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断罪探偵・前哨戦

ファンタジー×ミステリに飢えたあまり自分でも書いてしまいました。よろしくお願いします

「フリザーリュ公爵令嬢ヴィエリア! そなたとの婚約を破棄する!」


 友人達とランチを楽しもうと、校舎からカフェテリアに向かっていたところで、いきなりわたくしことヴィエリアは怒鳴りつけられました。


 ここは世界初の魔術大学を母体とし、現在はあらゆる学問において世界第一の歴史と権威を持つ賢者の学院。その中の、貴族子弟向け学院高等部の広場です。

 昼食の時間帯とあって、隣接したカフェテリアには多くの生徒がつめかけています。

 そんな場所で大声を上げたのはこの国の第一王子であらせられるグラスト・フォルビア・マナアクシス殿下。

 茶金の髪に青い瞳の、優しく誠実そうな、整った顔立ちの青年なのですが、あいにく今はその優しさも誠実さも、眼前のわたくしには向けられておりません。


「ご機嫌ようございます、グラスト殿下。

 久方ぶりのお声かけ嬉しく存じますが、そのお言葉はいかなる事でしょうか?」


 落ち着いた声で返事をいたします。


「白ばくれるな! そなたがセルティ嬢にいたした行為、私が知らないと思っているのか」

「あたしぃ、怖かったですぅ」


 グラストのすぐ横にいる一年の制服を着た女生徒が声を上げます。ローズピンクの髪に快活に輝く緑の瞳の小柄な美少女ですが、殿下のすぐ横に立つその姿に対して、周りの目は冷ややかです。


「大丈夫ですよ、僕たちがいます」

「俺たちに任せてくれ」

「君に憂い顔は似合わないな」


 王子の後ろに控えていた男子生徒たちが口々に声をかけます。

 彼らは王子の友人たち。宰相令息ゾリアノ、騎士団長子息タリオス、外務大臣令息サーベイという身分ある美丈夫たちでいらっしゃいます。

 その後ろで、秀麗な顔に気遣わしげな色を浮かべ、少女をご覧になっているのは、養護教諭のトゥーリス先生。

 彼らの、婚約者でもない女生徒に対するものではない親密さに、わたくしだけでなく、周囲の生徒たちの眉間のシワも深まるというものでした。


 わたくしは、先ほどグラスト殿下からご紹介にあずかりました、フリザーリュ公爵が一女、ヴィエリア・ドゥアナ・フリザーリュでございます。

 この学院のあるマナアクシス王国の貴族であり、グラスト殿下の婚約者となる栄誉に浴しておりますが、どうやら現在進行形であやうくなっているようです。


 そもそもの発端は、オスビエル男爵令嬢セルティ様が学院高等部に入学したことでした。


 事情通の生徒たちによると、彼女はもともと、貴族籍を抜けた元男爵家の人間と、平民の女性との娘だったそうです。それがある日神の加護を授かり、男爵家に養女として引き取られたとのこと。

 神官と同じく神との霊的繋がりを持ち、さらにその人格や願望を反映した特別な能力を与えられる『加護持ち』。

 珍しい存在であるため、生徒たちの噂になっていたのですが、ご本人は自分の加護について語る事はないため、本当に加護をお持ちかどうかも判然としておりません。


 一方グラスト様は、幼い頃から聡明な方でした。優柔不断な側面もお持ちですが、それは物事を多角的に見られる美質とも言えます。

 わたくしに対しても優しく、二人は政略ながらも睦まじい仲を育んできた……と思っておりました。

 ところが学院入学後は、不自由な寮生活や王位継承のプレッシャーのせいでしょうか、徐々に鬱屈した態度が目立つようになっていきました。


「グラスト様、昼食をご一緒しませんこと?」

「いや、いい」

「グラスト様?」

「いらないと言っている! ……いや、今日は少し食欲がないんだ。夏風邪かもしれない。治ったら、また一緒に食べよう」

「……ええ、ではまた」


 何がという理由もなく、ぎくしゃくすることが増えていきました。


 そこに現れたのがセルティ様です。


 殿下とわたくしは三年、セルティ様は一ヶ月前に入学した一年生。二学年下の彼女は、入学の直後からグラストにまとわりつき、あっという間に籠絡──もとい、親密になりました。

