明日の夏祭りの誘い方
夏ってもっと涼しかった。気がする。
山を登る彼女はとても美しかった。
今時白いワンピースで麦わら帽子を被る姿は幼いようにも見えるが、身長がそれなりの年齢であることを思い出させる。と言っても、僕よりも背丈は小さいのだが。
山を登ると言っても、山頂にある神社を目標に少し苔むした医師の階段を上がっているにすぎない。森に挟まれた影の道を、彼女を追って進む。
下で見た鳥居と同じものが、目の前へ徐々に徐々に大きくなってきた。いくら日陰といえども、少し動けば汗がにじむ季節に、万年床のように本ばかり読んでいた僕は、息切れを起こしながらもなんとか彼女がいる場所へとたどり着いた。
蝉の声は聞くだけで熱が出てしまう。境内は光を遮るものがない。日陰を探そうと言うと、彼女は「もう少しだけ」と返し、登ってきた階段の入り口を見ている。
しばらく立っていると、少しばかり重力がきつくなってきたので、階段を椅子に見立てて腰を下ろした。彼女も同じ体制になる。
何か話すということはしない。
彼女は分からないが、僕はつい先ほどのことを思い出していた。
昼食を食べ、勉強会という名の丸写し大会は後半戦であった。長期休みくらい勉強をさせないでほしい。僕がやってきた半分の課題を見せ、手を付けていないもう半分を見せてもらう、という作戦はほぼ同じタイミングで終了した。良い戦法だったのだろう。祝杯のオレンジジュースをお互い飲み干したところで彼女はこう言った。
「夏祭りの下見に行こうよ。」
はて、夏祭りの下見とは何ぞや。と一瞬思ったが、まあ気分転換には良いだろうと思い支度をした。
夏祭りは一週間後の夕方から行われる。出店が並び、提灯が吊られて、花火が打ち上げられるといういたって一般的な祭りである。下見なんて必要ないはずである。
なんで下見をするのかを聞いた僕は、やはり馬鹿に違いない。彼女と言えば、こちらを見る目がジトっとしており、いかにも睨んでいるという瞳になっている。
「毎年私からなんだけど…今年は君から言ってくれてもいいんじゃない?」
白状しよう。この時季になると夏祭りに誘ってくるのは彼女からだった。それに安心しきって口を出さずにいた僕は、ヘタレ野郎である。お互いの関係が悪いほうに変わってしまうことが、正直言って怖かった。
しかし、そんな理由で彼女を待たせるつもりなのか。男から気持ちを伝えないでどうするのか。
そう。僕は彼女へ伝えなければならない。
しばしの沈黙。風が木々を揺らし、ざわざわと音を鳴らす。...覚悟はできた。
「僕と夏祭りに付き合ってください。」
その後、夏祭りの終わり際に、また一つ大きすぎる決心をして、似たようなことをすることになったことを、とやかく語るつもりはない。と、娘に聞かせると「えー」という可愛らしい批判が飛んで来たのだが、彼女改め、妻が近くにいるのでこんな小っ恥ずかしい話をしてしまっては身体が持たない。さらに時間も無くなってしまう。夏祭りに遅れるという大義名分を使い、会話を強引に終わらせた。
昔は二人だったが。今では三人。
しかし、今でも夏祭りへ誘うことは私の役割になっている。