第二話 昔の知り合い
ワロウがEランクと宣告されてから一週間が経った。あれから毎日ギルドに顔を出してはいるのだが、やはり臨時パーティを組んでくれる冒険者はいなかった。
まあ、無理もないだろうとワロウ自身も思っていた。どうせ同じEランクなら中年よりも若い方がいいに決まっているからだ。
しかし、そのまま待っていても飢え死にするだけなので、Eランクのソロで受けられる依頼を受けているのだが、一人では当然討伐依頼など受けられないので、ずっと採取依頼ばかりをこなしている状況だ。
採取が得意なワロウにとってはそれでも別に構わないといえば構わないのだが、如何せん報酬が安すぎる。これでは、日々の生活を送るのがやっとで、旅に必要な路銀を稼ぐなど夢のまた夢である。
このままでは本当にディントンに戻って準備を整える必要がでてくるかもしれない。全く気は進まないが、ここでこうやって生活を送っていても、いつまでたっても路銀は稼げない。
半ばあきらめかけていたワロウに転機が訪れたのはワロウがこの町に来てから2週間経ったときであった。
ワロウがいつものようにギルドの受付にいって、臨時パーティの応募状況を聞くと、受付嬢は申し訳なさそうな顔でどこも入れてくれなかったと答えた。ここ2週間それ以外の返事を聞いたことがない。
ずっとこんなことが続いていたためギルド内でワロウはちょっとした有名人になっていた。...もちろん悪い意味で。そのせいで余計にパーティに入れず、そしてまた噂が広がって...と悪循環が続いてしまっているのだ。
(...まいったな。どうすりゃいいんだか...)
どうにかしなくてはならないとは思うのだが、方法が思いつかない。仕方がないのでワロウがいつものようにソロ用の依頼を受けようとしたとき、後ろから声をかけられた。
この町に知り合いはいないはずだが、いったい誰だろうか。ワロウが振り向いて確認すると、そこには一人の派手な鎧をつけた男が立っていた。
「ワロウ、久々だな。...なんだ、随分不景気そうな顔してるじゃねえか」
「お前は...バルトか! お前、なんでこんなとこにいるんだ?」
バルトはワロウの知り合いの中で数少ないCランク冒険者だった。なぜCランクという上級冒険者の彼と知り合いなのかというと、以前彼らのパーティが護衛依頼でディントンの森の中を抜けるときにワロウが道案内したためである。
そのときは貴族のお偉いさんとその子供の護衛をしており、万が一にもケガを負わせるわけにはいかないということで、森に一番詳しいワロウが駆り出されたのだ。
途中で森狼の群れに襲われるというハプニングはあったものの、その時はバルトのCランクパーティが難なく蹴散らしていた。
その後はワロウの道案内の元で何事もなく森を抜けることができたバルト達は、ワロウに対して非常に感謝しており、それがきっかけで仲良くなったのである。
ここ最近はディントンに来ることもなく、しばらく疎遠だったのだが、ディントンではなくここ、マルコムの町に来ていたとは思わなかった。とりあえず久闊を叙するために、ギルド内の休憩所の椅子に二人とも腰を下ろした。
「それにしても...ディントンじゃなくてまさかここでお前に会うとはな。なんでここまで出てきたんだワロウ? なんかの依頼なのか?」
「いや、依頼ってわけじゃねえ。ちょっと旅をすることにしたんでね。ここはその最初の一歩目ってところだ。お前こそなんでここに?」
「ああ、俺の方は...まあ、依頼っちゃ依頼だな。あまり詳しくは話せないが」
「ふーん。依頼、ねぇ...」
この町に依頼で来るとは一体どういうことなのだろうか。この町には特殊な何かがあるわけでもなく、Cランクという上級冒険者の彼らが来るようなところではないと思うのだが...