 彼に苦言を呈していた側近候補のご学友たちも、笑顔でセルティ様と行動を共にするようになるまで、時間はかかりませんでした。


 わたくしの脳裏を、セルティ様が入学してからの出来事がよぎります。それはたった一ヶ月前のことでしたのに。


 


 二人が初めて出会った時。その場にはわたくしもおりました。

 秋の入学式の終了後。わたくしたちは生徒会役員として入学式に参加したのち、雑務と昼食を終えたところでした。


「きゃあ!」


 校舎と寮をつなぐ大通りで、加護持ちと噂の女生徒(当時は名前を知らなかったのですが)が盛大に転んだのです。

 いい年をした少女が何もない道路で転ぶという、大衆小説で読んだことしかない状況が目の前で起こって、グラスト様とわたくしはしばし固まってしまったのですが。


「大丈夫か?」


 わたくしより早く立ち直ったグラスト様が、手を差し出されました。


「あ、ありがとうございますぅ……いたぁい……すいません、医務室ってどこでしょうかぁ?」

「ああ、手を擦りむいたんだな。送っていこう。ヴィエリアも一緒に……」


 その時。彼女が何かをグラストの耳に囁いたのです。わたくしには聞こえない小声で。


 そうすると、突然彼の様子が変わりました。


「いや、私一人でいいだろう。ヴィエリアは先に行ってくれ。

 また後で夕食をとろう。

 いつもの時間に、カフェテリアで待っていてくれ」


 そう言って女生徒の手を取り、足早に立ち去ってしまわれたのです。まるでわたくしから早く遠ざかりたいかのように。

 その日、グラスト様は夕食に現れませんでした。


 あるいは、昼休みのガゼボ。入学からほんの数日後。


 学院の敷地は、高等部だけでも広く、生徒たちが談笑できるベンチやガゼボが多く設置されています。

 その一つを、グラスト様とセルティ様、それに側近候補であるお三方が占領しておられました。

 セルティ様が作ったとおぼしいお弁当を、皆で談笑しながら召し上がっています。わたくしからは距離がありますから話は聞こえません。

 ……何故ですの? 確かにセルティ様は瑞々しい花や果物のように愛らしい。でもわたくしだって、銀の髪に紫の瞳を持ち、殿下に繊細な宝石細工のように美しいとおっしゃっていただいたこともございます。容姿で負けているとは思いません。

 何年も共にいて、わたくしの顔に飽きたのでしょうか? それとも身体つき?

 胸? やっぱり胸ですか? 殿方ったらそこしか興味ありませんの!?


「世の殿方全て滅ぶべし……」

「ヴィエリア嬢、すまないが人類の半分を呪うのはやめてもらえないだろうか?」


 不意に後ろから男性の声が聞こえました。

 振り返ると、黒髪に黄金の瞳、野生味と高貴さを併せ持つ美貌の男子生徒。


 アスラーン・シュクル・アークバール殿下。

 隣国アークバール帝国の皇子にして、次代皇帝最有力候補の一人。


「アスラーン殿下。お恥ずかしいところをお見せしました」


 礼をとりながらうつむきます。変な独り言を聞かれて頬が赤いのを隠すために。


「ここは学院、アスラーンと呼んでくれないか。こちらこそ盗み聞きするようで悪かった。

 なに、あいつのことで君が胸を痛めているのを見かねて声をかけてしまった。グラストもあんな奴ではなかったんだが」


 アスラーン様は王族として、幼少の頃からわが国に何度か滞在されていました。同年代のグラスト殿下やわたくしも、アスラーン様のお話相手としてご一緒したものです。


「わたくしが至らないせいですわ」

「そんな訳があるものか。君ほど美しく高貴で聡明で、しかも優しさと機知を兼ね備えた女性はいない。

 あいつは君の素晴らしさに慣れきっているんだ。大陸一の馬鹿者だ」


 社交辞令とはいえ、そこまで賞賛されてしまうと返答に困ってしまいます。


「過分なお言葉、恐れ入ります……今日はお一人ですの? シャミール様は?」


 シャミール様はアスラーン様の乳兄弟であり側近でもある方で、アスラーン様と共に学院に入学されました。


「せっかくの君との会話を、あいつに邪魔されたくはないからな。

 ……ヴィエリア嬢、差し出がましいのを承知で言うが、いよいよとなれば婚約解消も考えた方がいい。

 君と結婚するならグラストが次の王になるだろう。

 だが王国の将来を思えば、今のあいつより第二王子の方が王位に相応しいのではないか? 

