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断罪探偵・ホワイダニット

これより、シナリオ的に実に都合のいい効果を持つオリジナル毒が登場いたします。ご注意ください


 この男爵令嬢、今なんとおっしゃいました?


 わたくしを含めた一同が意味を図りかねている中、


「……何を言っている? 教科書を破ったのはお前だと証明されている。

 階段から落ちたとかいうのも狂言なんだろう? この期に及んで言い訳でも始めるのか?」


 アスラーン様が険しい目でセルティをご覧になります。

 セルティ様はグラスト殿下から離れ、背筋を伸ばしてアスラーン様を見返しました。


「確かに、教科書を破ったのはあたしです。

 グラスト殿下に、この事でヴィエリア様を責めるようお願いしたのもあたし」


 わたくしに、真摯な目を向けます。


「この場をお借りして、ヴィエリア様にお詫びしなければなりません。衆人の前であのような辱めを与え、慙愧の念にたえません。

 また殿下におかれましても、婚約者を無実と知っていながら問い詰めていただくという、残酷な事を強要いたしました。

 いかなる処分も受ける覚悟でございます」


 しっかりとした礼をとりました。

 今までの小動物めいた落ち着きのなさとは打って変わった、怜悧な表情と仕草です。


「よい。進言したのはそなただが、それを行うと決断したのは私だ。全ての責は私にある。

 ヴィエリア……ヴィエリア嬢を傷つけた罪、他の者に押しつけるつもりはない」


 グラスト殿下と三人の側近候補、それにトゥーリス先生に、セルティ様の豹変ぶりに驚く様子はありません。前もってご存じだったかのように。

 これは、一体?


「……突然のお言葉に、どう考えて良いものか分かりかねますわ。しかし皆様、何やら仔細ありそうなご様子。

 よろしければ、経緯をお話していただいても?」

「もとよりそのつもりでした。よろしいですよね、学長?」


 セルティ様が振り返るようにして声をかけた先には、いつのまにか高等部の学長がいらっしゃいました。


「今それを始めるという事は、結論が出たのかね?」

「はい。皆様に聞いていただき、その正否を問うつもりです」

「ならば良し。学院は自由な議論を尊重する。存分にやりたまえ。ただし昼休み中に終わらせるように」


 そこに、真剣な表情でセルティ様を見ていたトゥーリス先生が口を挟まれました。


「本当によろしいのですか、学長? これは重大な案件です。生徒たちに公開なさるおつもりですか?」

「構わない。この事は理事長もご存じだ。また議論に必要な情報は開示すべしとの指示も受けている」

「なんと……ならば是非もありません。

 私は納得していないが続けてくれ、セルティ・オスビエル君」


 学長も先生も、この騒動が起こる事を前もってご存じだったようですね。婚約破棄から離れて訳の分からない方向に進んでいますけど。

 この話はどこへ向かっているのでしょう? 昼休み中に終わりますかしら、これ?

 

「まずは、あたし、セルティ・オスビエルが何者であるかを説明しなければなりません。

 あたしの父は男爵家に名を連ねておりましたが、貴族籍を返上して冒険者になり、同じく冒険者である母と結ばれてあたしを儲けました。家族三人でいろんなダンジョンを巡ったものです。

 あ、ちなみにあたしはシーフ担当です」


 元平民ではありましたが、世の平均的なそれとは多少かけ離れたご家庭でした。

 自ら進んで冒険者になる貴族とは、だいぶアクティブなお父上ですのね。


「そんなある日、突然あたしは神様から啓示を受けたんですぅ! 神様と波長が合うから加護をくださるって!」


 言い方は大雑把ですが事実でしょう。

 神学の授業でも習いましたが、それなりに人格者で、かつ神の力を受ける霊的資質があれば、加護を授かることがあるのです。

 例えばこの学院の創始者にして理事長である賢者様も、【不老】の加護をお持ちとのこと。

 あと、何気なくシリアスな口調から話し方を戻しにかかってますけど、わたくしは誤魔化されませんことよ。


「そんなあたしのユニークスキル、じゃなくて加護ですが」


 周囲から「魅了でしょう?」「魅了だよな」という囁きが起こる中、セルティ様は高らかに宣言なさいました。


「【毒を見分け、その効果を知る】でぇす!」


 …………。


「毒?」


 呆気にとられた顔で、アスラーン様が呟きました。

 彼のこんな表情は初めて拝見します。でも多分わたくしもこんな顔をしていることでしょう。

 毒を見分ける? 魅了要素はどこに?


