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世界に名を馳せるまで  作者: niket
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七十八話 シェリーのお礼

すぐ戻ってくるからよ! というハルトの言葉を聞きつつ、ワロウは改めてシェリーの様子を伺った。ワロウが彼女を最後見たのは、森の中へとキール花を取りに行く前である。


 その時から比べると、顔色は良くはなったようだがまだ本調子というわけでもなさそうだ。ついさっきまで死にかけていたことを考えると逆にすごい回復力だと驚くところのなのかもしれないが。


 二人だけになった部屋の中は沈黙が支配していた。ワロウもあまり話しかけて体力を消耗させるのは悪いと思ってあえて話しかけようとはしなかった。静かな部屋の中では外の音がよく聞こえる。


 人々が行き交う足音。とりとめのない世間話。野菜を売る農家の威勢のいい声。ワロウがその音を聞きながらぼんやりしていると、シェリーがポツリとつぶやいた。


「ありがとうございます。ワロウさん。あなたのおかげで...今、私は生きています」

「...ああ。まあ、オレは薬を作っただけだ。そこまで感謝されるほどのことはしてないぜ」


 そこで、シェリーはゆっくりと首を振った。


「いえ...薬を作っただけ、というのは嘘ですよね?」

「...嘘? ...なんでオレが嘘をつく必要があるんだ?」

「ふふ...しらばっくれても無駄ですよ。キール花を、取って来てくれたんでしょう?」

「なんのことだかさっぱりだね。さっきも言ったが親切な奴がたまたま譲ってくれただけさ」


 シェリーの言葉を間髪入れずに否定するワロウ。こういう時は変に口ごもったり、強く否定しすぎたりするとかえって怪しい。今みたいにさらりと受け流したほうが嘘はバレにくい。今までの長い人生経験でそれくらいの腹芸はワロウにもできる。


 だが、次のシェリーの言葉にはその長い人生経験を以てしても対応しきれなかった。


「だって、ほら...ズボンのすそににおい草の葉がついてますよ」

「...!!」


 そんな馬鹿な。ワロウが慌ててズボンのすそに視線をめぐらすと、そこには何もなかった。葉っぱどころか汚れすらほとんどない。


 当然だ。森に行った時の服は血だらけかつボロボロで家に置いてきている。今着ているのは部屋にあった違う服なのだ。そんな痕跡が残っているわけがない。


 何もないじゃないか。そうシェリーに反論しようとして顔をあげると、そこにはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべたシェリーの顔があった。それを見た瞬間にワロウは自分がはめられたことに気づいた。あわててズボンを見てはいけなかったのだ。


「...カマかけやがったな? ずる賢い技を覚えやがって...」

「ふふふ...ごめんなさい。でも、今の反応でわかっちゃいました」


 “あなたがキール花を取って来てくれたことが”とシェリーは続けた。


「言い訳じゃないですけど、ワロウさんが取って来てくれたんだろうとは思ってました。だって、そんな都合よくキール花を持っていてすぐに譲ってくれるような人がたまたまいたなんてありえないでしょう?」

「...その設定に関してはケリーに文句を言ってくれ。アイツが考えたからな」


 ずさんな設定に関してはケリーに責任を擦り付けるワロウ。だが、正直あの状況で納得のいくようなストーリーを思いつくのは至難の業だ。決してケリーが悪いわけではなく、どちらかというとオレのことは言うなと無茶ぶりしたワロウの責任だろう。


「ご自身でおっしゃってましたけど、危険だったんじゃないんですか? 夜の森は」

「......アイツらには黙っててくれ。アイツらを止めておきながら、自分は一人で森に突っ込んだなんてバレたら面目がたたん」


 ワロウが黙っててくれと頼むとシェリーはさらに追い打ちをかけてきた。


「冒険者の一番大事なものは自分の命...ですよね?」

「おいおい、あんまりイジメないでくれよ。あの時は正直冷静じゃなかったんだ。無茶だったのは自覚してる」


 ワロウがバツが悪そうに頭をかくと、その様子がおかしかったのかシェリーは声をあげて笑った。そして笑い終わると、今度はまじめな表情になった。


「でも、私はその無茶のおかげで助かりました。だからあまり強くは言えませんが、ご自身のことも大切にしなくちゃだめですよ?」

「...わかってる。でもよ、若い連中を助けたくなっちまうのが年寄りのさがってやつなのさ」

「...そうですね。私たちもいっぱい助けてもらいました。だから、お礼をしなきゃダメですよね」

「なんだ急に...いいんだよ、若いうちはもらえるモンはもらっておけば。それで自分が年を取ったときに次の世代に返してやればいい」


 ワロウは手を振って礼はいらないと身振りで示すが、シェリーはそれを無視してごそごそと自分のかばんを漁り始めた。一体何を探しているのだろうか。


 少しすると目当てのものを見つけたようで、それを手にのせてワロウに見せた。見た目は小さな袋だ。中に何が入ってるかはわからない。


 ワロウが怪訝そうな顔をしていると、シェリーがポンとワロウの膝の上に袋を置いた。思わずそれを掴むと、シェリーがその袋について説明してくれた。


「これはですね、お守りなんです」

「...お守り? 」

「そうです。とはいってもただのお守りじゃないですよ? 私が魔力を込めたものです」

 

