106話 ニアレン奇襲攻撃
アジエルは森を彷徨い、目的の戦士を探した。
ゆっくりと昇る朝日が照らし上げたのは、奇襲のため、ニアレン森林へと駆けるアレス達8人の部隊の姿だった。
だがこの部隊にはアレスとソラナが同時に入れられている。
常に互いを忌み嫌っているこの2人が隣り合っていて、冷静でいられるはずがない。
「そう言えばアレス君?危なくなったら尻尾巻いて逃げてもいいのよー?」
「は?急にどうした」
「だって貴方、こんな戦争興味ないんでしょ?だったらわざわざ戦わなくていいじゃない、死ぬかもしれないんだし、だから死にかけたら遠慮なくお前だけとっとと逃げれば?」
アレスも流石にこれには苛立ちを覚え、すぐに逆襲に打って出た。
「そりゃどーもー(棒)じゃああんたこそ何かあったら大人しく逃げろよ」
「は!?なんで私が逃げないといけないわけ!?一緒にしないで!」
「だってそうだろ?お前は何が何でもこの戦争に体を貢いで貢献しようと思っている」
「人聞き悪い言い方ね」
「だから例え死にかけて搾りかすのようになろうがお前は戦い続けるわけだ、迷惑なんだよ、はっきり言って。お前のせいで余計な死体が一つ増えるだろ?だから死にかけたらお前が尻尾をぐるぐる巻けばいい」
「はぁ!?それじゃあ私が口だけの弱い戦士みたいじゃない!!バカにしないで!それは貴方でしょ!!」
「んだとコラ…」
移動しながら絶えずこの言い争いをする2人、周りに他の戦士もいるこの状況でこれ以上されるとまずいと思い、クラウドが止めに入った。
「まぁまぁソラナさん、落ち着いて下さい、アレスさんも、これから戦いにいくんすよーー」
だが2人が牽制するように睨み合うこの状況が変わる事はなかった。
その状況を見かねて、セルセが止めに入った。
「落ち着いて、今歪み合っても何も生まれないよ」
優しくそう吹き付けられた。
それを聞いて、流石に俺もソラナも、空気以上の何か強い強制力のようなものを感じて、言い争うのをぴたりとやめた。
それを見て、セルセはふっと微笑んだ。
やはりβに次ぐサイン最強格の戦士というだけはある、他の戦士とは明らかに別格だというのが分かる。
見た目はベージュ色の短髪に眼鏡をかけた青年といったところで、すましたように顔が良い、素直にイケメンと呼べる顔つきだ。
そうこうしている内に、標的であるニアレン森林が見えてきた。
俺達はすぐにセルセの指示で、3手に別れた。
別れ方は4人戦士の隊、3人の隊、そしてセルセが1人の隊だ。
セルセ曰く、こう別れる事で部隊の全滅リスクを減らし、且つウイッチとセルセを対面させる確率を上げられるらしい。
確かにそれぞれの隊全体の実力はほぼ均等だ、それにセルセは魔力量で相手の実力を測る事ができる。
恐らくそれを元に敵の配置を分析し、適切な相手と対処させるつもりなのだろう。
実際、お陰で俺たちは飛び散った先でかなりやりやすい相手と戦えている。
流石すごいと思った、実力があるだけでなく、こういう能力にも長けているとは…
これはその通りで、セルセは自分になるべく強い相手を引き寄せるように調整していた。
そのせいでセルセが戦う相手は小国なら国最強を誇れるような相手だらけとなったが、それら全てを、セルセは何の問題もなく処理していた。
(よし、作戦通りだ、この調子で、できればウイッチもこちらへ引き寄せたい)
(報告書を読んだ限り、この隊であれに勝てるのは恐らく僕だけだろう、だから絶対に他の戦士と彼女を遭遇させるわけにはいかない、必ず僕が奴を倒さないと…)
その時、突然何者かが目の前をもの凄い速度で走って殴りかかってきた。
セルセはすぐにそれに気づき、即座に正面に向けて[エアロカッター]を発動した。
エアロカッターは大気中の空気を刃のような切れ味を出す風圧にまで凝縮してそれを投げつけるアビリティである。
これを、恐らく向かってきている者の至近距離で放ったはずなのだが、その攻撃は避けられてしまった。