「はい! どこかに毒が塗られていたり、食べ物に毒が入っていたら見分けられます!

 その毒の効果も分かります! あと毒に侵された人や動物も分かるんですよ!」

「なんでそんな加護が」

「あたし冒険者としては非力なんでぇ、武器に毒を塗ってダメージ増やしてたんですよ〜。

 あと毒トラップや毒持ちモンスターって多いんで、毒との関わりが多かったかな? それでこの加護なのかな? って感じです」

「魅了の加護じゃなかったのか?」

「あ〜、それで殿下たちをたぶらかして逆ハーみたいな? 

 いやいや、それは加護の悪用でしょう。そんな事をしたら加護が失われますって」


 確かに、加護は人格者に対して与えられる神の恩寵。加護を得て傲慢になったり、加護の悪用を行えば、簡単に失われるものだと聞きます。

 逆ハーとは何か分かりませんが、冒険者の専門用語かもしれません。

 では、彼女の今までの行動の意味は。


 不意に、衝撃的な理解がわたくしを貫きました。


「セルティ様……そのような加護を持つ貴女が、殿下のお側に常にはべっていたのは、まさか……」


 自慢げに語っていたセルティ様のお顔が、再び真剣なものになりました。


「はい。グラスト殿下は、何者かに毒を盛られておいでです」


 衝撃的な発言に、その場が凍りました。


「……それは本当か?

 実はお前、いや貴殿が加護持ちを騙り、嘘をついてグラスト王子に取り入ろうとする策でないと何故言える?」


 アスラーン様が口調を改めて質問なさいました。セルティ様が本当に加護持ちなら、王族であっても彼女に敬意を表さなくてはなりません。

 彼女にというより、彼女に加護を与えた神に対する敬意です。


「それは私が答えよう」


 学長がおっしゃいました。


「セルティ・オスビエル君から学院にその警告が来た時、我々は直ちに大神殿に問い合わせをした。神官長は毎年、神託によって新たな加護持ちの名と所在、加護の内容を知る。

 セルティ君は間違いなく【毒を見分け、その効果を知る】加護の持ち主だとの返事が来た。

 さらに大学院薬学部から毒を数種類借り受け、その加護が失われていないか毎日テストしている。

 従って、オスビエル君が今現在も加護を持つ事に疑いはない」

「ありがとうございます、学長」


 加護があるということは、強力な説得力を持ちます。

 悪い事をすれば加護は失われるのですから、セルティ様が犯罪に加担していない何よりの証明になるのです。


「失礼した。貴殿の加護を疑った事を謝罪する」

「その必要はありません、アスラーン殿下。

 あたしの話の信憑性は真っ先に疑われるべきですよね。現に学院もあたしを調べまくってますから。

 さて、説明を続けます。入学式の日の事です。上級生は授業がないそうで、グラスト殿下が生徒会長として新入生への挨拶をされました。

 壇上の殿下を見た瞬間に分かりました。

 あ、この人毒に侵されてるって。

 それも長い時間をかけて少量ずつ摂取してる。このままだと最悪命を落とすって。

 それで、式の終了後に殿下に接触を図りました。

 わざと転んで、助け起こしてもらう時に『殿下は毒を盛られています。お人払いを』と」


 わたくしは再び、驚きと理解にうたれます。


「あの時ですか……!

