112話 ありがとう
「とはいえー、10秒しか時間ないからなー、早く終わらせるかー」
アジエルは地面に強く手をつけ魔力を込めた。
すると、アジエルの背後に、robotよりも巨大な波が出現した。
「一撃で決めるー、アビリティ、[ビッグウェーブ]」
その波は、時間と共に停止しているβに容赦なく襲いかかっていった。
「はい終わりー」
その直後に、時間停止は解除された。
アガン
「!!!」
気がつくとβは訳もわからないままとてつもない水圧を持った大波に押し寄せられ、カタストロフィもキャンセルされて後方に吹き飛ばされ、そのダメージでrobotが動かなくなった。
「!?なんで!?何が…!!!」
すぐに時間停止を使われたと気づいた、だがそれに気づけた所でどうにもできず、robotが動かせなくなっているという事実は覆らなかった。
「っ、、、」
「ぐははー、あと少し、後少しで完全に終わりー」
ダメだ、何をしても動かない…なんで?なんで…?
robotを動かすのに特殊な操作は必要ない、胸部にβがいさえすれば、後はβの意思だけで動かす事ができる。
それに何の魔力も必要ない。でもそれが動かないという事は…?
脳に何かされた?いや、そんな気配は感じない。
だとすれば、魔力の問題…
確かに魔力が直接必要になる事はないが、βの意思で操作できる根本の原理は、βの魔力を利用してのものだ。
まさか残っている魔力が少なすぎると操作が不可能になるのだろうか…いや理論上は考えられる、だとすればこのまま…
「負け…る?」
そんな筈がないと思っていた、テオを傷つけた怒りをすぐに抑えられなかったのも、彼奴を殺すと、そう何度も言い聞かせられたのも、
全て自分なら奴に勝てるという、そう思い込みとも言える自信があったからだ。
その自信が、原動力の支えになっていた、だから何度も立ち向かい続けられた…!!!
それなのに、今度は自分が負けるという確信ばかりが、強くなっていった。
いざ自分が負けると知ると、それを待っていたかのように、不安と焦りが襲って来る。
βは無意識にテオの姿を見た、だがそれでも勇気が湧いてくるどころか、更に恐怖が押し込まれてくるだけだった。
ドゴーン
「!!!」
前から何か音がしたと思って見てみると、そこからアジエルの姿がはっきりと映り込んだ。
シャークインベーダーを使い、胸部を破壊されβたちが剥き出しになったのだ。
「!!!!!」
「さてー、いよいよフィナーレーーー」
アジエルはアクアブレードを発動し、一気にβの元へ向かっていった。
βは反撃に出ようとしたが焦りと動揺から間に合わず、そのままテオと同じように、アクアブレードで腹部を貫通させられた。
「…………」
「勝ったーー」
苦しい…空気を塞がれたように息が苦しくなり、お腹の辺りが鈍く痛み出してきた。
その時、βの瞳が赤く光った。リフレクションが発動したのだ。
昨日から何度も発動し、その度により鮮明に、昔の自分を思い出すようになっている。
そしてそれに共鳴するように、βは自分の気持ちを確信する。
だからこそ、テオが好きだと、はっきりとそう言えた。
これが自分の本心なんだと、つくづく実感する…
…分かってる、それが本心なのなら、それに従えばいいんだって。
ようやく素直を知れたのなら、ただそれに我武者羅に…
だけど…
「……………」
リフレクションが更に自分を思い出させてくる、昔の自分と今との違いを思い知らせてくれる。
そうだ…これは、今の自分だ…
「…やっぱり、ゴタゴタ考えても意味ないか…」
βはアジエルの手を掴み、それを引き抜こうとし始めた。
「!何故動けるー、間違いなく貫通しているんだぞー」
「ボクは普通より頑丈にできてるんだよ、これくらいなら…まだ動ける!!!」
βはアジエルの手を引き抜き、と同時に右手でワイバーンを発動した。
「!!!」
アジエルはそれに気がつき、すぐに胸部から飛び降りてそれを躱した。
「ゴホッゴホッ」
無理に魔力を使った影響で、βはその場で吐血した。
だがそれでも、βは左手で右腕を握り締め、強く願った。
「…この感覚…ボクに力を貸せ、弱くてもいい、ほんの僅かでも構わない。昔のボクに確かにあった、ボクの本当の魔力…それを、全て引き出せ…!!!」
robotの瞳が赤く発光し、全身に赤いラインが浮かび上がってきた。
破壊された胸部は再生され、βは徐に立ち上がる。
「ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