彼らがこの町に来た理由を考えていると、バルトがさらに聞いてきた。
「それにしても...さっき、不景気そうな顔してたが、どうしたんだ?」
「ああ、それがよぉ...今、オレEランクになっちまったんだよ」
「うん? もしかしてお前、降格喰らったのか? なんかやらかしたんだな?」
ランクは普通昇格してゆくものだが、実は降格もある。ただし、あまりにも依頼を失敗しすぎるとギルドからのペナルティとして降格させられる場合があるといった程度で、もちろん普通に依頼をこなしていれば降格することはまずありえない。降格は相当やらかさない限り起きないのだ。
「ば、馬鹿野郎!品行方正のオレが降格になんかなるわけがないだろうが!」
「品行方正ねぇ...」
そして相当やらかしたと誤解されたワロウはあわてて自分の状況を説明した。
特殊ランクと標準ランクについて。自分はDランクだったがそれはディントンの町限定で、標準ランクとしてはEランクだったこと。
Dランクに上がるためにはランク昇格試験を受けなければならず、そのためには実績を積むか推薦が必要になること。そして、今路銀を稼ぐのに苦労していることなど全部打ち明けた。
ワロウの話を聞いたバルトはふんふんと頷きながら納得した。
「なるほどなぁ...特殊ランクなんてのがあるのか...全く知らなかったぜ」
「そのおかげで自分のランクを勘違いして、今赤貧状態なんだがな」
「ふーん...そうなのか。......」
「....おい、どうした? いきなり黙り込んで」
「うん?...うん...そうだな...」
ワロウの話を聞いていたバルトだったが、話している最中にいきなり黙り込んでしまった。そしてなにやらぶつぶつとつぶやいている。
ワロウが訝し気な視線を送りながら話しかけるが、それに対する返答もどこか上の空といった様子でらちが明かない。仕方がないのでそのまま放っておくと、何かをひらめいたかのように手を叩いてワロウに話しかけてきた。
「ワロウ。その推薦なんだが...俺が出してやってもいい」
「なに!?本当か!」
推薦を出してくれるという言葉に思わず飛びついてしまうワロウ。とにかくDランクになれば多少は今の状況が改善されると思ったからである。
当然、ワロウが弱すぎると不正とみなされバルト達にも迷惑が掛かってしまうが、腕輪の力で強くなった今なら十分通用するだろう。
「とはいっても当然ただじゃあないぜ。交換条件がある」
「交換条件? なんだ?」
「ワロウ。お前って薬に詳しかったよな?」
いきなり薬の話が出てきてワロウは少し驚いた。冒険者として何か手伝ってほしいとかそういう話だと思っていたからだ。しかし、薬師としての腕前ならばワロウはそんじょそこらの薬師より腕が立つ。むしろそちらの条件の方がありがたいとさえいえる。
「ああ、まあ...そこら辺の薬師よりかは知ってると思うが...それがどうしたんだ?」
「よし、じゃあそれを見込んで頼みがあるんだ。一人、診てほしい子がいるんだよ」
「うん? 病気か何かなのか?」
「...それがそういうわけでもなくてな。いや、病気だとは思うんだが...如何せん薬師に見せても原因がわからないんだ」
ワロウの病気なのかという質問に対してどこか煮え切らない返答をするバルト。わざと濁しているというよりかは、彼自身その状況に困惑しているといった様子だ。
「原因がわからないというと? 」
「ああ、詳しく説明したいんだが...ちょっとここだと場所が悪いな」
ここはギルドの休憩スペースであり、誰でも来られる場所だ。バルトの言う通り内緒話をするのには向いていないだろう。
「とりあえず酒場にでも行くか。この時間なら客もそんなにいないだろ」
「昼間っから酒場かよ...まあ、別にいいけどよ...」
こうして、近くの酒場へと向かったワロウとバルト。彼の予想通り酒場は空いていてほとんど客はいなかった。なんでこの時間に店を開けているのかはよくわからないが、営業もしているようだ。そこでバルトから聞かされた話は完全にワロウの予想外の物だった。