 貴女が何かおっしゃると、グラスト様はわたくしから離れてお二人で行ってしまわれた……」

「そうだ」


 沈鬱な表情で、グラストがおっしゃいました。


「あの後医務室に行って、セルティ嬢が私とトゥーリス先生に説明をして、それから毒の検査に事情聴取。色々あって、君との食事の約束を守れなかった。

 しかも緘口令を敷かれて君に本当の事も説明できない。今、やっと言える」

「なにしろ周囲が全員容疑者のような状態ですので、秘密にせざるを得ませんでした。

 しかも殿下ったら学院にとどまっての犯人探しをお望みでしたから、もう大変でぇ」


 なんということを。


「殿下! お命を狙われているのなら、急ぎ王宮に戻るべきです! 学院にとどまる事は危険ではありませんか!」

「それはもちろん考えた。しかしそれは本質的な問題解決にならない。

 私が王宮に戻って警備を強化させればこの身は安全かもしれない。だが、毒というのは犯人の特定が難しい犯罪だ。私が逃げれば首謀者は分からずじまいになるだろう。

 だが幸いこちらにはセルティ嬢という強い味方がいる。

 ならば、リスクを取ってでも今犯人を捕まえ、後顧の憂いを取り除くべきだ」

「犯人が捕まらなかったら、ヴィエリア様と結婚しても、毒殺が怖くてイチャラブ生活を楽しめませんものねぇ〜」

「それは重要だ」

「そっ……重要って……」


 イチャラブ。自分の顔が熱くなるのが分かります。


「ちょっと待て。さっき婚約破棄を宣言しておいて、何が結婚だ。

 今までヴィエリア嬢を放置して、そこの女、じゃなくてセルティ嬢に夢中だったろうが。

 手のひら返しもいい加減にしろ!」


 アスラーン様が舌鋒鋭くおっしゃいます。


「だからぁ、全部演技だったんですってぇ。

 授業以外の時間はあたしがくっついて、殿下の手に触れる物に毒がないかチェック。食事はもちろん全部あたしが確認。身の回り品も毎日確認。

 恋愛? 何それ食べたらおいしいの? ですぅ」

「じゃあ何故浮気の真似事を」

「じゃあ逆にお聞きしますけどぉ、最上級生である三年男子の殿下を、新入生女子のあたしが秘密裏に護衛するんですよ? 

 授業中と男子寮の中はさすがに無理ですけど、それ以外はほぼ常に同行して、殿下の触れる物召し上がる物全てをチェックします。そして犯人を含む皆様には、護衛であると気付かれてはならない。

 浮気野郎と尻軽女という設定以外に、何かいい方法がありますぅ?」

「浮気野郎……浮気野郎……」


 流れ弾を食らって苦しむグラスト殿下を無視して、やり取りは続きます。


「……なるほど咄嗟には思いつかんな。では休み時間にグラストや側近たちといたのは」

「毒を盛られていないか、服や手に毒が付着していないか、加護で細かくチェックしてました。

 殿下と行動を共にしているお三方もです」

「ガゼボでの昼食は」

「情報交換兼作戦会議ですね。完全に人目につかない密室にこもると、マジで不純異性交友でアウトなんで、適度に目立つ場所にしました。

 ちなみに食事はあたしお手製でも何でもなくて、食堂で作ってもらったお弁当をあたしが加護でチェックしたものです〜」

「あれは、とんだ羞恥プレイでしたね……皆の目が痛すぎる」

「控え目に言って地獄だった」

「笑顔で談笑してる演技をやり切った俺を褒めろ」


 ネタばらしに触発されたのか、ご学友のお三方が死んだ魚の目で口々に溜まったものを吐き出してらっしゃいます。


「トゥーリス先生と親しくなさっているという噂がありましたわね?」

「先生が、学院側との情報交換の窓口でしたので。

 殿下が先生と接触すると、犯人に悟られるかもなんでぇ、あたしが橋渡しをしてました」

「あからさまにヴィエリア嬢を遠ざけたのは?」


 とアスラーン様。


「婚約者という関係上、ヴィエリア様は殿下のお側近くにいらっしゃる事が多い。殿下に巻き込まれて毒を口にされると洒落になりません。申し訳ありませんでしたが、殿下とは離れていただきましたぁ。

