五十二話 試験の結果Ⅱ
「今回の試験は...合格だ。少し足りなかったところはあるがな」
それを聞いた3人は微妙な顔を浮かべた。合格したのは嬉しいが、足りなかったところというのが気になって素直に喜べない。そんな顔だ。
ワロウもその評価が気になったので、ボルドーに質問をぶつける。
「足りないっていうのは?なんかやらかしたのか?」
「...まあ、ある意味そうかもしれん。まずは今回の試験だが、俺が判定しているのは依頼を受けるところだけだ」
「え! なんか依頼を受けるときミスったすかね?」
依頼を受けるところの時間などたかが知れている。その短い時間の間でミスがあったのだろうか。ダッドが疑問の声を上げる。他の二人も心当たりがないようで首をかしげている。
「そうだ。...今回の受付はサーシャだっただろう?なにか違和感を感じなかったか?」
「そういえば...いつもより口数が少なかったな。いつもだったらもっと依頼のことについて色々教えてくれるのにとは思ったぜ」
「そこには気づいたか。今回は試験ということでわざと情報を少なくしたんだ。少ない情報でも臨機応変に対応できるか確かめるためにな」
「...情報をわざと少なくしたのはわかったけど...どこがダメだったんだ?」
ハルトはまだわからないようで更に質問を重ねる。それに対してボルドーはやれやれと首を振るとだめだったところについて言及した。
「簡潔に言うと...もっと人を疑えということだ」
「人を疑う?」
「そうだ。今回態度が変だと気づいたんだろう?ならもっと追及する必要があった。もしかしたら都合が悪いことを隠している可能性だってあるし、もっと悪ければお前たちを嵌めようとしている可能性だってある」
「そ、そんな...嵌めようだなんて...そんなこと普通ないっすよね?」
ダッドが信じられないといったような口調でワロウに聞いてくる。だが、ワロウは静かに首を振った。残念ながら、すべての人間が善人とは限らない。稼ぎのいい冒険者を狙っている人間も多いのだ。
「いや...ここではありえねえが、外のギルドだとそういうこともある。流石にギルド職員で騙そうとしてくる奴は滅多にいねえが...」
ギルドの職員でそういう不正を働くものはまずいない。そういった人間を雇わないようにしているというのもあるが、バレたときのペナルティがかなり厳しいためだ。だが、例え不正をしていなくてもサボっていることはある。
「依頼の精査をちゃんとしないでそのままこっちに流してくる輩はいる。そういった依頼の中にはボルドーが言うようなヤバい依頼も混じってることもあるのさ」
さらに追い打ちをかけるようにベルンが補足をする。
「ちなみに、実績を積んでいくとギルドを介さないで依頼をされることもあるんだ。そういった依頼は僕らのことを嵌めようとしている奴らも結構多い。報酬に目がくらんで哀れな結末を迎えた冒険者の話は枚挙に暇がないよ」
ワロウとベルンの話を聞いて、3人は驚いたような表情を見せた。今まで、そのような人間にはあってこなかったのかもしれない。それは非常に運がいいことだ。冒険者にたかるハイエナ共はまだ未熟な若い冒険者を狙うことが多いのだから。
「そういえば...シェリー。お前は受付でサーシャが口止めされていることに気づいたみたいだったが、何故追及しなかったんだ?」
「え、えっと...ギルドの試験だから口止めされているんだろうとは思ってたので、それ以上追及しようとは思いませんでした...」
「それはダメに決まってるだろう。試験だから...なんて実際には通用しないぞ」
「う...す、すみませんでした...」
ボルドーの言葉にシェリーが縮こまって謝る。別にボルドーは怒っているわけではないのだが、どうしてもそのどこからともなく感じる威圧感と強面の顔のせいで責められているように感じてしまうのだろう。
「ちょっと! 怖がってるじゃない。強く言いすぎなんじゃないギルドマスター?」
「む...そ、そうか?別に怒ってるわけじゃない。そんなに怖がらなくていい」
アデルに注意されて、ボルドーは困ったように頭をかく。普段はボルドーの強面に慣れている面子としか仕事をしておらず、自分の風貌が怖く見えるということを忘れていたらしい。
「クククク...」
強面の大男が女の子に必死に弁明する様子は非常に滑稽で、思わずワロウの口から笑い声が漏れ出る。それを聞いたベルン達も思わずつられて笑い始めて場が一気に弛緩する。
笑われている当人は不機嫌そうな顔をしたが、シェリーの前で怒り始めておびえられたりでもしたら困るのは自分である。ボルドーはここではぐっと怒りを飲み込んでそのまま不機嫌そうな顔で試験の話を始めた。
「...いいか。試験の話に戻るが、今回お前たちの追及が足りなかったことは確かだが、報酬や討伐対象の魔物についてなどの基本的な点はきちんと確認できていた。その部分を評価して今回は合格というわけだ。わかったか?」
「うーん...わかったはわかったすけど...」
「やっぱりすっきりはしないな....」
何か明確なミスをしたわけでもなく、もっと人を疑えという忠告を受けたと考えるとなんとなく釈然としない気持ちがあるのだろう。
そんな彼らのもやもやした気持ちを読み取ったのかボルドーは先ほどとは打って変わって明るい調子で話し始めた。
「ふむ。まあ、俺が言うのも変かもしれんが、ギリギリだろうがなんだろうが合格は合格だ。これで晴れてワロウもギルドの指導員になれる。後は実際に頑張ったお前たちにもご褒美が必要だろう」
ご褒美という言葉に、3人の顔が輝く。今回の依頼は苦労して水亀を倒した割には実入りがよくなかった。
副収入になりそうだった水亀の甲羅はシェリーの魔法で大きな穴が空いてしまっており、とてもではないが買取できるような状態ではない。苦労して依頼をこなしたのだから普通の報酬以外にも何か追加のご褒美をというわけだ。
「え!? なんかくれるっすか!?」
「む...そんなに期待されても困るが...お前たちにはDランク昇格試験を受ける権利をやる」
冒険者にランクがあることは常識だが、ではどうやってランクを上げるのかは冒険者以外にはあまり知られていない。
実は冒険者がランクを上げるためには昇格試験を受ける必要がある。これはある程度の統一された基準はあるが、基本的には各ギルドによって異なる試験が行われている。
そして、この昇格試験を受けるためには今現在のランクで依頼をこなしてゆき、そのこなした数と難易度である一定の条件を満たす必要がある。これが結構大変で、依頼を何回も失敗したりすると、非常に条件を満たすのが難しくなる。
また、もし順調に一回のミスもなくこなしていったという場合でも3~4カ月程度はかかる。普通はそこまで順調に行くことはないので、1年くらいかかることもざらにある。
ただ、抜け道もいくつか存在している。今回の件もそのうちの一つで、その町のギルドマスターが認めれば条件を満たしていなくても昇格試験を受ける権利を得ることができるのだ。これは結構名誉なことで、その実力をギルドマスターが認めた証ともいえる。
しかし、実際にそれを言われた3人の顔は晴れない。まだ冒険者として日の浅い彼らはDランク昇格試験を受ける権利を得るのがどれだけ大変なのかがわかっていないのかもしれない。
「おい、ボルドー。お前のご褒美はあんまり心に響かなかったみたいだぜ」
「...いいか?Dランク昇格試験の権利はお前たちが思っている以上に価値があるものだからな?」
ワロウがからかうようにそのことを指摘すると、ボルドーは3人にその価値の高さを念押しする。が、3人の顔は相変わらず微妙なままであまり効果はなかったようだ。このままではせっかく報酬を用意したボルドーが少し哀れだ。
(ちょいと手助けしてやるか)