 何より俺は、あいつのせいで苦しむ君を見たくない」

「お気遣いの言葉、ありがとうございます。

 しかし、お分かりでしょう? これは政略、政治的問題ですのよ。わたくしの気持ちでどうなるものでもありませんわ」 


 するとアスラーン様は悪戯っぽく微笑んで、


「なら俺と結婚しないか? 幸いというべきか、俺には婚約者がいない。それなら王国も納得してくれそうだ。

 君と婚約し、俺は次代の皇帝となって君に帝国を捧げる。どうだ、結構な持参金だろう?」


 わたくしも微笑みました。


「本当ですわね。でもわたくし、グラスト殿下と違って不義理は好みませんの。いましばらくはあの方のせいで苦しんでみますわ」

「……そうか、残念だ。気が変わったら言ってくれ」


 アスラーン様に会釈して、その場を離れます。視界の端にガゼボが映って胸が痛みます。自然と足が早まりました。


「まだグラストを愛しているのか……だが、いずれは……」


 背後の呟きは、よく聞こえませんでした。


 あるいは、閑散とした生徒会室。


「もう二人じゃ無理ですよ!」


 前年度からの役員交代の後。

 生徒会執行部のメンバーは、副会長であるわたくしと、一学年下の会計の女生徒の二人しか仕事をする者がおりません。

 これが、一ヶ月から常態化しておりました。

 グラスト様と三人のご学友も役員なのですが、例の男爵令嬢と行動を共にしてばかりで、仕事どころか生徒会室にすら来なくなったのです。


「さすがに限界ですわね……仕方ありません、一時的にでも生徒会の一般メンバーを執行部に入れて手伝ってもらいましょう」


 生徒会室の鍵は執行部役員だけが持っております。

 合鍵を除けば先生でさえ鍵をお持ちでないので、掃除は自分たちで行うという謎の不便さです。

 手伝ってもらうなら、ついでにお掃除もお願いしたいものですが。


「すいません、実は私、前にお手伝いを頼んだんですけど、断られてしまって。

 留学生でしかも平民だからか、皆様にちゃんと聞いてもらえなくて……」

「まあ、なんてことかしら。貴女が有能で気働きができる、素晴らしい方なのはわたくしがよく知っています。

 だいたい帝国からの留学生枠を獲れるなんて、どれだけ大変なことか皆様分かっておられませんわ。

 あなたに対する態度も含めて、わたくしからも皆さんにお願いします。先生にもお話を……あら」


 副会長の席に座り、話しながら書類を書いておりましたせいか、ペン先が引っかかって曲がってしまいました。

 もう一つのペンを取り出します。


「焦るといいことがありませんわね。ペンを駄目にしてしまいました」

「大丈夫です、備品は全部購買部で売っているものですから、行って買ってきます。

 ついでにお菓子も買いましょうか?」

「ええ、その代金は後で殿下に請求してやりましょう」


 わたくしたち二人は、力ない笑いを交わしたものでした。

 

 あるいは。


「ヴィエリア様、今日は大変でしたわね。グラスト殿下にあんなに怒鳴られて」

「ええ、セルティ様の教科書が破られたそうなのですが、それがわたくしの仕業だとおっしゃいまして」

「何故それがヴィエリア様のせいにされるのですか……」

「セルティ様がそう仄めかしたのでは?」

「やりかねませんわね。あの方、本当に加護持ちでいらっしゃるのかしら? あの言動で?」

「もし加護をお持ちなら、きっと殿方を魅了するような加護ですわよね。あの振る舞いときたらもう」

「本人に言ってもその場で反省してみせるだけ」

「先日は、医務室のトゥーリス先生と談笑してらっしゃいました。お顔の広い方ですこと」

「ヴィエリア様、本人だけでなく、学院と男爵家にもっと強く抗議なさった方がよろしいのでは?」


 友人達とのお茶会。周囲の愚痴とも突き上げともつかない言葉に、わたくしは、内心はともかく落ち着いた微笑みを浮かべました。


「皆さま、あくまでも噂ですが、セルティ様は加護持ちとのこと。ならば神にも祝福される、優れた人格をお持ちなのでしょう。

 その都度注意を繰り返せば、いずれ学院での振る舞い方を身につけるものと思いますわ」


 残念ながらわたくしの予想は外れ、この騒動に至るのでした。




 あら? 何を思い出しても腹立たしいわ?


