断罪探偵・ハウダニットその2
ロッカーの扉以外で、犯人が手を触れたところ。
「……申し訳ありません、降参ですわ。どこなのでしょうか?」
「はい、答えを申し上げますと、床です。
毒の跡のやや左に、広げた五本の指の跡が残っていました」
首をかしげてしまいました。
「それは、どういう?」
「ロッカーに毒を塗りつける。言葉にすれば一言ですが、それは具体的にどういう作業になるでしょう?
まず糊状の毒を入れた容器と筆が必要ですね。毒を入れるんですから、容器は密封できる瓶とコルク栓、それも筆を入れられる口の広めのもの。
それらをポケットか鞄にでも入れて持ってくる。直接触れないように、手袋も着けておきたいですね〜」
セルティ様は栓を抜く仕草をしながら、
「栓を抜いて、これをどうします? 右利きならこう、左手に容器、右手に筆を持つんですが、栓が邪魔になります。ロッカー室だから都合のいい机はありません。どこに置きましょうか」
「床に……置くのですね? それで床に跡が残って」
「はい。毒の着いた側を下にした方が、後で栓を拾う時安全ですから。それから筆に毒を浸して塗る。
皆様ご存じの通り、ロッカーの取っ手は胸とお腹の中間くらいの高さにあります。しっかり塗ろうとすれば目線を同じ高さにしたい。あたしなら、しゃがむか膝立ちになりますね。
そして作業が終わる。栓を拾って容器に蓋をして、毒の着いた筆をケースに入れるか布でしっかり巻き付けてカバーする。これらの道具もいったん床に置いたり拾ったりしたことでしょう。
手袋も外して全て片付けた後、立ち上がるときに手をついた。どっこいしょ、と」
セルティ様が実際にその場にしゃがみました。地面に左手をつきます。少し体を浮かせながら、
「こうすると、手の平は浮いていて、五本の指を大きく広げた状態で地面につけることになります。犯人はこれで床に指紋と手形をつけてしまいました。
必ず起こることではありませんが、試しに調べてみた我々の勝利ですね〜」
「それは、間違いなく犯人の手形なんですよね?」
とシャミール様。
「グラスト殿下のロッカーの真ん前で、毒の跡のすぐ横。偶然でこの位置はないでしょう。
だいたいシャミール様、ロッカー室の床に手をつく一般の生徒ってご覧になったことがあります?」
「……いいえ」
何ということでしょう。
殿下のロッカーに毒が塗ってある、それ自体は加護によって見つけ出せるでしょうが、そこからさらに犯人の指紋や手形の存在を推測するだなんて!
「素晴らしいですわ、セルティ様!
ロッカーの様子から犯人の決定的な証拠を、しかもその日のうちに見つけ出すなんて! わたくし感に耐えません!」
「恐れ入りますぅ〜」
「驚いたな。まさかお前、いや貴殿がこれほど頭が切れるとは」
あまり人を褒めることのないアスラーン様も、さすがに感嘆の声を上げられました。
「それはもう、頑張りましたからぁ。
でも皆様ひょっとして、髪がピンクで舌足らずなしゃべり方する女は頭悪いって思ってませんでした〜?」
一斉に、周囲の皆様の目が泳ぎました。わたくしも、品位と優雅さに満ちた所作でそっと目を逸らしました。
いえ決して髪色で人となりを判断していたわけではないのですよ? 今までの言動が言動だったからですよ? わたくしはどなたに言い訳しているのでしょう?
「そ、そんなことより手口が分かったのだから話は早い。
誰かにロッカーを見張らせて、犯人が次に毒を仕掛けた時に捕まえたということだな?」
若干つっかえながらアスラーン様がおっしゃいました。
アスラーン様もピンクの髪に対する偏見が……。
「ところがですね〜、捜査員の皆様が探知系魔術で見張っていても、入学式の日以降犯人が現れなかったんですって〜。
警察沙汰になっていることが犯人にバレたとかぁ? いえいえ、捜査は秘密裏に行われていますぅ。多分犯人側の都合なんだと思うんですけど、何故でしょうかぁ?」
わたくしは不思議に思って、首をかしげました。
「その理由は、明らかではありませんこと?」
「え」
「ほら、入学式以降、グラスト殿下がセルティ様とお付き合いを始めましたでしょう」
「いや別にお付き合いというか護衛だったんですけどぉ」
「毒の効果から察しますに、犯人の狙いは殿下のお命ではなく政治的生命。
女性関係が元でわたくしとの婚約がなくなれば、公爵家の後ろ盾を失い王太子となることは絶望的、陛下の勘気をこうむることがあれば王族としても失脚は免れません。
犯人からすれば、毒が効果を現して殿下の正気が失われた、もはやリスクを犯して殿下に毒を盛らずとも自滅すると、様子見に入ったのでは?」
「……さすがです、ヴィエリア様。あたしは殿下に指摘されるまで気付きませんでしたぁ。やっぱり政治に関わる方々は、その辺りの判断に聡いんですね〜。おそらくそれが正解なんでしょう。
しかしそうなると困るのは我々ですぅ。もう犯人はこれ以上動かず、尻尾をつかませてくれなくなります」
「何が困るんです? だって指紋っていう、魔力紋並みに有効な個人を特定できる証拠があるんでしょう? 生徒でも学院関係者でも片っ端から指紋を採れば、いつかは犯人に突き当たるんじゃないですかね?」
シャミール様が口を挟みます。
「もぉ〜やだなぁシャミール様ったらぁ〜、分かっておっしゃってますよねぇ?
