八十二話 新たな旅たち
ボルドーから何度か言われてきたことだ。何故ワロウがギルド職員になることを即決できなかったのか。その理由はわかっていた。冒険にまだ未練があったからだ。...そう思っていた。今までは。
(冒険への未練もある。だがもっと正確に言うならば)
(“アイツらとの冒険” に未練があったんだ)
ワロウの今までの人生はどちらかと言えば苦労の多い人生だったと思う。だが、その苦労の中にも楽しかったことはいくつもあった。
もちろんこの町に来てからも色々な楽しいことはあったし、ボルドーを始めとした友人たちも多くできた。決してこの町での冒険者としての生活が不満だったわけではない。...しかし
いつが今までの人生で一番楽しかったのか。一番ワロウが輝いていたころはいつだったのか。...それは、やはり彼らと一緒に冒険しているときだったのだ。
最初は苦労の連続だった。だが、その苦労ですら楽しかった。彼らと一緒にいれば。彼らと一緒に悩み、喜び、悲しみ、怒った。そして徐々に成長していった。難敵だって倒していった。パーティが一体となって冒険をしていたのだ。最高の気分だった。
だが、ワロウがパーティを抜け出してからはその感覚は久しく感じることは無かった。ずっとソロで活動していたからだ。それはもちろん自分の実力に自信がなかったというのもある。
だがそれ以上に、彼ら以上のパートナーと会える気がしなかった、今から思うとそんな理由もあったのかもしれない。
(もう一度アイツらに会いたい。そして...この未練を断ち切りたい)
当然ワロウにもわかっていた。今、彼らに会いに行ったところで一緒に冒険できるわけがない。彼らは英雄で、ワロウはただのDランク冒険者。
強さもなにもかも全く釣り合っていないし、一緒に冒険など夢のまた夢だ。だが、それでもよかった。とにかくもう一度会って話がしたかった。彼らがしてきた冒険の話を。そして自分がしてきた冒険の話を。
(そのためにはどうすればいいか...)
ここで冒険者を辞めてしまえば、彼らと会う可能性は限りなく0になる。ギルド職員になってしまえば、もはやこの町から出ることすら難しくなってしまうだろう。
今、ギルド職員になるわけにはいかないのだ。思い立ったが吉日とばかりにワロウは急いで出かける準備をするとギルドへと向かった。早めにボルドーに話しておいた方がいいと思ったからだ。
ワロウがギルドについて、ボルドーとの面会を要求するとあっさりと中へと案内された。最近ギルド長室に行き過ぎて半ば常連と化しているからかもしれない。ワロウがギルド長室に入ると、ボルドーは仕事の手を止めてこちらを向いた。
「一体何の用だ? 筆記試験の日時を変えたいのか」
「そうじゃない。....ん? いや、ある意味そうなるのか...?」
「何を言ってるんだお前は...」
ワロウが一人で自問自答していると、ボルドーがあきれたような顔をする。が、ワロウの次の一言でその顔が凍り付いた。
「しばらく旅に出ようと思う。悪いが筆記試験はパスだ」
「...なんの冗談だ? いきなり何を言い始めるのかと思ったら...」
「冗談でそんな大それたこと言わねえよ。本気に決まってる」
ボルドーは最初信じられないといった様子で驚愕していたが、徐々に現実を受け入れ始めたようで、いつもの仏頂面になった。
前に宴会のときに話したとき、いつまたここを出ていこうとしてもおかしくないと思っているとボルドー自身が言っていた。ワロウの衝撃発言を割とすぐに受け入れられたのはそんな予想をしていたからかもしれない。
「....ふん。どうせそんなことになるだろうとは思ってはいた」
「...すまん」
「いいさ。お前の未練に関しては気づいていたからな。....もう、ここには戻らないつもりか?」
「おいおい、死に場所を探しに行くわけじゃねえんだぜ。戻ってくるに決まってるだろ」
「そうなのか? 最後まで冒険をして一生を終えたいのかと思ったぞ」
「ああ...今までだったらそうだったかもな。でも、今は目的がある。それが達成できれば戻ってくるさ」
