第六話 病気に見せかける手法
「あれは...病気なんかじゃない。...毒だ」
「ど、毒...? なんだと...」
バルトはあまりのことに絶句した。無理もないだろう。何人もの薬師が病気を突き止められなかった原因は病気ではなく毒によるものだったというのだから。
「本当かよ...? 一体なんの毒だっていうんだ」
「ブミンっていう木の実の毒だ。においでわかった。娘さんの口元からそのブミンの匂いがしたんだ」
「だ、だったらさっき言ってくれよ。なんで黙ってたんだ」
バルトはワロウがあの場所でなぜそのことを話さなかったのか疑問に思ったようだ。原因が分かったならばそこですぐに皆に話せばよかったではないかと。
当然ワロウがあの場所で話さなかったのは理由があった。
「それを話す前に、だ。ブミンって聞いたことあるか?」
「...いや、ない。有名なのか?」
冒険者は魔物の毒についてはある程度知っていることが多い。それが命取りになる可能性もあるからだ。
だが、植物の毒に関してはそこまで詳しくないことが多い。例外はワロウのように採取で生計を立てている冒険者くらいだ。
更に、今回のこの”ブミン”に関してはその中でもかなり知名度の低いものだった。
「いや、全然有名じゃない。そもそもブミンは毒性が弱いんだ。煮詰めて濃縮させてやっと人に害が出るってくらいで、正直毒殺には向いてない」
「...どういうことだ? 結局お嬢さんに使われたのはそのブミンなんだろう?」
ブミンの木の実は確かに毒性はあるが、その毒性は非常に弱い。なので、ブミン自体を知っていても、毒だということを知らない人間も多い。
そのブミンを用いて人を殺そうとするならば、相当時間がかかることは間違いない。他にももっと強い毒性を持つ植物は大量にある。わざわざブミンを使う必要性はないのだ。
「そうだ。ブミンは確かに弱い毒しか持っていないが...その毒性の低さを逆に利用することもできる。今回みたいにな」
「...どういうことだ」
「お前らも勘違いしてただろう? これは病気だってな」
「...!!」
ブミンの毒は弱い。だから普通に摂取したとしても体調を崩すくらいの効果しかない。だが、ずっとその毒を受け続ければ徐々に体が弱っていき、当然致命的なところまで至ってしまう。今回のように。
そして、その体が弱っていく様子はまさに病気の症状と酷似していた。だからペンドールたちも娘は病気なのだと勘違いしてしまったのだ。
「ブミンの毒は徐々に体を弱らせていく。まるで病気みたいにな」
徐々に体が弱くなっていって最終的には死ぬ。それは病気の症状と酷似している。そこから誰かが毒殺したなんていうことを推測するのは非常に困難だ。
「...そういうことか」
「後、もう一つ大事なことがある」
「なんだ?」
「ブミンの毒は継続して与え続けないと効果が出ない。...後はわかるだろう?」
「...身内が関係している可能性が高いってわけか」
ペンドールの娘を亡き者にするというだけならば、それこそ襲撃でも何でもかけた方が手っ取り早いし、手間も少ない。
だが、今回の犯人は毒という遠回しな手段を使ってきた。ペンドールの周囲には常にバルド率いるCランクパーティがいるはずなので、襲撃を仕掛けにくかったというのもあるのかもしれない。
そして、その毒は継続に与え続ける必要がある。外部の人間がそう簡単にペンドールの娘に毒を盛ることができたとは考えにくい。
つまり、今回のこの件は内部の人間が関係している可能性が高かった。病死という判断されれば、波風立てずにペンドールの娘を葬ることができる。それによって利益を得る人間がいるのだ。
「くそ、いったい誰が...」
「...まあオレはペンドール商会の人間関係に関しては全く知らんからな。誰が犯人かってのは検討もつかん。ただ...」
「ただ?」
あの部屋に入ったとき、ワロウはある違和感を感じていた。
「あのマリーっていうメイドは少し怪しい。今日、あの部屋は香水の匂いがきつかっただろ? あのメイドが香水でブミンの匂いを誤魔化してたのかもしれん」