指紋を採るってことはぁ、その人を容疑者として見てるってことですよね〜。ここの生徒はほとんどが貴族の子弟、他の証拠もなしに指紋採取を要求したらご実家の貴族たちが黙っちゃいません。
まして生徒の三分の一近くが外国からの貴族の留学生、外交問題になりますぅ〜」
「じゃついでに失礼を言うと、文句の出なさそうな平民の特待生たちに指紋を求めていくのは?」
「もぉ〜やだなぁ以下略ぅ〜。
学院の方針として、身分に関わらず生徒の扱いは平等ですぅ。貴族の生徒にしちゃいけないことは、平民の生徒にもさせません。学院の方から猛抗議がくるでしょうね〜。
ただ、教職員は別です。あたし的にはどうかと思いますけどぉ、高等部の教職員と清掃業者さんたちの指紋は全員採って鑑定してます。一致した者はなし」
「あ、大人は指紋採ったんだ。じゃあ実質犯人は生徒のうちの誰かってことですか」
「ですね〜。指紋については手詰まりですぅ」
「なるほど。で、結局次の一手はどうしたんですか?」
「シャミール様がよくご存じのアレですよ〜。自作自演の教科書破りですぅ」
「えっ」
「え?」
シャミール様だけでなく、わたくしもつい声を上げてしまいました。
「非常に申し訳なかったんですけど、あたしの教科書を自分で破って、その罪をヴィエリア様になすりつけてグラスト殿下に責めていただきました」
セルティ様の表情が、再び真剣なものになっています。
「な、何故? 何の意味があってそんな──?」
あの時の、理不尽な殿下のお言葉。やり場のない怒りと悔しさ。
あれに何の意味があったというのですか?
「先に理由をご説明いたします。
犯人はグラスト殿下に失脚して欲しい、そのためにヴィエリア様との婚約が破棄されることが望ましい。
そんな時、男爵令嬢──あたしですね──に危害が加えられて、殿下はヴィエリア様を責めてお二人の仲は悪くなる。
それを見て犯人はどう思うでしょう?
あたしに危害を加えてヴィエリア様に罪をなすりつければ、お二人の関係は破綻して婚約破棄に至る、と」
「なっ!?」
アスラーン様もシャミール様も、周囲の皆様もざわつきました。わたくしも貴族令嬢として、驚きが隠せているか分かりません。この話の先がぼんやり見えてきたがために。
「ヴィエリア様、改めてお詫び申し上げます。殿下をお守りしつつ犯人を炙り出すには、どうやってもこんな方法しか思いつきませんでした」
「セルティ様……セルティ様、それは卑怯ですわ。殿下のためとおっしゃられては、許さざるを得ないではありませんか!」
「申し訳ありません。真実を暴こうとする行為は時に残酷なものです。その過程で容疑者と定めた人たちの秘密を暴いたり心を傷つけたり、その挙句にその人物は無実だったということはよくあります。それは残念ながら必要なことですし、これからも行われ続けるでしょう。それは正義です。
でも、傷つけられた人が声をあげて抗議することもまた正義です。
ですから、あたしに対する非難は全て甘んじてお受けいたします」
「そのようにお考えだったのですね……。
ですから、わたくしに申し訳ないとは思いながらも、あえてあのような策を講じたのですね?」
「はい、その通りです。後悔はしておりません」
「本当に、ぶれませんのね」
苦笑してしまいます。
この方は、犯人を捕らえることと、その為に容疑者を傷つけることについてどう捉えるべきか常に自問しておられたのでしょう。
そしてそれはグラスト殿下も。
いえ、この一ヶ月ずっと悩んでおられたのですね。
犯人を捕らえるために、わたくし達をたばかって。
「分かりました。セルティ様、わたくしはもう怒っておりませんわ。
ご自分で教科書を破った件について、わたくし個人もフリザーリュ家も、貴女様やオスビエル男爵家にも抗議を行うことはないとお約束いたします」
「よろしいのですか?」
不満そうにおっしゃるサリッサ様に、わたくしはかぶりを振りました。
「よいのです。わたくしはセルティ様の心からのお言葉を聞きました」
「ヴィエルジェ、私は──」
「あらグラスト殿下、いらっしゃったのですか?