 取り巻き、じゃなくてご学友たちは別に被害が出ても構いませんけど」

「この醜聞が婚約者に知られてない事を祈るだけです……」

「俺はバレた。土下座で取り返せない事ってあるよな」

「俺もだ。おかげでチャラ男から浮気クソ野郎に格下げだよ」


 お三方の深刻な愚痴がとどまるところを知りません。


「あの〜、会長たちが入学式の翌日から一度も生徒会に来られなかったのは」


 おそるおそる手を挙げて、一人の女生徒が質問されました。


「申し訳なかったんですけど、ヴィエリア様が副委員長でいらしたから。

 あと、ぶっちゃけ殿下たちが毒を気にしすぎて使い物にならないっていうかぁ、勉強も生徒会の仕事もできそうにない上、挙動不審すぎてバレそうでしたので、女遊びで仕事しない風で敬遠しました」

「そ、そんなあぁぁぁ……」


 女生徒がへたへたとその場にくずおれてしまいました。大変、あの方は!


「ヤスミンさん!? しっかりなさって!

 セルティ様、その方は生徒会役員のヤスミンさんです。わたくしと二人きりで仕事を回しておりましたから、心労で大変な事に!」

「うええええ!? あっ本当だ、ヤスミンさん、うわあ、悪い事をしました! ごめんなさい! 医務室にって先生がここにいらっしゃったお願いします!」


 何といいますか傍若無人でしたセルティ様も、さすがに生徒会に関しては罪悪感があったのか、ヤスミンさんの元に駆け寄って謝りはじめました。


「貧血のようだ。立てるか? そう、ゆっくり……医務室に連れて行く。

 誰か彼女の友人は? 付き添って落ち着かせてくれるとありがたい」


 トゥーリス先生と数人の女生徒が、ヤスミンさんを抱えるようにして校舎の方へ向かわれました。


「ヤスミン嬢とヴィエリアには悪い事をした」


 とおっしゃったグラスト殿下を、不機嫌な眼差しでご覧になるアスラーン様。


「さりげなくヴィエリア嬢を呼び捨てにするな。

 せめて、ヴィエリア嬢には打ち明けるべきだったのではないか? あの生徒会会計にも配慮できたろうに」

「それは、わたくしもまた容疑者の一人であるから。そうですわね?」


 わたくしは静かに申しました。


「ヴィエリア……ヴィエリア嬢。その通りだ。

 君の容疑が晴れるまでは、君にも本当の事は言えなかった」

「自分の婚約者を犯人扱いか? 恥を知るがいい」

「私にとってヴィエリアはこの世の光だが、同時に私とは別の人格なんだ。彼女には彼女の意志と判断がある。

 私が愛しているから、私の婚約者だから犯人ではあり得ないというのは、自分にとって都合の良い思い込みだ」


 まあそれはそうです。前半さらっと何やらおっしゃっていますが、犯罪捜査において近しい人間こそ最も疑わしいというのがセオリーなのでしょう。

 分かります。ええ、理性では分かりますが。


「そうですか。ふふふ、分かっております。

 殿下のお命がかかってますもの、わたくしごとき説明なく放置されようが殿下が目の前で他の女性と戯れようが、是非もない事ですわよねうふふふふ」

「ヴィエリア……。謝罪はしない。立場上、私が謝れば君は許さなくてはならないから。

 言い訳もしない。憎んでも嫌ってくれても構わない。それだけの事はしたんだ。

 ……でも怒っているよな? 滅茶苦茶怒っているよな?」


 わたくしは完璧な笑顔を、セルティ様に向けました。


「ふふふ、そのような事よりも。

 さあ、セルティ様。その恐ろしい犯罪について、話をお続けになって」

「あっはい。じゃあ話を続けますぅ。

 あたしたちは医務室に行ってトゥーリス先生に通報。殿下の手にその毒が付いていたのでサンプルを採った上で洗浄。

 加護では毒の名前は分からないので、大学院薬学部から派遣された人達とあたしの加護で、使われた毒物を特定しました。

 学長、よろしければ説明お願いします〜」


 指名された学長が一同を眺めながら、講義のような口調で話し始めます。


「それは一般的に『貴族の毒』と呼ばれている。

 粉末状でほぼ無味無臭。食べ物に混入させるか、糊状の液体と混ぜて持ち物に塗り、対象の手に付着させる。皮膚に触れても害はないが、その手で目や鼻に触れれば粘膜から吸収され、パンや菓子を素手で食べれば指から食べ物に毒が移って口に入る。

