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断罪探偵・ハウダニットその1

「方法、ですか?」


 つまり、どういうことでしょう? 

 首をかしげてしまいます。


「この毒は、食べ物に入れるか、品物に塗って使います。

 果たして犯人はどのように殿下に使ったのか? という事ですぅ」

「それを考えるなら、まずいつ毒を盛られたのかを考えるべきだろう?

 今は十一月、新学年が始まって一か月だ。その前の八月九月は夏季休暇、王子なら王宮に戻っていた筈。

 そこで一服盛られた可能性もある」


 推理をする気になったのか、金色の目を細めながらアスラーン様がおっしゃいます。

 わたくしはその頃を思い出しながら申し上げます。


「いえ、殿下の不調は今年の初夏、前年度のうちから始まっておられたかと」

「それに、実は入学式の時、殿下の手に毒が付着していたのを見たんです。鮮明さからして当日、つまり学院内で着いたものです。

 王宮内は分かりませんが、少なくとも学院が現場なのは間違いないですぅ」

「手という事は、何か手に触れる物に毒を塗りつけたという訳か」

「毒といえば食べ物に混入させるイメージがありますけれど」

「ところが学院ではそれが難しいんですぅ。

 皆様ご存じの通り、食堂はカフェテリア方式。出来上がった料理の皿が並べてあって、それを各自で取っていくスタイルです。

 殿下がどの料理を取るか、誰にも予測できません。料理に毒を入れるのは無理っぽいですね。

 おそらくこういう犯罪を防止するために、学院はカフェテリア方式にしてるんじゃないかとぉ」

「部屋でお茶を飲むために、寮の給水器を使うことがありますわよね。あれは安全なのでしょうか?」

「給水器は寮の皆様がランダムに使用されます。殿下お一人を狙うのに向いた方法ではないですし、水に毒を投入したり、給水レバーに塗ったりしたら、男子寮の全員が毒に侵されているはずですぅ」

「そ、それもそうですわね。愚問でしたわ、お恥ずかしい」


 グラスト殿下とアスラーン様が頬を緩めてわたくしを眺めてらっしゃいます。本当にお恥ずかしい。


「いえいえとんでもない。

 あらゆる可能性を出して潰していくっていうのが重要なんですぅ。思いついた事はどんどんおっしゃってください」

「寮生によくある話ですが、実家から菓子や茶葉を送られてきたことは?

 家族を騙った何者かが毒入りの食べ物を送りつけたのかも」


 シャミール様の質問には、学長がお答えになりました。


「家族になりすました者が生徒に郵便物を届けないよう、入学時に、父兄に専用の印章を配布する。それを捺した封蝋のある郵便物のみ生徒に渡す決まりだ。

 印章は年度毎にデザインを変更するから、卒業生のそれを入手して使い回すことはできない」

「さらに申し上げれば、送られてきた菓子類やお茶は必ず我々三人もお相伴にあずかっていました。

 しかし我々には毒の兆候は現れておりません」


 絶望モードから復帰したゾリアス様が、眼鏡のブリッジを押し上げながら補足なさいます。


「そう、そこが一番の問題なんですぅ!

 常に行動を共にしてらっしゃる取り巻……ご学友のお三方は一切毒に侵されていないのに、犯人はどうやって殿下にだけ毒を盛ったのか?」


 皆が思考し、しばらく沈黙が落ちました。


「セルティ様、入学式の日に殿下の手に毒が付着していたとおっしゃってましたわね? それはどのように?