長い間お声を聞きませんでしたので、てっきりお帰りになったものと思っておりましたわ」
「本気でひどくないか!? 私はしゃべったら駄目なのか!?」
「諦めろグラスト……」
グラスト殿下をお慰めするご学友のサーベイ様。
まあわたくしたちも、幼い頃からの交流でお互いをよく分かっております。
わたくしは拗ねてみせているだけですし、グラスト殿下もおっしゃるほど怒っておいでではありません。
この辺りは言わずとも分かる距離感ですわね。
「セルティ様、お話を戻しますけど。
セルティ様に危害を加えるなど、犯人はそこまでするものでしょうか? といいますか、そのような発想に至りますでしょうか?」
「あたしを害するのは、一国の王子に毒を盛るよりはハードルが低いんじゃないでしょうか〜。
毒の仕込みについては、清掃員が入るのは休日か放課後、したがって人が少なく掃除で毒を拭き取られない早朝を狙うかとぉ。
バレにくい犯罪とは言っても、ロッカーに毒を塗っている現場を見られたらおしまいです。探知呪文やなにかで警戒はできますけど、毎日機会があるとは限らないでしょうね。
そこへいくとあたしってほら、こんな言動ですから、嫌がらせを受けることは不自然ではありません。
迂遠なやり方ですが、これでお二人の仲に亀裂が入ればラッキーですし、というかぁ、あたし実際に階段から突き落とされましたからぁ〜」
わたくしはうなずきました。そうです。階段から突き落とすのは、嫌がらせというレベルではありません。
「セルティ嬢に嫌がらせを行っていたのは、主に貴族の女生徒だ。今までの嫌味や無視といったやり方から、いきなり突き落とすという暴力的な発想が出るとは考えにくい。
やはり私に毒を盛った犯人の犯行と考えていいだろう」
立ち直ったグラスト殿下がおっしゃいました。
今度はわたくしも大人しく同意いたします。
「でも誰の仕業か分からなければ意味がありませんわ。セルティ様、どのような経緯で階段に呼び出されたのですか?」
「あたしのロッカーにメモが挟んでありましてぇ、ヴィエリア様の署名と、殿下との婚約破棄についてお話したいとありました〜。
ちなみにメモに指紋はなしですぅ」
ロッカーにメッセージを挟んでおくというのは、学院では比較的一般的な連絡方法です。
「なぜお一人で向かわれたのです? グラスト殿下やご学友のお三方はいかがなさいました?」
「それがですねぇ、その日は皆様追試でしてぇ。その通知が掲示板に貼り出してありましたので、誰でも知り得たはずです。
犯人もあたし一人を呼び出すのに都合がいいと思ったんでしょう」
そういえば、その通知はわたくしも見ておりました。殿下たちは事件のせいで勉学が手につかないと先程おっしゃってましたが、そのせいで追試になっておられたのですか。
それにひきかえセルティ様は、護衛をしながら勉学もしっかりなさっていたのですね。さすが元冒険者、荒事に慣れているということなのでしょうか?