 症状は、初期だと睡眠障害、感情の抑制ができず気分の上下が激しくなる。さらに悪化すると、慢性的な内臓疾患を引き起こし、一生療養生活を強いられる事になる。

 さらにこの毒を摂取すると死に至るが、実際はそこまで継続して使われた例は少ない。対象を死なせる事なく権力争いから排除するために使われる毒だ。

 さしあたり説明はこんなところか?」

「学長ありがとうございます〜。

 グラスト殿下には初期症状が見られました。感情的になりやすい状態ですね。

 殿下は以前から怒りっぽくなって、ヴィエリア様とうまくいってなかったとか?」

「そうです! なんてこと……殿下、ご容態は!? 

 ちゃんと解毒できたのですか?」

「トゥーリス先生に回復魔法で治療してもらった。

 さいわい初期症状だったから回復魔法で不調を治せたが、この毒は身体から排除されない。あくまで対処療法だ。

 この上内臓疾患まで重症化すれば、回復魔法でも治らなくなるところだった」


 グラスト殿下が答えられました。


「わたくしは、お側にいながら、何も気づく事ができませんでした……」

「まぁ普通毒の可能性は考えないですよねぇ〜。

 対象は怒りっぽくなって周りの人の心が離れていく。さらに病気になって、仕事が出来なくなるから権力争いから離れざるを得ない。

 そういう使い方をする毒らしいんですけど、殿下が急に怒りっぽくなっても、思春期のストレスだとか判断しますよねぇ〜」

「責任は我々にあります、ヴィエリア嬢」


 沈鬱な表情で、宰相令息のゾリアス様がおっしゃいました。


「我々は殿下の護衛を兼ねてここにおります。それなのに殿下をお護りする事ができませんでした。

 かくなる上は、この命をかけても犯人を捕らえるのみ」

「では、セルティ様と行動を共にしていたのは籠絡された訳ではありませんでしたのね」


 立ち直った外務大臣令息のサーベイ様も口を開きます。


「そう、あれはあくまでも殿下の護衛と情報交換のためです。断じて恋愛などではない」

「あたしはお三方が大好きですけどね〜。

 毒を食らってくれれば犯人の手口のヒントになりますし、万一殿下が物理的に襲われても肉盾にできますもん」

「そういうところだよ! 一瞬でもこの子可愛いとか思った俺が馬鹿だったよ!」


 恋愛要素は皆無のようでした。


「そんな事より、話を戻すぞ。

 マナアクシスの王子が毒殺されかけたんだ。学院なり警察なりは動いているんだろうな?」


 本題に戻そうとアスラーン様が仕切りはじめました。


「それはもう。

 学校って独立の気風っていうか司法や行政の介入を嫌うんですけど、さすがに国に報告してるそうですよ? 

 捜査員は学院の要請で生徒には直接接触してないですけどぉ、学院が代わりに情報収集して連携してるみたいです。

 学院にも独自の捜査機関があるだろうし、王家直属の情報機関も動いてるかもですね、学長?」

「警察と協力して捜査を行なっているが、詳細は差し控える」

「ま、生徒の見えないところで大騒ぎになってるって事です」


 周りにいた一部の女生徒の顔色が悪くなりました。

 王子といちゃついていた女生徒が実は加護持ちの護衛で、しかも学院と警察が捜査しています。セルティ様への嫌がらせはまず把握されていると思っていいでしょう。自分達の社交界での将来を考えると、暗澹とするのも無理はありません。