「それで? わたくしがセルティ嬢に、何をですって?」


 完璧な微笑み。令嬢として鍛えられた美しくよどみない発声。

 しかしその全てに『その宣戦布告は受け取った全員完膚なきまでに潰してやるから覚悟しておけわかったな』という本音が透けて見えてしまったのか、グラスト様がひきつった顔で一歩後ずさりました。

 失礼ですこと。


「殿下ぁ、頑張って!」

「お、おう。大丈夫だ問題ない」


 気を取り直して一歩前に出られます。


「そなたがセルティ嬢に行った嫌がらせの事だ! 

 聞こえよがしの嫌味や悪口、無視、学院の連絡事項をわざと伝えず孤立させる。

 集団での虐めが、どれだけ人の心を傷つけることか!」

「あら、意外にまともな発言、コホン、何でもありませんわ。

 ええ、そのような恥ずべき行いがあったようですわね。虐められる側にも原因がなどという向きもありますけど、わたくしは一切同意いたしませんわ。なんて腹立たしい。

 しかしセルティ様は、わたくし達の二学年下ですわね? それは同学年の者が行ったことでは? 

 学年の違うわたくしでは、そもそも接点がほとんどございません」

「えーと、それは、そう、そなたの友人であるサリッサ嬢がセルティ嬢と同じクラスだったな?

 彼女に命じて、嫌がらせをさせたのではないか?」

「それは聞き捨てなりませんわ!」


 わたくしの後ろにいた女生徒の一人が進み出ました。

 話に出されたサリッサ嬢は、くっきりしたまなじりをさらに吊り上げて、


「私が嫌がらせに加担ですって!? 

 むしろ、皆に軽挙妄動を慎むよう言い聞かせておりましたのよ、人として品位を保ちなさいと! ヴィエリア様も同じご意見でした! 

 それを虐めなどと言われては、いかに殿下のお言葉であっても黙っている訳には参りません。

 どうぞ学院の教員でも何でもよろしいですから、第三者に入っていただいて、存分にお調べなさってください」

「そ、そこまで言うのならばサリッサ嬢は関与していなかったのかもしれないが、しかしセルティ嬢の教科書が破られるという事件が起こっている! 

 あの時も訊いたが、改めて、ヴィエリア嬢、そなたの仕業ではないのか!」

「ですから、何故わたくしの仕業になるのか分かりかねますが……セルティ様、その教科書はいつ、どこで破られたのですか?」

「え、えーとぉ、教室のあたしの机の中ですぅ。

 放課後にぃ、置き忘れたのを取りに戻ったら、びりびりに引き裂かれてたんですぅ……ぐすっ」

「不思議ですわね? 教科書や文房具は、教室移動の際は全て鞄に入れて持ち運び、実習時は個人のロッカーに入れて鍵をかけ、授業が終われば全て寮の自室に持ち帰る決まりです。

 机に教科書が残っているということは普通起こりません」

「だから置き忘れたとセルティ嬢が言っているだろう!」

「つまりわたくしは、その日別学年の教室に向かい、前もって調べておいたセルティ様の席に行くと、偶然教科書が置き忘れられていて、それをわたくしが破ったと。

 かなり不自然ではありませんこと?」

「だから実行犯がそなたでなくとも、同学年の誰かに命じてやらせたのではないかと……いや、別にサリッサ嬢のことを言っている訳ではないぞ! 誰か嫌がらせをしていた者が、ということだ」

「殿下ぁ、サリッサ様にびびりすぎですぅ……」


 セルティ様が小声で突っ込んでいます。


「びびってなどいない! 配慮しているだけだ!

 目撃者と言ったな、それならばセルティ嬢が何者かに階段から突き落とされた事件はどうだ! 

 彼女が突き落とされた直後に、そなたが階段から立ち去る姿を、複数の生徒が目撃していたのだ! たった三日前のことだ、忘れたとは言わせないぞ!」

「その噂はわたくしも聞き及んでおります。わたくしのした事ではないので具体的な経緯は存じませんが」

「あたしぃ、三日前の昼休みに、ヴィエリア様に放課後に手紙で呼び出されたんですぅ。高等部の端の、教職員住宅につながる大階段のところですぅ」

「ああ、皆様がよく昼食を楽しんでらしたガゼボの近くですわね」


 わたくしの皮肉をものともせずに、


「階段の上で待っていたら、階段下から誰かが手招きしてて、降りようとしたら急に後ろから突き飛ばされてぇ、転がり落ちちゃってぇ、死んじゃうかとぉ、ぐすっ」

「その割にお怪我がなさそうで、ようございましたわね」

「たまたま軽傷だったが、あの階段ならもっと大怪我になる可能性もあったのだぞ! 