確かに今までのワロウだったらそうだったかもしれない。なぜなら自分は冒険に未練があると思っていたからだ。だが、今は違う。なんとなく冒険をしたいというあいまいな目的では無くなったのだ。
彼らと会ってもう一度だけ最後の冒険をしたい。それが叶わないでもワロウがパーティから抜けてから今までどのような冒険をしてきたのかを聞きたい。語り合いたい。その目標が達成できればワロウはここに戻ってくるつもりだった。
「目的、ねえ...まあ、詳しくは聞かん。戻ってくるならそれでいい」
「悪いな。迷惑をかける。ギルド職員の件は無しにしてもらって構わないからよ」
「馬鹿言え。最初に勧誘したのは俺の方だぞ。お前が来なかったら俺が困る。はってでも必ず戻ってこい」
「....ああ、わかってるさ」
ボルドーの温かい言葉に思わず言葉に詰まる。自分勝手にワロウが旅に出るといったのに、それを待ってくれると言ってくれたのだ。なんとありがたいことだろうか。
「そういえばお前、防具は大丈夫なのか? ボロボロで使い物にならないんだろ?」
「家にあった調合器材をうっぱらうから問題ない。防具代も...ポーション代も払えると思うぜ」
「なんだと? お前の持ってる器材、そんなに高かったのか...」
ボルドーが驚くのも無理はない。ポーション代の金貨20枚に加えて、防具一式を揃えようとするならば金貨30枚は必要になる。合計金貨50枚。流石にポンと払えるような金額ではない。
だが、ワロウはその金貨50枚分の当てがあった。先ほども言ったようにワロウの家には調合器具が大量にある。しかも、かなり専門的な器具も使っていたため、値段の方もかなりの物だったのだ。
ワロウが20年以上かけて集めてきたその器具たちは十分に金貨50枚以上の価値があったのだ。どうせ、この町を出ていくのならば器具を持っていても仕方がない。いつ戻ってくるかもわからないし、この際売ってしまおうと思っていたのだ。
「それで? いつ出発するつもりなんだ?」
「...まあ、売るのにも時間がいるしな..防具も揃えなきゃならんし....5日後くらいか」
「随分とあわただしいな。そんなに急ぐ必要もあるまい」
「いや、一度決めたらさっさと行動する派なんでね。準備ができしだい出発するぜ」
その言葉を聞いたボルドーはやれやれと首を振った。
「相変わらずせっかちなやつだな。...わかった。行ってこい。...そして、必ず戻ってこい」
「了解だ。運はいい方だからな。きっと何かあっても生き残れるさ」
ワロウのその楽観的な言葉を聞いて、ボルドーは苦笑した。能天気な野郎だと思っているのだろう。ワロウはその顔を背にしてギルド長室を後にするのであった。
その後は嵐のように過ぎていった。まず初めに、自分の部屋の物を整理して、売れるものは売り払い、無理そうなものに関しては全部処分した。
ワロウの予想通り、調合器具は良い値で売れた。むしろこれだけ高く売れればポーション代と防具代を払っても十分におつりが出そうだ。最初の路銀が少々不安だったためこれはいい誤算だった。
そしてその後、防具屋や道具屋に行って旅の準備を整えた。馴染みの道具屋のドルトンに何故長旅の準備をしているか尋ねられたので正直にしばらく旅に出ると伝えた。最初はかなり驚いた様子だったドルトンだったが、餞別だといっておまけで色々な道具をサービスしてくれた。
結局ワロウは部屋の整理や道具の準備で二日間を消費してしまった。逆に今まで20年間も暮らしていたところを引き払うのにそれだけしかかからなかったと考えることもできるが。
次にワロウは町にいる知り合いに旅に出ることを伝えた。するとその話は人伝いであっという間に町中に広まった。小さな町なのでそういうことはすぐに町中に知れ渡ってしまうのだ。次の日にはほぼ町の全員が知ることになった。
そして、最後ワロウが出発する日の前日に大規模な送迎会をボルドーが主催してくれた。その送迎会には、サーシャやジークなどのギルドの面々から、ノーマン、ベルン達のような冒険者達、行きつけの店の主人、門番の二人など実に大勢の人々が駆けつけた。もちろんその中にはハルト達も含まれている。
