127話 異世界の言葉
「さてと、これどうするか」
熊を倒したはいいものの、その後何をすればいいのかの目的が分からなくなった。
こいつから逃げている時はただ我武者羅に生きようと必死だったが、その脅威が去って冷静になると、途端に何をすればいいのか分からなくなるものである。
同時に、根本的な問題にも気がついた。
「そう言えばどうやって食べていけばいいんだろ」
異世界といえども、何も食べずに生きていく事なんてできないだろう、実際、さっきから少しずつお腹が空いてきたような気がする。
「どうしよっかなぁ」
その時、ふと熊の死体が目に入った。
「まぁそうなるわよね」
思い立ったらすぐ行動、私は右手にナイフを生成し、熊の皮膚を剥ぎ取り始めた。
どういう訳か、野生の熊の調理法なんて知らないはずなのに、気づけば先導されたように素早く熊の身体を調理していた。
先ずさっきのツルで熊の身体を固定して、その後生成したナイフを使い、頭部から腹部へ適切に皮膚を剥ぎ取っていった。
それが終わると今度は内臓を全て取り除き、肉を切り取った。
最後に今は使わない肉を保存しておいて、残った肉を、即席で使った焚き火で焼いた。
後は肉が十分に焼けるまで待ったら…よし、熊の焼肉の完成だ。
香ばしい肉の匂いが、鼻から全身へと流れるように漂ってくる。
「さて、いただきますか」
私は両掌を合わせ、徐に肉を頬張った。
結論から言うと、そこそこ苦労した割にあまり美味しくはなかった。
濃厚な肉の威厳が所々鈍い音を発しているようで、まずまずと言う程度のものだった。
とはいえ、これは前世で食べていた現代料理と比べたらの話だ。
あれに比べればまともに調理もできていない、健康面でも大丈夫なのか分からない肉など、微妙に感じて当然だ。
寧ろ、あれと比べてちょっと不味い程度で収まっているのなら、これは美味しい部類なのだろう。
ともかく私は熊の肉を食べ上げた。
丁度日も暮れてきたので、そのまま焚き火を消して明かりをなくしてから眠ろうとした。
手元には寝床も何もないから、仕方なく硬い地面に晒される土の上をベットにする、
「寝てる間にまた襲われないかしら、心配ね」
その事を心配しつつも、なんだかんだ熊との戦闘等で疲弊していた私は、いつの間にかぐっすりと眠りについていた。
そして夜が明けた。
「ふぁ〜あ」
呑気にもあくじをしながら、地面から起き上がる。
「結局襲われなかったわね、なんかこういう時って誰にも襲われないイメージあるけどなんでなのかしら?」
その時、遠くの方から人の話し声のようなのが聞こえてきた。
「お!ようやく人か、これで色々と話が聞ける」
私は吸い寄せられるように、声のした方向に駆け寄った。
すると目の前から、確かに2人組の男性が話をしているのが見えてきた。
「っし、じゃあ聞き込み始めますか」
私はタイミングを見計らい、2人の前に飛び出した。
「あの〜すみません、ここってどこだか分かりますか?」
だが、今の半端な状態でそれを聞くのは間違いだった。
「ムウ ター ウゥ?」
男性の1人がそう返してきたのだ。
「???」
文字通り、言葉通りそのままの意味で、何を言っているのか分からなかった。
するともう1人の男性が「ワッス クコンヌ?ターウー タコーン ラツ?」と言ってきた。
「あ…あの、いや…えっと、」
私はわけもわからず困惑して、しどろもどろな言葉ばかり返すしかなくなった。
だがそんな事をしても、向こうが何を言ってるかなんて分からないし向こうも私の言ってる事が分からないだろう。
「メキ、チムウウ ゾンソハチンゾ 、ツッシゥツ カチヌスッ マウエッヌス チィプヒィ?」
もう1人の男性が詰め寄るようにそう言ってきた、恐らくそれに対しもう一方の男性がその男性を静止させるように手首を掴んで、少し焦ったようにこう言った。
「ウソッムチッソ、ピ タパーマーシィ チプ タ ハチンゾ」
それに対し男性はやれやれと言ったような顔で「ウー ター ムァチウムク」と言って私から離れた。
何を言ってたんだろ?何故かあまり考えたくないような気がする。
とはいえ、これ以上話してても時間の無駄のようね。
それならやる事は一つ。
「あ、いえ、やっぱり何でもないです!はい!ありがとうございましたーーー」
そう言い残してこの場から走って逃げた。
「はぁはぁはぁ」
2人の影が見えない距離まで逃げ切ると、息が切れひざを支えて立ち止まった。
「にしても驚いたわね、言葉が通じないなんて」
まぁ当然といえば当然か、そりゃあ、異世界まできて日本語が通用するわけないわよね。
「じゃあこれからどうしよ、」
私は両手を広げ、半ば諦めムードで空を見上げた時、突如、お腹を空かせ、見るもの全てが獲物とでもいうような目をした猪が飛び出してきた。
「!!!」
「ブホォォォォォ」
猪は私のお腹を突き刺そうと、その鋭利な牙を持って突進してきた。
私はすぐにナイフを生成し、猪の身体を全力で突き刺して突進を止めようとした。
だが猪の力は想像以上に凄まじく、私は後ろにある木まで押し倒されそうになった。
だからといってこのまま倒されるわけにもいかないから、とにかく歯を食いしばり全体重を猪に加えて突進を止めようとした。
…結果、私の背が木に激突する寸前に、猪の息の根が止まった。
「はぁはぁ…危なかった」
〔レベルが3になりました。新たなアビリティ、[渾身拳]を取得します〕
その時また、頭からこの声が聞こえてきた。
という事は、再び新しい力を手に入れたと言う事だろう、渾身拳…さっきそう聞こえた気がするが…
ブヮアン
「!!!」
それは一瞬の事だった。
拳と言われたから右手に何か力を込める想像をしてみたら、その瞬間右腕に凄まじ力が鳩走った。
「これは…!!!」
それに、気のせいなのか分からないけど、この世界に来た時よりも全体的に少し強くなったような気がする。
なんというか…感覚的に体力が増えたような、直感的に身体能力が向上したような…
「レベルアップ、思ってたより面白い能力かもね」
この時、私の異世界生活における当面の目的が決まった。
「とにかく、言葉が通じないこの世界じゃ他人と関わっても無駄、陰キャ丸出しみたいな事言ってるけど実際そう。それなら…獣だらけのこの世界で、最低限生きる力を得るまで強く…レベルアップしておくか」
1人でそう呟いて己を鼓舞した。
こうして、私の異世界での生活が始まったのである。
アイラのレベルアップ生活が始まる…
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