第三話 バルドの相談
酒場に入ると、さっそく店員が話しかけてきた。それに対してバルトが話している間、ワロウは辺りを観察していた。まだこの町に来てから酒場には来たことがなかったが、なかなか悪くない雰囲気だ。
もし、金欠でなければ足しげく通うのに...とそんなことを考えていると、店員とのやり取りが終わったようで、バルトが戻ってきた。
「悪い。待たせたな。奥の方に個室があるらしいからそこを借りた。そこでゆっくり話そう」
そう言うとバルトは店の奥へと向かっていった。ワロウがそれについてゆくと店の奥は一つ一つ個室のようになっていた。ワロウたちのように内緒話をする用なのか、もしくは貴族が来るようなこともあるのだろうか。
ワロウがそんなことを考えていると、バルトが一番奥の部屋の扉を開ける。するとそこは非常に豪華な装飾が施されており、そこにある机や椅子は素人のワロウの目から見てもかなりの逸品であることがわかった。
先ほどの貴族用というワロウの推理はあながち間違いでもないようだ。
「なんだよここ...酒場じゃねえのか?」
「表では普通に酒場をやってるんだよ。奥ではこうやって内緒話用の個室があるのさ」
「...こんな場所、よく知ってるな」
普通に酒場に来ただけでは、こんなところがあるなど気づきもしないだろう。だからこそ内緒話をするのに適しているともいえるが。
「まあ、こういうところはどこの町にもあるぜ。Cランクともなると色々と内緒話をする機会が多いんでね。新しい町に来たときはこういう場所を真っ先に確認するのさ」
「ふうん...ディントンにはなかったと思うがな」
「まあね。あそこは田舎だからさ...おっと馬鹿にしてるわけじゃないぜ?」
どうやら、バルト自身はこういう場所を何度か使用したことがあるようだ。ワロウは今までそこまで機密性の高い依頼を受けたことがなかったためこういう場所があることを知らなかった。
ワロウとバルトは部屋の中に入り込むと、どっかりと腰を下ろした。その椅子はふかふかでワロウが今まで座った椅子の中で一番柔らかかった。
逆にそのせいで落ち着かずもぞもぞしているワロウを見て、バルトは珍しいものを見たと笑った。
「ワロウ、あまり高級な椅子に慣れてないのか?」
「うるせえ。こちとら貧乏中年冒険者なんだ。Cランクの上級様とは生きてる環境が違うんだよ」
「まあまあ、そうひねくれるなって」
DランクとCランク。たった一ランクしか違わないが、ここには雲泥の差がある。
冒険者は普通Dランクで一人前とされる。その一人前からさらに一歩とびぬけた存在がCランクだ。
AランクやBランクは才能のある天才がたどり着く領域なので、普通の冒険者たちにとっての最高ランクとはCランクと言っても過言ではない。
当然報酬もかなり多くなってきており、Dランク冒険者とCランク冒険者が稼ぐ金額は2倍から3倍程度まで違うと言われている。
そこまで差があると住んでいる世界が違うと言ってもいいだろう。Cランク冒険者はちょっとした富豪なのだ。
他愛のない話をしていたワロウたちであったが、ここに移動してきたのは内緒話をするためである。
早速本題に戻ろうと、ワロウは話を切り出した。
「それで?詳しい話ってのはなんだ」
「...ここからの話は他言無用で頼むぜ」
「わかってるさ」
バルトの話によると、今彼らはペンドール商会と呼ばれている商会の専属護衛として雇われているとのことだった。
そこで、様々な町に移動しながら商売を続けていたのだが、この町に来た際に、その商会の主ペンドールの娘が体調不良になってしまったらしい。
最初のうちは風邪でも引いたのだろうと考えていたのだが、容態は一向に回復せず、しばらくここで滞在する羽目になってしまったようだ。
(成程な。なんでこんな何もない田舎町にいたのかと思ったが、そういうことだったのか)
(それにしても...ペンドール商会...ね)
「ペンドール商会...Cランクのお前を雇えるってことはそこそこ儲かっているみたいだな」
「うん? ....まあ、そういうことになるか。それがどうした?」
ペンドール商会。ワロウが昔実家の商家にいたころに出来た商会だ。ワロウの実家とも商売をしていたので、その商会のことは知っていた。
だが、それはもう20年以上前の話だ。それに、向こうからしてみれば昔取引していた商家の3男のことなど覚えてないに違いない。
「いや...なんでもない。昔似たような名前の商会を聞いたことがあってな」
「ふうん...?」
バルトは意味ありげにワロウのことを見てくるが、正直、特に話すようなことは無い。そこの商会の主の名前と顔を知っているといった程度だ。
「そんなことより部外者のオレに話していい内容なのか? やりようによっちゃ悪用できるぜ」
大商会の主の娘が病気などというのは、本来ならば外に漏らしてはいけないはずの情報だ。ワロウも言ったようにいくらでも悪用できてしまうからだ。