「!!」
セルセは少し後方に下がり、突っ込んできた者の動向を見ることにした。
やがてその者は停止して姿を現した。
「うむ、やはり気づかれたか…相手にとって不足はなし」
出てきたのは、年齢は恐らく40歳ほどの、屈強な体格をした上裸でスキンヘッドの男性だった。
「お前が、さっきの攻撃を?」
「その通り、そして、これより貴様を倒す者でもある。かの平原で戦士した弟の為にも、我はこの戦争…勝ち続けなければならないのだ」
「…なるほどね」
セルセは黒いて手袋をつけた両手を構え、屈強な中年も同じく、セルセに対し威嚇するように両手を構えた。
「我がスキル、瞬間移動の力をみるがいい」
両者はしばらく睨み合いを続けた後、セルセは、目で追えないほど一瞬で屈強な中年に接近し、炎のアビリティ、[バーンボール]を放とうとした。
だが屈強な中年はアビリティが当たる寸前に高速移動を発動して避け、セルセから逃げるようにこの場を離れた。
「逃げた?…いや、そっちか!」
セルセは大気中の魔力の僅かな変動から、セルセの移動した位置を割り出し、その方向へ追いかけた。
セルセなら、高速移動を使った屈強な中年にも引けを取らない速度で移動する事ができる。
セルセは森の木々を伝い、徐々に屈強な中年を追い詰めていった。
「そう、やはり貴様は我を追ってくる、貴様にはそれができる力がある…だがそれが逆に仇となるのだ!」
どこからか屈強な中年の声が聞こえたかと思えば、いきなり目の前から屈強な中年が飛び出して拳を向けてきた。
「貴様は逆にこれに反応仕切れない、我の勝ちだーーー!!!」
屈強な中年は右手に何十倍にも圧縮した魔力を込め、セルセの心臓に殴りかかってきている。
「…スキル、[ストレンジクォーク]」
セルセはスキルを発動し、右手で屈強な中年に僅かに触れた。
その瞬間、屈強な中年の心臓が突然に停止して死亡し、地面にただ音を立てて倒れついた。
セルセは着地し、死亡した屈強な中年を見ながら、自身の左手の手袋を外した。
すると中から、腐り果てたような麦藁色に変色した右手が現れた。
「僕の右手は死んでいる、さっきのスキルで、その状態を君全体に感染させたんだよ」
セルセは右手の手袋を元に戻すと、再び辺りを見回した。
「急がないとな、早くウイッチを見つけないと」
セルセは再び森の中を駆けていった。
その頃も、アレスたち3人は森林にいる戦士達を次々と倒していった。
だがセルセが近くにいないという事もあり、アレスとソラナの言い争いは戦いながらにも関わらず再び激化していた。
「そんな殺意に身を任せたような戦い方して、いつか壊れるわよ」
「うるさい、お前には関係ない」
「あっそ、まぁ、私はお構いなくやらせてもらうけどね」
そう言ってソラナは浮遊を発動してニアレン森林の空を飛んでいった。
全くもって面倒くさい奴だ。
「…アレスさん」
クラウドがようやく口を開いたかのように話しかけてきた。もちろん戦いながら、
「あまりソラナさんを悪く言わないであげてください、あの人…本当はすごくいい人なんです」
「お前はソラナのなんなんだ」
そのまま、ひとまず近くにいる敵を全て片付けた。
その直後、どういうわけかソラナが戻ってきてアレスたちの前に着地した。
「どうしたんですか!?ソラナさん!!」
「どうやら現れたみたいよ、一番の敵が」
ソラナがそう言った直後、上空から箒に乗って1人の少女がゆっくりと現れた。
黒の巨大な帽子と黒いワンピースを着た、箒に乗った少女…あれが一体誰なのかすぐに理解できた。
「……ウイッチ!!!」
俺は自分でも分かるほど激しい殺意をウイッチに向けた。
あいつが、マイロを殺した奴だ。遂に現れたんだ。
絶対仇を打ってやる、俺がこの場で、絶対に…
殺してやる。
中々に強いメガネ男子、それがセルセ。
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