「さぁ、やっとあたしの階段突き落とし事件に取りかかりますよ! ずいぶん時間も押してますし、さくさくいきましょう!」
そういえば、いつまで経っても予鈴が鳴りませんわね。明らかに午後の授業が始まっている時間ですのに、学長も何もおっしゃらない。
……前もって学院側に話を通してある、むしろ学院との共同作戦ということですか。毒を盛った犯人を炙り出すための婚約破棄騒動。
ならばわたくしたちは、セルティ様のお手並を最後まで見届けるのみ。
「あたしは指定された放課後に大階段に向かいました。その際聖歌歌唱サークルの皆様に目撃されたのは、先ほどグラスト殿下がおっしゃった通りです。
ここは位置関係が重要になるので詳しく。
まず道路が東西南北に十字に通っています。西へ向かう道路の先に大階段、北が学舎や寮へ続く道、十字路の北西は大きな建物、事務所だったかな? 東北、南西、南東は庭園エリアで、東北エリアに例のガゼボがあって、歌唱サークルの皆様が活動なさってました。
あたしは階段上スペースで待機。下を見ると魔術実習用ローブを着た何者かが手招き。降りようとして足を踏み出した瞬間に、後ろから攻撃魔術を撃たれてバランスを崩して階段を落ちました」
「魔術だったのですか!? よくご無事でしたのね」
驚きました。てっきり後ろから手で押されて落ちたのかと……いえ、目撃者がいるのですから、犯人は十字路から階段上に行くことはできません。階段下から上がって彼女を突き落とすか、庭園側の遠くから魔術か何かで突き落とすしかありません。
「魔術といっても大した威力ではありませんでしたし、前もって身構えて受身もとりましたから大した怪我でもありませんでした。
魔術弾の威力が低いと、貫通力がなくて対象を押すだけになりますから、わざとやったんでしょうね〜。
下から手招きしたローブと、後ろから遠距離攻撃した二人の共犯です」
「複数犯ですか……」
「そもそも私を狙っているのは、個人というより敵対勢力全体の総意だろう。だから毒を盛った実行犯の他に、フォローを行う協力者がいても不思議ではない。
セルティ嬢には危険な目にあわせてしまったが、得るものもあった」
「いえいえ〜、あの程度の不意打ちが怖かったらダンジョンは潜れません〜。適材適所、向いている人間が囮をやればいいんですぅ〜。
それに、ほら!」
セルティ様がポケットから何かを出しました。あれは。
「記録の魔道具?」
驚いたようにアスラーン様がおっしゃいました。
水晶柱のようなそれは、確かにシャミール様のお持ちの魔道具と同じものです。
「不思議ですか? おそらく何者かに襲撃されると分かっているんですから、前もって記録装置を用意しておくに決まってますよぉ〜。
ちなみにこれって賢者の学院の魔道具開発チームが発明したものなんですけど、無理を言ってお借りしました〜」
「ええ……」
その場にいたほぼ全員が、思わず変な声を出してしまいました。
賢者の学院の魔術研究は世界最先端を行っております。そこが発明したばかりの新しいアイテムを借りるなど……よく貸してもらえましたね?
といいますか。
「なぜそのような魔道具が存在するとご存じだったのですか? 公爵令嬢たるわたくしですら知らなかったアイテムですのよ?」
「知りはしなかったんですけど〜、捜査にあたってこういう感じの魔道具はないか、グラスト殿下と学院に聞いてみたら偶然発明されたばかりだとぉ。
やっぱ婚約破棄ものに記録の魔道具は鉄板アイテムですから〜」
「偶然て……」
「まぁいいじゃないですか〜。そんなことより映像を見ましょうよぉ〜」
さっさと話を切り上げつつ魔道具を発動させるセルティ様。
先ほどと同じように、空中に映像が浮かび上がります。
そこはガゼボ近くの十字路。人は映っておらず、夕日の中を大階段へ視点が移動していきます。
女生徒たちの歌声が聞こえているのは、目撃者の方々の練習でしょう。
「結構画面が揺れていますのね……」
「はい〜、この魔道具は発動者と繋がってまして、その人の見聞きするものを記録します。目がカメラ、耳がマイクです。
普段は意識していませんが、人間の視線は常に細かく移動しているんです。意識して視線を固定していないと画面がすごく揺れます。あたしも頑張ったんですけど、揺れてますね〜」
「時々画面が途切れるのは?」
「まばたきですぅ。この辺は改良の余地ありですよね〜」
なるほど。ではシャミール様の撮影した教科書破りの映像は、とてもお上手だったのですね。
映像の視点が、階段下の何者かを映しました。夕日を背にした位置なので逆光になっていますが、シルエットからしてローブを着たおそらくは長身の人物。彼(彼女?)が手招きします。
セルティ様が一歩踏み出したのか視点がわずかに上下した次の瞬間、勢いよく振り返りました。映像が激しくぶれますが、彼女の背後に人影はないことは見てとれます。
「この時、背後に魔力が収束するのを感じました。魔術発動の予兆です」
ぐらりと、先ほどとさらに違う大きな視点の揺れ。夕方の空が大写しになります。そこでセルティ様は映像を消去なさいました。
「ここから後は階段から落ちるだけなので、特に有用な情報はありません。大事なのは、あたしは遠距離から魔術で突き落とされたことですぅ」
「ちなみに階段下の人物は、この後どうなったんですか?」
シャミール様が尋ねます。
「あたしは咄嗟に魔術を撃った犯人を捕まえようと、庭園エリアに出ました。残念ながら逃げられちゃいましたけど。
その間にローブの方も逃げたんですよね〜。残念残念」
「なんだ、どっちも捕まえられなかったんですか」
「ですぅ〜。でも収穫もあったんですよ?
