132話 初めてのクエスト 2
その後もパーティーは坑道を悠々と進んでいき、遂に最深部に着いた。
そこには待ってましたと言わんばかりに、中心に蜘蛛の巣を張り私たちを歓迎する巨大な蜘蛛の姿もあった。
「…あれが、スパイダル…」
その姿は正しく3メートルはあるであろう巨大な蜘蛛そのもので、はっきりと見えるその6つ目玉をギョロギョロとすの動かしている様は、不気味さを通り越して悍ましさすら感じた。
「おい」
キルが水を刺すように言ってきた。
「わかってるよな、お前はサポートだけしてろ」
「わかってる…」
その時、スパイダルは奇声と共に見た目通りの巨大な蜘蛛の糸を吐いてきた。
私たちは全員左右バラバラに飛び込んで避け、各々が攻撃体制に入っていった。
「サンダーショット!!!」
レイが真っ先に行動を起こし、杖から電気を放出する技を地面に向けて放った。
電気はそのまま地面の砂を伝ってスパイダルに向かっていき、やがて奴の全身を感電させた。
「ピシャァァァァァァァォァァァァァォァァ」
「ここの砂は電気を通す性質、だからこういう事だってできる!」
電気で痺れ苦しんでいるスパイダルへ、すかさずソナが矢を放った。
放たれたその筋は奴の眼の一つに命中し、スパイダルは更に叫び声を上げる事になる。
「キル君!今よ!」
「わかってる!!!」
ソナの掛け声と同時に、キルが剣を振りかぶって突っ込んでいった。
だが奴はそれに気づき、大量の脚を使いキルを蹴り飛ばしたとする。
それをキルは波のように楽々と避け、逆に奴の脚全てに剣の一撃を加えた。
「ポピシャアアアアアアア」
さっきから、あの巨大な蜘蛛の絶叫が絶えない。
見るからに私なんかより遥かに強いだろうに、それに平然と立ち向かっていって、その攻撃はちゃんと効果を上げていて…
心から凄いと思う、私の力では絶対にできない事だし、早くあの領域に辿り着きたいなとも思う。
でも…私だって今はこのパーティーのメンバーだ。
せっかくこうして人間らしい事をさせてもらえる環境に身を置けたのだから、せめて何か、パーティーの役に立つことをしたい。
そのせいで足手纏いになっちゃうかもしれないけど、ただ見てるだけで何もしないなんて嫌だ!
その時、レイの背後に、奴の脚が迫っているのが見えた。
あのままだと腹部を貫れる、レイはそれに気づいてない。
私にはそれが、巡ってきたチャンスに思えた、一筋の光に思えたんだ。
あれを助けられれば、私は間違いなくパーティーに貢献できる、そう思い、細かい事など何も考えずに、ナイフを投げた。
結果、スパイダルの脚の一つにナイフが突き刺さって一瞬怯ませられたが、すぐに体制を立て直し、その眼光で私の姿を捉えた。
そしてすぐに、私に向かって糸を吐いてくる。
その動作が私には早すぎて、全く反応ができなかった。
糸は私の目の前まで迫り、もう避けられそうにない。
「…嘘」
その時、真横から全力で走ってきたソナが私を押し倒してこの場から移動させてくれた。
「!!!ソナちゃん!!!」
しかし、そのせいでソナが回避に間に合わず、奴の糸に全身をみるみる巻きつけられていった。
「きゃああああ」
ソナは叫び声と共に奴の近くまで吊し上げられ、奴はまるで人質を取るみたいに、脚を彼女の目の前までやって私たちを牽制し始めた。
「ソナさん!!!」
「っ、いい、私は無視してコイツをやって!こんな事するって事は…逆に後一歩って証拠だから…!!!」
ソナは自分に構うなと私たちに何度も催促する。
だが奴は人の皮膚など簡単に裂けるようなその鋭利な脚をソナから離そうとはしなかった。
「クソ、めんどくせぇコトしやがって、」
どうしたらいい、どうしたらいい。
こうなったのは私のせいだ、だからこそ私が何とかしないといけない。
私は焦りと不安で全身が支配された。
キルもレイも、この状況では手出しできないようで、ロイター版のように棒立ちしていた。
何か、何か手はないかと必死に考える。
私より戦闘経験が豊富であろう2人が手をこまねいているかと言って、手段がないわけではないはずだ。
あいつの長所は前の世界の蜘蛛とほとんど変わらない。
もし短所も前世の蜘蛛と変わらないとすれば、
そして異世界ものの定石通り、前の世界と比べて技術も知識も劣っていて、そのせいで蜘蛛の生態を詳しく知る術がないのだとすれば、
だとすれば、私だけは奴の弱点を知っている可能性がある。
私なら、ソナちゃんを助けられる可能性がある…!
