断罪探偵・フーダニット
「あれが何者かなど、明らかではないか?」
そんな発言をしたのは意外にも(失礼)タリオス様でした。
「映像を見直すといい。かの人物には明らかに不自然なところがある」
タリオス様は映像を静止させました。そのような機能もあるのですね。
「銀髪が輝いている。西側すぐに建物があって時間は夕方。太陽の光が全て建物に遮られた影の部分にいるというのに、何故髪が輝いているのだ?」
「ヴィエリアの美しさによって、おのずから光を放っているのではないか? 彼女は常に、あれくらいは輝いているからな」
「殿下……学内だからグラストか……ヴィエリア嬢のことになると急激にポンコツになる癖を直してくれ。
あれは、別の記録の魔道具が投影したヴィエリア嬢だ。
この魔道具は、記録した映像を任意の空間に、ある程度自由な大きさで投影することができる。
犯人は前もってヴィエリア嬢の歩く姿を記録しておき、セルティ嬢を突き落としたタイミングに合わせて魔道具を起動させる。
等身大の大きさで、画面を道に沿う角度で出現させれば、ガゼボからは本物にしか見えない。
歌唱サークルがあのガゼボで活動しているが、あの時間帯にはそれ以外の人通りは少ないことは把握していたのだろう。真横に近い角度から見れば、映像が薄っぺらい紙のように見えるからな」
「「……」」
「確認なんですけどぉ、光の当たり方以外の根拠ってあります〜?」
「無論だセルティ嬢。改めて動かすぞ。
ほら、時々一瞬だが姿がぶれる。犯人が彼女を撮影した時にまばたきしたせいだ。
それに背景、ぱっと見には違和感はないが、煉瓦の壁がちらついている。魔道具は人物と背景を映し出すものだから、実際の壁と映像のそれとが重なっているのだ。壁が同じということは、映像はこの辺りで撮られたものだろう。
それと、遠ざかるにつれて何というか立体感がおかしくなる。ガゼボから垂直に近い角度で投影されているのだろうが、俺の位置からは斜めに見ているから、さっき言った薄っぺらい感じに見えるのだ」
「「……」」
「最後はどうなりました〜?」
「残念ながら、はっきりしない。
建物の反対側の角まで行ったように見えるが、そこで木立に重なっているからそれ以降は分からない。
ヴィエリア嬢の映像が消える瞬間でも映っていれば良かったのだが……皆、どうした?」
「……タリオス様が推理ですって?」
「宰相子息のゾリアス様じゃなくて?」
「しかも推理が当たっている気がするぞ?」
「天変地異の前ぶれか……?」
周囲の皆様が、沈黙から解き放たれてざわつきます。
「失敬だな! あれだけ記録の魔道具の練習をさせられたら、嫌でもこのトリックに気づくわ!
だいたいこの学院に入学できている時点で俺が馬鹿じゃないことは分かっているだろうが! 皆、騎士の子息で体格のいい奴は全員頭悪いって思っていないか!?」
一同の目が一斉に泳ぎました。わたくしも、気品と優雅さを失うことなくそっと視線をそらし……あら、デジャヴ? 前にもこんなことがあった気が?
