126話 思っていたよりハードモード
気がつくと辺りには、さんさんと照りつける太陽を反射する草木、囀りが響き渡る小鳥たちの声、それらに覆われ、鬱蒼と茂った森が広がっていた。
「これは…異世界に転生したって事かしら?」
私は妙にフラついている体を支えながら、ゆっくりとその場に起き上がった。
とにかく、先ずはここがどこなのかの把握と、チート能力の確認をしないといけないからだ。
「なんか…変に声高いわね、まぁいいけど」
私はしばらく、辺りを彷徨いた。
それにしても、やはり異世界という事もあってか、ただ歩くだけでも前とは感覚が随分違っていた。
空気が汚れていないのか、澄み切ったように美味しいし、眼から視える景色がまるで彩りが濃くなるフィルターが掛けられたみたいに鮮やかだった。
包み込むように囀る小鳥も、地面を這い回っている虫も、前世の世界にいたものとは明らかに見た目が異なっていた。
そんな景色に思いを馳せながら歩き回っているうちに、小さな湖が見えてきた。
丁度いい、飲めるのか分からないけど水分は確保しなかったし、水面の反射で今の自分の姿も確認できる。
私はウキウキでその湖に近いていった。
湖に着くと、すぐに水面から反射した自分の顔、そして体全体を確認した。
白のワンピースを身に纏い、幼なげな印象を持つ丸みを帯びた顔に緑色の瞳にショートの紫髪の少女…
それが私の姿だった。
ん?待って、少女?
私は驚いてもう一度自分の姿を確認した。
だがそこに映っていたのは、間違いなく幼なげな印象を持つ少女の姿だった。
「マジで!?転生したらここまでしてくれんの!?」
正直前世の私は、そろそろ若くなくなり始めたくらいの年齢だったけど、それに比べて5歳…いや、11歳は若返っていた、間違いなく。
「見た感じ中学生くらいって所かしら?最高じゃん♪」
今思えばかなりヤバい事をしていたが、私はしばらく水面に映った自分の姿に見惚れていた。
「いいね〜なんかロリって感じ、俺自身がロリになることだ的な?」
私は完全に気分が浮かれ、独り言をぶつぶつ呟いていた。
その時、突然後ろから何かが迫り来るような音が聞こえてきた。
「なに?」
確認しようと後ろを振り向いた時、既に私の真後ろに、巨大な熊のような生き物が襲いかかってきていた。
「!!!」
その熊は丸太のような両腕で私に殴りかかってきた。
咄嗟に左に飛び込んで攻撃を避け、私は熊から少し距離を離した所に立ち止まった。
「なるほど、これはチート能力披露の場面かしら?じゃあ早速やりますか」
私は左手を熊の前に翳し、備わっているであろう能力を使おうとした。
さっきの少女が言った、生き残る為の力というのはきっとチート能力の事なのだろうと解釈していたからだ。
「…………は!!!!!」
だが、その時は何も起こらなかった。
「………嘘、」
何故何も起こらないのか、とにかく困惑した。
私は両手を見つめてその場に立ち尽くしていると、その隙に熊に近づかれ、右腕を振り下ろされ近くの木まで吹き飛ばされた。
私はその衝撃で頭から出血し、視界はボヤけ意識も朦朧としてきた。
このままだと気を失ってしまう、でも今寝たりなんてしたら間違いなくあの熊に殺される。
ったく何が生き残る力を与えるよ、私を殺す為の力の間違いじゃないの!?