 例えば手のひらにべったり着いていたですとか、指先だけとか」

「そうですね、右手親指と人差し指、中指の先、あと親指と人差し指の間の股部分でしたぁ」


 アスラーン様が自分の右手を目の前にかざし、眺めました。


「右手、それも三本の指先だけか」


 わたくしも同じ動作をしながら、


「殿下は右利きでいらっしゃいますから、利き手で触れたり持ったりする物ですわね……」

「その条件だけですと、該当する物はいくらでもありますよね〜。

 他の方は触れない、殿下だけがお使いになる物と考えるといかがですか?」

「生徒なんですから、文房具とかですかね?」


 シャミール様が沈黙を破りますが、


「先程ヴィエリア様がおっしゃったように、教科書類は鞄に入れて持ち運び、昼休みや実習系教科の時はロッカーに入れて放課後は寮の自室に持ち帰りますぅ。

 休み時間に多少席を外すことがあっても、周囲にはクラスメイトが大勢いらっしゃいますから、その中で毒を教科書に塗るとかあり得ませ〜ん」


 あっさり否定されました。シャミール様もそれは分かっていたようで、


「ま、そうですよね。中には教室で教科書を破られたと主張した方もおられましたが?」

「蒸し返しますね〜。ま、婚約破棄ものに自作自演の教科書破りは様式美なんで」

「はい?」

「こっちの話ですぅ。他には? 殿下の他の私物とか?」

「そうですわね。殿下の寮の自室に忍び込めば、なんなりと私物に仕掛けが出来たのではありません?」

「あ、すいませ〜ん。言い忘れてましたけど、この学院のセキュリティは半端なく高いんですぅ。

 寮室、ロッカー、特別教室などなど、鍵はどれも物理と魔術の複合錠です。さらに鍵を挿す時に本人との魔力紋照合をして初めて開きます。ただの生徒のロッカーでですよ!? 

 なんでこんなエグい仕様なんだよ! 鍵開けできるかこんなもん! 王宮の宝物庫の扉に採用されるレベルだわ!!」


 話しているうちに、何故かセルティ様が急激に荒ぶりだしました。何事?


「貴族王族の子弟を預かるのだから当然だ。

 この学院のセキュリティの魔術部分は全て、賢者たる理事長がデザインし自ら術式を付与されたものだ。

 そうそう突破できるものではない」


 そしてさらに何故かドヤ顔で語り出す学長。

 ご自分が作った鍵ではないのですが。理事長のファンなのかもしれません。


「あの、セルティ様、セキュリティが堅牢ですと何か問題でも?」


 わたくしの質問に、ようやくセルティ様の状態異常が収まりました。


「はぁ……はぁ……全く問題ありません。むしろ推理の役に立ちます。

 ただあまりにも歯が立たない鍵だったからシーフのプライドが……。もう大丈夫です。すいません取り乱しました。

 とにかく、この学院の鍵は全て、ご本人が自分の鍵を使って開けるしかないんです。

 ロッカーをピッキングして中の教科書に毒を塗るとか、殿下の鍵を盗んで寮の自室に忍び込んでお茶に毒を投げ込んでこっそり鍵を返すとか、そういう可能性は一切考えなくていいです。

 寮の窓は人が通れるほど大きく開けられませんし、部屋に忍び込むのは無理です。本人でなくても立ち入れる場所で犯行が行われたはずです」


 アスラーン様が眉をひそめます。


「合鍵があるだろう?

 寮の部屋で急病になるとか火事とか、そういう非常時に備えて合鍵がないはずがない」

「合鍵は寮監の部屋や職員室にあるそうです。

 ただ合鍵は、魔力紋照合術式を破壊しながら開けっぱなしにする仕様だそうで、使うと本来の鍵でも閉められなくなります。

 非常用なんで、壊して開けるというコンセプトですね。使えば必ずバレます〜」

「ちなみに、私の部屋にせよロッカーにせよ、鍵が壊れていたということは一度もない。

 合鍵は使われていないと思っていい」


 グラスト殿下が補足なさいました。


「それなら、ますます三人のご学友が怪しいんじゃないですか? 

