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世界に名を馳せるまで  作者: niket
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第十四話 孤独な戦い

「お、おい。効いてないんじゃないか?」


 不安そうにバルドが聞いてくる。しかし、まだ気にする段階ではない。ワロウは首を横に振った。


「長い間溜まった毒がそう簡単に抜けるわけねえだろ。効き目が出るのにはしばらく時間はかかる」

「娘が目を覚ますまでどれくらいかかりそうかね?」

「わからん。この薬の残りを何回かに分けて投与しながら様子を見るしかないな」

「…もどかしい気持ちはあるが、仕方ないのだろうね」


 ワロウはその後も淡々と少しずつではあるが薬を飲ませ続ける。そして薬を投与し終わると、ペンドールは気が抜けたかのようにその場へと座り込んでしまった。


  それを見て慌ててバルドがペンドールを支えに行く。


「だ、大丈夫ですか!?」

「いや、…すまない。少し気が抜けてしまったようだ。これからが本番だというのにね」


 ペンドールは苦笑しながら、震える足を叱りつけて、バルドに支えられながらなんとか立ち上がった。その様子を見てワロウはぼそりと呟いた。


「いいんじゃねえか」

「え?」

「取り敢えず一山乗り越えたんだ。気ぃ張りすぎても仕方ねえさ。それに...」


 ワロウはペンドールに会ったときから一つ気になっていることがあった。それは彼の顔色の悪さだ。何か塗り物をして誤魔化しているようだったが、これまで何人もの冒険者を診てきたワロウには通用しなかった。


「顔色、あまり良くないぜ。今のうちに少し休んでいた方がいい」

「…顔色が悪い、か。そう見えるかね?」

「ああ。死にかけのゾンビみたいだ」

「はは...ゾンビはもう死んでいるじゃないか...死にかけもなにもないだろう?」


 そう言って力なく笑うペンドールはやつれて見えた。娘を助けるまで奔走していた先ほどまでとはまるで別人だ。それまで何とか保っていたものが、決壊したかのようだった。


「もう休め。目を覚ました娘にそんな顔見せるんじゃねえよ」

「...ありがとう。では...少し休むとしよう」


 そして、ペンドールはその場にあった椅子に深く座り込むと、大きく息を吐いた。そしてうつむくと静かに泣いた。声は出さなかったが、肩が震えていた。


 娘が死んでしまうかもしれない。そんな恐怖と今までずっと戦ってきたのだ。そこからようやく解放されそうになっている今、彼の心情は複雑に揺れ動いているのだろう。

 

 ワロウとバルドはペンドールが泣いていたのに気づいていたが、声をかけなかった。ペンドールには一人で感情を整理する時間が必要だ。そう判断したからである。


 その後、ペンドールはそのまま眠ってしまった。今、彼に必要なのは休息だ。ワロウもバルドも無言でその様子を見守っていた。そうこうしている間に、娘の方は回復してきたようだった。


 意識はまだ戻っていないが、それまで真っ白だった顔に僅かに赤みが戻ってきている。

これなら目を覚ますのはそう先の話ではなさそうだ。

 

 それからしばらくして、ワロウは二回目の薬の投与を行った。その頃にはペンドールも目を覚ましており、投与の様子をじっと見つめていた。


「大分容態も安定してきたみたいだな。取り敢えず今日のところはこれでいいだろう」

「…ありがとう。君にはなんてお礼を言ったらいいかわからないよ」

「それにはまだ気が早いぜ。意識も戻ってないしな」


 ワロウは窘めるようにそう言った。この治療だってまだまだ先は長いのかもしれないのだから。


「…そうかもしれない。でも、この短時間でここまで回復したんだ。明日には目を覚ましてもおかしくない」


"まあ、私の願望が大分入っているのは確かだがね"そう言ってペンドールは笑った。


「…明日も一応診させてもらう。それで問題なければ後は大丈夫だろう」

「わかった。宿の門番には伝えておくよ」

「じゃ、オレは戻らせてもらうぜ。何かあったらラルムの宿まで連絡してくれ」


 ワロウのその言葉を聞いたバルドは少し驚いたようだった。


「ラルムの宿って…お前、そんなとこに泊まってたのかよ」


 バルドが驚いていたのはワロウの泊まっている場所のことだった。

 ラルムの宿はこの街の中でもかなり安い方の宿でお世辞にも泊まるのにいい環境とは言えないのだ。


「うるせえな。こっちは金欠でひいひい言ってるところなんだよ」


 ワロウだってわざわざそんなところに泊まりたいわけではない。ただ、先立つものが無い以上仕方がないのだ。なにしろここに来てからEランクの、しかもソロでできる依頼しか受けていない。


 元々そこまで余裕があったわけではないワロウの懐事情は火の車だった。


 そんなワロウとバルドの会話を聞いていたペンドールはいい案を思い付いたという風に手を叩いた。


「そうかそうか。だったら、ワロウ君にもここに泊まってもらおう。もちろん、費用は私が負担するよ」

「何だって?」

「そうだ! それでいいじゃないか。お前だってこの宿に泊まってみたいだろ?」

「...まいったな」


 確かにワロウもこの町で一番高価なこの宿に興味がないわけではなかった。だが、人の金で泊るというのも何となく落ち着かない。


 ワロウが悩んでいると、バルドがこっそり目配せしてきた。ここに泊ってほしいということだろう。それに、向こうが払うと言っているのに断るというのも少し角が立つだろう。ワロウは提案を受け入れることにした。