「あたしもタリオス様の推理を支持します〜。そして、そこから出される結論は二つ。
一つ目。ヴィエリア様、およびフリザーリュ公爵の派閥はこの事件の犯人ではない」
「この時ヴィエリア嬢は王宮にいたのだから犯人ではあり得ないが、公爵派の人間まで容疑者から除く根拠は?」
二本の指を立ててセルティ様がおっしゃるところに、グラスト殿下が尋ねられました。
「順を追って申し上げます。
階段から突き落とされた日の朝、あたしは自称ヴィエリア様の手紙を見てすぐに、王宮からヴィエリア様を呼び出して夕方まで足止めするようお願いしました」
横でグラスト殿下があの『うん、そうだったね。私は頑張ったよ……』の遠い目をなさっています。しみじみ無茶を要求なさる方ですわね……。
わたくしも、そのあたりの補足をすべく口を開きました。
「急な呼び出しだった割に、王妃様との当たり障りのないお茶会でしたので何事かと思っておりましたが、そういう経緯でしたのね」
「冤罪に備えてヴィエリア様のアリバイを確保すると同時に、逆にヴィエリア様とその派閥が犯人だった場合の試金石でしたが、結果的にはあまり意味がなかったかな〜とぉ」
「と、おっしゃいますと?」
「ヴィエリア様に罪をきせることが、あまりにも上手くいったことですぅ。
貴女が犯人なら、まずご自分を疑わせて婚約破棄に持ち込み、その後冤罪を晴らす必要があります。人を階段から突き落とすなんてさすがに醜聞ですものね、後々の評判に関わりますから〜。
ところが目撃者たち、ここにいらっしゃるサークルの方々以外にもおられたのですが、皆が貴女の姿を見て犯人だと信じてしまった。だって記録の魔道具なんてご存じありませんもの。
おかげで、ヴィエリア様があたしを突き落としたのは事実という雰囲気が出来上がってしまいました。
貴女やその派閥なら、こんなにリアルな記録映像は使用なさらなかったでしょう」
「わたくしはそのような魔道具を持っておりませんものね」
「そう! それが二つ目の、そしてより強い理由です〜。
記録の魔道具は発明されたばかりで、この世に三十かそこらしかないんです。
そして、ここマナアクシス王国には王宮に二つ、賢者の学院の研究室に三つ存在しますが、あたしが突き落とされた直後、あたしたちがお借りした二つ以外は厳重に管理されていたことが確認されています。
残りの魔道具は他国の王家の所有。つまり王国の人間にはあの時魔道具を入手できず、当然トリックを使えたはずもありません〜」
「つまり、フリザーリュ公爵派および第二王子派は犯人ではあり得ないということですね?」
久しぶりに、セイツェル第二王子が発言されました。
長らく沈黙なさってましたが、まだいらしたのですね。
「はい〜。犯人は記録の魔道具を所有する外国勢力ということになりますぅ〜」
ということは──。
皆の目が、一斉にアスラーン様とシャミール様に注がれました。
「そういえば、シャミール様は記録の魔道具をお持ちでしたね〜」
「偶然だ。俺は貴殿のことを、グラスト王子に対するハニートラップだと思っていたからな。
尻尾をつかむために魔道具を借り受けただけだ」
アスラーン様が堂々とおっしゃいます。
「なるほど〜。ごもっともですぅ」
「魔道具は各国に配られた。帝国以外の国から魔道具が持ち込まれている可能性は否定できないはずだ」
「その通りですね」
「ならば──」
「あなた方の疑いを晴らすのは簡単なことです〜」
セルティ様が笑顔でおっしゃいました。
「指紋を採らせてくださいな」
「……何?」
「ほらぁ〜忘れちゃいました〜? グラスト殿下のロッカー前にあった、犯人のものとおぼしい指紋と手形ですよ〜。
ちょっと警察に行って指紋を照合してぇ、別人のものと分かればこの話はおしまいですぅ。簡単でしょ?
シャミール様」
「……僕ですか?」
「王族であるアスラーン殿下の指紋採取となると外交問題になりそうだし、それ以前に皇子様が自分でロッカーに毒を塗ったりしませんよね?