 こう言っちゃなんですが、グラスト殿下の部屋に出入りなさってますよね、お茶やお菓子を一緒に召し上がってるんですから。

 こっそり殿下だけがお使いになる、茶沸かし器(サモワール)や洗面具だとか、ベッドの掛け布団のふちだとかに毒を仕掛けられるんじゃ?」


 シャミール様がおっしゃいました。

 人を名指しで犯人呼ばわりしているのですが、あっけらかんとした口調なので嫌味ではありません。あくまで思考実験としての推理のひとつという風情です。

 同じく明るい口調で、セルティがお答えになりました。


「実は入学式の次の日、生徒の授業中に職員と捜査官が男子寮と殿下のお部屋を大捜索なさったそうです。

 鍵を開けていただくために、殿下には授業を休んでいただいて」


 周囲から「そういえば……」「授業初日に休んでらしたわ」などという囁き声が聞こえてきます。


「その詳細は学長の方がお詳しいんですけど?」

「確かに。貴族の毒は試薬で検出できる。

 グラスト・フォルビア君の部屋を捜索したが、いかなる家具や品物からも毒は検出されなかった」

「取り巻……ご学友のどなたかが犯人なら、シャミール様のおっしゃった方法で、まず殿下のお部屋に仕掛けると思うんですぅ。

 殿下以外は毒を受けませんし、そもそもあたしみたいな加護がなければまずバレなかった犯行です。そこまで隠蔽工作はしなかったでしょう。

 ご学友お三方には白出しして良いかと」


「白出し?」言葉が分からず、質問してしまいます。


「あるゲームの用語ですぅ。犯人ではないと認定する、みたいな」

「まだまだ思いつきますよ。魔術を使うのはどうです? 毒物を魔術で操作して、殿下の飲食物にこっそり投げ込むとか」

「魔術は色々可能性がありそうですよね〜。

 ただ魔術を使えば必ず魔力が動きますぅ。殿下や周囲の方が確実に感知なさるでしょう」

「なら転移というか転送は? 殿下が他の場所にいらっしゃるうちに、自室に毒を転移魔術で送り込むというのは」

「転移系魔術は使用条件がシビアですぅ。まず出発点と到着点に魔術陣を描いて両地点に術者を配置、同時に魔術を発動して初めて転移ができます。

 殿下の自室に術者が入り込めるなら、魔術を使わずにそのまま毒塗れよって話ですぅ〜。まぁそもそも侵入不可能なんですけど。あと自室で毒が検出されなかったんですけど。

 ついでに言えば、突き落とし事件の時に、転移陣で王宮に移動なさったヴィエリア様のアリバイが成立する理由の一つがこれです。

 転移に複数の術者を必要としますから、こっそり学院に戻ってあたしを突き落として王宮へ……ってわけにはいかないんですぅ」

「よく分かった。もういい」


 アスラーン様がさえぎりました。


「茶番はもういい。

 セルティ嬢、最初に『全ての情報は揃った』と言ったな? さらに学長との会話で『結論が出た』とも。

 つまり貴殿は既に答えを持っている。結局どうやって毒が仕込まれたのか、とっとと言ったらどうなんだ。誰にとっても時間の無駄だ」


 金の瞳を鋭く輝かせ、アスラーン様が切り込まれました。

 その視線を悠然と受け止め、セルティが微笑みます。小動物めいた、弱々しい愛らしさは、もはやそこにはありません。


「そうきましたか。それはそれで正しい考え方ですよね。なら、結論を──」

「お待ちください!

 答えを知りたい気持ちはございますけど、わたくし、もう少し自分で考えたく存じます! まだおっしゃらないで!」


 ついわたくしは叫んでしまいました。だって悔しいではありませんか!

 不謹慎なのは承知しておりますが、わたくしだって自分の知恵で正解を導き出したいのです!


