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英雄譚 リオン編  作者: ドル チイダ
東の魔族
32/53

寡黙を破る者

 起きてすぐに顔を洗い、身体を動かしてみる。やはり魔力の枯渇から来る頭痛は一晩寝ると治るみたいで、今は何事も無かったかのように朝日を眺めていられる。

 服もクリストさんに最初買ってもらったものを着て、動きやすい服装でギルドに赴こうかと考えていた。


 昨日来なかった彼女のことが気になるが、焦っても仕方がない。スタブさんやゲエテには盗賊に襲われたことを黙っていたが、あれで終わりでは無いかもしれない。

 街中でも決して安全ではないと気を引き締めて、軽い朝ご飯を済ませたあとゆっくりと教会を出発した。


 少しずつ、強くなっているだろうか。村での惨劇から既に四週間以上は経つ。いつものように背負っている模造刀を触ると、父との稽古を思い出す。

 剣と共にあったからこそ、何度もこれに助けられた。だけど俺はまだ子供だ。せめて魔法と組み合わせないとヴァルハラは殺せない。


 そういえば、光魔法が何故か使えた時、毎回この剣自体が光を纏っていた気がする。

 もしかして、なにか秘密があるのだろうか。

 歩いている途中だったが、俺は模造刀を鞘から出して右手で柄を持ち、寝かせた刀身を左手の上に乗せる。

 硬い材質の木材から作られたとしか聞いていないが、ただの木材にしては耐久力が高すぎる気がする。


 一回、武器屋で見てもらおうか。ギルドに向かうのをやめ、武器屋がある通りを目指す。


 今日の街はなんだか慌ただしく、大通りの途中にある掲示板の周りに人だかりが出来ていた。

 通りがかったのでついでに見ようとするが、人の壁に囲まれていて満足に確認もできない。

 それに気づいてくれた隣の男が俺を持ち上げてくれたので、人々の頭上越しに掲示板へと目を凝らして内容を読み取る。


 その内容は、クリストの死はロバーフットの仕業、という見出しから始まり、どこから聞いたのか分からない話がまるで面白おかしく書かれていたのだ。


「見えたかい?」

「あ、はい」


 思わず拳を握っていた俺は笑顔を作り、男に礼を言って下ろしてもらった。

 一体誰がこんなものを書いたんだ。朝から気分が悪くなった俺は、逃げるようにそこから立ち去る。

 あれを見た街の人はどう思ったんだろうか。一応内容は間違っていないが、人の死をまるで演出の道具みたいに使う書き方は非常に不愉快だった。


 地面を踏み鳴らしながら歩いて、なんとか怒りを鎮めながら改めて武器屋へと向かう。

 怒りが収まってくると、今度は悲しさが込み上げてくる。いくらなんでも、あれは酷い。ゴカゴには絶対見せられない。

 気持ちをぐらぐらに揺らしながら目的地に辿り着いて、深呼吸を挟んだあと入店した。


「……何の用だ」


 武器屋の店主は相変わらず無愛想な言葉を投げ掛けて、顔を背けたまま剣を磨いている。


「あの、ちょっと調べてもらいたいんですけど」


 そう言って模造刀を見せると、ウィーポはガラクタを見るような目で見下ろした。


「……それがどうしたんだ」

「これ、硬い材質の木材から作られた模造刀なんですけど、素材とかそういうのを知らなくて、ウィーポさんなら分かるかなと思って」


 彼は興味無さそうに、磨いていた剣の方へ目を移している。

 その様子に諦めて店から出ようとすると、金属の音が背後から鳴った。

 振り返ると、カウンターの上に剣を置いたウィーポが、こちらをじろりと睨んでいた。


「見せてみろ」


 (すご)むような低い声で右手を出した彼に、おずおずと模造刀を渡す。

 ひったくるように剣を引き寄せて、至近距離で眺めるウィーポは「ふむ」と声を漏らし、真剣に上から下まで舐めるように見つめる。

 胸を高鳴らせながらその様子を眺めて、どんな答えが返ってくるかと期待して待っていた。


「リオン、だったな。これはどこで手に入れた?」

「えっと、故郷の村で父から貰ったんです」

「なんという村だ」

「確か、フロン村です」


 あまり思い出したくは無かったが、変に言い(よど)んで彼の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。