 医務室で回復魔法をかけてもらったから良かったようなものの」

「はいはい分かりました。目撃者がおられるのですよね?」


 だんだん態度がぞんざいになっている公爵令嬢。

 わたくしですが。 


「ああ、こちらに来てもらっている。彼女たちは聖歌歌唱のサークルで、当時近くで活動していたそうだ」


 四人の女生徒がグラスト様に促されて前に出て来ました。


「はい、私達は毎日放課後に大階段の近くのガゼボで、聖歌の練習をしています」

「三日前、大階段の方にセルティ様が向かうのを見ました。

 多分ほんの数分だと思いますが、しばらくするとその階段の方からヴィエリア様が現れて、足早に、建物沿いに私達の前を横切って立ち去ってしまわれました」

「その後すぐにセルティ様が走ってこちらに来られまして、この辺りに誰かいなかったかと訊かれました」

「セルティ様の制服が少し裂けていたり、砂で汚れていたりして、何事かと思いました」

「どうだ! そなたの悪行は明らかな」

「少しお聞きしてよろしいかしら? わたくしの姿が見えたというのは、大階段から来たのを見たという事でしょうか?」


 話を途中でぶった斬る公爵令嬢。

 わたくしですが。


「私達のいた場所からは、大階段への道は建物のかげにあって見えないのですが、そこ以外の道はよく見えます。

 直前までヴィエリア様は見えなかったので、階段を上がってきてセルティ様とすれ違い、私達の前を通ったのだと思います」

「そなたの移動ルートからしてセルティ嬢と接触したのは明らか、つまり彼女を突き落としたのは」

「わたくしがセルティ様を突き落としたところをご覧になったのですか?」

「まさか! 先ほども申しましたが、私達のいた場所から見て、建物を曲がった少し先に下り階段があります。

 セルティ様が階段上におられたとか、突き落とされたとかいうのは全く見えませんでした。しかし、状況からして……その……」


「それはわたくしではありえませんわ、殿下。

 その時間にはわたくし、王宮で王子妃教育を受けておりましたもの」


 わたくしの静かな言葉に、一瞬周囲が静まり返りました。


「何だと?」

「急な話ですが、その日の授業が終わってすぐに学院を通して呼び出されましたの。学長に転移陣の使用許可を得て、そのまま王宮に向かいました。

 戻ったのは夜でしたから、もちろん夕方、放課後には学院におりませんでした。

 王宮にも学院にも確認なさればよろしくてよ」

「し、しかし目撃証言が」

「存じません。見間違いか何かでしょう。ですが」


 ふっとわたくしは吐息をつきました。周囲の皆様にもよく分かるように。


「ヴィエリア?」

「婚約破棄をお受けいたします」


 周囲の見物人がどよめきました。

 あら、生徒だけでなく教職員の方々も多くいらっしゃいます。こんな大人数の前で、とんだ茶番劇ですこと。


「セルティ様への嫌がらせや犯罪行為はわたくしの関与するところではございませんが、グラスト殿下がどうしてもわたくしと婚約破棄なさりたいという事はよく分かりました。

 もとより政略ですもの、『お互い』愛情がなかったのも仕方ありませんわ。

 とは言えわたくし達の一存では決めかねる事ですので、これから父に相談しなければなりません。

 今までの経緯を申し上げれば、つつがなく破棄できますでしょうけれど。

 それではご機嫌よう、殿下」


 そのまま、きびすを返して立ち去ろうとします。


「ヴィエリア……? 本当か? 愛情がなかったと?」

「今さら何をおっしゃいますの?

 わたくしを無視して他の女性と親しく付き合い、生徒会の仕事も全て押し付け、挙句に冤罪をかけてあたりも憚らずに罵倒と婚約破棄騒動。

 この三日間、わたくしがセルティ嬢に危害を加えた犯罪者だという噂でもちきりでしたのよ? こんな侮辱がありまして? 

