七十九話 少女の本心
「...そうですね。一度...死にかけたから...でしょうか」
「..........」
「あの時、強がってはいましたけど....本当はすごく怖かった。ああ、これで私は死んじゃうんだなって...思いました」
その当時の恐怖のことを思い出したのか、シェリーはうつむきながら手を震わせていた。大の大人でさえ耐えられるかわからない死へのカウントダウン。それに対して表面上は冷静に、そしてハルトとダッドの暴走を防いだ彼女。
だが、その裏では恐怖に怯え泣きわめいていた本当の彼女の姿があった。無理もないだろう。いくら賢いとはいってもまだまだ子供と言っていい年のはずなのだから。
「でも...助かりました。あなたのおかげで。私たちに黙って、しかもなんの見返りも求めずに」
「........」
「そんな人は私がこうやって冒険者として生き始めてから初めてでした。初めて...頼りにできる大人の人だった」
ワロウは黙ってシェリーの話を聞いていた。話に割り込んではいけない。なんとなくそう思ったからだ。
「だから...死にかけて怖かったから...誰かに甘えたい。そう思ったときに浮かんだのがワロウさんだったから...だから少し馴れ馴れしくなっちゃってるかも。あはは...すみません。ワロウさんにとってはいい迷惑ですよね...」
そう言って彼女は、力なく笑った。そしてまたうつむいてしまった。表情は見えないが、その小刻みに揺れる肩から彼女の表情は簡単に予測できた。
ワロウは無言で座っていた椅子から立ち上がると、シェリーの横に腰かけた。それを見てシェリーが驚いたような顔でこちらを見てきた。目には涙が浮かんでいる。それを見てワロウはいてもたってもいられなくなった。なんだかんだいって子供の泣き顔には弱い男なのだ。
「迷惑じゃない」
「え...?」
「そんなこと、いちいち気にしなくていい。だから...今は泣いておけ」
そういうとワロウは、そっとシェリーの頭を撫でてやった。すると、彼女の目から大粒の涙がこぼれた。そしてワロウにしがみつくと大声で泣き始めた。
「わたしっ...! 怖かった...! 本当に死んじゃうんだって...!」
「...ああ」
「嫌だった...! 死にたくなかった...! でも、このままだと二人も巻き込んじゃうかもって...!」
「...そうだな」
「だからッ...! なんとか...強がってたけど...本当はもう...」
「......」
「泣き叫びたかったの...助けてって...なんで私が死ななきゃいけないのって...」
「....それが、普通だ。でもお前は耐えた。例え強がりだって中々できるもんじゃない。...よく頑張った」
「.......!!.......!」
シェリーはもう言葉も出ない様子だった。そしてワロウにしがみついたままひたすら泣き続けた。今まで必死に我慢していたものが一気にあふれ出してしまったようだった。ワロウはそれを黙って受け入れて彼女の頭をなで続けてやった。
しばらくすると、彼女のしがみつく力が急に弱くなった。どうかしたのかとワロウが慌ててシェリーの様子を伺うが、どうやら彼女は眠っているだけのようだった。泣き疲れてしまったのだろう。
(表面上は見せなかったが...色々ため込んでたみたいだ...)
(いくら大人びているといっても...まだ子供だ。そこを忘れちゃいかん)
「ただいまー!! いやー食った食った」
「ちょっと食いすぎじゃないっすか? このまま寝るんじゃないっすよ?」
ワロウがシェリーのことを考えていると、外で昼ごはんを食べてきたらしい二人が騒がしく戻ってきた。その二人に対してワロウは静かにするよう仕草で示した。
最初二人は不思議そうな顔をしていたが、部屋の中に入り眠っているシェリーの姿を見て合点がいったようで、静かに部屋の中へ入ってきた。
「シェリー、寝ちゃったのか」
「まあ、無理もないっすよ。今朝まで生きるか死ぬかのところだったっすからね」
「....そうだな。...お前ら、ちょっといいか?」
「うん? どうしたっすか」
ワロウが二人を近くに呼び寄せると、シェリーを起こさぬよう小さな声で話し始めた。
「...シェリーのことだが、結構精神的に消耗してる。...さっきまで大泣きしてたんだ」
「...えっ? シェリーが?」
「さっきは元気に話してたっすけど...」
どうやら、二人の前では相変わらず強がっていたようだ。今回はワロウが彼女の変化に気づいて吐き出させることができたが、本当はあまりよくない。知り合って2カ月もしない自分ではなく、ずっと一緒に冒険してきた彼らにこそその役目を任せた方がいいだろう。
「お前らの前では弱音を吐かないよう我慢しているだけだ。確かにシェリーは頭もいいし大人びてるが、お前らとそんな年は違わんだろう。死にかけたら怖いとだって思うだろうし、精神的にやられるのも不思議じゃない」
「...そう...っすね。俺らと変わらない....か」
「確かに...俺達がシェリーに頼りすぎてたんだ...だからシェリーが弱音を俺たちには吐けなかったのかもしれない」
シェリーだって自分たちと変わらない。そんな当然なことをハルト達は忘れかけていた。
いくら頭がいいからといっても中身は自分たちと歳の変わらない少女なのだ。それなのに死にかけてもいつもと変わらずニコニコしているということに違和感を覚えるべきだったのかもしれない。
「今回は少し吐き出せたかもしれないが...オレだっていつもいるわけじゃない。だから、お前らがシェリーのことをよく見て、その変化に気づいてやれ」
「...わかった。俺達がしっかりしなきゃ...いけないんだよな」
「そうっすね...ちょっと反省っす。今度からシェリーの様子、ちゃんと見ておくっすよ!」
「ああ、それでいい」
ワロウはベッドから立ち上がった。後は彼らの問題である。これ以上自分が口出しするようなことではないだろうと思ったのだ。そしてそのまま病室を出ようとしたとき、ハルトが慌てた様子でワロウを呼び止めた。
「あ、ごめん師匠! そういえばさっきゴゴットのおっさんのとこに飯食いに行ったときにたまたまギルドマスターにあったんだけどさ」
「...それで? オレになんか用でもあるって言ってたのか?」
「うん。後で暇な時でいいからギルドに来いって言ってたぜ」
「おいおい、今度は何だってんだよ...」
最近ギルドに呼び出されるたびにろくな目にあっていないような気がする。一体今度はなんの用件で呼び出されたのだろうか。
どうせまたろくでもない目にあわされるに決まっている。そう思うと今から頭が痛くなってきたワロウであった。そんなワロウがうんざりした顔をしていると、ハルトが励ましてきた。
「いや...別にそんな急いでそうでもなかったぜ。そこまで重要な話じゃないんじゃないかな」
「そうか...まあ、気は進まねえが行ってみるしかねえな。ありがとよ」
「おう! 確かに伝えたからな。後でちゃんと行っておいてくれよ」
その言葉を背にワロウは今度こそ病室から立ち去ったのであった。