そういうのは信用のおける部下がやると相場が決まってます〜。どうです?」
「えっ、そ、それは……」
明らかに動揺なさるシャミール様。
縋るような目を向けられたアスラーン様が、彼をかばうように一歩前に出られました。
「断る。シャミールを疑うことは、俺を疑うということだ。
そもそも今の推理は全て想像であるし、お前は司法の人間でもない。言うことを聞く義理もない」
「それを言われちゃうとつらいですぅ〜。
事件は実際に起こっていて警察も動いてますけどぉ、今言った推理は全部あたしが勝手に妄想して、皆様にどう思う?って意見を求めてるだけですからね〜」
あら? セルティ様のお言葉がトーンダウンなさいましたわ? どういうおつもりなのでしょう。
……今までの情報を整理いたしましょう。
セルティ様は、加護のお力でグラスト殿下を毒からお護りになっていた。その過程で、お二人(とご学友たち)はわりない仲だと周囲に誤解された。
衆人環視の中で毒殺(?)未遂について公表し、自分たちは恋愛関係などはないと周囲の誤解を解くと同時に、犯人を指摘する。
……実のところ、犯人はアスラーン殿下及びシャミール様で間違いないでしょう。
記録の魔道具を持ち、かつ動機のある方はアスラーン殿下以外には考えられません。あの動揺もありますし、指紋採取を拒否したということは、指紋を残したのが実際にシャミール様だからに他なりません。
わたくしの姿を記録する機会もありました。
以前ガゼボの近くで彼に話しかけられた時、シャミール様の姿はありませんでした。どこか離れたところに待機して、煉瓦壁を背景に立ち去るわたくしの姿を記録し、突き落とし事件の際に同じ場所に投影した、と考えられます。
髪が輝いていたのも、昼休みの日光が当たっている時間帯に撮られたからに違いありません。
してみると階段下からセルティ様を呼んだローブ姿の共犯者は、アスラーン様の可能性が高いですね。
他のアスラーン皇子派の協力者の可能性もありますが、事情を知っている人間は少ないに越したことはありません。
しかし、大国である帝国の王族が犯人となると、例え事実であっても逮捕は困難。
となると、彼らが怪しいと周知してしまって事件をこれ以上起こさないよう牽制する、という狙いなのでしょう。だからはっきりと犯人だとは断定なさらない。
周囲の皆様もわたくしと同じ考えに至っているのでしょう、疑いの目はアスラーン様たちに向けられたままです。
「ならこの話は終わりだ」
強く硬い声でアスラーン様がおっしゃると、今度はグラスト殿下が口を開きました。アスラーン様とは対照的に穏やかな表情です。
「そうだな、この話は終わりにしよう。それよりも、前から聞きたかったことがあるんだ」
「急に何だ」
「アスラーン、この年齢になっても君には婚約者がいない。我々のような立場の人間には珍しいことだ。
何故だ?」
「俺への皮肉か? 無論、心に想う女性がいるからだ。他の者との婚約など考えられないから、縁談はことごとく断ってきた」
まあ、その……わたくしのことですわね。
「ご尊父である皇帝陛下が、よく許しておられるな?」
「自分で言うのもおこがましいが、俺は優秀で次期皇帝の第一候補だ。たった一つの我儘なんだ。何としても聞いていただく」
「なるほど。その女性が私の婚約者でさえなければ感動的な話だ。
だが不思議だな。我が国でもそうだが、後継者争いにおいて配偶者の選択は極めて重要な問題だ。現に私も今、婚約破棄によってあやうく失脚するところだった。
普通、陛下の定めた婚姻を拒めば、それだけで後継者争いからは脱落するものではないか?」
「でもアスラーン殿下は、未だ次期皇帝の第一候補との評判です〜。どういうことでしょう?」
セルティ様が、若干棒読みで合いの手を入れました。
「私という婚約者を押し退けてでもヴィエリア嬢と結婚するメリットが存在するならば、あるいは説得できるだろう」
「わあ〜、高位貴族とはいえ外国の令嬢と結婚するメリットって何ですか〜?」
……話は終わってなどいませんでした。
グラスト殿下とセルティ様は、わたくしとの結婚という動機からアスラーン様を追い込もうとしておられます。
これはあらかじめ考えられたやり取りに違いありません。
「ヴィエリアの御母堂は王族の一員だ。従って彼女にも王位継承権がある。
傍系だから優先順位は高くないのだが、もし戦争でも起こって他の王位継承者が全員排除されたら?
彼女、あるいはその配偶者がこの国を治める正当性が発生する」
「そっか〜、王国を攻めるんならぁ、前もってヴィエリア様と結婚しておくといいんだ〜。
そりゃあ皇帝陛下もアスラーン殿下の婚約者の座を空席にしておくし、グラスト殿下に毒を盛ってでも婚約破棄させたいですよね〜。
ヴィエリア様を娶ったあかつきには『我が妻に冤罪を着せた罪許しがたし』とか言って戦争を仕掛けて王国ゲット!