……いや、ここでうだうだ文句を言っても、状況は何も解決しない。
チート能力がないと言う事は、○と幻想の○リム○ルやR○ゼ○的な世界観だと受け入れるしかない。
だとすればしっかりと立ち回りを考えるのが重要、今しないといけないのはすぐに熊から距離を取って、上手く機転を利かせて逃げるか倒すかする…
それだけよ。
私は木を握り締めるように掴んで立ち上がり、ゆっくりと迫り来る熊を睨みつけた。
「私と貴方、どっちが勝つか…勝負しようじゃないの」
私はそう言い捨てた後すぐに振り向いて全速力でこの場から逃げ出した。
熊はそれを見て雄叫びを上げ、私を追いかける。
森の中に入っても尚、私はとにかく全力で走り続けた。
どうやら前世の時よりも体力や運動神経は若干上がっているようである。
実際、たぶん今この歳の女の子では考えられないくらいの速度で逃げ走れている。
だとしても、当然熊の方が走る速度は上であり、ふと後ろを振り向いてみたが、このままではすぐにでも追いつかれてしまうほど、既に距離は狭まっていた。
最初はこのまま逃げ切るつもりでいたが、どうやら現実的ではなさそうである。
だとすると、残された手段は追いつかれる前に倒すしかないわけだが、そんな事できる気がしない。
でもそうしないとどの道追いつかれて死ぬ。
何か方法はないかと、走りながら辺りを見回していると、近くに頂上に石が佇んでいる木を見つけた。
あれだ。
私はすぐに方向転換をし、その木とは対抗戦上にある木へと走った。
その瞬間、熊も即座に向きを変えて追いかけてきた。
私は焦らず、けれど急いでその木に登った。
熊も追いかけて登ってきていたが、なんとか先に頂上に辿り着き、すぐにそこに吊るされていたつるを掴み、ターザンのように例の木へと移動した。
一応後ろを確認してみると、熊はこっちに移動できずに木の頂上で立ち止まっていた。
流石に熊もこの芸当はできないようである。
かと思えば熊はすぐに木から飛び降り、私のいる木に向かって突っ込んできた。
「想定通りね、後は私の体力次第…」
私は1人そう呟き、己を鼓舞しつつ、つるを持ちながら木の真下に飛び降りた。
「ゴガアァァァァァ」
既に熊は私の目の前まで迫っており、その山のような巨大な体で私を締め殺そうとしてきた。
私はそれを、熊が締め付ける寸前に…つるを伝って再び木の上にずり上がった。
熊は目の前から標的を失ったが突然勢いを止める事はできず、そのまま木に頭を強く打ち付けてしまった。
その影響で木全体が振動に襲われ、私もつるから振り落とされたが、同時に岩も木から落下した。
岩は重力のまま真下へと落ちていき、そのまま衝撃音と共に熊の頭上を叩き伏せて着地した。
熊の頭はその重力に耐えられずに潰され、やがて死亡した。
「はぁはぁはぁ」
地面に墜落した私は、息を激しく切らしながらも、その様子を見届けた。
「…やった、なんとかなった…」
体を少しだけ起こして、改めて熊が死亡した事を確認する。
「にしても、あんな所に岩があるなんてすごいご都合主義ね、主人公補正は問題なさそうね」
〔レベルが2になりました。新たなアビリティ、[ナイフコール]を取得します〕
「!!!」
その時、突然頭から声が聞こえてきた。
近くの何処かから聞こえたのではなく、間違いなく自分の頭の中から声が聞こえた…
「ナイフ…?レベル2?」
私はよく分からないまま、何となくナイフを手に持っている自分を想像してみると、なんと手元にナイフが現れた。
「!!!」
おかしい…さっきこんな事をしても何も起こらなかったのに…どうして?
その時、導かれたように、あの少女の言葉を思い出した。
『レベルアップ、これが君の力…スキルだよ』
『1から経験を積むと少しずつ強くなっていくスキルだ』
…あの言葉を全て信じるなら、私は今みたいに戦えば戦うほど、RPGのようにレベルが上がっていく能力を持っている…って事なのかしら…
そして一つレベルが上がるごとに、こんな風に力が貰えると。
私はもう一度ナイフを生み出す想像をし、今度は右手にナイフを出現させた。
そして私は、無意識にそのナイフをただじっと見た。
鏡で自分の姿を見つめるように、目の前の存在を疑うように…
異世界生活の概要が少しずつ分かり始めたアイラ…
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