大いに飲み、大いに語らった。皆、わかっていた。いくらワロウがここに戻ってくるとは言っても、戻ってこれなくなる可能性が高いことを。冒険者には危険がつきものだ。ついこの間まで元気にしていた知り合いがいつの間にか亡くなっていることもよくあった。
だが、皆わざわざそのことを口にはしない。もし、これが最後だったとしても、今はそんなことは関係ないと言わんばかりに、騒ぎ、はしゃぎ、盛り上がった。別れを惜しむ声もあったが、最後には快くワロウを送り出してくれた。
そして、その場に来てくれた友人たち全員と話し終わって、宴も一段落ついたところでワロウはこっそりと会場を後にしようとした。だが、その瞬間をボルドーに見つかってしまった。
「主役がどこに行こうとしてるんだ? まだ、宴は終わってないぞ」
「悪いが、早朝に出発したいんでね。それに、もうここを出る前に話したいと思ってたやつとは大体話せた。お前が送迎会を開いてくれたおかげだ。ありがとよ」
「...そうか。まだ皆は話したりないと思うがな。まあ、いいだろう。この続きはお前が戻ってからにしよう」
「...そうだな。戻ってから...か」
その言葉でボルドーはワロウが戻ってくると信じていることがわかった。その信頼にすこし胸が熱くなる。ワロウも正直この町を離れるのは寂しい思いがあった。もしかしたらもう戻ってこれないかもしれないという意識が頭の片隅にあったからだ。
しかし、今のボルドーの言葉がワロウの後押しをしてくれた。そうだ。帰ってくればいい。無理しようが何だろうが、もう一度この町に戻ってまた彼らと一緒に過ごせばいいのだ。
ボルドーもワロウが戻ってくると思っている。だったらその通りに戻ってくればいい。...たとえ地を這ってでも。
「でもまあ...せっかく外へ行くんだったら成長を期待したいところだな」
「若手冒険者じゃねえんだぞ。...まあいい。お前が目を剥くような偉業を成し遂げて帰ってくるさ」
「それはいい。期待しているぞ?」
「任せておけ。...じゃ、そろそろ行くとするぜ。...またな」
「ああ。...武運を祈る。また会おう」
ボルドーに別れを告げたワロウが町の外へと通じる門に来たのは早朝だった。辺りには誰もおらず、門番だけが眠たそうに眼をこすりながら見張りをしている。もちろんジョーとダンではない。二人とも昨日の送迎会に参加して今頃は酔いつぶれているか家に戻ったかしているはずだ。
ワロウが早朝に出発しようとしているのは明るいうちに遠くまで移動したいという理由もあったし、なるべく皆と顔を合わせたくないという理由もあった。なんとなくだが、見送りに来られてしまうとずるずると長引いてしまいそうな気がしたからだ。
誰もいない中の出立というのは寂しい気もしたが、もう彼らと語るべきところは語りつくした。もう心残りはない。後は静かに町を出るのみだ。
「じゃあな。...行ってくるぜ」
思えばここには20年以上暮らししていたのだ。今までの人生の半分近くを過ごしていると思うとここはもはや故郷といっても差し支えないだろう。ワロウは門を出る前にディントンの町の風景を目に焼き付けた。これが最後かもしれない。そう思ったからだ。
そしてワロウは振り返ると町の外へと一歩踏み出した。今までは何気なく踏み出していた一歩だったが、今はそれが非常に重い一歩に感じる。
果たして自分は目的を達することはできるのだろうか。もしかしたら彼らはワロウのことなど覚えていない可能性だって十分にある。それに加えてまたここに戻ってくることができるかどうかすらわからない。
様々な不安が心をよぎる。...だが。
(もし、未練を抱えながらあのままだったら一生後悔したかもしれない)
(だから、いいんだ。オレは間違いなく新しい一歩を踏み出せている)
(色々考えても仕方がない。...やってやるさ!)
ワロウの冒険が、今始まった。