 わたくしもサリッサ様もお止めしたのですから自業自得ですが。


「犯人の目星はついているのか」

「なにしろ第一王子を狙う訳ですから、容疑者というか対抗勢力がいくつかありますよね。

 王太子の地位を争う派閥とか?」


 皆の目が、セイツェル第二王子に集中しました。


「ぼ、僕は犯人ではありません! 僕は中等部にいるんだから、高等部の兄上に毒を盛れるはずがない!」

「それはそうなんですけどぉ、セイツェル殿下って、婚約破棄騒動が起こってすぐここに来られましたよね。どうして?」

「それは、騒ぎが起きていると聞いて」

「つまり高等部に、セイツェル殿下に情報を流す協力者がおられるって事ですよね〜。

 高等部の第二王子派の方は容疑者その一」

「……」

「その二。婚約者のヴィエリア様」

「毒を盛る機会があるという事でしたら、わたくしは疑わしいですわね。でも、動機は?」

「動機は、横にいらっしゃるアスラーン殿下ですぅ。

 もしグラスト殿下よりアスラーン殿下と結婚したかったら? まさか公爵家から婚約破棄なんかできませんよね〜。

 でもグラスト殿下が御乱心して、殿下有責で婚約が破棄なり解消なりできれば、堂々とアスラーン殿下の元に嫁げます」

「わたくしが殿方に二心を抱いていたと?」

「自分たちはしょせん政略結婚っておっしゃってたじゃないですかぁ〜。

 それにヴィエリア様のお気持ちは別としても、公爵閣下の判断もあります。

 帝国はこのマナアクシスよりも大国です。

 アスラーン殿下から婚約の打診があればそちらに魅力を感じても不思議はないし、公爵が決断すればヴィエリア様は従うしかないでしょう?」

「そのために、わたくしが王族たるグラスト殿下に毒を盛ると? 

 よしんば父から命じられたとしても、そのような大逆を犯すくらいなら、自らその毒をのんで我が死をもってお諌めいたします」


 可能性の話としても、それを言われて首肯するわけにはまいりません。わたくしは背筋を伸ばして凛と言い放ちました。


「ヴィエリア……私は」

「たしかにあたしも、ヴィエリア様のおっしゃる事には真実味があると思います。

 でもぉ、具体的な根拠がないと駄目なんですぅ。

 とりあえず容疑者という事で」

「いやまあそうなんだけど、君、本当に容赦ないな」


 台詞をぶった斬られて、グラスト殿下も引いてらっしゃいます。


「続いてアスラーン殿下も動機ありです〜。

 グラスト殿下と破局していただいて、ヴィエリア様と結婚したい。

 現に今、速攻で公開プロポーズなさいましたよね〜」

「お前、いや貴殿たちの芝居とも知らずにな。

 婚約破棄騒ぎは、俺が彼女との結婚を望んでいるか試すための芝居だったのか」

「前からアスラーン殿下からも、その辺のお話を聞きたかったんですけど、けんもほろろでしたから。

 いや〜大物が釣れましたね〜、良かったよかった」

「ふん。他の容疑者は? そこの側近候補三人はどうなんだ」

「可能性はありますけど、動機は?」

「動機?」

「彼らがグラスト殿下に毒を盛って、失脚なり殺害なりするメリットです。

 このお三方の将来は、殿下にかかってるんですよ? 殿下が王位につけば側近として栄耀栄華も夢じゃない。殿下が失脚すれば一生冷や飯。

 一蓮托生なんですから、殿下を王位争いからリタイアさせる意味がなさすぎですよね? 

 まぁ殿下のお側近くにいらっしゃって、毒を盛る機会があるから容疑者ではあるんですけど」

「マジで容赦ねぇなこいつ」


 もはや、加護持ちのセルティ様に対してこいつ呼ばわりを始めるご学友のサーベイ様。


「あと、できる出来ないだけで言えば、教師とか、食堂やお掃除の業者さんとか、色々挙げられますぅ。

 でもぉ、機会はありそうだけど動機がない方たちについては、ホワイダニットよりハウダニットに関係してくるんですよねぇ」

「ホワイダニット? 何だそれは」

「ホワイダニットは、動機論。ハウダニットは、この場合はどうやって殿下に毒を盛ったかっていう方法論の事です。

 そうですね、容疑者を挙げていくだけでは埒があかないんでぇ、殿下に毒を盛った方法について考えていきましょうか」

 


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