その功績で、帝国の次の皇帝はアスラーン殿下で決まりですね!」
「あり得るのか……?」
「最近うちの領地の鉄を帝国が輸入していて……」
「魔物が活性化しているから武具を増産するという話だが?」
「こっちでは、帝国が大量の穀物輸入を始めたんだ。魔物討伐にそれほどの食糧はいらないだろう」
「これはひょっとすると、ひょっとするよな」
生徒はほとんどが貴族の子弟。それぞれの情報を突き合わせて検討なさってらっしゃいます。
「……聞き捨てならんな。
我が国は讒言に対して容赦はせん。帝国と事を構えるつもりならこちらも考えがあるぞ」
さすがアスラーン様、静かな口調ながらも鋭い怒気が伝わってきます。話し合っていらした皆様も、恐れて黙ってしまいました。
「そんなにカリカリしなくても〜。
あたしたちは未成年、ここはお勉強と自由な議論のできる学院。公式の場で言っちゃ大問題ですけど、昼休みの学院で想像の話くらいは自由でしょ?」
「そんな訳があるか。毒殺だの階段から突き落とすだの、犯罪者扱いは自由な言論の域を超えている。
本国に連絡して、正式に対抗措置をとらせてもらう。覚悟しておくんだな。行くぞ、シャミール」
きびすを返すアスラーン様に向かって、わたくしは口を開きました。
「わたくしからも質問がございますが、よろしいでしょうか、アスラーン様?」
「ヴィエリア嬢? 君の質問なら何なりと」
表情を和らげて振り返ったアスラーン様に、わたくしはとっておきの微笑みと共にお聞きいたしました。
「どうして、わたくしの冤罪を晴らして下さらなかったのですか?」
アスラーン様が、虚をつかれたように固まりました。
「え?」
「え? ではございません。
かたじけなくもわたくしを愛して下さっているなら、わたくしがセルティ様に危害を加えたなどという噂を打ち消そうとなさるものでは?
突き落とし事件から三日たちますが、その間何をなさっておいででした? あの時わたくしが学院にいなかったことは、わたくしや友人たちに尋ねればすぐ分かることです。
皆様、アスラーン様にそのような質問を受けまして?」
近くにいらしたお友達はみな、かぶりを振りました。
「そう、貴方様は事実関係を調べることも、わたくしの汚名を晴らすこともなさらなかった。
そもそも貴方様は、セルティ様がご自分で教科書を破る記録映像をお持ちでした。何故それをもっと早い段階で公開なさらなかったのです? それがあればグラスト殿下の誤解は解け、わたくしとの関係は多少なりとも改善されたでしょう。
ああ、セルティ様が加護持ちでグラスト殿下をお守り下さっていたというのは結果論で、その時は分かりませんでしたからね。
そしてその間ずっと黙っていて、婚約破棄騒ぎが起きた後になって意気揚々と映像を出してセルティ様を断罪。どうしてですの?」
「そ、それは」
「もちろん口にできませんわね。婚約破棄をさせたかったからだなんて。まあ確かに、わたくしを求めてらっしゃるのですからその行動はある意味もっともです。
でもその後、わたくしの冤罪を晴らすことなく求婚なさいましたわ。結婚出来るなら、わたくしの名誉回復などどうでも良かったのですよね」
「そんなことはない! 階段の事件も、教科書を破られた事件と同様にセルティ嬢の自作自演だと主張したじゃないか!」
「わたくしがその時間に王宮にいたと申し上げて、無実が証明された後にですわね。あれがなければ、アスラーン様はその主張もなさらなかったのでは?