うふふ、タリオス様〜、お願いしますぅ!」
ご学友の一人、騎士団長子息のタリオス様が右手に持った何かを皆に見えるようにかざしました。
「えっ? それも記録の魔道具?」
「ちょっと待て、俺の分まで入れると三つ目だぞ!? なんでそんなにあるんだ!?」
シャミール様とアスラーン様が驚きの声を上げていらっしゃいます。
いえ、わたくしも驚愕しておりますが……珍しいアイテムなんですよね? 本当に、なんでそんなにあるんですか?
「開発チームは発明直後に、三十個ほどある完成品を各国に献上したんですって。これはこのマナアクシス王国に献上されたものですね〜。
グラスト殿下にお願いして、王宮からお借りしていただきました〜」
「えぇえぇえぇ……」
一同が、さっきにもまして変な声を上げました。わたくしだって奇声を発したいくらいです。
それは実質的に国王陛下から物をお借りしたということですよね? 王子殿下の御ためとはいえ男爵令嬢が。
一歩間違えると、というか高確率で社会的に抹殺されかねない蛮勇ですが、セルティ様はそのあたりお分かりで……ないのでしょうね。知らないって凄い。そして怖い。
「私が口添えしてな……頑張ったよ、うん……」
グラスト殿下が遠い目をしておっしゃいました。
はい。男爵令嬢にたぶらかされたと判断されると危険でしたが、頑張りましたね……。
「賢者である理事長も、魔道具の必要性を陛下に奏上されたからな。貸与とあいなったわけだ」
ですから何故誇らしげに口を出すのですか、学長。
理事長のことになるとドヤ顔が止まらないのですが、どれだけ理事長シンパなのですか。
「ともかくだ。犯人が現れるのなら別角度からも映像を記録すべきだと、セルティ嬢にこれを押しつけられ……預かって、植え込みに隠れていたのだ」
朗々と語るタリオス様ですが、わたくしには気になることが。
「あの、確かタリオス様も追試の呼び出しを受けていらしたと記憶していますが?」
「ふっ、殿下の御ためならば単位の三つや四つ落として悔いはない」
なにやら澄みきった瞳でおっしゃいますが、人はそれを諦めと言います。
「皆様中身をご覧になりたいですよね? ちゃっちゃと映しましょう! タリオス様、どうぞ〜!」
タリオス様の進級はお気の毒ですが、それはそうとして映像はもっと気になります。その尊い犠牲は忘れません。多分。
──建物の角の向こうに、セルティ様らしきシルエットが小さく見えます。夕日で逆光になっているので、細かな様子は分かりません。視点の角度からして、タリオス様は十字路の東側通路のそばの植え込みに隠れていらっしゃるようです。
不意にセルティ様が振り返り、そのまま見えない何かにつき飛ばされたように階段を落ちていきます。記録者であるタリオス様が動揺されたのか、画面が左右に大きくぶれました。
「咄嗟に周囲を見回したので視線が揺れてしまった。
問題は次だ。よく見てくれ」
画面が再び固定されました。いつの間にか十字路北側通路の、交差点そばに銀髪の女生徒が現れています。
彼女は落ち着いて、しかし足早に北へ向かっていきます。技術的なものなのか時々姿がぶれますが、建物の暗いレンガの壁を背景に、きらめく銀髪がよく目立っていました。
「あれは……ヴィエリア様?」
周りがざわざわします。
確かに遠くて顔ははっきり見えませんが、わたくしの姿であるような……。
「そんなはずはございません。わたくしはその時、王宮におりました」
「そ、それはそうですが」
「じゃああれは誰かの変装とか?」
ざわめきの中、挙手しながら、目撃者の一人である女生徒がおっしゃいました。
「その映像をよくご覧下さい。あの体幹のぶれないまっすぐな姿勢、滑らかな体重移動と足さばき。
外見は鬘や化粧で似せられるとしても、こんな優雅な歩き方が出来る方が、学内でヴィエリア様の他にいらっしゃるはずがありません。
ですから私たちも、ヴィエリア様が通ったと証言したのでございます!」
……優雅云々は気恥ずかしいですが、それはもっともです。
わたくしたち貴族は徹底して優雅な立ち居振る舞いを学びます。それゆえ他の方の挙措にも敏感で、動作を見ればある程度どなたか分かるのです。
「確かに……」
「礼法やダンスの先生なら、あの歩き方ができるかも」
「いや、先生方は背の高さとか体型が違うからな……」
「そもそもどこから現れたんだ」
皆様が口々に意見を出します。
わたくしに似たあの人物は、一体何者なのでしょうか?