「マリーか...! 確かに少し挙動が怪しいとは思っていた。今すぐにでも戻ってとっちめて...」
バルトはいきり立った様子で、いきなり立ち上がった。今にも宿へ戻って糾弾を始めそうな勢いだ。が、ワロウがそれを押しとどめてもう一度席に座らせる。
「落ち着けって。まだあのメイドが犯人だと決まったわけじゃない。それになんでオレがあの場所でこのことを話さなかったかわかるか?」
「あ、ああ...すっかり忘れてたぜ」
バルドはすっかり頭に血が上ってしまっていたようだ。このまま宿に突撃されればワロウのやったことが無意味になってしまう。
「やれやれ...身内の犯行ってことはあの場所に犯人もいた可能性がある。そいつに毒殺がバレたと気づかせたくなかったんだ」
「...わからん。どういうことだ」
バルトは難しそうな顔をして考え込んでしまった。なぜわざわざそのことを隠す必要があるのかわからないようだ。
「...いいか? お前が誰かを毒殺しようとしていて、そのことに気づかれたらどうする?」
「そりゃ、逃げるか何か... むっ...そういうことか!」
「そうだ。逃げられても面倒だし、下手すりゃ誰かを口封じ...なんて可能性もある。だから向こうが気づかないうちに証拠をつかんで逃げられないようにしておけ」
「成程な。...あの一瞬でよくそこまで頭が回るな」
「ま、ない頭でも回さねえと今まで生き残れなかったからな」
ワロウが自分の頭を指差して冗談めかしながらそういうと、バルトは苦笑した。
「お前がない頭だったら、俺なんかはどうなっちまうんだよ...それにしても」
「うん?なんだよ」
「いや、なんでこの町の薬師たちは毒殺だって気が付かなかったんだ?」
「おいおい、無茶言うなよ。普通の町の薬師が毒に詳しいわけねえだろ。誰が毒殺されるんだよ?」
普通、町に住む一般人が毒にやられることはほとんどないに等しい。当然、町に住む薬師も毒に関してはあまり詳しくないことが多い。
例外としては貴族に仕えている薬師は毒に関して詳しい。貴族はいつ毒殺をされるかわからないからだ。
「そうか...確かにな」
先ほどまで怒りを隠せない様子だったバルトも少し落ち着いたようだった。冷静になったバルドは今後のことについてワロウに聞いてくる。
「犯人探しは任せてくれ…それでブミンとやらの解毒薬はあるのか?」
「あるっちゃあるが…普段使うもんじゃねえからな…そこら辺では売ってねえと思う」
「お、おい! ホントかよ!」
「まあ、取りに行けばいいだけなんだが…あいにくここには来たばっかりだからな。どこに生えてるかさっぱりわからん」
ワロウがこの町に来たのは2週間ほど前だ。 まだ、どこにどんな薬草があるのかわかっていなかった。
もちろん、採取依頼を受けていたのである程度はわかってはいたが、ブミンの解毒に用いる薬草は少し珍しく、今のところ見かけた記憶はなかった。
「参ったな…どうすりゃいいんだ…」
「…大体どこに生えてそうかは検討はつく。後は手当たり次第探すしかないな」
「…! なんとかなりそうか?」
「やってみないとわからんが、お嬢さんの様子を見るに、あまり悠長なことは言ってられなさそうだからな」
そもそもこの町の薬師はブミンの毒を知らなかったのだ。当然その解毒薬など知っているわけがない。ワロウ自身で見つけなくてはならないだろう。
「すまない、頼む…! 何か俺に手伝えることはあるか?」
「そうだな…だったら護衛を頼む。採取中に魔物がでても困るんでな」
「わかった。一回宿に戻ってこのことを伝えてくる。少し待っててくれ」
(さて...ここでも薬草探しをすることになるとは思ってなかったが...)
(馴染みのない場所っつーのが、ちっと不安ではあるが...)
「まあ、何とかなるだろう」
こことディントンにいた頃とは勝手が違うだろう。だが、それを理由に手をこまねいている時ではない。
ワロウは走り去っていくバルトの後ろ姿を眺めながら一つ気合を入れなおすのであった。