 シェリーが説明してくれるが、魔法に関しては門外漢のワロウはあまりわかっていなかった。


「...悪いがよくわからん。魔力を込めると何があるんだ」

「消耗した魔力をこのお守りから補充できます。...とは言っても魔法使いじゃないワロウさんにはあまり関係ないですけど。後は、魔法を防御できます」

「魔法を防御...」

「そうです。一定以上の魔法がくると自動的に防御魔法が発動して一回だけ身を守ってくれます」


 たとえ一回だけだとしても魔法攻撃を防げるというのはかなり珍しい能力だ。少なくともワロウは今までそんな効果があるものを見たことがなかった。


「...今は魔力を込めてもらってるからいいが、一回使ったらただのお守りになっちまうんじゃねえのか?」


 ワロウは魔法の知識に関してはほぼ0と言っていい。当然、モノに魔力を込めるなんて言う芸当はできるはずもなかった。つまり一回このお守りが発動してしまえば、その後は一切使えなくなってしまうのではないか。そう考えたのだ。


 そのワロウの指摘に対してシェリーは首を横に振った。


「いえ。そのお守りは所有者から勝手に魔力を吸い取って充填してくれます」

「あん?オレに魔力なんてないぜ?」

「ふふ。そこは皆さん勘違いしがちですが...」


 シェリーが言うにはたとえどんな人間だろうと魔力というもの自体は誰でも持っているとのことだった。その大小によっては魔法使いになれたりなれなかったりするが、基本的に魔力がない...という人間は存在しないのだ。


 なので、ワロウであってもこのお守りを持っているだけで、勝手に魔力が充填されてゆき、そして魔法を一回防いでくれるというのだ。


 単純に考えてもこのお守りの能力は強すぎる。特に自分で魔力を込められる魔法使いならかなり有用だろう。少なくとも他人にほいほい渡していいようなものではないのは確かそうだ。


「そんないいものだったら自分で持っておけ。オレは魔法は使えんし、魔法を食らう機会なんてねえよ」


 そう言ってワロウは持っていたお守りをシェリーの方へと突き返そうとした。だが、シェリーはそっぽを向いて受け取ろうとしない。


「ダメです。これはお礼だから受け取ってもらわないと。...それに」


 シェリーはそこで言葉を区切った。


「あなたは優しすぎる人だから。きっと今回みたいに自分の身を顧みずに人を助けようとすることがあるでしょう。このお守りはその時にきっと役に立ってくれるはずです」

「...オレは聖人君子かっての。流石に赤の他人のために命は張らねえよ」

「でも、今回はそうだったでしょう? 少し一緒に冒険していただけの私のために、命の危険がある夜の森に採取しに行った...違いますか?」

「......」


 反論できなかった。客観的に見ればワロウは知りあって間もないシェリーのために命を懸けたという事実には変わりないからだ。ワロウが黙っているとシェリーはさらに畳みかけた。


「ほら、だからきっとワロウさんの方がこれを有効に使えます。...もし、受け取ってくれないなら、毎日家の前でもらってくれるまで張り込み続けますからね?」


 口調自体は冗談っぽく言っているが、目が本気だ。このままワロウが受け取らないで帰ったら、毎日家の前を占拠される可能性がある。流石にそれは勘弁してほしかった。


「...あーっ! わかったわかった! 受け取るから、うちの前を占拠するのはやめてくれ!」

「はい、じゃあこれはもうワロウさんのものです。大事にしてくださいね?」

「こんな大層なモン粗末に扱えるわけねえだろう」


 ワロウが致し方なしとお守りを受け取ると、してやったりといった風ににこにこと笑った。その姿は見た目こそかわいらしいが、さっきからカマをかけてきたり、ワロウの弱みを突いてきたりやっていることはあまりかわいくない。


 今までどちらかと言えば控えめだった彼女。少なくともワロウの知っているシェリーはいつも遠慮気味で、あまり自分の我を通すといったような性格ではなかったはずだ。だが、今はワロウに対して遠慮せずにガンガン踏み込んでくる。


 その変化にワロウは心当たりがあった。


「...それにしても、大分遠慮が無くなったじゃねえか。...何か、あったか」


 ワロウの経験上、こういう性格の変化というか、躁状態になる冒険者を見ることはたまにあった。...その中には仲間が死んでしまったなど強いストレスを受けてそうなるものもいた。

 彼女の変化はどうだろうか。単純にワロウとの心理的な距離が縮まっただけならいいのだが。


 ワロウの言葉を聞いて、シェリーはハッとしたような表情になった。今まで自分ではあまり自覚してなかったらしい。そして少し考え込むような仕草を見せるとぽつりぽつりとつぶやき始めた。

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