例えば、その病に効く薬を売ってやろうなどという普段なら引っ掛かることもないであろう詐欺まがいの行為でさえ、家族が助かるならと払ってしまうかもしれない。金があるところには亡者たちが集まるというのは世の常である。
ワロウがそんな指摘をすると、バルトは何がおかしかったのか笑いだした。
「はっはっは! 本当に悪用しようとしてる奴はそんなこと言わねえよ...それに」
「それに?」
「お前が信用できる人間だっていうことはわかってるからな。俺だって見境なく誰にでも話してるわけじゃねえよ。それくらいの分別はある」
「信用...ねぇ」
そこまでバルトとは深い親交があったわけではないのだが、どうやらワロウのことを信用してくれているようだ。天下のCランク冒険者がそうまで言ってくれるのだ。当然悪い気はしない。
「それで? オレはどうすればいい。そこに向かえばいいのか?」
「うーむ...まあ、一応事前に言っておいた方がいいか。悪いがここで少し待っていてくれ。多分すぐにでも面会できると思う」
「やけに焦るじゃねえか。...結構厳しいのか、容態は」
「...おそらくお前が思っているよりかはよくないと思う。まあ、実際にあって確かめてみてくれ」
そういうとバルトは足早にその場を立ち去った。商会の主に面会許可を取りに行ったのであろう。
その一方でその場に取り残されたワロウは、しばらくそのまま豪華な部屋を楽しんでいたが、次第に思考はその病気の娘の方へと移っていった。
(薬が効かない...か)
薬が効かなくなるといったことはつい最近ディントンの町で体験した出来事と非常によく似ていた。変異種の大蜘蛛のことである。
奴はその変異した毒によって、ベルンのパーティメンバーアデルと駆け出し3人組のシェリーを死ぬ寸前まで追いつめたのだ。
(いや...だが、今回はさすがに違うか)
まさか、大商会の娘が直接魔物に噛まれるような事態はありえないだろう。わざわざ娘をそんな危険なところへと追いやるわけがない。
では、いったいなんなのだろうか。先ほどはそこら辺の薬師よりも詳しいと豪語したワロウだったが、実は病気に関してはそこまで詳しくない。
ワロウが作る薬は大体が対魔物用のもので、一般人が使うような薬はほとんど作ったことがないのだ。
( 引き受けたはいいが...病気は正直わからん)
(推薦欲しさに少し焦っちまったか...)
ワロウが心の中で反省していると、店の店員らしき人物が扉を開けて入ってきた。手には飲み物と軽食らしきパンを 持っている。
( うん?なにも注文してないよな?)
「 失礼します。軽食をお持ちしました」
「部屋、間違えてねえか?特に頼んでねえと思うが」
「いえ、先ほどバルト様が外へ出るときに ご注文されていきました。待たせるだけは悪いからこれでも食べて待っててくれ...とのことです」
「バルトが?」
(アイツ、なかなか気が利くな)
(丁度昼時だしな。行く前に少し腹ごしらえをさせてもらうか)
料理を見てみると、軽食なのでそこまでのボリュームはないが、明らかにそこら辺の普通の飯屋で出てくるようなレベルのものではない。この豪華な部屋に見合うだけの高級感あふれる料理だ。
(軽食の癖にすげえ豪華だ...)
(バルトの奴、こんなものをポンと奢れるとは相当稼いでやがるみたいだな)
稼ぎの良さそうなバルトに多少嫉妬しつつも、ワロウは食事を口に運ぶ。
その料理は見た目だけでなく味の方も抜群で、ワロウが今まで口にしたことのないような食材がふんだんに使われていた。
特にこの町に来てから金欠でまともなものを食べていなかったワロウは久しぶりのこの高級感あふれる料理に夢中になった。
(こりゃすげえ...こんなものを毎日食ってやがるのか...)
(これならオレもCランク冒険者を目指したくなるぜ...)
こんな食事をいつも食べれるのなら、Cランク冒険者になってみたいと思った。だが、その前に解決しなければならない問題がある。
(...その前にDランクに戻らねえとな。このままじゃいつまでたってもまともに稼げん)
今だEランクのワロウがはるか先のCランク云々のことを考えても仕方がないだろう。今はとにかくDランクに戻ることが優先だ。
(推薦を出してくれるとは言ったが...冷静に考えると流石に無条件ってわけじゃねえだろうしな)
推薦を出した相手があまりにも弱かったりすると、推薦を出した側もその責任を問われてしまう。まあ、無制限で推薦を出していいとなると乱用されるのが関の山なのでそれは当然の処置だろう。
そのペナルティを考えると、さすがにバルトもほいほい推薦を出すわけにはいかないはずだ。なんらかの形でワロウの実力を確かめるつもりだと思われた。
(まあ、大丈夫だろ)
あの森狼との死闘のときに得た力。剣術と身体能力の向上と回復術は今もまだ変化していなかった。
当初はいつこの効果が消えるのだろうかとびくびくしていたのだが、あれから一カ月近くたった今でも問題なく剣も振れるし、回復術も使えるままだ。
バルトが何と言ってくるかはわからないが、まあ何とかなるだろう。ワロウはそんな風にのんきに考えていたのであった。
 