そう考えると、早まる思考の手を止める事はできなくなった。
生き急ぐように脳を高速で回転させ、前世で得た知識をかき集める。
その時、あるネットニュースの一文が頭に降り立った。
『蜘蛛は目がいくつもあって一見視力が良さそうに見えるが実際はその逆で、相手の動きや振動を感知して行動しているに過ぎない』
____これだ、
蜘蛛は目が悪い、もしそれが奴も同じだとすれば…
いける、最適な能力を私は持っている!!!
それが分かった瞬間、私は迷わずその能力を発動した。
「スゥインサイン」
私はそれを発動し、そのままスパイダルへゆっくりと近づいていった。
「!おいテメェ!今度はなにする気だ!!!」
だが私は何も返さずに、そのまま足を進めていった。
「何考えてんだあいつ」
「でも、もう結構近づいた筈なのに、なんで気づかれてないんだろう?」
そう、それがスゥインサインの力、効果は、全身の気配を完全に無くす事。
本来なら敵に視認される前に奇襲する為の技で、既に見られてしまっては意味はないのだが、今この状況においてはこれが最も有効な手段だ。
私は恐る恐る、だが着実にソナの元へと近づいていく。
いける、助けられる。
後少しで、ソナちゃんを…!!!
そう確信した瞬間、スパイダルが突然私の方を振り向き、ほぼ同時にその脚で私を踏み潰した。
「!!!???」
気づかれた?いや気づかれていた?
スパイダルは完全に見えているように私を凝視し、そのまま全体重をかけようと力を入れてくる。
「あぁ…あああああああああああああ」
「アイラちゃん!!!」
「今だ!!!」
その時突然キルがそう叫んだ、かと思えば、キルは即座に剣を携えながら前屈みの姿勢となり、そこから全身の神経を集中させていた。
「アビリティ、[神速斬]」
キルがそう発した瞬間、彼は光のような速度で移動してソナを捕らえている糸とスパイダルの脚を全て切り裂いた。
「ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
スパイダルの悲鳴を覆うようにキルは「レイ!!!」と叫んだ。
「はい!!!」
レイは両手で杖を持ち天井へ掲げると、そこからそこへ異様なほどの気….魔力か?魔力をそこへ溜め始めた。
「アビリティ、[エクストリームストーム]」
そしてすぐにそれは放たれる。
杖から見るからに高出力のエネルギーが発射され、それが弱ったスパイダルに直撃し、遠くの壁まで体が吹っ飛ばされた。
「カキャアアアアアアアアアアア」
地を裂くような断末魔を挙げ、スパイダルは生き絶えた。
〔レベルが10になりました。新たなアビリティ、[マインドコントロール]を会得します〕
「大丈夫か、ソナ」
キルとレイがソナちゃんへと駆け寄る。
「う…うん、大丈夫。でもアイラちゃんは」
ソナちゃんは自分が助かった直後にも、私の心配をした。
それを聞き、キルが苛立ちを浮き出らせた顔で私を睨みながら近づき胸ぐらを掴んできた。
「テメェ!!!」
凄まじい迫力に何も言えず震えてしまう。
「何度も言わせんじゃねぇ、勝手な事すんな」
「す…すみません…」
「謝って済む問題じゃねぇ!下手すりゃソナは死んでたんだぞ!!!」
そこへレイが止めに入ってくれた。
「ち、ちょっと待ってください、アイラさんは僕を助けようと思ってナイフを投げたんです。スパイダルに近づいたのだって、結果的には失敗しましたが、ソナさんを助かる算段はあったと思います!」
「そうよ!それに私…大丈夫だから、だからキル、許してあげて!」
2人は必死に私を庇おうとしてくれている、だが、それでまたキルが私に向ける眼を変える事はなかった。
「でもお前が危ない目にあったのは事実だろ」
「それは…」
ソナもこれについて言い返す事はできないようである。
だが実際、これに関する非は全て私にあるから、自分では何も言い返せない。
「ソナ、せっかく連れてきたお前の前で言うのもあれだが、こいつはこのパーティーには置いておけない」
「そんな!!アイラちゃんはここでなきゃ生きていけないんだよ!?お願い!私本当に大丈夫だから!!!」
