138話 ケイン
「ゲホッ」
そのまま木に激突した。
本当に危なかった、咄嗟に受け身をとって寸でのところで助かった。
けど安心する隙すら与えず、イコウガは剣を構えて向かってきた。
「どうした!その程度ではないでござろう!?」
「ちっ、」
振りかぶられた剣を寸前で避け、彼の位置を確認しながら森中を逃げ回った。
当然彼も追いかけてくる。
その間も何度か互いの武器同士がぶつかった。
片手剣と斧では重量でこちらが勝っているはずなのに、彼は剣に自身の体重を上乗せし、簡単に私に押し勝ってきた。
かと思えば、突然私からやや離れた正面の位置まで飛び跳ねてきた。
「アビリティ、[火遁の術]」
イコウガはそう言うと、口から巨大な火炎を吐き出し、それを私に差し向けてきた。
「!!!」
火炎が凄まじい勢いで迫ってくる。
私はほぼ無意識に渾身拳を地面に使って飛び跳ねそれを躱した。
だがイコウガも、すぐに足だけで私と同じ高さまで飛び跳ねて追いかけてきた。
この頃になると、流石に私も十分理解できていた。
彼は、私より強いなんてレベルじゃない。
間違いなく、絶賛復讐対象であるキルよりも遥かに強いだろう。
お金が懸かってるから、絶対これに勝たないといけないのに、そのビジョンが全く見えてこない。
だけど勝たなきゃ駄目なものは駄目だ、だから彼が私の間合いに着く前に次の行動を考えた。
今の私の最大火力は恐らく渾身拳、さっき覚えたケインが謎だけど今試す時間はない。
だったらなんとしてでもこれを、威力だけでも彼に直撃させて、遠くに視える池まで吹き飛ばす…!
これしか勝つ方法はないと考えた。
だからすぐに行動に移った。
私はヘアメタルを発動し、イコウガをこれ以上間合いに近づけさせないよう足止めした。
でもたぶん、これもすぐに破られる。
だから素早く自分のヘアメタルを蹴り込み、その勢いを身体中の味方にしてイコウガに切り込んだ。
それで吹き飛ばせはしなかったが、やはり空中で相当な勢いが乗せられたこの攻撃でイコウガはほんの一瞬、剣を構える体制が崩れた。
「そこ!!!」
その僅かな隙を見逃さずに、私は渾身拳を打ち放った。
それをイコウガは剣で防ごうとするも間に合わずそのまま遠くの池まで吹き飛ばした。
私もその確認のためにその後を追い、池の前に着地する。
「はぁはぁ」
頭と魔力を連続して使って、かなり疲弊してしまった。
だが、しばらく待ってもイコウガは出てこない。
これは私の勝ちでいいはずだ、すぐに池に入って彼を助けよう…
そう思った刹那、池から極太の水が飛び込んできた。
「!!!」
当然の如くそれに反応できず、その水のもの凄い水圧で道中の木々を突き破って後方まで吹き飛ばされてしまった。
私が地面に激突されると同時に、爆発したような音が地面中に轟き、それを合図にイコウガは池から飛び出して私の元に移動した。
「アビリティ、[水遁の術]、水中で呼吸をし、更にその滞在時間に応じた規模の水鉄砲を放つアビリティでござる」
悠々と説明してきた。
「っ、」
私はダメージの蓄積からか、体を起き上がらせる事ができず、視界も僅かにぼやけている。
「拙者を吹き飛ばせた事は大いに讃えよう、やはり見込んだだけの実力者であるな。だが!」
素早く刀を目元に向けた。
「拙者に勝つとなると、まだまだだったようでござるな」
また、彼の思うままの事を言われている。
だが今は、何も言い返す事なんてできなかった。
イコウガは、私の想像を遥かに超えていた。
純粋に、力の差が大きすぎるのだ。
喧嘩売る相手を間違えたと、今になってようやく理解した。
でも、だからといってここで逃げればカラーは永遠にかえらないままだ。
ムキになって蛇に抵抗する鼠…
例えそうだとしても、このままカラーを奪われたままでは嫌な臭いが纒わり続けるのが目に見えている。
それは嫌だ、だから考えた。