「わかった。じゃあお言葉に甘えさせてもらおう」

「そうか! それは良かった。では、受付に話を通しておこう」


 ワロウが提案に乗るといった瞬間に、ペンドールは破顔した。確かにペンドールの娘は回復してきたとはいえ、まだ予断を許さない状況だ。ペンドールとしてもワロウが同じ場所に泊っていたほうが安心できるのだろう。


「じゃあ、ちょっと荷物を取ってきていいか?」

「ああ、もちろん構わないよ」

「おっと、じゃあ俺も手伝うぜ」


 ワロウが荷物を取りに宿に戻ると言うと、バルドが手伝ってくれると言い出した。だが、そもそも旅をしているワロウの荷物は一人で十分に運べる量だ。


「いや、そんなに荷物はないから...」

「まあまあ。そう遠慮するなって!」


 バルドは手伝いはいらないと言おうとするワロウを遮ってまでついてこようとする。ここまで言うということは何か話したいことでもあるのかもしれない。


「...じゃあ、着いてきてもらうか。あんたは一人で大丈夫なのか?」


 一応ペンドールにも大丈夫か聞いてみる。バルドがいなくなると護衛できる人間がいなくなってしまうからだ。


「そんなに時間はかからないだろう?それに...」


 そこでペンドールは声を潜めた。


「護衛はバルドだけじゃあない。心配しないでくれたまえ」

「...成程な。流石はやり手の商人さんだ」


 ペンドールの口ぶりから察するに、護衛は見えないところにもいるようだ。目立つところにCランク冒険者のパーティを置いておいて、そこに気を取られていると裏から...ということなのかもしれない。二重も三重も防衛策をめぐらせるやり方は流石と言えるだろう。


 そんなこんなでバルドとともに宿から出てきたワロウ。さっそくバルドになぜ着いてきたのかを尋ねてみる。


「じゃ、聞かせてもらおうか?なんか話があるんだろ?」

「相変わらず察しがいいな、お前は。...まあ、そんなに大したことじゃないんだが」


 そう言うとバルドはワロウに深々と頭を下げた。いきなりのその行動にワロウはうろたえる。


「おいおい、いきなりどうしたよ?」

「いや、改めてお礼を言っておこうと思ってな...ありがとう。ワロウ。お前のおかげで助かった」

「なんでまた...さっきも聞いたぜ?」


 ワロウが不思議そうな顔をすると、バルドは苦笑した。


「さっき...泣いてただろ?あの人は」

「...ああ。お前も気づいてたんだな」


 娘に解毒薬を飲ませたときの話だ。あの時ペンドールは気が抜けたように座り込んでしまい、そして泣いた。いろいろな感情の詰め込まれたその涙にはワロウもなにも声をかけることができなかった。


「一人で戦っていたんだ、あの人は。お嬢さんが倒れてからずっとな」

「....」

「もちろん、俺だってあの人がつらいことはわかっていた。他の使用人だってそうだろう。...いや、”わかっていたつもりだった”が正解か」


 そういうバルドの顔には後悔が浮かんでいた。


「あの人は表面上は気丈に振舞っていた。だから俺たちも気が付かなかったんだ。あの人があそこまで追いつめられているなんか全く思ってもみなかった」

「...確かに。演技は上手いだろうな。気が付かなくても仕方ねえんじゃねえか」


 商人だったら多かれ少なかれ多少の腹芸はできるものである。特にペンドールほどのやり手となれば見抜くのはそう簡単ではないだろう。

 

「だから、驚いたんだ。あの人が座り込んじまったときに、な。あのとき、俺があの人を支えただろ?」

「ああ、そういやそうだったな」

「...すげえ軽かったんだ。よく思い返していれば、お嬢さんが倒れてからあの人がまともに飯を食ってるところを見たことがなかった。そりゃやつれるのも当然だ」

「...無茶なことしやがって」


 ペンドールは相当無理をしていたようだ。娘のことが気になるあまり、食事もろくに取っていなかったらしい。また、睡眠だってろくにとれていなかったのだろう。ワロウと会ったときにはすでにペンドールの体はボロボロだったのだ。


「しかも、あの人はまた立ち上がろうとした。膝を震わせながら、まだ始まったばかりだってな」

「...」

「でも、お前の言葉であの人の張りつめていた糸が切れた。いい意味でな。あのままだったらいつか取り返しのつかないことになっていたかもしれない」


 食事も睡眠もとっていなかったペンドール。そのボロボロの状態で相手と戦おうと思っても無理がある。逆にやられてしまう可能性だって高かった。


「だから...ありがとう。ワロウ。お前のおかげでお嬢さんだけじゃなく、あの人も助かったんだ」

「...元はと言えばお前がオレを連れてきたんだ。お前の功績でもあるんじゃないか?」

「なーに言ってんだか。照れ隠しならもう少しうまくやれよ」

「うるせえ。黙って歩け」


 ワロウは昔から面と向かって感謝を示されると照れてしまうのである。あまりよくないとは思っているのだが、それが性分なので仕方がない。

 そのままワロウの宿へと向かっていた二人だったが、その途中でワロウがポツリとつぶやいた。


「...バルド。少し気になったんだが」

「うん?なんだ?」

「お前とペンドールはどういう関係なんだ?ただの依頼人と冒険者ってわけじゃあないんだろ?」


 先ほどまでの会話を考えてみると、ペンドールとバルドは深い関係がありそうだと思ったのだ。確かにただの依頼人であればあそこまでペンドールのことを気にすることは無いだろう。


 その質問に対して、バルドは少し困ったように笑った。そして、少し逡巡した後に語り始めた。彼とペンドールの関係について。


「そうだな...まあ、話してもいいだろう。俺とペンドールさんが会ったのは俺がまだ駆け出しの頃だ...」

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