 しばらく眉の薄い顔を強ばらせていたウィーポは、分析が終了したかのように目を閉じる。


「これは、サウスヴァルトの深部に存在する、ドライアドの木から作られた剣だ」

「ドライアド……?」


 彼は柄の方をこちらに向け、受け取る時と比べてかなり優しく返してくれた。


「ああ、あまり知られていないが、最高級素材だ。よくしなり、耐久力に優れ、炎にも耐性がある。あとは、魔力も乗せやすい」


 いつもの寡黙(かもく)具合が嘘のように饒舌(じょうぜつ)に喋る彼の頬は、興奮しているのか少し紅潮していた。


「父から貰ったと言ったな。父は何者だ?」


 じっと見つめる窪んだ眼は、俺を見ているのか模造刀を見ているのか分からない視線を送っていた。


「父は……勇者と呼ばれていました」

「……名は?」

「ケリウスです」


 ウィーポはその眉間に皺を寄せ、口を隠すように右手を添える。

 思えば、父の名を誰かに告げたのは彼が初めてかもしれない。


「お前は、ケリウスの子か」

「父を……知っているんですか?」


 彼は答えない。しかし、その名を聞いて腑に落ちたんだろう。不気味に見えていた顔が少し和らいだ気がした。


「……一方的には知っている。ペリシュドの勇者だ」


 初めて父を知る人物を前にして、心がざわついて言いようのない高揚感が身体を包み込む。


「父はどんな人だったんですか?」

「……息子なのに知らないのか?」


 質問に質問で返されて、答えられず黙り込む。思えば、父の過去まではそこまで知らなかった。国の元騎士団で、母と結婚してからは村に移動したと聞く。

 勇者だということだって、あの外道が来なかったら知りえなかった。父は、敢えて情報を隠していたのだろうか。


「まあ、滅んだ国の勇者だ。息子にすら何も伝えてなかったんだろう。そもそも、十年前に死亡したと(ささや)かれていたからな」


 十年前、と言えばペリシュドが滅んだ年だ。俺が生まれたのもその年。となると、父は滅んだ国からフロン村へと移動したということになる。


「……さっきから黙っているが、どうした」

「父がペリシュドの勇者だったのは初めて知りました」

「それ自体は有名だ。文献にも残っているだろう」


 たまたま書斎でその内容を見つけられなかったんだろうか。いや、知ったところで何も変わらない。


「……とにかく、その剣は貴重な素材から作られている。大事にしろ」


 再び剣を持って磨き出したウィーポは、興味を失ったように顔を背ける。

 本当はもっと色々と聞きたかったが、お礼を言って模造刀を鞘に仕舞ったあと扉に手を掛ける。


「……アステマインには気をつけろ」

「えっ」


 彼は顔を背けたまま、ただ剣を磨き続けていた。

 俺は無言で店を出たあと、先程の言葉を反芻(はんすう)する。

 どうしてあんな事を言ったんだろう。アステマインと言えばただの門番だし、短刀だってくれたし。

 いや、そもそもどうして短刀をくれたんだろう。必要だと思ったからなんてはぐらかされたけど、何か嫌な予感がする。


 急ぎ足でギルドに向かう間、ゴカゴの身を案じていた。

 あの短刀は今、彼女の元にある。考えすぎで終わってくれたらいいんだけど。

 

