第七話 薬草を求めて
ワロウと別れた後バルトはすぐに戻ってきた。今身内の人間の中で誰が敵か味方かわからないので、ペンドールにのみ伝えたとのことだった。
一人だけではできることも少ないだろうが、あの男はいかにもやり手という雰囲気だったし、きっとうまくやってのけるだろう。
「で...とりあえずお前が護衛ってことでいいのか?」
「そうだ。悪いな、ちょいと前にほかのメンバーはお嬢さんを治療する手段を探して町を出て行っちまったんだ。今日のところは俺だけで勘弁してくれ」
「おいおい、Cランク冒険者が護衛なんて十分すぎるほど豪華な話だぜ」
申し訳なさそうな態度のバルトに対し、ワロウはおどけたように首をすくめる。実際Cランク冒険者一人を護衛で雇ったら金貨5,6枚はすると思った方がいい。それから考えるとかなり豪華な護衛と言えるだろう。
「そうかい? そう言ってくれると助かるぜ。...で、どこへ向かうんだ?」
「町の近くに沼があっただろ? そこなら生えてるかもしれんと思ってな」
ワロウが心辺りのある場所を告げると、バルトは難しい顔をした。
「沼か...あそこはリザードマンが出るぞ。群れで来るから俺も守り切れんかもしれん。大丈夫か?」
「それに関しては問題ないぜ。たかがEランクの魔物だろ?」
「今はお前もEランクだろーが。それに言っちゃあ悪いが、お前、そこまで強くないだろ?」
バルトとは昔一緒に依頼を受けてディントンの森を抜けたことがある。当然ワロウのある程度の実力を把握しており、ワロウにリザードマンの相手は厳しいのではないかと判断したのだ。
バルトの判断は間違っていない。今までのワロウだったら、一対一でなんとか互角に持ち込めるかといったところだった。だが、腕輪の力を得た今のワロウでは話は変わってくる。
とはいえここで馬鹿正直に腕輪の力で強くなったので大丈夫ですなんて言っても、怪しすぎるし信じてもらえるわけがない。なので少し濁して伝えることにした。
「それに関しては問題ない。少し奥の手があるからな」
「...本当だな? 信じるぞ? 後になってやっぱり駄目でしたなんて言ったら命にかかわるからな?」
「大丈夫だ。ヤバそうなら正直に言うって」
「...ホントに頼むぜ」
ワロウは大丈夫だと伝えたが、バルトは相変わらず不安そうな様子だ。
残念ながらワロウの言い分はあまり信用されていないらしい。まあワロウくらいの年になっていきなり強くなるなんてことは普通ありえない。
むしろ年とともに体が動かなくなっていくのが普通なのだ。バルトが不安がるのも致し方がないかもしれない。
不安そうなバルトをなだめつつ、沼へと向かうワロウ一行。沼はそれほど町から離れていない。とはいっても2時間程度はかかる道のりなのだが。
整備された道を通って沼の近くまで向かうが、魔物らしい魔物には遭遇しなかった。整備されている道の近くは定期的に魔物討伐が行われているからかもしれない。
「どうだ?この辺には生えてそうか?」
「見当たらねえな。もう少し沼の近くに行かねえと無さそうだ」
「…仕方ないな。行くしかないか」
ワロウが探し求めている薬草は沼の近くの常にじめじめしている場所に生えていることが多かった。
だが、沼の近くまで行くということはそれだけリザードマンに遭遇する確率が上がる。二人だけでリザードマンの群れに遭遇するのはあまり望ましいことではないが、そうもいっていられない。
ワロウとバルトはさらに沼の方を目指して進むのであった。
しばらく進むと沼が見えてくる。ここまで来るといつリザードマンと出くわしてもおかしくない。
バルドも少々焦りが出てきたのか、不安そうな様子でワロウに尋ねた。
「...どうだ。ワロウ。もう沼はすぐそこだが」
「まあ待て。この辺にあるとは思うんだが...」
ワロウとバルトはもう沼のすぐそばまで移動していた。ワロウの予想ではこのあたりのじめじめとした環境に生えているのは間違いないと思ったのだが、パッと見渡した限りでは見当たらなかった。
(...クソ、どうなってやがる...この辺では自生してねえのか)
(“アレ”も見当たらねえし...ダメか?)
じめじめしたところに生えていると言っても、地域によって生える生えないということもある。このあたりではもしかしたら自生していない種類なのかもしれない。そんな嫌な予感がワロウの脳裏をよぎった。
とはいえ、この付近で目当ての薬草が生えていそうなのはここくらいしかないし、ディントンまで戻って採取するような余裕もない。ということはここでひたすらに探すしか道はないのだ。
覚悟を決めかけたその時、ワロウの目にあるものが目に入った。
(見つけたぞ...!)
「...危険だが、奥に行ってみるしかねえな」
「奥だと? これ以上奥に行ったら本当にリザードマンの群れに会っちまうぞ」
「それは百も承知だが...あそこ見えるか?」
ワロウは沼の奥の方を指さした。そこには背の高い紫色の花をつけた植物が大量に生えていた。
「何?あの紫色の花のやつか?あれが目当ての薬草なのか?」
「いや、違う。あれはドウランっていうただの雑草。探してるのはラモサって薬草だ」
「なんだよ。じゃあ関係ないじゃないか」
「そういうわけでもねえんだな、これが」
「どういうことだ?」
ブミンの毒を解毒する力を持つラモサという薬草。この植物は少し奇妙な生態を持っていた。
ラモサは寄生植物なのだ。寄生植物とは他の植物に寄生して栄養分を横取りして繁殖する植物のことである。
そして、そのラモサの寄生先としてよく見られるのが、先ほどワロウが指さしたドウランという植物だった。つまりドウランが多く生えている場所にはラモサも生えている可能性が高いのだ。
「おいおい、先に言ってくれよ。だったらそのドウランっつー奴を探してたぜ」
「悪い悪い。忘れてた。...とまあそんなわけでこの奥にある可能性が高いっていうわけだ」
「...そういうことならやるしかねえな。まあリザードマン3体までなら俺一人で相手にできるから任せてくれ」
バルトは軽く3体まで相手にできると言うが、いくら相手がEランクの魔物と言えど、同時に3体相手にできるのはかなりの実力がないと厳しい。流石はCランク冒険者といったところだろう。
「ヒュー! 流石はCランク冒険者。言うことが違うねえ。頼りになるぜ」
「茶化してないでさっさと行くぞ。時間はないんだろ?」
「そうだな。さっさと行ってさっさと帰ってこよう。そうすりゃ奴らの顔をおがまないでも済むかもしれねえからな」
沼の奥の方へと向かっていくと、奥に見えていたドウランの花が目の前まで見えてきた。
さっそくワロウは辺りのドウランの根元当たりを確認し始める。ラモサはそこまで背の高い植物ではない。ドウランの根元にちょこんと生えているのだ。よく目を凝らしていないと見逃すかもしれない。
「結構小さいんだよな...根元当たりに生えてるはずだが...」
「...待て。どうやらお客さんみたいだぞ」
バルトの言葉にワロウがハッと顔をあげると、奥の方の茂みが揺れて特徴的なとさか頭が顔を出してきた。間違いない。リザードマンだ。
どうやら楽に終えられる仕事ではなくなってしまったらしい。迫りくる脅威に対してワロウは無言で武器を構えたのであった。