 ええ、わたくしから婚約破棄は申し出られませんもの、感謝しておりますとも。謝罪と慰謝料については、公爵家から改めて請求いたします……あら」

「兄上! 何という事を!」


 人垣をかき分けて、一人の少年が走り出て来ました。幼さの残る澄んだ水色の瞳の美少年で、学院中等部の制服を着ておられます。


「セイツェル。何故ここに?」

「高等部で騒ぎが起きていると。陛下のお決めになった婚約を反故になさるとは何事です」


 グラストの弟君、第二王子セイツェル殿下。


「この者は王太子妃にふさわしくないのだ。この婚約破棄の意義、陛下も分かってくださるはず」

「確かに兄上は第一王子ですが、陛下はまだ王太子をお決めになっておられませんよ」


 あらあら。グラスト殿下を諌める口調ですが、顔には隠しきれない喜びがあります。兄を王位継承争いから蹴落とせる絶好の機会という訳ですものね。

 もう十四歳なのだから、表情くらいコントロールできなければ。


「それにこの婚約は、フリザーリュ公爵に兄上の後ろ盾になってもらうための契約です。

 破棄すれば兄上が王位につく事は絶望的ですし、陛下の勘気に触れれば廃嫡もあり得ますよ!」

「その通りだな。愚かな事だ」


 さらに、新しい声が響きました。人垣が割れ、長身の男子生徒が現れます。アスラーン殿下。その美貌に、女生徒たちの興奮した声が上がります。


「ご機嫌よう、アスラーン皇子殿下」

「君のご機嫌はよろしくなさそうだが、ヴィエリア嬢」 

「お陰さまで色々吹っ切れまして、むしろ気分爽快でございますわ」

「災難だったな。そもそもこんな男と婚約していた事が災難だが」


 いたわるように微笑んでいらしたアスラーン殿下が、一転厳しい眼差しでグラスト殿下をご覧になります。


「話をするのは久しぶりだな、グラスト。そこの男爵令嬢とやらが、ヴィエリア嬢よりも妃にふさわしい、という事なんだな? 

 ならそれが事実かどうか確かめるがいい。シャミール」

「人使いが荒いですよ。ここでは俺は貴方の同級生なんですからね」


 軽口を言いながら、後ろに控えていた黒髪の男子生徒が進み出ました。手に小さな水晶柱らしきものを持っています。

 シャミール様が水晶に魔力を流すと、空中に大きく教室の映像が浮かび上がりました。初めて見る道具です。


「まあ! これは何ですの?」

「最近発明された記録の魔道具ですよ。持ち主の見た映像と音をそのまま記録して再生するんです。ご覧下さい」


 教室の扉から中を見ている視点。机の前にセルティが教科書をつかんで破っています。


「もう、何でこんな事」

「もったいない〜」


 などと呟きながらひとしきり破ると、机の中に入れたところで映像が終わりました。


「……」

「そこの小娘が人目をはばかるように教室に入っていくのを見かけてな、このシャミールに後をつけさせたらこの通りだ。教科書を破られたというのは嘘だった。

 どうせ階段から落ちたというのも、証人を仕立てての自作自演だろう? 浅知恵が過ぎるというものだ」

「終わりましたね、兄上」

「……」


 グラスト様、いえ殿下とお呼びするべきですか、殿下たちへの周囲の皆様の視線が、さらに厳しいものになります。

 これはもう、勝負ありですわね。


「ではわたくしは、父に報告を……」

「ヴィエリア」


 アスラーン様が突然跪いてわたくしの手を取りました。


「はい?」

「婚約破棄されたなら、口にする事も許されるだろう。


 フリザーリュ公爵令嬢ヴィエリア、俺の愛と献身は君のものだ。どうか俺と結婚し、横に並び立つ栄誉を与えてはくれないだろうか?


 ……俺に、君を存分に溺愛させてくれ」


 最後の囁きときたら、甘くて色気たっぷりで、近くにいた女生徒たちが顔を上気させてふらつくほどでした。


「なっ!? わ、わたくしは」

「お待ちくださぁ〜い!」


 そこにさらに別の声。

 え、ちょっと新しい人物が登場しすぎじゃありません? わたくし帰っては駄目ですの?


 というか、あの声は、

 セルティ嬢? ピンクの髪の男爵令嬢?


「全ての情報は出そろいましたぁ〜! 

 これらの情報を分析すれば、あたしを階段から突き落とした犯人を論理的に導き出せるのですぅ〜!」


 ……はい?

ヒロインちゃん的には情報が出揃っていますが、他の人にとっては次話から順次説明されます。

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