125話 転生
目が覚めると私は、靄のような光に包まれた空間にいた。
「…どこ…ここ?私、どうなったの?」
夢なんだろうなと半分思いつつも、取り敢えず状況を確認するために起き上がろうとしたその時、近くから声が聞こえてきた。
「ここに人が迷い込んでくるなんて、初めてだよ」
「!!!」
誰かと思い、反射的に起き上がって首を振り向かせると、そこには両手にそれぞれ緑色とピンク色をしたひし形の石を持った子猫がいて、私に話しかけてきていた。
日本語で、
「!?な…なに貴方!?猫が…え?え!?」
「ふふ…そうだよね、それが普通の反応だよ」
その猫は淡々と、だけど少し残念そうにそう言った。
「まぁいいさ、君がこの空間に来たのは、この前僕が色々とやり過ぎたせいだと思うからね、今からその落とし前をつけようと思うよ」
猫はそう言って何かをしようとした、だけど私はその前に猫を引き留め、この状況への説明を求めた。
突然過ぎてわけが分からないし、何よりここでしっかり問い詰めないと絶対に良くないような気がしたからだ。
「ち、ちょっと待って!説明して!ここは何処なの!?貴方は誰!?迷い込んだってどういう事よ!?」
「…………」
猫はしばらく沈黙した後、慎重に口を動かしながらこう言った。
「…そうだね、たぶん記憶は消されると思うし、それに君に知る権利はあるか…」
そうして、猫は説明を始めた。
「先ず僕が何者かについてだけど、ごめん…それは言えない。僕は誰かに自分の名前を名乗りたくないんだ、あっちの名前も、こっちの名前も…あの子以外には」
「あの子?」
「うんうん、こっちの話だよ」
あの子というのが少し引っかかるけど、猫は気にするなと言うような顔で私を見ながら説明を続けた。
だから私も、それ以上は詮索しない事にした。しても無駄な気もしたし。
「次に僕たちが今いるこの場所についてだね、ここは、言うなれば君が住んでいた街の象徴的中心…と言えば正しいのかな?まぁ平たく言えば異空間みたいなものだよ」
「異空間?」
「そう、そしてそこは、人間が入り込む事は絶対にあり得ない空間なんだ。君は迷い込んじゃったみたいだけどね」
「は、はぁ…」
正直何を言っているのかまだよく分かっていないけど、取り敢えずアニメとかでありそうな状況になってるっぽいと言うのは雰囲気で理解できた。
なのでその雰囲気に乗って、一つ質問をしてみる事にした。
「じ…じゃあ、どうして私はこの異空間?に迷い込んだわけ?」
「うん…それについても言いづらいんだけど、前に僕が無茶苦茶やったせいでこうなった…て所かな。原理とかも説明できないわけじゃないんだけど、それを言うとちょっと難しい話になるんだよね」
「そ、そう…」
子猫は申し訳なさそうにそう答えた。
「さてと、他に何か質問はあるかい?」
子猫は肉球をポンと叩いて、私に聞いた。
「いえ…もう」
「そうか…じゃあ、そろそろ落とし前をつけるね」
子猫はそう言って右手にもつピンク色の石を翳そうとした。
その様子を見て、私は思い出したように子猫に言った。
「あ!待ってやっぱり質問!落とし前って結局なんなの事なの?」
元々、それが何かを確かめる為に質問を始めたのだ。
「落とし前って言っても、そんな大した事じゃないよ。ただ君を元の場所に返すだけさ」
「とは言え、既に死亡している君の肉体に再び魂を送り込むのは御法度だから、代わりに君を別の世界に…」
今子猫が放った言葉を、私は聞き逃さなかった。
「ち、ちょっと待って!さり気なく言ったけど、私死んだの!?」
「!そうか、まだ自覚していないのか、うんそうだよ、君は、残念だけど死んでしまったんだ。それで魂が肉体から分離して消滅する瞬間に、ここに迷い込んだってわけさ」
相変わらず、この子猫はアニメの世界のような事を言う。
「だったら、私はこれからどうなるの?貴方は私をどうする気なの?」
「心配しなくても大丈夫だよ、さっきも言った通り、君を元いた場所に返すだけさ、それが、こうなってしまった場合のルールだと解釈してるからね。ただそれだと死亡した肉体に魂を返す事になる、それはしてはいけないから、代わりに別の世界の人間の体に魂を返すってわけさ」