「だろうな、何処の馬の骨かもわからねぇような奴をパーティーに入れる奴なんてこの国にはいねぇ、だがこいつはこの国の戦士としてでなきゃ生きられねぇ、だから…」
キルはそう言いかけると、端末から太長い縄を取り出し、私を近くの元作業の柱まで動かして全身を縛った。
私は雁字搦めにされ、全く身動きができなくなっている。
「こいつはこのまま置いていく」
「そんな!?スパイダルが死んだから間違いなく新しいモンスターがここを縄張りにするんだよ!?」
ソナちゃんが必死に私を解放してと訴えてくれている、だが、効果は全くないようだった。
「だからだよ、ここに入れないのなら、こいつはどこでもやっていけねぇ、その内餓死か盗人になるのがオチだ、だったらここで死なせてあげた方が…せめてもの優しさってやつだ」
「そんな!酷すます!!!」
レイも必死で私を庇おうと叫んだ。
「関係ねぇよ、行こうぜ」
キルはソナとレイを手を無理矢理掴み、スパイダルの死体から眼を取ってそのまま坑道の出口へと帰っていった。
2人は最後まで私を解放してと訴えていたが、キルは聞く耳を持たなかった。
やがて2人の声も聞こえなくなり、私は1人、モンスターが巣喰らう坑道の最奥に取り残された。
どうして…どうしてこんな事になったんだろう。
確かに私は悪いことをした。
キルの言う通り、下手をすれば、助けてくれたソナを死なせるような事をした。
でも…だからと言って、この仕打ちはいくらなんでもやり過ぎだと、自分でも思う。
思うけど、でもパーティーに危うく取り返しのつかない迷惑をかけかけたのは事実だから、
その罪悪感で、何も言い返せなかった。体が動かなかった。
今更になって、後悔している。
それから、長い時間無音が続いた。
どれくらい時間が経っただろう。
私の心臓の音だけが、虚しくもこの空間に響いていた。
だけど段々、私以外の気配を感じられるようになってきた。
長い間ここの主だったスパイダルが死んで、新たなモンスターが台頭し始めたのだろう。
最初に現れたのは鋭利な牙を見せつけた馬のようなモンスターだった。
そして当然、馬は私の存在に気づき、一歩ずつ私に近づいてくる。
あぁ…ここで死ぬのかと、全身で感情を捨て諦める。
この縄を解くような力はないし、解けたとしてもどうせこいつには勝てないし、勝って出られたとしても就く仕事がない。
また森での生活に戻るのもありだけど、なんだかもう、それすらもどうでもよく感じた。
きっと何日もこの部屋にいたせいで、生きるという感覚を忘れてしまったんだろう。
ここで死んでもいいやと、そう思えた。
馬は私の至近距離まで近づき、その大きな牙を見せつけた。
「バッドエンドね、これで…異世界生活は終了」
だが体というものは、どこまでも不思議なものだ。
これだけ生きる意志が失せても尚、自動的に、操られているかのように、全身に魔力を流して、無意識にこの状況に抵抗し始めた。
そしてそれが目元に到達した時、偶然、あるアビリティが発動された。
[リモートコントロール]
それは一定の強さに満たない相手を洗脳するアビリティ。
それが偶然発動され、馬が私に跪いた。
その時の私からしてみればあまりにも突然で訳がわからなからず、ただただ困惑した。
だがあくまで自分の身体がやった事、
本能的にこの状況の訳を理解したのか、私は馬にこの縄を噛みちぎれと念じた。
すると馬は、本当にその通り馬を噛みちぎったのだ。
これで私は解放された。
自由に…動く事ができる。
だが馬は変わらず私に跪いていた。
「…ねぇ、もしかして、貴方に乗って、ここから出させてもらう事ってできる…?」
ほとんど無意識にそう言うと、馬は姿勢をやや低くして首を下げ、私が乗りやすい体制になってくれた。
ここまでくると、ようやく私もこの状況を理解できた。
そう、この状況を理解したのだ。
「出られる…ここから」
次回、アイラの復讐が始まる…
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