だってグラスト殿下がわたくしを責めてらっしゃる間、わたくしをかばう発言をなさらなかったのですもの。本当に、なにも」
「それは謝る! あのまま婚約破棄されるまで待っていれば、君は俺のものになると思ってしまったんだ」
「そしてわたくしは男爵令嬢に暴力を振るった女として後ろ指を指されたまま、殿下に嫁ぐことになると。
ありがたくも傷物令嬢になったわたくしと結婚してやろうと? 感謝して欲しかった? それとも依存して欲しかった?」
「君を愛しているからだ! 方法は間違っていたかもしれないが、この愛は本物だ。俺にもう一度チャンスをくれ!」
「そう、それが気持ち悪いのです」
「え」
アスラーン殿下の語彙力が低下しておられます。
もう殿下とお呼びしてよろしいですわよね。親しい演技をする必要も感じませんから。
「ヴィエリア様ぁ〜、仮にも皇子様に気持ち悪いは禁止カードぉ」
「無駄ですセルティ嬢、あの方を昔から存じ上げておりますが、ああなったらもう止まりません」
後ろでセルティ様とゾリアス様が何かおっしゃっていますが無視。
「俺のものになれ。俺に結婚という栄誉をくれ。俺は愛しているんだ。俺にチャンスをくれ。俺が俺が俺が俺が。
もううんざりなんですのよ、自分のことばかり! 貴方の言葉のどこにわたくしがいるのですか!
だいたいやたら話しかけてきては最後に『いずれ俺の手に落ちる』とか何とか聞こえよがしに呟く。生理的に無理でしたが聞こえないふりをして耐えておりました。
どれだけご自分に酔っておられるのですか」
「うわあ……公開処刑……」
「もうやめてあげて……」
ギャラリーから何やら聞こえますが無視。
「そのくせ他の男子生徒と話していると、すごい目で睨みつける。生徒どころか男性教師に対してもですよ? 婚約者だとしてもどうかしている嫉妬深さですけど、赤の他人ですのよ?
こんな方と結婚などしてごらんなさい、溺愛と称する嫉妬と束縛で死ぬような目に遭わされますわ。
悪いことは申しません、貴方様のおっしゃる愛情とやらを注ぎたければ、妻ではなくペットをお飼いなさい。動物なら貴方様の厄介な人格を理解できませんから、愛情をもって応えてくれますわ」
「殿下、グラスト殿下ぁ〜、ヴィエリア様を止めてください〜! マジでやばいですって!」
「何がだ? ヴィエリアの才気煥発機知縦横っぷりを堪能する絶好の機会ではないか。
なに、いつもより手加減しているから問題ない。やはりわが婚約者は完璧な淑女だな!」
「どこがですかぁ!」
グラスト殿下とセルティ様が何か語っておられますが以下略。
「人前で求婚なさいましたからには、人前で拒絶される覚悟もおありですわね?
貴方様との結婚なぞ、金輪際、お断りです」
「ちょ、ちょっと待ってください! 先ほど貴女はグラスト殿下の婚約破棄を受けたではないですか!?」
呆然自失状態のアスラーン殿下に代わって、シャミール様が慌てたように割り込んで来ました。
「そんなもの、ただの売り言葉に買い言葉です。こんな口喧嘩でいちいち婚約が破棄されていては、誰も結婚までこぎつけられませんわよ?