「…………」
子猫は丁寧に説明してくれているのは分かるけど、それでも何一つ理解が追い付いていなかった。
ただ一つ、どうにか感覚で分かる事は…
「つまりそれって、私を異世界に転生させるって事?」
こう言う事でしか、頭の整理ができなかった。
どうにか既存の言葉に当てはまめる事で、無理矢理状況を理解しようとしたのだ。
「まぁそうだね、その解釈で間違いではないよ」
子猫がそう言ったお陰で、私も一応の状況の理解をする事はできた。
「じゃあ、今から私を異世界転生させるって事?」
「そう、この石を使ってね」
子猫はピンク色の石を私に見せながらそう言った。
「これはクリスタルと言って、超常現象を発生させる力があるんだ。本来僕が使ってもほとんど効果はないんだけど、この場所で、君になら問題なく力を発動できるはずだよ」
「…超常…現象?」
「とにかくこれで君を転生させるって事さ」
「なるほど、じゃあ…お願い」
「おや?案外乗り気だね、正直ある程度は抵抗されるものだと思っていたけど」
乗り気…か、確かに自分でも以外なほど、私は今の状況をすんなりと受け入れていた。
前世に不満がないわけじゃないけど、それでもやっぱり、子どもたちとか、趣味の事とか、そう言う未練の方が先に出るような気もしていた。
だけど私は、たぶんそれ以上にこの状況を楽しもうとしていた。
今思えば、色んな事が起きすぎて、冷静な判断ができなくなっていただけなのかもしれない。
とにかく私は、これから起こるであろう出来事をありのまま受け止める。
その事に注力しようと思ったのだ。
「分かった、それじゃあいくよ」
子猫がそう言った直後、ひし形の石は眩い光を放ち、辺りを輝きで包んだ。
空間が渦のように捻じ曲がり、直後に足場が崩れ、奈落へと落下したような感覚に陥った。
あの子猫の姿がどんどん遠のいていく。
「これは…」
「頑張ってね!君の、新しい人生を」
子猫は最後に、私にそう言った。
尚も落下していくような感覚は続く、だけど落ち続けた先に、何か大きな光が待っているような気もしていた。
「やぁ、」
「!!!」
その時、突然耳元から女の子の声が聞こえてきた。
「初めましてだね」
「誰!?」
振り向くと、そこには長い水色の髪に、細々しい白色の瞳、ラフな白いワンピースを身につけた少女がいた。
「ボクの事はどうでもいいよ、それよりも、君は今から異世界に転生する事になるわけだけど、準備はできてるのかい?」
準備?何を言っているのか分からない、望んだ事とはいえ、あの子猫にほぼ強制的に転生させられてるんだ、準備なんてできてるわけない。
そもそも準備なんて必要だったの?
「貴方は…誰?準備って何?」
「ふふ、そうだよね、未だ出来ていないよね。だったら、ボクが君に、転生先の世界で生き抜く力を与えてあげるよ」
「力?」
「そう、過酷な世界で生き抜く為の力だよ、それも特別に、かなり強力な物を贈呈してあげよう」
力…これは、異世界ものでよくあるチート能力を手に入れる場面なのだろうか。
「レベルアップ、これが君の力…スキルだよ」
「スキル?」
「そう、1から経験を積むと少しずつ強くなっていくスキルだ、100まで上がったらまたここにおいで」
100?待って今、かなり大事な話をすっ飛ばされた気がする。
「ち、ちょっと待って!100ってどういう…そもそも貴方は何者なの!?」
私は少女を捕まえようと手を伸ばしたけど、それと同時に少女はその場で立ち止まり、私からどんどん距離が離れていった。
どうやら私にこの落下を止める手段はないみたい。
「それじゃあ、頑張ってね」
少女がそう言ったと同時に、周囲が真っ白な光に包まれた。
私は眩しさから目を塞いでしまい、その直後に落下の感覚がなくなった。
あの光がなくなったような気がしたので、目を開けてみると、辺りには鬱蒼と茂った森が広がっていた。
状況から考えて、どうやら異世界に転生したらしい。
異世界生活、開始。
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