「ヴィエリア嬢……」

「ヴィエリア……。私の命が狙われている話なのだが……いや、楽しいなら何よりだが」


 アスラーン様とグラスト殿下が、微妙にぬるい眼差しでこちらをご覧になります。

 セルティ様も一瞬呆気に取られた表情になりましたが、すぐに破顔なさいました。


「あはっ、ヴィエリア様も謎解きが好きな方なんですね? どうぞどうぞ、お考えになってください」

「寮の自室の中は駄目、ロッカーの中も駄目。では自室のドアノブではいかがですか? 片手で開けますものね?」

「お言葉ですが」


 ゾリアス様が片手を挙げて発言なさいます。


「我々は殿下の自室に招かれることが多く、その際ドアを開け閉めすることが多いのです。

 我々は毒に侵されておりませんので、寮の部屋の扉ではないということです」


 そうですわよね。想像すれば分かることでした。


「ではロッカーの扉は?

 扉はノブではなくスリット状ですが、片手をスリットに差し入れて開ければ、三本の指に毒が着くのではありません?」


 セルティ様がにっこりと笑いました。


「ピンポーン! ビンゴですぅ! 

 グラスト殿下のロッカーの扉から貴族の毒と、それに触れた殿下の指の跡が検出されたんです! っていうか、あたしが発見したのを試薬で可視化してもらったんですけど」


 ピンポーン? ビンゴ?

 わたくしは学問も語学も優秀な成績を修めた才女であると自惚れておりましたが、世の中にはまだまだ知らない言葉が溢れているようです。

 それはそうと、セルティ様は入学して間もないのによくそこまでお分かりになりましたのね……いえ、入学前にオリエンテーションがありますから、ひと通り学院と寮の構造はご存知でしたか。


「そしてさらに! 犯人のものとおぼしい指紋まで検出できたんですぅ! これは超重要ですよ!」


「「…………?」」


 わたくしを含め『指紋とは何か?』という疑問の空気が流れました。


「……え、あ、そっか。指紋がマイナーな知識なのか。 この世界って推理小説も刑事ドラマもないもんなぁ……。

 えっとぉ、指紋というのは、指先にある渦巻き状の模様です。全く同じ模様は二つとなく、例え一卵性双生児でも指紋は違うんです。魔力紋の指先版ですね。

 しかも専用の魔道具での照合が必要な魔力紋と違って、なめらかな物の表面につきやすくって証拠として残りやすいんですぅ」

「なるほど、だいたいのところは理解した」


 とアスラーン様。容姿端麗なだけでなく、頭脳明晰な方でもいらっしゃいますね。存じてはおりましたが。


「しかし、何故それが犯人の指紋とやらだと分かる? グラストのロッカーに持ち主のものでない指紋が付いていたとしても、掃除人が触れたとか、近くのロッカーの主が間違えて開けようとした可能性はないか?」

「的確な反論ありがとうございますぅ。もっと正確に申し上げますとぉ、ロッカーの毒と指紋を発見したのは入学式の日の夜、生徒が寮に帰った後です。

 清掃作業前に、捜査官と高等部職員が大挙して校舎の捜索を行ったんですけど、あたしも特例として、寮から出してもらって捜査に協力したんです。毒を直接見ることができますからね〜。ま、教室と食堂とロッカー室くらいでしたけど。

 そうすると、殿下のロッカーの持ち手の部分と、その前の床に毒が着いていました。

 持ち手というかスリットには筆で満遍なく塗ってあり、床には扉正面のやや右に、切れ切れに円を描くような線状に。直径は五センチ、じゃなくて二ディジットちょいくらいでした。この世界の長さって身体尺なんだよなぁ……何でもないですぅ、はい。

 そこであたし、ひらめきましたね〜。

 これ指紋残ってるかもって。だから捜査員に、指紋を採取するようお願いしたんです。そしたらビンゴでしたぁ〜」

「どこにですの? 犯人に指紋とやらの知識があったかどうかは存じませんが、毒を塗りつける作業なら、手袋で手を保護するのでは?

 それに、扉に手を触れる必要はないのではありませんこと?」


 お話に引き込まれて、つい口を出してしまいました。


「はい〜、扉ではありません。思わぬところについていたんです。どこだと思います?」


 どこなのでしょうか?

 そして、二ディジットの円形の毒の跡とは何でしょう?

 

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