この状況、この実力差でも打開ができる策を、
一か八か、覚えたばかりで効果の分からない、このアビリティに全てを懸けた…
「ケイン!!!」
そう叫んで敢えて顔の方を集中させ、その隙に右手をゆっくりと持ち上げ、爪の先から極細のレーザーを発射した。
イコウガはそれを避けようとしたが間に合わず、頬に僅かに掠った…
そう、せいぜいほんの少し頬に触れた程度であった。
だが、そうとは思えないほどケインが頬を激しく出血させ、イコウガの体制が大きくよろめいた。
しかし、アビリティを発動した私も、意識を失いかけるほど激しく魔力を消耗した。
「!?」
でも私はイコウガの体制が崩れているこの隙を見逃さず、力を振り絞って彼から一旦飛び離れた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
だがこれで私の体力は底をつき、斧を地面に突き刺して体を支えないと立てないような状態になってしまった。
なぜ…ここまで急激に体力が弱回ったのか、この時の私は全く分からなかった。
ケインを使う直前までは、追い詰められていたとはいえ、ここまでは疲弊していなかったはずなのだが…
「はぁはぁ、何でござるか…今のアビリティは…」
イコウガは刺すような目で私を凝視した。
それを察知した私は、とにかくまだ余裕があるフリをした。
ここで弱った姿をみせる訳にはいかない、とにかく虚勢を張る必要があった。
私にはまだ奥の手がある、そう思わせてあわよくばカラーを置いて逃げ帰ってもらおうとしたのだ。
「…なるほど、やはりそれなりの実力は有している…と言う事でござるか」
「!!!」
イコウガはそう言って剣を背中の鞘に戻した。
「いいだろう、一度だけ待ってやるでござる」
それを聞いて、私には安堵の感情が全身に巡り、気づけば斧を消していた。
一度…という言葉が引っかかるが、私はどうにかやり過ごせたと思ったのだ。
「勘違いするでないぞ、これはお主の勝利を認めたものではござらん」
イコウガは突き刺すように否定した。
「文字通り機会を与えようと言っているのでござる、あと一度だけの。あと一度拙者と戦って勝てたらこのカラーを返してやるでござる」
「…もし、それでも勝てなかったら?」
「宣言通り、このカラーは拙者の資金とするでござる」
要するに強くなって出直してこいってことか。
期待していた形ではなかったが、何れにせよ猶予ができた事は有難い。
だが一応、何か裏がないかの探りを入れてみる。
「なんでそんな事するの…?」
「簡単な話、拙者はお主に興味を持ったからでござる。先程のアビリティ、リスクがあるようであるが、それでもあれだけの威力…磨けば間違いなく強くなる器でこざる!お主は!」
血走ったような眼でそう言った。
「それが面白いと思ったのでござる、可能な限り強くなったお主を、倒してみたいと思った…これはその為の機会でござる」
イコウガは残すようにそう言った後、「ドロン」と叫んだ直後に煙となって消えていった。
「イコウガ…か、」
その時、身体中にイコウガ戦の疲れがのしかかって、その場に音を立てて転げ落ちた。
「疲れたぁぁぁ〜〜〜、にしても、トンデモない奴に目かけられちゃったわね…」
しかし、全財産を手中に抑えられてしまっている以上、再戦を避けて通る事はできない。
とはいえ、多分あれは…アクアドラゴンよりも弱い。
言い換えればあれに勝てないと、依頼を達成するなんて夢のまた夢だと言う事だ。
やっぱり駄目だ、こんなんじゃ足りない。
もっとレベルを上げないと、
もっとレベルを上げて強くなって、イコウガにも、アクアドラゴンにも勝てるくらいに強く…
強くなる事を、私は改めて、拳を握りしめてそう誓った。
強敵に次ぐ強敵ですね
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