となっては多少は?」
それを聞いて、男の子はさっきまで暗やんでいた眼が輝き始めた。
修行ではなく強いの方に反応したという事は、今この子には強い人が必要なのだろうか。
それが、子どもが1人こんな森の中でいる事の答えにも繋がっている気がした。
どちらにせよ闇がありそうだったので、話だけでも聞いてみる事にする。
「まぁいいわ、話聞いてあげる、ここ座ったら?」
私は今座っている丸太の目の前にある切られた木の跡を指差してそう言った。
「じゃあ…うん」
男の子はそう言って意外にもあっさりと丸太に座った。
「それじゃあ、最初の質問ね?貴方はどうして、1人でこんな森にいるの?」
そう聞きながら、今食べている虎の肉の一部をひん剥いて男の子に差し向ける。
「ほら、これでも食べながらゆっくり話してみて」
しかし、それを見せた直後、男の子は脊髄反射のように丸太から立って私から離れた。
「あれ?どうしたの?お腹は空いてないの?」
更に肉を差し向けるが、男の子は攻撃から身を守るように拒み続けた。
まぁ朝から虎の肉なんて誰でもいやかと思い、それ以上の詮索はやめた。
「ご…ご飯なんていらないよ、それに話もまだいい。見た方が早いからついてきてよ」
男の子はそう言って森の奥についてくるよう催促した。
「…分かったわ」
ここまできた以上断る理由もないから、立ち上がってそれに従う事にした。
男の子についていって、私はどんどんと森の奥へ進んでいった。
陽光は木の群れで隠され、小型の奇形なモンスターもみかけるようになってきている。
とても人が、ましてや子どもが住むような場所には思えなかった。
「もうすぐ木がなくなって明るくなるよ、そこにぼくたちの家があるんだ」
男の子がそう言った直後、木の群れが途切れ、同時に眩しい太陽が差し込んできた。
そして目の前に、1階建ての簡素な木製の民家が現れた。
「あれがぼくの家、上がっても大丈夫だよ」
男の子はそのままその家に向かっていった。
にわかには信じられなかった。
まさか本当にこんな森の奥に住んでいるというのだろうか…
いったい何故?
その疑問で顔が冷めつきながら、私は家の中に入っていった。
「!?」
そこで目に入ったのは、竃とトイレという最低限だけの家具。
そして、それを横にベットで横たわる、男の子の母親とおもしき女性だった。
女性の顔は熱のあるように赤く苦しげ、更に隣には冷たい水が入った大きめの水が入っており、なにより男の子と同じくらい深く瘦せ細っていた。
「母ちゃん、大丈夫?」
男の子が話しかけても、うめき声で返事をしている。
間違いなく、病気か何かだろう。
それもかなり重篤な、
「これをみて…分かってもらえたかな?」
男の子は俯きながら私に話しかけた。
「母ちゃん、すごく重たい病気で、いつも苦しそうなんだ……でも!」
男の子は声を変えて私の方を向いた。
「最近!この近くの崖に咲いてる薬草で、この病気を治せるってのが分かったんだ!だから父ちゃんが取りにいったんだけど、なんでか帰ってこなくて…」
この子の声がまた暗くなった。
なるほど、崖っていうのもあって、そのお父さんの無事が心配でたまらないってところか。
「お姉ちゃん強いんだよね、お願い!父ちゃんを探してきて!!お金はあげるから!!!」
…なるほどね、全部理解したわ。
「…分かったわ」
「!!!ほんとう!?!?!?」
「ええ……………そのお話、お断りします」
アイラの心理とは!?
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