そもそも婚約破棄騒ぎを起こすことは、前もって殿下と打ち合わせておりました」
階段の事件の直後にグラスト様から真相を知らされた時、それはもう驚きました。まさかアスラーン様、いえもう殿下とお呼びしましょうか、かの方がそのような悪事に手を染めようとは(実行犯はシャミール様ですが)。
詳細な手口は聞いておりませんでしたので、今日のセルティ様の推理には感嘆しきりでした。
「グラスト様は事件の翌日にでも事件の経緯を皆様に説明なさりたかったのですが、わたくしからお願いして数日待っていただきました。
アスラーン殿下がわたくしの冤罪を晴らすかどうか見極めたかったからですが、まあ、案の定でしたわね。だいたい、貴方様は……」
キーンコーン。
もっと申し上げることは山ほどあったのですが、予鈴が鳴り響きました。時計塔を見ますと、あら、もうこんな時間。
「おお、時鐘が壊れていたようだな。午後の授業はこれより時間を順次繰り下げて行うこととする。
解散して、授業の準備をしなさい」
そらぞらしく学長がおっしゃいました。
婚約破棄騒ぎからの推理がひと通り終わってから鳴る予鈴とは、ずいぶんと都合の良いものですこと。
「セイツェル君、中等部はとうに授業が始まっている。君も早く教室に向かいたまえ」
「あっ! は、はい、分かりました!」
大慌てで中等部へと走り出すセイツェル殿下を尻目に、わたくしはグラスト様の方へ歩きだします。
「ヴィエリア……」
何か言いかけたグラスト様の横を、すっと通り過ぎます。
「わたくし、本当に怒っておりますのよ」
校舎へと歩きながら申し上げます。後ろからグラスト様の足音と声。
「うん、知ってる」
「この埋め合わせを求めますわ! 新作のケーキを三つ、いえ四つは頂かないと収まりません! 体型維持など何するものぞ、です」
「君は果物のシロップ漬けを使ったものが好きだったな。いい店を知っているんだ」
「お生憎様、わたくしは自分でケーキを選びたいのです。助言には及びませんことよ」
「君ならそうだろうね。ではお茶は選ばせてもらえないかな? 私もお相伴させてもらえるんだろう?」
「グラスト様がお茶の目利きであることはよく存じております。お茶を選んで頂けるなら、同席もやぶさかではありませんわよ?」
わたくしは振り向いて、グラスト様と微笑みあいました。
そう、この距離感。わたくしに振り回されても受け入れてくださるグラスト様が、わたくしは大好きなのです。
あら、わたくしだって大いにグラスト様に譲歩しておりますのよ? お互い様というものです。
「ヴィエリア!!」
後ろの方から、不意にアスラーン殿下の絶叫が聞こえました。
振り向くと、ひとけのなくなった広場に両膝をついたアスラーン殿下が、縋りつくような瞳でこちらをご覧になっていました。横でシャミール様が立たせようとしているのか、その肩に手をかけておいでです。
わたくしは、足を止めてただ一言申し上げました。
「貴方様に、名の呼び捨てを許した覚えはございません」
さて後日談になりますが、アスラーン殿下とシャミール様はその後すぐ退学して帰国なさいました。
生徒たちは何事もなかったかのように普段通りの生活に戻りました。
あの事は話題にもなりませんし、帝国からの他の留学生と関係が悪くなることもありません。
皆様貴族の子弟子女ですから、そこは空気を読むと申しましょうか。
貴族といえば、生徒会会計のヤスミンさんですが、あれ以降平民と侮られることもなく、それどころかあの時倒れたおかげで(というのも変ですが)周囲から労られるようになったそうです。
生徒会に復帰されたグラスト様とご学友のお三方は彼女に改めて謝罪し、きちんと仕事をなさるようになりました。セルティ様も彼女に謝罪なさったそうです。
そのご学友のお三方は、それぞれの婚約者に事情を説明し、無事婚約継続となりました。
わたくしからの手紙による口添えもありましたが、彼らがセルティ様について語る時の、こう、何とも言えないどんよりした目を見て『ああ恋愛じゃないな』と納得されたそうです。セルティ様は一体何を……。
そうそう、事件解決と引き換えに単位を失いそうだったタリオス様は、特例としてもう一度追試を受けることが認められました。ようございましたわね。
セルティ様に嫌がらせをしていた生徒たちは、その行為に応じて停学などの処分を受けました。
処分自体よりも、名指しで嫌がらせの事実を明らかにされたことが彼女たちにとっては痛手です。こういう評価は一生ついてまわるものですからね。同情はいたしませんが。
わたくしはといいますと、何故か周りに恐れられることが増えました。教室に入った時など、特に殿方がおののくような眼差しでこちらをご覧になります。理由はよく分かりません。
グラスト様は『あの出来事で、君の新たな魅力が明らかになったからだよ。侵しがたい気品というやつは、人に畏怖を抱かせるものだからね!』とおっしゃいますが、あの方はわたくしに関して褒めすぎるきらいがありますから……。
ともあれ、大団円、ではありませんか?
あと一話です。
残った伏線を回収しておしまいとなります




