137話 イコウガ
アクアドラゴンから命からがら逃げ延びた私は、とにかくあれをどうやって倒せばいいかを約2時間考え込んでいた。
人の遥か数十倍はある体格、とてつもない水圧と共に発射される水鉄砲、水を纏って凄まじい切れ味と化す翼。
そのどれもが、以前屈辱的な思いをしたスパイダルのそれを遥かに上回るものだと理解するには十分すぎるほどで、本当にあれに勝てるのかと考えるほどに不安になってきた。
レベルアップすればいいなどと、今回ばかりはそう単純な話でもない気がする。
とはいえ、そもそもの依頼内容は奴の皮膚を寄越せというものだったので、実情倒す必要性まではない事にも気がついた。
だがいずれにせよ、レベルアップして強くなる事は最低条件である事に変わりはない為、私はとにかくレベル上げに注力する事にした。
「まぁ頑張るか…」
〔レベルが17になりました。新たなアビリティ、[アックスコール]を会得します〕
独り言を吐き捨てながら立ち上がった瞬間、脳裏からすっかり聞き慣れた声が聞こえた。
「レベルアップ…今なんだ」
どうやらアクアドラゴンとの戦いは、私の想像以上に九死に一生を得る経験だったらしい。
最近はただ物事を経験するだけじゃ滅多にレベルが上がらなくなってきていたから、それも加味すると余程危険な状況だったのかと思い知らされる。
だが逆に、次もこうならないようにと、私はより討伐への意志を固まめる事ができた。
結果としては最高のタイミングでのレベルアップだった。
「さてと、改めて頑張りますか」
〔レベルが21になりました。新たなアビリティ、[ケイン]を会得します〕
9日間、魔力の使い過ぎに気を遣いながら、何とかレベルを21まで上げる事ができた。
これでアクアドラゴンに届いたとは微塵も思えないが、とはいえ馬もなしにこれだけレベルを上げられたという自身から少しだけ胸を撫で下ろした。
その安堵と共に私は膝をつき、地面に座って昼ご飯の支度をしている。
「さっき生け捕りにしたサイみたいなモンスター、焼くと結構美味そうじゃない」
少量のお金が入ったかばんを地面に置いて、焼き終えたサイをじっくりと眺めた。
このサイは、生だと腐ったパンのように醜い出で立ちで、見ただけで食欲も失せるほどだった。
だが、全身をこんがりと焼き塗った姿をみると不思議と食欲が回復したどころか倍増してきたのだ。
「さてさてお早くいただきましょう♪」
意気揚々とサイの丸焼きを頬張ろうと即席で作った箸を握ったその時、
僅かな鋭い風が、一瞬私の頬を横切った。
すぐに振り向くと、何故かかばんが宙に浮いているのがみえた。
「なに!?」
そう反応した直後に、突然激しい風圧と共に何者かが後ろに現れた。
紺色の長い髪、そして背中に刀を持った忍のような格好をした少年が、まるでさっきからそこにいたみたいに。
そしてよく見ると、その少年は右手に私のかばんを握っていた。
「あ!私のかばん!」
「…拙者の速度に対応できるとは、お主中々やり手でござるな」
「!!!」
私がかばんに反応すると、少年は見た目相応の口調で語りかけてきた。
更に暗殺者のような鋭い眼差しで、ゆっくりと私に振り向いて話を続ける。
「お主、何故このような場所にいる?この中には、少量のカラーが入っているようでござるが、」
少年はそう言いながらかばんからカラーを一つ取り出して私にみせてきた。
「ちょっと!少量かもしれないけど、それは私の全財産なの!返しなさいよ!!」
「全財産?お主ほどの実力者が?…まぁいい、」
少年は含みのこもった笑みをした。
「拙者の名は[イコウガ]。盗みで生計を立てる忍びの者でござる」
「忍び?」
口調や言い回しといい、前世の世界でいう忍者や暗殺者に近い存在なのかもしれない。
だけどやっていることは紛れもなく盗みだ、それも全財産。
流石に見過ごしはできない。
「忍びだろ何であろ、とにかくカラーを返しなさい」
「ふっ、断る」
「あ!?」
「当然でござろう、拙者は盗みを生業とする者、一度盗んだ物は敬意をもって己の糧とする、故に物を返すという事は基本的にない」
身勝手な理由ね。
「だが、ただ一つだけ例外がある。それは、拙者が強いと認めた者の場合だ」
自信をうざいくらい含ませてそう言ってきた。
「…じゃあ、貴方は私が強いって認めてくれる訳?さっき実力者って言ってたし、それならカラーを返してもらえる?」
「何を世迷言を、確かに実力者とは言ったが、まだ強者と認めた訳ではない」
「は?」
「拙者が強者と認める条件は単純明快、拙者とこの場で闘い!勝利することだ!!!」
流し込むようにに、終始自分のペースで説明をしてきた。
会話は成立しているのに、まるで一方的に会話を聞かされているような感覚に陥っている。
私のお金を盗もうとしている事には変わらないのに、本当に勝手な奴だと思った。
「私の話も聞かないでベラベラと…貴方と闘って勝てたら、本当にカラーを返してくれるのね?」
「拙者に二言はござらん、無論でござる」
彼の話に従うのは癪だが、正直なところこれしかカラーを返してもらう手段が見つからなかったので、仕方なくアックスコールを使い、イコウガへ斧を突きつけた。
「無から斧を生成するか…面白いアビリティでござるな」
彼も背中に携えていた剣を引き抜く。
私は全神経を彼に集中させて、イコウガの動向を観察した。
うざい奴とはいえ、いざ闘うとなるとあの速度で動けるのを相手にするという事を分かっているからだ。
私もレベル上げの為にそれなりな数のモンスターを倒してきたからか、敵の力量が自分と比べてどの程度かと言うのが何となく分かるようになってきた。
だからこそ、今目の前にしているガキがどれだけ強いのか感覚で理解できている。そして、それができて本当によかったと思っている。
なにせ、それが理解できていても、私は彼のスピードに反応できずに剣で振り払われ、近くの木まで吹き飛ばされてしまったからだ。
イコウガはヤバいっすよ
評価・ブクマ、よろしくお願いします!