七十五話 ケリーの言い訳
「...ありがとう...二人とも。こうやって二人が手をつないでくれていたから...冥府から戻ってこれたのかもしれない...」
「...いいや、俺たちは何もしてないさ。ケリーが薬を持ってきてくれたんだ」
「薬...? でも薬は無理だって...」
「そういえば...どうやって作ったんすか? その薬...」
疑問の視線が僕に向けられる。まあ...気になるよね、それは。キール花を採ってきたのはワロウさんだけど...でも、一応ワロウさんには口止めされてるし...なんて言えばいいんだ。
うむむむ....あまり悩んでるとそれはそれで怪しいしなあ...仕方がない。ジョーさんの言ってたやつにするか...
「えーとね...たまたま外から来た冒険者がキール花を持ってたんだ。それを譲ってくれてなんとか薬を作れたのさ」
あちこち苦しすぎるけど、なんとか騙されてくれないかな...
恐る恐る彼らの方を伺ってみると、ひとまず彼らはそれで納得してくれたみたいだ。今は疲れているだろうし、頭が回ってないだけかもしれないけど...
「なんて人だったんだ? お礼を言いに行かないと...」
「うぐッ...そ、それはね...えーと...急いでるみたいだからいいから早く行けって言ってくれて...名前は聞けずじまいだったんだ...」
「高価な薬草なのにそんなあっさりと...もしかしたら高ランクの冒険者かもしれないっすね。見た目はどんな感じの人だったすか?」
「...それは...そのー...暗かったし、よく見えなかったというか...」
ま、まずい。適当に考えた理由だからあまり色々聞かれるとぼろが出る。というかもうぼろが出まくってる気がする。これ以上聞かれると答えられないぞ... 僕が焦っているとギルドマスターが助け舟を出してくれた。
「まあ、その話はいったん置いておけ。今はシェリーの体調を整える方が優先だ。...どこかの治療院に行った方がいいか...どうだ? ケリー」
「そうですね...意識が戻ったのでもう大丈夫だとは思いますけど...念のために今日一日くらいは治療院で休んだ方がいいかもしれません」
た、助かった。これでなんとか話がそれたぞ... ちなみに治療院っていうのは個人の薬師が経営してるケガや病気を治療するための施設のことで、大きなところだと泊れるようにベッドが置いてあるところもあるんだ。
もっと大きな町だと神殿があってそこで回復術って言われる魔法で治療することもできるらしい。あいにく僕は今まで見たことがないんだけど。
「治療院かぁ...じゃあ、あそこのでっかいところの方がいいかな?」
「そうだね。ベッドがあるのはウルムスさんのところだけだから...その方がいいと思うよ」
今のシェリーちゃんの状態から、ベッドのあるところでゆっくり休ませてあげた方がいいだろうと思う。あいにくディントンではベッドがあるほど大きな治療院は一つしかないからそこで決まりかな。
「...治療費、いくらっすかね。今の貯金で足りるかどうか...」
ダッド君が小さな声でつぶやく。た、確かに...あそこ結構いい値段するんだよな...まだEランクの彼らでは少々厳しい値段かもしれない。とは言っても僕も人に貸せるほどの余裕はないんだよな...そう思っているとギルドマスターが何を言ってるんだと言わんばかりに話し始めた。
「...お前ら、変異種の大蜘蛛を討伐したんだろう? 治療費なんか気にする必要はない」
「...というと?」
「アイツには懸賞金をかけている。金貨50枚だ」
「き、金貨50枚!? そんな大金がかかってたっすか!?」
金貨50枚と言えば、僕の月給の3倍くらいはある。危険な魔物ということは知っていたけどそこまで高額の懸賞金がかかってたなんて知らなかった。それだけギルドが変異種に対して危機感を募らせてたってことかな。
確かに夜の採取ができなかったせいで、作れなくなってしまった薬もいくつかあったからなあ...ベルンさんもそのことでぼやいていたし、結構影響は大きかったのかもしれない。
「そういうわけで金を気にする必要はない。一応後で討伐を確認する必要はあるが...先払いでその治療費分くらいは払ってやる」
「助かったぜ、ギルドマスター!!」
「いや...こちらとしてもあの変異種には頭を悩ませていたからな。とりあえずさっさと連れて行ってやれ。そろそろ向こうも開く時間だろう」
わかった! そういうと彼らはギルドにあった簡易担架にシェリーちゃんを乗せて部屋を出ていった。この部屋は石造りで寒いし、ここにいるより治療院にいたほうが断然いいはずだ。僕が彼らが出ていくのをボーっと眺めていると、ギルドマスターがひそひそ話しかけてきた。
「...それで? 結局キール花を持ってきたのは誰なんだ」
僕も流石にギルドマスターにまでさっきの適当な嘘をつきとおせるとは思ってなかった。ここで変に粘っていても仕方がないだろう。そう思って本当のことを話すことにした。
「ワロウさんですよ。こっちに来たときはボロボロでケガだらけでしたけど...森の中で採取してきたみたいですね」
「ケガだらけだと? 大丈夫なのか?」
「いや...結構ひどそうなケガだったんですけど...ポーションで治したって言ってました」
「ポーション? そんなもの持っていたのか...」
確かにポーションは希少品だ。迷宮からしか産出されないし、今の技術では作ることができないと言われている。ワロウさんは一体どこでポーションを手に入れたんだろう?
「今、薬部屋にいるのか?」
「あ、いや...すみません。薬を作り終わった後に気を失っちゃって...ジョーさんも一緒にいたのでお任せしちゃいました」
「...わかった。少し様子を見てくる。今日はもう出なくていいからお前も早く戻って休め」
「ホントですか! 正直クタクタなんで助かります...」
今日出なくてもいいのはホントにありがたい。夜中からずっと動きっぱなしだったし、ひと段落着いたのもあって気が抜けてしまっていて、今日これ以上薬を作るのは勘弁してほしい状態だったんだ。
「とりあえず...僕も薬部屋に行きます。後片付けしなくちゃいけないんで...」
「む...そうか。わかった」
そういえば...ワロウさんのケガもすごかったけど、どうやって逃げ出してきたんだろう。多分夜の森で襲われたとなるとワロウさんが襲われたのは森狼なんじゃないかな。アイツらはすごくすばしっこくて一度狙った獲物はしつこく狙い続ける習性があるみたいなんだ。
だから、そもそも見つからないで採取してきたとかならわかるんだけど、今日のワロウさんみたいに一回襲われて噛みつかれてから逃げ出すのってかなり大変なはずなんだよね。服に染み付いた血の匂いで追ってこられちゃうだろうし...
まさか...倒しちゃった...とか? いや、そんな、まさかね... 森狼はここらへんで一番強い魔物の一つだ。失礼だけど、今のワロウさんで相手をするのは難しいんじゃないかな...しかも森狼は群れで動くみたいだからなあ。
まあ、ただの獣に襲われただけかもしれないし...気にするほどのことでもないかな。とりあえず今はさっさと薬部屋の片づけをして家に帰ろう。
そして、ギルドマスターと一緒に薬部屋に行った僕は部屋の中でつきっぱなしで放置されていた魔法装置を見て思わず悲鳴を上げてしまった。ま、まずい。いつからつけっぱなしだったんだろう。
それから僕はギルドマスターに平謝りし続ける羽目になったんだ...うう...今日は結構頑張ったのに...