 太陽が真上に昇り切る前に、ギルド前に辿り着く。少し走ったせいで汗をかいており、袖で拭いながら扉を開いた。

 昨日と同じくらい人がまばらで、いつもの活気と比べたら静かに思えた。そんな閑散としたテーブル席に、いつものように黒い礼服の老紳士が独りで座っている。


 こうして見ると確かに不気味だ。何故、彼は常にギルドに居るんだろう。やることが無いにしても、自宅に居たらいいのに。

 背中を向けて座っていたオルジェントだったが、ゴカゴの居る部屋には階段を登る必要があり、そこを通るためには必然的に彼の視界に入ることになる。

 流石に避けては通れず、とりあえず挨拶だけでもと老紳士に近づいていく。


「こんにちは」

「ああ、リオンくん。挨拶をありがとう。いよいよ明日だね」

「そうですね、よろしくお願いします」


 オルジェントは優しい笑みを浮かべてにっこりと目皺を作るが、その笑顔でさえ少し疑わしいものに映ってしまう。

 悟られないようにゆっくりと離れて階段を登り、彼女の部屋へと急ぐ。

 二階の少し奥ばった通路の先に、部屋への扉があった。


 軽くノックするが、反応は無い。焦れったくなり扉を開けると、中は無人だった。

 枕元にあった本や机の上の短刀は無く、窓も閉められている。またすれ違いだろうかと、今度はガルマの居る室長室を目指す。

 本来はおいそれと入れる部屋ではないが、ゴカゴの名前を出せば入れてくれるだろうと希望を持ちながら進んでいると、扉の前で誰かが立っていた。


 背を向けているその人は、肩までの薄い桃色の髪の毛を持ち、華奢な体つきから女性だと分かる。

 さらに、着ている服はギルドの受付をしている人のものと同じだったため、此処に勤めている人なんだなと思い足を止める。

 すると気配に気づいたのか、彼女が機敏に振り向いた。


 つり上がった目に小さい鼻、赤が目立つ紅色の唇をきゅっと引き締め、両手を下に組んだ女性は俺を睨みつけるような目で見下ろす。


「どなたですか」


 見た目と同じくきつい口調で言う彼女は、誰も寄せつけないような気配を纏っている。


「えっと、リオンって言います」

「何用ですか?」


 恐らくガルマさんの付き人なんだろうけど、何を言っても駄目そうな雰囲気がありありとしていたため、さっさと引き下がろうと適当に言葉を選ぼうとした。

 すると、それより先に痺れを切らした彼女が、俺の模造刀に視線を移して険しい顔つきに変わる。


「まさかあなた、賊?」

「は?」


 いやいや、素直に名乗る賊が居るのか。と思いつつ、殺気立つ彼女を説得するために、再び言葉を考える。


「何かあったんですか?」

「それを言う義理はありません」


 問答無用とばかりになにやら臨戦態勢に入ろうとする女性を見て、少しずつ後ずさる。


「俺はゴカゴの件でガルマさんに用があるだけです! あなたこそ、そこで何をしてるんですか!」

「私は……」


 苦虫を噛み潰したような顔を見せて言葉を濁した彼女は、殺気を抑えてたま息を吐いた。

 それに(あわ)せて俺も身体から力を抜く。


「ガルマさんが、()られないのです。今までは一言でも残して行かれたというのに」


 ガルマさんまで不在なのか?

 ウィーポの言っていたことが、不安を加速させていく。アステマインは俺を看病してくれた事がある、だけど、どちらを信じればいいのかわからなくなる。


「いつから居ないんですか?」

「さあ、私も今気づきましたから」


 恐らく相当に仕事熱心な人なんだろう、彼女は胸を痛めるような仕草でつらそうに顔を歪めている。


「良かったら、一緒に探しませんか?」

「あなたと?」


 なんでお前と、みたいな顔を隠さずにこちらを見つめる彼女を見て、苦笑しながら続ける。


「一人で探すより二人の方が確率が高いでしょ?」

「……そうね」


 合理的な判断ができる人で助かった。


「ギルドの他の人にはガルマさんの行き先とか聞きました?」

「いえ、いつも私にだけ告げていますから、聞く必要がないと思いました」


 相当な自信を持って言い張る彼女だが、俺はギルド内で聞き込みをする方針を示す。

 当然のように彼女は反対するが、背に腹はかえられない事を自身で反省したのか、すぐに意見を切りかえる。


「俺は冒険者に尋ねるから、えっと」

「レタリーです。まだあなたを信じたわけじゃないですけど、頼みましたよ」


 そう言って階段を降りていく彼女を見送り、俺は二階に居る冒険者を探した。

 数人居たが、話しかけるのを躊躇うほど人相が悪い見た目をしている。

 だけど、レタリーに提案した手前で尻込みしてられなかった。


「すみません」

「……何だこのチビは」


 ある意味予想通りの返答だったが、やはり歓迎されていないみたいだ。

 三人組の男はそれぞれスキンヘッド、毛むくじゃら、顔によく分からない彫り物をした男と、見事に特徴が分かれている。


「ガルマさんを見ませんでしたか?」

「知らないね」


 彫り物の男が即答する。だが、その顔はにやついており、まともな答えではないことが分かった。


「あの」

「うるせえな、今いいとこなんだよ」


 怒鳴るスキンヘッドの手元を見ると、なにやらカードを数枚持っていて、他の二人も同じようなものを持って相手に見えないようにしている。


「俺たちゃこれに夢中で、何も知らねぇんだよ」


 彫り物の男が笑いながら言って、毛むくじゃらがもごもごと肯定する。

 埒が明かないと思った俺は他を当たろうとしたが、どうしても男たちの態度が引っかかった。

 そもそもこんな事をしているということは、結構前から居たんじゃないか。ということは三人中誰かがガルマさんを目撃しててもおかしくない。


「さっきから何してるんですか?」

「しつこいガキだな、失せろ」


 声を荒らげたスキンヘッドが、虫でも払うように腕を振る。


「協力してくれたらいいものあげますよ」


 そう言った途端に、三人が持つ雰囲気が変わる。

 冒険者というより盗賊のような視線をこちらに注ぎ、にやにやと下卑た顔で口角を上げる彫り物の男。


「何をくれるってんだ?」


 食いついたと思った俺は、少し演技を加えて伝える。


「質のいい短刀だよ。俺の探し人が持ってるんだけどね」


 舌打ちが聞こえ、スキンヘッドの男がこちらを睨みつける。


「今渡せねえんじゃ話にならねえ」

「冒険者なんでしょ? 此処に(たむろ)しているということは、外に出るのが怖いとか」

「おいガキ!」


 勢いよく机を叩き、スキンヘッドが立ち上がる。

 彫り物と毛むくじゃらはまだ冷静なようで、俺はスキンヘッドに狙いを定めた。


「どうしたんですか?」

「さっきから聞いてりゃ、好き勝手言いやがって。誰が怖いって? えぇ?」

「お金、欲しいんでしょ? 協力するだけで短刀あげるって言ってるんだから、協力してよ」

「ほう、協力したら貰えるんだな?」


 彫り物の男が舌を出す。


「もちろん、情報が正しくないなら渡さないよ」

「ガキが!」


 振りかぶったスキンヘッドが、こちら目掛けて拳を振り下ろす。

 俺はそれを模造刀で受けようと思ったが、視界の端から黒い影が入り込んでスキンヘッドの腕を掴んだ。

 

「子供相手に殴り掛かる大人とは、感心しませんねぇ」


 震え上がるような低い声でそう言ったのは、冷たい目でスキンヘッドを見据えるオルジェントだった。

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