八話 若き冒険者の悩み
拍手の後は、司会者が閉会を宣言しノーマンの結婚式は無事終了となった。
式が終わると後は飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが始まる。
早速ノーマンの周りには人だかりができていて、皆が大声で騒いでいる。一応場所は宿の裏の空き地なのだが宿の客から苦情は来ないのだろうか。
そんなことを考えつつワロウはその人だかりからは少し離れた場所で腰を下ろして一人で酒に口をつけていた。
賑やかなのは嫌いではなかったが、さすがに昨日からの一連の出来事で疲労が限界にきていて、とてもではないが騒ぐだけの体力はなかったのである。
すると、ノーマンの周りにいた冒険者たちのうちの若い一人の男が抜けだしてきてワロウに声をかけてきた。
「お久しぶりです、ワロウさん。といっても2週間ぶりくらいかな?隣、いいですか?」
「できれば可愛い女の子に来てほしかったんだがな。まあいい。好きにしろよ」
「あはは...すみません、かわいい女の子じゃなくて。...となり、失礼します」
隣に来たのは、ノーマンが所属していたパーティのリーダーのベルンという男だった。
ディントンの町の中では若手冒険者として活躍しており、冒険者ランクは既にDでかなりの有望株である。
ベルンがリーダーを務めているパーティは元々ノーマンが結成したパーティでノーマン自身がリーダー務めていた。だが、年を取るにつれてノーマン自身が徐々に衰えつつあり、それと反比例するかのように開花してゆくベルンの才能を見てつい数年前にリーダーの座を譲り渡したという経緯があった。
ワロウも何回かベルンと一緒の仕事をする機会があり、彼のことはできる男だという認識を持っていた。
「いやあ...ついに冒険者やめちゃいましたね。リーダー」
「リーダー?ああ、ノーマンのことか。今はお前がリーダーだろうが」
「僕にとってはいつまでもノーマンさんがリーダーなんですよ」
そこで、ベルンは一呼吸置くように一口酒に口をつけると真剣な顔でこちらを向いた。
「ワロウさん...うちのパーティに入りませんか?」
「...ハア?なんだよ。藪から棒に。オレが大して戦えないのは知ってんだろ?アイツの代わりなんて無理だぜ」
ノーマンはワロウと同じDランクの冒険者だった。しかし、ノーマンは過去にC級目前まで上り詰めていた実力者で、同じDランクとはいえど特殊な条件でDランクになったワロウとは戦闘力という意味では天と地ほどの差があった。
「いや、戦闘は大丈夫です。うちのパーティもそれなりに強くなりましたから」
「じゃあ、なおさらオレなんか誘ってどうするんだよ」
「いやあ...これはちょっと情けない話なんですが...」
そういうと、ベルンは困ったように眉を下げながらぽつぽつと今の心境を語りだした。その内容は、この数年間リーダーとしてやってこれたのはいざとなればノーマンがいるという安心感があったからであった。
だが、今こうしてノーマンが冒険者を辞めパーティからいなくなってしまい自分だけでパーティを先導していかなくてはならないということに恐怖感を覚えてしまったらしい。
「ノーマンさんの代わりというわけじゃないんですが、ワロウさんに入っていただければ心強いなと思いまして...」
「馬鹿言うな。オレはほぼソロでやってきたんだ。パーティの指揮なんかできねえよ」
「まあ、それはわかってるんですけどね...やっぱり経験豊富な人がいると安定感が違うというか...なんというか...」
ワロウは昔からソロで活動している珍しい冒険者だった。もちろんワロウもまだ駆け出しのころは同世代の冒険者達と一緒にパーティを組んで依頼をこなしていたのだ。
その当時はパーティのメンバーと一緒に冒険できることが楽しくて仕方がなかった。だが、数年間冒険者として一緒に冒険してゆく中で自分と他のパーティメンバーとの間で徐々に開いていた実力差に気づいてしまった。
そのうちだんだん戦闘に参加させてもらえないようになり、読み書きができるワロウは事務的な仕事を任されるようになっていった。
くやしかった。なぜ自分はこうも弱いのだろうか。一時期は悔しさをばねに猛烈な特訓を行ったりもした。だが、また一緒に冒険ができるほどワロウは強くなれなかった。考えたくはなかったが才能が無かった。...そういうことなのだろう。
自分がパーティのお荷物になっていると思ったワロウはいてもたってもいられず、そのままそのパーティを強引に抜けてしまった。
今から思えば、彼らもワロウが徐々に冒険についていけなくなってきていることはわかっていたはずだ。
だが、彼らはそれを理由にワロウを追い出したりしなかった。戦闘以外の仕事でワロウに役割を持たせてくれていたのだ。たとえ戦闘ができなくてもお前はパーティに貢献しているぞ、と。だが、まだ若かったそのときはそのやさしさに気づくことができなかった。
それ以来、他人とパーティを組むとなるとどうしても実力差が気になってしまい、依頼で短期間のパーティを組むことはあるものの長期的なパーティに入ることはなく基本的にはソロで活動をしているのだ。
「なあ、ベルン。お前がリーダーしてる時にノーマンが文句言ったことがあるか?」
「最初のころはちらほらあったような...最近は言われなくなりましたけど」
「じゃあ、お前は十分リーダーできてるんじゃねえか?何も言わないってのはそういうことだろ?」
「そういうこと、なんですかね...」
「大体、今回やつが結婚したのもお前にパーティを任せても大丈夫だと思ったからだよ。駄目だと思ったらお前にパーティ任せてやめたりしねえだろ」
「....そういわれるとそんな気もしてきました」
言葉には出さないが、”大丈夫、お前はうまくやっている”というワロウの無言の励ましに救われたのか、ベルンの不安と恐怖がにじんでいた表情にやや明るさが戻った。
「...ま、これはあくまでもオレの考え方だ。どうしても気になるんだったらオレじゃなくて一回ノーマンとも話してみろ。その方が手っ取り早いぜ」
「確かにそうですね。ノーマンさん本人に聞かないと...
ありがとうございます。ワロウさん。悩んでたこと、少しすっきりしました」
「お代はフォレストボアの燻製肉でいいぜ」
フォレストボアは高級食材だ。その燻製肉は結構いい値段がする。
わかりました、と苦笑しながらベルンは冒険者の集団の中へと戻っていった。
ワロウはその後ろ姿を見送りながら、また一口酒に口をつけて先ほどの会話を思い返していた。
(ノーマンがいなくなる恐怖感ね...そういうわけじゃねえが)
(どこか、張り合いがなくなっちまったような気もするな)
ワロウはもう冒険者としてはとっくに最盛期を過ぎている。今まで何度もやめようと思った。しかし、同じ町の中で同世代のノーマンが頑張ってパーティを作って冒険者を続けている様子を見て、あいつがやっているなら自分も続けてみよう。
そういった気持ちで今まで冒険者をやってきた。しかし、そのノーマンはたった今冒険者をやめ新たな道に進むことになったのである。
これでディントンの町には同世代の冒険者はもういなくなってしまった。
ワロウの心には寂寥感がただよっていた。
(この際オレも辞めるか?冒険者を...)
(薬師としてならやっていけなくはないだろう)
ワロウは冒険者にしては珍しく薬師としての知識を持っている。冒険者を辞めたとしても薬師として生きていけるだけの技術は十分に持っているのだ。生活するだけなら冒険者を無理に続ける必要はない。
(ここいらが潮時かもしれん...)
冒険者ワロウ。進退を考える時が来ていた。