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世界に名を馳せるまで  作者: niket
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六十話 無謀な挑戦

「ダメだ。森に行くことは許可できん」


 ボルドーははっきりとした口調で、森へは行かせないと断言した。彼らをどう止めようか悩んでいたワロウの葛藤を察して、自ら憎まれ役を引き受けるつもりなのだろう。


 案の定、否定の言葉を口にしたボルドーにハルトとダッドの鋭い視線が向けられる。


「なんでだよ! ギルドマスターは関係ないだろ! 口を挟まないでくれ!」


 強い怒りに満ちた視線でボルドーのことをにらみつけるハルト。普段だったら考えられない行動だ。


 だが、そのような視線を向けられてもボルドーは冷静だった。


「お前は夜の森を甘く見すぎだ。ワロウとお前ら二人が森に行ったところで森狼の餌になるだけだ」

「だけど...!」

「...自分のせいでワロウとお前ら二人を巻き込んで死ぬ。シェリーがそれを望むと思うのか?」

「....うるさい。お前にシェリーの何がわかるんだよ...!」


 ハルトは悪態をついてはいたが、明らかに先ほどまでの勢いはなくなっていた。最悪、キール花は採れず、同じパーティのダッドだけでなく、ワロウまで巻き込んでしまう可能性があることを指摘されて決心が鈍ったようだ。


「だ、だったら! 護衛を連れてけばいいじゃないっすか! この町で一番強いパーティと一緒に行けば...!」

「...成程な。確かに護衛を雇っていけば可能性は高くなるだろう」


 ダッドの言うことは決して間違いではない。仮にベルンのパーティを雇うことができたら確率は0よりはマシにはなるだろう。


 ...だが話はそう簡単ではない。


「じゃ、じゃあ...!」

「報酬は?」

「え...?」

「報酬は払えるのか?」

「........」


 自分たちでは護衛しきれないのなら、他に冒険者を雇えばいい。実にシンプルな論理である。ただ、そのためには報酬がいる。


 特に今回は全滅の可能性までありうる危険な仕事である。普通の報酬では雇えないだろう。少なくともまだEランクの彼らにとって到底払えるような金額ではないことは確かだ。


 だが、ハルトはまだあきらめない。


「...貸してくれ。後で必ず返す...! 絶対に強くなって返してみせるから....! 今だけ...貸してくれ! 頼む!」


 そう言ってボルドーに向かって深く頭を下げるハルト。彼もシェリーを助けるために必死なのだ。そのために使える手段は何でも使うつもりなのだろう。


 その気持ちは痛いほどわかる。今まで無表情に近かったボルドーの顔にわずかに苦渋の色が見える。彼とてシェリーを見捨てたいわけではないのだ。


「...俺個人としては貸してやってもいい。だが...依頼が成立したところで受けるパーティがいるかどうかは別の話だ」


 報酬さえあればどんな依頼でも受けてくれるというわけにはいかない。当然その依頼の危険度がどれくらいなのかによって変わってくる。

 

「どういうことっすか...?」

「今のうちの最高ランクのパーティはDランクまでだ。Dランクパーティが護衛しながら夜の森に突撃するとなるとメンバーが何人か死ぬことも覚悟する必要がある。それを許容するパーティがいるかどうかの話だ」

「...クソッ...!」


 パーティは生きるか死ぬかの冒険を一緒にやっていく仲間だ。当然強い結束で結ばれていることがほとんどで、パーティメンバーが死んでも構わないなんていうパーティは存在しない。もしあったらそれはパーティではなく何となく人が集まっただけの寄せ集めだ。


 実際彼らも今現在シェリーを失うかもしれない危機に陥っていて、それを何とかできないか必死にもがいている最中である。シェリーをどうしても死なせたくないから。


 だからこそわかってしまった。夜の森というかなり厳しい場所の中で、更に当てもなく薬草を探さなければならないこの依頼を受けるパーティはいないだろうということが。


「本当に...何もできないんすか...? このままシェリーが弱っていくのを見てるだけしか...?」


 ダッドがシンと静まり返った部屋の中でポツリとつぶやく。それは大きな声ではなかったが部屋に響いた。その言葉に対して誰もすぐには返答できなかった。


 ダッドはそのままがくりと膝をついた。絶望したかのように無表情になったその目から涙が一筋零れ落ちる。


 その様子を痛ましそうに見ながらボルドーがゆっくりと頷いた。


「...そうだ。これが最後の時間になる。せめて彼女のそばにいて...」

「...わかった。俺が一人で行く。師匠も巻き込まないし、他に誰にも迷惑はかけない」


 ボルドーの言葉をハルトが遮った。一人で行くとはいったいどういうことだろうか。夜の森は一人でどうこうできる場所ではない。


 ワロウのように森のことを良く知っているならまだしも、まだここに来て日の浅い彼が挑むのはいくらなんでも無謀すぎる。


「な...! 何を言っている?一人でだと? 死にに行くようなものだぞ? それにお前、キール花自体の見た目を知らないだろう。行って何をするつもりだ?」


 ボルドーが慌てた様子でそれを何とかやめさせようとする。それにキール花のことを知らないハルトが行っても無駄だというのはまさにその通りだ。


 だが、そのボルドーの制止の言葉にもハルトは動じなかった。


「キール花の見た目は知ってる。昔、迷宮都市のオークションで見たことがある。ただの花なのにバカみたいな値段で売られていたからよく覚えてるんだ」

「採取はどうするつもりだ? あれは特殊な方法でしか採取できないんだぞ?」

「...土ごと持ってくる。それならどうだ? 師匠?」


 聞かれたワロウは考えた。確かに土ごと持ってくるという発想はなかった。土ごと持ってきた後にここでワロウが採取の処理をすればもしかしたらうまくいく可能性もある。だが...


「...それが可能なら、とっくに他の誰かがやってると思うがな。今誰もそれをやってないってことを考えると...誰も成功しなかった。そういうことだろう」


ワロウが可能性は低いと指摘するが、ハルトの目にはあきらめの色は見えない。


「誰も思いつかなかっただけかもしれないじゃないか。とにかく少しでも可能性があるなら俺はそれにかける。ここでシェリーが死ぬまで待ってるだけなんて死んでもごめんだ」

「...わかったっす。俺もついて行くっす。一人より二人の方が見つけられる可能性は高くなるだろうし、ここでこのまま待ってるなんて...ハルト、まさかここで待ってろとは言わないっすよね?」

「...ああ、一緒に行こう。シェリーを助けるんだ...!」


 ダッドの言葉にハルトは力強く頷いた。二人は勢いよく立ち上がると部屋を出ようとする。時間に猶予はない。一刻も早く森へ行こうとしているのだ。


 その目には硬い決意の色が見える。だが、その扉の前にワロウが立ちふさがった。

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