robotは凄まじい雄叫びを上げ、アジエルの方へ首を傾けた。
「…ありがとう、ボク。それじゃあ行くよ」
βは右手にエクスカリバーを発動し、回転しながら一気にアジエルへ距離を詰めていった。
「こしゃくなー、どこまでも」
そう言ってる間に薙ぎ払われたエクスカリバーを、アジエルは間一髪で避けた。
「!!!」
しかしそれで、アジエルは確信した、今のβは、全快時と変わらないと。
本気で戦えば、負けるかもしれないとすら思えた。
「それでもー、ここまでくればやるしかねぇよなーー!?」
アジエルは少し離れた位置まで後ずさった後、すぐに飛び上がり、インファイトアクアを発動してβへと向かっていった。
βはその攻撃を全てエクスカリバーで受け止め、すぐに剣を薙ぎ払って反撃した。
アジエルは宙返りしてそれを避け、更にシャークインベーダーを発動した。
βはそれを真っ向から斬ろうと剣を振るい、そしてやや苦戦しながらも切り裂く事に成功した。
アジエルは地面に着地し、一度誘うように後方へ逃げた。
βは何か狙いがあると気づきながらも、敢えてそのままアジエルを追いかけた。
やはり巨体なrobotが速度に分があり、すぐに後少しでアジエルに剣が届くところまできた。
だがそこでアジエルが突如振り向き、アビリティを放ってきた。
「ビックウェーブ!!!」
とてつもない大波がβを襲ってきた、突如現れたそれを避け切る事はできず、全身に大波を喰らってしまう。
「……!!!」
だがβは怯む事なくそのまま直進し続け、エクスカリバーを振り下ろしてアジエルの右肩を切り落とした。
アジエルは避けようとしたが、ビッグウェーブを喰らって尚進み続けたβに一瞬怯み、回避が間に合わなかったのだ。
アジエルはβから少し離れた位置まで一旦避難した。
「ぐっ…あああああああああ」
斬られた右肩から、表現なんてできない痛みと共に血が滝のように落ちてきた。
「はぁー、はぁー、流石ペンタグラム最強格の戦士だー、一筋縄ではいかないかー、だが流石にー、無事では済んでいないだろー」
アジエルの言う通り、robotはビッグウェーブの影響で大きく全身をよろめかせ、剣を地面に着かせないと立ち続けられないほどダメージを負っていた。
「はぁはぁはぁ、でも…それでも…!!!」
それでもβは立ち上がり、剣を構えてひっさげた。
「いけるー、あと少しで勝てるーー!!」
アジエルはブラストアクアを発動し、βへと放った。
βはテオの姿をもう一度見た後、切り込むような眼と共に、ブラストアクアへエクスカリバーを振り翳した。
だが、絶えず押し込んでくるブラストアクアにβは押され、地面を引き摺らす。
「っ、、、」
ビッグウェーブを受けたダメージの蓄積もあり、βは完全に押し負け、徐々に後方へ下がっていっていた。
「っ、……まだ…まだ…」
βは気迫で踏みとどまり、そして、少しずつ歩みを進めて行った。
「勝つ…!!!うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
サン
エクスカリバーはブラストアクアを完全に切り裂き、そしてそのままアジエルの体を真っ二つに切り裂いた。
それと同時にrobotは爆発し、βとテオは共に地面に投げ出された。
2人は離れた位置に飛ばされ、βも立ち上がれずにその場に倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
その時、地面に激突した衝撃で、テオは目を覚ました。
ふと横を見ると、倒れ込んだβが目に入った、それと同時に、テオはほぼ無意識にβの元へ少しずつ向かっていった。
自分に何が起きたのか、それは分からないが、もう自分に終わりが近づいている事は、すぐに分かったから。
「はぁはぁはぁ」
βもまた、テオが自分に向かってきている事に気づくと、こちらもほぼ無意識に、足で地面を引き摺って無理矢理体を動かし、少しずつテオに近づいていった。
やがて2人は互いに太極し合い、体を傾けてお互いに向かい合った。
だが、それと同時にテオの瞳が閉ざされ、意識を失った。
「……………」
風でたなびいたテオの髪が、βの頬に僅かに当たった。
その時何とかテオは目を開き、目の前にいるβを直視した。
だがβの意識は徐々に閉ざされ始めており、視界がだんだんとぼやけていった。
「……………」
「……………」
2人は互いに近づき合い、そして…
口付けをした。
それは無意識のようで、だけど確かに、自分たちの意思が突き動かしたもの…
2人は眠った。
草木を揺らす風を乗せて、2人は手を繋いで、