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家中隠れ部屋 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、自分の家のつくりを完全に把握している人だろうか。

 一人暮らしなんかで、ひとつ部屋を借りているだけなら、自信はあるだろう。だが実家が一軒家の場合だったらどうだろう?

 私は実家の床下収納について、つい数年前まで知らなかった。なにせ非常食や予備の家電などがたっぷり入った物置の中にあったからね。大掃除の際に、そこを担当されてはじめて気がついたんだ。

 取っ手だって床の色に同化しているんだよ? ちょっとやそっとじゃ気がつかないって。

 いまは使われていないらしく、中身は空っぽだった。ひと昔前までは梅干を作るツボなどが格納されていたと聞くよ。


 しかし、そんなのはまだまだ序の口。世の中には不可解な一角が、家の中に現れるケースもあるらしい。

 私の友達が話していたことなんだが、聞いてみないか?



 友達が小さかったころ、家にクラスメートを招いて遊ぶ機会がしばしばあったらしい。

 当時としては、まだ珍しかった2階建て。平屋に比べると隠れる場所は広く、子供たちは一階に二階に、隠れ場所を求めて散っていった。

 友達が身を隠すのは、二階にある物置のひとつ。両親の寝室と空き部屋をつなぐ、押し入れの中だった。

 戸を開けてすぐ、たたんだ布団の壁が待ち受けるが、それは予備用で数が少ない。

 のれんかカーテンかのような扱いであるその奥へ潜り込むと、中はひな人形や、子供の日に出す兜や弓の入った、桐箱などが立てかけてある。

 一年の特定の時期しか、出番のない連中だ。それ以外の時期を置き場所に困り、さりとて捨てるわけにもいかず。彼らを寝かせておくのに、ふさわしい場所がここだったわけだ。


 友達はその半ばほどで、腰を下ろす。

 箱たちのちょうど途切れたところで、壁に寄りかかりながら息を殺していた。木製の壁からは、かすかに木の香りが漂ってくる。

 この押し入れの中に、照明はない。両端の部屋同士をつなぐ戸、そこからわずかに漏れ入る光だけだ。それも布団に遮られない、米粒ほどの小さなもの。

 だが、人が近づいているのを確かめるには十分だ。あの明かりが消えたときは、戸外のすぐそばまで、接近したものがいるという証。

 せわしなく左右へ目を向けながら、友達はその瞬間が訪れやしないかと、どきどきしながら待ち受けていた。


 どれほど時間が経っただろう。

 階段を上り下りする音は、何度か耳にした。それでもこの押し入れ付近まで、足を運んでくるものの気配は、なかなかなかったんだ。


 ――さすがに勝手知ったる自分の家で、押し入れのような私物の多いところに紛れるのは、ずるいやり方だったか? 人の家の戸は開けるのをためらうもんな。


 そう思いつつも、友達はなお動かずにいた。

 じっと聞き耳を立てるのに努め、さらにもういくらか時が過ぎていく。


 左へ顔を向けると、戸のすき間の光が、ほんのわずかだけかげり、また戻った。

 誰かが戸の前を横切ったんだ。おそらく、このまま戸を開けてくるはず。

 反対側へ逃げるような真似はしない。下手に大きく動くと外に音が漏れるだろうし、急ごうとすれば足元のひな人形たちを壊しかねない。

 友達にできるのは、いっそう身体を壁にぴたりとつけて、少しでも外から見えづらい角度に退避していくことのみだった。

 体育座りで足をかかえ、頭もその中へ潜らせつつ、背中をますます木でできた壁へ寄りかからせていく――。


 と、いきなり背中の支えが消えた。

 ごろりと、丸まった姿勢のまま、背中が床に触れるのを感じ、目を開けると自分は仰向けに倒れていたんだ。

 おかしい。あの押し入れの中は、せいぜい足を伸ばせるほどの余裕しかないはず。それがどうして自分は、こうして背中も伸ばして寝転べるんだ?


 真っ先に思い当たったのが、壁の破壊。

 体重をかけた自分の背中が、押し入れの壁を破ってしまったのだと。これまで背中に触れていた壁が木製なだけに、可能性はあった。

 けれど身を起こして見る足元には、開いているべき穴がない。そのうえ、手をついた床は不自然に沈む感触があって、つい視線を落としてしまう。

 ここにはわずかな明かりもない。手をついたところの色も形も分からなかったが、友達が経験の中から想像したのは、たっぷりと厚みを持ったスポンジだったらしい。

 ただし、たっぷりと濡れたスポンジだ。手を離すとき、ぐちっぐちっと耳障りな水音が耳を打ったからだ。


 漂う臭いもおかしい。

 先ほどまで鼻の中を満たしていた木の香りはどこへやら。いまはもはや、誰かが用を足したばかりのトイレに入ってしまったかのような、「かぐわしさ」に満ちている。

 耳を澄ませると、頭上や背後で心臓が何倍も大きくなったかのような鼓動が、断続的に身体を震わせてくる。尻をあげようとして、とんと頭にぶつかってきたのは、やはりスポンジに似た弾力ある天井だった。

 だが、今度は触れて弾かれるたけにとどまらない。

 皮を破った果肉のように、ぶしゃっと飛び出た頭上からの液体が、しとどに身体中を濡らした。

 これが痛ささえ覚えるむずがゆさだったらしい。

 身体中を濡らされ、しかも遠慮なくそこかしこで首をもたげる痛みたち。まだ幼い友達が我慢できるはずがなく、大声でわめきながら足元の壁を、何度も両足で蹴りつけたんだ。


 とたん、背中をぐんと何かに押された。

 ぶつかると思った壁を足が通り抜け、ひざ、もも、腰、胸もそれに続く。

 先ほどまでの頑強な手ごたえが、まるで茂みをくぐるような違和感と共に全身が通り抜けてしまった時、新たな壁が友達の足を迎えた。

 先ほどまで隠れていた、押し入れの壁だ。同時にガラスの割れる音が盛大に響き、ほどなく戸を開けたクラスメートに発見されてしまったらしい。

 割ったのは子供の日の、兜が入ったガラスケース。つい先ほど、自分が壁に背中を引っ付けている間、隣にとどまり続けていたはずのものだった。



 脱衣所で服を脱いだ友達は、その下の皮膚が真っ赤に腫れているのを見て取った。入念に洗い落としても、痛みが引くのには何日もかかったらしい。

 その日の体験を親に話しても、簡単には信じてもらえず。ただガラスケースを割った事実のみで、しつこくとがめられてしまったらしい。

 だが、友達一家はそれから3年も経たないうちに、家を引き払うことになる。

 家の中の傷みが急速に進んだためだ。掃除のために少し家具をずらしてみると、そこの板や壁が変色、腐食していて、よく今まで家具たちを支えられたものだ、という重症なものまで見られた。

 しまいには一階と二階をつなぐ階段たちも、誰が体重を乗せても、まるで紙でできているかのように、もろく穴が開いてしまうほどに。これではとても住むことはできないと、引っ越しする判断を下したようだ。


 友達はあの日、自分が入り込んだ場所が、家の臓器をおさめる場所だったんじゃないかと思っている。

 目に見えない小さな病巣が人の身体から命を奪いとるように、あのとき頭で突っついて開けてしまった小さな傷が、家に死を呼び込んでしまったんじゃないか、とね。


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